<東京怪談ノベル(シングル)>
闘神、嵐の中へ
自然を人の手で再生させるなど、おこがましいにも程がある。
誰かにそう言われたら反論出来ない、とガイ・ファングは思う。
それでも自分が最低限やらなければならない事だ、とも思う。
焼き払われた森林は、緑を完全に取り戻していた。
ガイの【植物再生法】によって、草木は確かに生え変わってきた。元通り、生い茂っている。
だが、あの戦いで木々と一緒に焼き殺された虫たちや小動物たち……様々な命は、失われたままだ。ガイがいくら気力を振り絞っても、生き返る事はない。
この山に意思のようなものがあったとしたら、やはり自分を決して許してはくれないだろう、とガイは思う。
「世話んなった……迷惑も、かけちまったな」
生え変わってきた山林に、ガイは語りかけていた。
そうしながら、左の掌に右拳を叩き込む。分厚い掌と、岩のような拳が、ぶつかり合って音を響かせる。
「出て行く前に、もう1つだけ……済ませとかなきゃならねえ事がある。ま、見ててくれや」
咆哮が、山林全体を揺るがした。
かつて死神と呼ばれた男が、吼えている。
ガイに劣らぬ力強い巨体が、白い光を発していた。
気力の、輝き。
燃え上がる白色光が、死神のたくましい全身から迸り出てガイを襲う。
それは白い、光の竜であった。
「ぐっ……こいつは……!」
鋼の如く筋肉のついた両腕を、ガイは防御の形に交差させた。
そうしながら、気の力を燃え上がらせる。
防御体勢を取った巨体を、白い光が包み込んだ。気の、防護膜である。
そこへ、光の竜が激突する。
竜と、防護膜。気の光による、攻撃と防御。その双方が、砕け散った。
凄まじい衝撃が、全身を襲う。
それを押し返す感じに、ガイは駆け出した。踏み込んだ。
筋骨隆々たる巨体が、白い光の破片をキラキラと蹴散らし、突進する。
その突進を、死神が正面から受け止めた。
巨大な筋肉の塊が2つ、ぶつかり合って地響きを立てる。
相手の、岩のような腹筋が浮き出た胴体に、ガイの太い両腕がガッチリと巻き付いた。
死神は、巨体を前傾させながら、しっかりと腰を落とし踏ん張っている。
まるで、大地に広く深く根を張り巡らせた大木だった。引き抜いて投げ飛ばす事も、押し倒す事も出来ない。
抱きついたまま攻めあぐねているガイの首に、大蛇のようなものが巻き付いてきた。
死神の腕だった。上から、ガイを絞め落としにかかっている。
その腕を、ガイは両手で無理矢理、己の首から引き剥がした。
そうしながら、その場で巨体を翻す。
背中から、体重を押し付けてゆく。死神の太い腕を、抱え込んで極め上げながらだ。
「ぐあああああっ!」
悲鳴を上げながら死神が、極められていない方の手でバンバンと地面を叩く。
降参、の意思表示である。
ガイは死神の腕を解放し、ニヤリと微笑みかけた。
「お前から、やっと1本取れたぜ」
「ちっくしょー……まさか脇固めで取られるたぁな」
倒れたまま、死神が呻く。
「おめえ、もう関節技で客呼べるよ。そのデケえ身体で、豪快なパワーファイトはもちろん、スピーディーな小技もこなす……元の世界へ戻って、リングに上げてみてえぜ」
「元の世界……帰りてえと思うかい?」
「……何だろうな。見せもんの戦いが嫌んなって、このソーンってぇ場所に流れて来たのによ。おめえと修業してるうちに、またプロレスがやりたくなってきやがった。未練がましいったらねえよ」
「1度離れてみねえと、わからねえ事もある。そういうもんじゃねえのかい」
ガイは言った。
「お前の『ぷろれす』はソーンでも通用する。食ってけるよ。いろんな試合で賞金稼ぎまくった俺が言うんだから、間違いねえ」
「……山、下りるのか?」
死神の問いに、ガイは微笑みを返した。
「さっきの『竜』、なかなかのもんだったぜ。気功に関しちゃ、俺は基礎の基礎をざっと教えただけだが……お前はもう、独自の境地ってとこに達してるよ。俺が教えるような事は、もう何もねえ」
2本の街道が、山のふもとで交差し、十字路を成していた。
東への道は、これまで滞在していた山に。西への道は時折、立ち寄っていた山麓の町に、それぞれ通じている。
ガイにとって未知の場所へと至るのは、南北の街道であった。
「俺ぁ、北の方へ行ってみようと思ってる」
死神が言った。
この男から『プロレス』の技で1本を奪う。
山を下りる前に、どうしても成し遂げておきたかった事は、達成した。
だが今後、戦う機会があったとしたら、あんなふうに上手くゆくとは限らない。
「俺は、南へ行く。ちょいと海を渡ってみたいんでな」
生きている限り、再会の機会はある。
仲間として再会出来る、とは限らない。
状況次第では、本気の殺し合いをする事になるかも知れないのだ。
「修業に付き合ってくれて、ありがとうよ」
「そいつぁ、こっちの台詞だぜ」
死神が、拳を突き出して来た。
「おめえとは、もう1度……戦ってみてえ。どっちかが死んじまう事になってもだ」
「俺は御免だ。が、そういう状況になったら戦っちまうんだろうなあ」
苦笑しつつ、ガイも拳を繰り出した。
「……それまで、死ぬなよ」
「バカやって死んじまいそうなのは、おめえの方だぜ。ガイ・ファング」
まるで岩と岩がぶつかり合うように、2つの拳が激突する。
握手の、代わりだった。
たくましい半裸の全身に潮風を浴びながら、ガイは今、甲板上に佇んでいる。
ソーンの南方へと向かう船である。
南には、聖獣王の支配が及ばぬ未開の蛮地が広がっているという。
「よう、助かったよ兄ちゃん」
水夫たちが、声をかけてきた。
出航作業を少し手伝っただけでガイは、この船にただで乗せてもらえる事になったのだ。
「あの大荷物を全部、1人で運んじまうんだからなあ」
「あんたの腕っ節、期待させてもらうよ。何しろ、海賊どもが鮫みたいにうようよいる海域だからね」
「海賊退治か……荷物運びよりは、楽そうだな」
ガイは、にやりと微笑んだ。
荷物は、丁寧に運ばなければならなかった。海賊の類ならば、丁寧に扱う必要はない。
「あんたが強くて頑丈だってのは、わかったよ。だけど、そろそろ船の中に入った方がいい。嵐が来るぞ」
水夫たちが言った。
「かなり荒れる。海賊に勝てるような奴でも、時化た海には勝てねえよ」
「そりゃそうだな」
言いつつ、ガイは空を見上げた。
晴れている、ように見えるのは、ガイが海に関しては丸っきりの素人だからだろう。船の上では、水夫の言葉に従うべきであった。
(嵐が来る……か)
南方では、大変な嵐が自分を待ち受けているのだろう、とガイは思った。
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