<東京怪談ノベル(シングル)>


Herz-Puppe
 レギーナ(3856)が、窓から窓下のゴミ箱にゴミを放り込んでいる少女に気がついたのは、偶然だった。
(随分行儀が悪いけどお手伝いで点数稼ぎかな?)
 とレギーナが思った次の瞬間、少女はポイっと人形を窓からゴミ箱に放り込んだのだった。
(うわわっ?!)
 普段動じる事が少ないレギーナといえども予想外の同胞(人形)への仕打ちに面食らった。
(助けなきゃ!!)
 慌ててゴミ箱を漁ると多少汚れてはいるが、然程古くもなく、壊れてもいない人形が出てきた。
『どうしたの?』
 レギーナが人形に尋ねると『新しい人形を買って貰う為に邪魔になったから捨てられた』と人形が悲しそうに答えた。
(……そう言う事)
 これは、放っておけない事態である。
『あの子には、お仕置きが必要ね』
 暫く考えていたレギーナは、何か思いついたようである。
 悪い魔女のような笑みを浮かべて『私に任せて』とレギーナは言った。

 ***

 ──次の日の朝。少女が目覚めた時、違和感を覚えた。
 身体を起こそうとしても起こせず、首を曲げようにも曲げられず、指一本すら動かせなかった。

 驚き悲鳴をあげる少女だったが、自分の悲鳴すら聞こえない。
 恐怖を覚えた少女が再び叫び声をあげていると、ドアを開けて母親が入って来た──。

「何時まで寝ているの」

 ──少女は、母親の言葉に驚いた。
 少女の耳が聞こえなくなったのではなく、声が出せないのだ。
 それに気がついた少女は、更にパニックを起こしていた──。

 少女の布団を剥いだ母親は、目を丸くした。
 ベッドにいたのは、少女ではなく汚れた人形であった。

 それは、レギーナの魔法と人形師としての技術で、少女は汚い人形に変身させられた姿だったが、
 そうとは知らない母親には、それが少女である事に気がつかなかった。
 そして腹を立てるとすぐに友達の家に家出をする少女故、姿が見えないのは、人形を買って貰えない事に腹を立て、また家出したのだろうと考えた。
 ただ少女が言うように人形(少女)は大層汚れていたので、今度町まで行く時に新しい人形を買ってやろうと思った。
 そして汚い人形を掴むと母親は、窓へと近づいていった。

 ──母親に掴み上げられた少女は、鏡に写った自分の姿を初めて見た。
 人とは似つかぬ小さなボロボロの人形。
 少女は悲鳴を上げたが、母親は無常にも窓へと近づいていった──。

 母親は、躊躇せず窓の下にあるゴミ箱に人形を投げ込んだ。

 ***

 ゴミ箱に放り込まれた少女の上に冷たい雨が降る──。
 近所の人達が次々とゴミを少女の上にゴミを放り込んだ為、少女はゴミまみれであった。
 その夜は、生ゴミを狙ってくるネズミに手足を囓られないかとドキドキしながら少女は、過ごした。
 夜が明ければ明けたで、鳥がガラス玉に変わった目玉を狙って突っつきに来ていた。
『止めてよ、首が抜けちゃうわ!』
 少女の叫びも空しく、今は、カラスが少女の髪を引っ張り遊んでいた。

 ──何故、こんな目に合わねばならないのか?
 少女は、どんどん気持ちが暗く悲しくなっていた。

 そんな少女の気持ちにお構いなく少女をおもちゃにしていたカラスを狙った猫が、ゴミ箱に飛び込んできた。
 大乱闘に巻き込まれた少女は、猫に踏まれ、カラスに突っつかれズタボロだった。
 カラスが去った後、猫におもちゃにされ空中に放り投げられ、齧られた少女は、とても悲しくなっていた。
 誰も少女に気がつかず、誰も少女の言葉を聞いてくれない。
 悲しくなっても泣く事もできない事が、辛かった。

 泥だらけの道端に転がる少女の頭の側を、馬車の車輪が掠めていく──
 このまま誰にも気がつかれずに死んでしまうのだろうか?
 もし、やり直すことができるのなら──そんな時、ふと少女が母親にされたように、少女がゴミ箱に捨てた人形の事を思い出した。
『きっと”あの子”もこんな気持ちだったのかな?』
 自分の身の上に何が起こったのか判らず捨てられた人形。
『もし、私が人間に戻れるなら……もし、あの子を見つける事が出来たら、もっと優しくしてあげよう……』

 ***

 そんな疲れきった少女を拾い上げるものがいた。
 浮浪者であった。

 浮浪者は背負い籠に拾ったゴミと一緒に少女を放り込むと浮浪者が住むスラムへと戻っていった。
 そして家で本日戦利品を分けていく。

 使えるもの。
 お金に換金できそうなもの。
 仲間内で交換できそうなもの。
 そして竈の焚き付けの代わりにしかならないもの。


 少女は、パチパチと爆ぜる火の粉をぼんやり見ていた。
『暖かいスープに、焼きたてのパン、美味しいお茶……そういえばあの子と初めてしたおままごとってお茶だったっけ……』
 浮浪者に招かれたわけでは、ない。

 お金になるわけではない。
 何か物に交換できるわけでも、役に立つわけでもない。

 待ち受けている運命に少女は、火がついたように、誰にも聞えない悲鳴を上げ始めた。
『イヤ、イヤ、イヤ、イヤーーーーーーーーつ!』
 燃え盛る炎の中、少女は気を失った──。


 ***

「何時まで寝ているつもりだい?」
 激しく揺り動かされる手に少女は、目を覚ました。
「……誰?」
 ぽかり、と頭が殴られた。
「全く久しぶりに帰ってきたと思ったら。親の顔を見忘れたっていうのかい?」
 母親の声にキョロキョロと周囲を見回すと、そこは見慣れた少女の部屋だった。
「全く、いいご身分だね。さっさと顔を洗っておいで」
 今日は、町まで買出しに行く日だと母親は、言った。
「あんたも行くんだろ?」
「私も?」
「そうだよ。新しい人形が、欲しいって言っていただろう?」
「……人形! ママ! 私の人形は、何処?」
 母親の、捨てたという言葉に少女は、慌てて箪笥からコートを取り出し、外のゴミ箱へ飛び出そうとした。

 そんな少女の頭の上に、
 コツン──箪笥の上から何かが落ちてきた。
「〜〜〜っつ!」
 頭に当たったのは、少女の人形だった。
「あら、あんたの人形じゃない。箪笥の上に飾っておいたの?」
 慌てて人形を拾い上げる少女。
 パタパタと埃を落とし、壊れていないか急いで点検する。
「じゃあ、あたしが捨てた人形って誰の人形だったのかしら?」
 不思議がる母親に、新しい人形はいらないという少女。
「この子は、まだ十分遊べるもの」

 ***

「……これにて一件落着かな?」
 屋根の上に這わした鋼糸から中の様子を見ていたレギーナ。
 側には、少女を齧っていた猫や小鳥、カラスがいた。
「我ながら中々良い作戦だったわ」
 うんうんと頷くレギーナに浮浪者のような格好をした熊がジト目をする。
「”やりすぎ”って言いたいんでしょうけど、あの子はそれだけの事をしたんだから良いのよ」
 トラウマなんて関係ない。
 フン! と鼻を鳴らすレギーナ。
「それにしてもあなた達、何時までその姿でいるつもりなの?」
 パチンとレギーナが指を鳴らすと術が解け、動物達は元の人形の姿に戻った。
「万物には魂があるんだから。物を大切にしない子は、痛い目に合うのが道理なのよ。うん!」
 誰に聞かせるでも見せるでもなく道徳的な事を若干道徳的でない行動で示したレギーナだった。




<了>



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【3856 / レギーナ / 女 / 13歳 / 冒険者】