<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


「憧れ」のウェディングドレス
●イベントの前には準備期間が必要なのです
 時は6月――に入る少し手前のこと。ここ聖獣界ソーンにおいても、6月とは花嫁の季節である。それに合わせ何かしら儀式が行われたり、イベントなりが企画されたりして、言うなればイベントシーズン到来という訳なのだが、その直前にも関連するイベントは行われている。そんなイベントの1つに、ホテルや教会が行うドレスやタキシードの試着イベントなんてものがあったりする。当然ながら読んで字のごとく、花嫁や花婿――その中には「未来の」とか「将来の」などと「花嫁」「花婿」の前に付く者たちも大いに含まれることは言うまでもない――に向けたイベントである。
 このようなイベントはぶっちゃけた話、人を呼んでこそなんぼな所が大きい。となれば必然的に広報・宣伝……幅広いPR活動というものが重要となってくる訳だ。口コミやチラシ配りなどなど、方法は色々とある。しかしながらこのイベントの性質を考えると、効果が非常に高い方法は、どのようなドレスやタキシードが着られるのかを、実際に見てもらうことだろう。では、ドレスやタキシードをずらりと並べたホテルや教会に足を運んでもらうのか? いやいや、それでは本末転倒というものだ。足を運んでもらうのではなく――こちらから行けばよいのである。
 この試着イベントのPR活動とは、試着イベントを開くホテルや教会の看板娘やカップルが集まり、自慢の衣装を纏ってPRすることであった。素晴らしきドレスやタキシードを纏った者たちが街に飛び出し、試着イベントをPRする……これほど分かりやすいものはない。自分の気に入った衣装があれば、どこのホテルや教会の者かと確認さえすれば、どこへ行けばいいか分かってしまうのだから。もっともここまですると、このPR活動自体が半ばイベントと化す訳で。まあ実際の話、参加するホテルや教会などにとっては、これもまた1つのイベントであるのは間違いなく。
 さて、このようなイベントが行われると、参加するホテルや教会が忙しいのは当然のことだが、それに伴って関連する業種も忙しくなってくる。ドレスやタキシードを縫い上げる仕立て屋、衣装に相応しい宝石や装飾品を用意する宝石屋、ホテルや教会などで必要となる美術品やら楽器やら諸々取り扱う商会などなど、波及効果は決して小さくない。なのでこの時期となると、参加するホテルや教会などではやはり人の出入りは多くなっていたりする訳だ。
 小さな商会に勤めるアレクセイ・シュヴェルニクもそんな中の1人である。日曜冒険者だと名乗っているアレクセイも、平日には仕事であちらこちらを回ることも少なくない。美術品や楽器等担当なので、割合としては教会が自然と多くなる。この日も、小さな診療所が併設されている結婚の女神の教会を訪れていた。この教会とは、ステンドグラスや宗教画、オルガンなどの購入売却保守管理の窓口を担当しているアレクセイである。
「今日は会えるでしょうかね……アリサさんに」
 教会の敷地に足を踏み入れると同時に、ぼそりとそんなことをつぶやいたアレクセイ。……余談ではあるが、この教会との窓口を担当していた前任者が配置換えになり、後任を決める時にアレクセイは真っ先に立候補したとかどうとか。今のつぶやきからすると、会える機会を増やすためにそうしたんだろうと言われても、決して否定は出来ないことだろう……。

●イベントには人手が必要なのです
 アリサ・シルヴァンティエの働く実家でもあるこの小さな教会は、「小さな」と付くことからも分かるように人手が少ない。働いているのはアリサと70近い老聖職者であるその養父母、その他ほんの数人程度である。平時は併設されている小さな診療所で、医師兼ナース兼薬剤師としてアリサは働いている訳だが、この時期ともなると神官としての仕事も増える。結婚の女神の教会であるからして、それに関連するイベントにも力を入れているため、どうしてもフル回転せざるを得ない訳だ。
 この日も試着イベント――のPRイベントの準備で教会は忙しく、アリサもまた、自身が行うべき準備を行っている所であった。
「ええと……こんなものでしょうか、ね」
 大きな姿見に自身の姿を映し、おかしな所はないかチェックするアリサ。その姿は医師や神官として働いている時とはまるで違う――純白のウェディングドレス姿であった。そういえば顔には、綺麗にメイクまで施しているではないか。何も知らなければアリサが花嫁になったのかと思う所であろうが、先述の通りこれはPRイベントの準備である。つまり、この教会からはアリサが出るのだ。
「裾を引きずったり、踏んだりしないよう気を付けないと……」
 両方の手でドレスの裾を床につかぬよう少し持ち上げ、部屋の中をゆっくりと歩いてみるアリサ。ウェディングシューズは歩きやすいものを選んだので、特に問題はなく歩くことは出来た。しかし階段などの段差は部屋の中では体験出来ないので、ここはやはり教会の中を少し歩き回って確認する必要があるだろう。
 部屋を出て歩き出すアリサ。不意に思い出したようにつぶやく。
「あっ。PRの文言も考えないと……」
 一瞬思案した後、アリサはこう続けた。
「……歩きながら、考えつつ練習しましょうか」

●互いに仕事の最中だけれども
 教会を訪れたアレクセイは、先方の要請に応じて、教会内のステンドグラスや宗教画などの状態の確認を行うべく、てくてくと教会の中を歩き回っていた。異状があれば修復に出すなり、交換するなりする必要が出てくるだろう。まあそうなれば商会としては仕事に結び付く訳で、こういった作業も窓口担当として重要な仕事の1つなのである。
「ここまでは異状なし……と。さて、次はこの廊下を右に曲がって――」
 と、アレクセイが廊下の曲がり角に差しかかろうとした時、角の向こうから女性の声が近付いてきていた。ぼそぼそとした声だったので性別は分かっても、誰の声かまでは判断は難しかった。が、何やら文言が繰り返されていたことからして、何か練習らしきことをしているように思えた。
(ぶつからないように気を付けますかね)
 アレクセイは廊下の端に寄り、やってくる相手にぶつかることのないよう、大きく回るようにして曲がり角を曲がった所――。
「あっ……!」
 アレクセイは思わず言葉を失い、目の前の人物に視線が釘付けとなった。
「えっ……?」
 声の主は驚きの言葉を口にして、その場に固まった。そこに居たのは――純白のウェディングドレスを身に纏ったアリサ。
 しばしの静寂の後、アレクセイから溜息がこぼれた。それでようやく言葉が出るようになったのか、アレクセイはアリサに向け声をかけた。
「えっと、お久し振り……です」
「は……はい」
 ぺこりと頭を下げたアリサ。その頬が少し赤らんでいるのはメイクのせいだろうか? いや、そうではあるまい。
「あっ、あの、それ……」
 アレクセイは心臓が早鐘を打っていることを悟られぬよう冷静に言葉を発したつもりだったが、若干言葉がうわずってしまっていた。
「…………ぴ、PRの…………」
 とだけ返し、アリサは恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。
 再び訪れる静寂。先に動いたのはアリサの方だった。
「……し、失礼します!」
 アリサはドレスの裾を若干大きめに持ち上げ、廊下を早足で歩いていってしまった。アレクセイは戸惑ったような表情のまま、その背中を見送った……。

●この想いは何と呼べばよいのだろう
 ともあれ、教会での仕事を終えて商会への帰途へついたアレクセイ。結果としては、2点ほど宗教画の額縁にひびや欠けが見られたので、相談の結果、新しい額縁を用意することとなった。しかし今のアレクセイの頭の中は、今日の仕事の成果なんかよりも、先程のアリサのウェディングドレス姿で占められていた。
「……綺麗だったなぁ……」
 そうつぶやき、長い溜息をこぼすアレクセイ。もし……もしもの話だ。未来、将来、何でもいい、あの姿のアリサが自分の隣に居てくれることがあったなら……などと、ついつい考えてしまう。何といっても、憧れの女性のウェディングドレス姿なのだからして。図らずともそれを目の当たりにして、何とも思わない方が妙であろう。
 さて――教会を後にしたそんなアレクセイの姿を、窓からこっそりと見つめている者が居た。未だウェディングドレス姿のアリサである。
(どうして……どうしてなんでしょう。あの時……いえ、今も……こんなにドキドキしているなんて……)
 自らの胸元に両手を当て、アリサはアレクセイの後姿をじっと見つめていた――。

【了】