<PCシチュエーションノベル(グループ3)>
〜新たな世界へ〜
「うっわあー…でっかい城だなー…!」
素直すぎる感嘆の言葉を発しながら、フガク(ふがく)はその城を見上げた。
それを見て、やわらかい笑みを浮かべ、松浪静四郎(まつなみ・せいしろう)はゆっくりとうなずく。
「そうですね、聖都のお城のように大きいですよね」
「だよなあ! でもさ、俺、いっつもダンジョンとか洞窟とかしか見てないからさ、こういう、なんつーか、上品なものってのは、気後れしちまうよなあ…」
フガクは困ったような顔をして頭をかいた。
「場違いっていうかさ…」
「そのようなことはありませんよ、フガク。少なくともこの城のあるじたちは、あなたのように向上心のある者は歓迎してくださると思います」
さあ、と中に入るように促して、静四郎は感心しっぱなしのフガクを城内に招き入れた。
白山羊亭に働きに出るようになってから、こちらに来る回数自体は減ってしまった静四郎だったが、一度心を許した間柄であるこの城のあるじたちは、この城の中にある静四郎の部屋はそのままにしてくれていた。
今回は多数の蔵書のある図書室の利用も許可してくれていて、静四郎としては感謝の念に堪えなかった。
フガクが勉強に意欲を見せ、それに応える形で、場所と方法を提示した静四郎は、彼に週一回、この城へと来るよう言っていた。
そのためフガクは自身の生活費を稼ぐためにちょこちょこと依頼をこなすことにし、遠くへ行く冒険や依頼は受けないようにしているようだった。
「今の俺はさ、知識をつけることが最優先事項のような気がするんだよね。まあ、多少は生活、苦しくなっちまうけど、それはしょうがないよな」
確かに、遠方への移動を伴う冒険や依頼をこなした方が報酬が高額になる。
しかし、今のフガクは、何がこれから先の自分に大事なのか、きちんとわかっていた。
そこに至るまでに、ずいぶん回り道をしてしまったが、彼がたどり着いた答えは、まさに静四郎が、そして義弟の松浪心語(まつなみ・しんご)が望んだような答えでもあった。
だから、静四郎は、できる限りの援助をしてあげられたら、と思っていたのだった。
静四郎の部屋に行くまでの間、城の中の景色に何度も何度も感嘆の声をあげ、驚いていたフガクだったが、部屋に入ると同時になんだか神妙な顔になって、静四郎の指し示した机に座った。
「そんなに固くならなくても大丈夫ですよ。最初は簡単なところから始めますから」
「あ、ああ」
静四郎が緊張をほぐすつもりで言った台詞にまで、フガクはぎこちなくうなずいた。
微笑を唇ににじませて、静四郎ははるか昔、今と同じような場面があったことを思い出す。
その時は、目の前に座っているのはこんなに大柄な男性ではなく、もっともっと小さな、少女のような外見をした少年だったが。
「今日は初めての日ですから、あなたにこれを差し上げますね」
静四郎は持って来た袋から、真新しい羽ペンと羊皮紙を取り出した。
フガクの目の前に置く。
「これを使って勉強しましょう」
「え?! これ、俺に?!」
「はい。必需品ですからね」
「これが、俺の…?!」
フガクは目を大きく見開いて、恐る恐るペンと羊皮紙にさわった。
たまに海鴨亭の女将から借りて使っていた道具たちが、自分のものになるなんて、思ったことがなかった。
そもそも手紙だって、心語あてに送るくらいしかないのだ。
それも、ぶっきらぼうに日にちと場所を書くだけで、用件すらない、さみしい手紙で――そこまで考えたところで、フガクは目を輝かせて言った。
「そうだ、あのさ、まず読み書きを教えてくれよ、静四郎!」
「読み書き、ですか?」
「そうそう、読み書き! それも正しいやつ!」
「正しい…ということは聖都標準の言葉でよろしいですか?」
「ああ、それそれ! 俺、いさなにいつも送る手紙、場所と日にちくらいしか書けなくてさー、最近あった出来事とか、ちょこっとでも書いてやりたいのに、肝心の文字がわかんねーんだよ」
「そうでしたか…では、そうしましょうか」
静四郎はふたつ返事で承知した。
勉強を始めるときは、本人が希望したところから入ると上達が早い。
それは心語を教えたときに静四郎自身が学んだことだった。
心語はあのとき、屋敷の広い庭に生えていた、いろいろな木や草の名前を知りたがった。
戦飼族の住んでいる村は荒れ果てていて、植物自体がめずらしかったのだと、後になって心語から聞いた。
こうして、初日を無事に終えたフガクは、静四郎の教え方がよかったこともあって、すぐに読み書きを覚えることができた。
次に静四郎が考えたのは、フガクの興味を引きそうな分野である生物学や自然科学だった。
冒険稼業に身を置くフガクは、自分の身の周りにあるもの、すぐに使えそうな知識になら親しみやすいだろう――そう考えた静四郎の方向性は正しく、フガクは瞬く間に知識を自分のものにしていった。
また、座学に慣れていないフガクを慮って、たまに城の外に出ては、身近な動植物や地形を資料に使って勉強を進めたりもしていた。
そうやって日に日に学習分野の幅が広がり、フガクが楽しそうにそれらの知識を習得する姿を見て、静四郎は我がことのように喜んでいた。
静四郎の工夫の甲斐あって、フガクは空いている時間を見計らい、自分から聖都の図書館に通うようになった。
そして、自主的に予習や復習をするようになった。
勉強を始める前のフガクからは、想像もできない進歩だった。
静四郎自身も、どんどん知識を吸収していくフガクを教えながら、かつて心語もこんなふうだったと懐かしく思い出し、ふと、心語とフガクの勉強への姿勢に共通点が多いことに気がついた。
もしかしたら、戦飼族という種族は、元々かなり知能が高いのではないだろうか。
機会さえあれば、より本来の優れた能力を発揮できるのではないか。
現状、残念ながら、その「機会」を与えられること自体がなかなかないから、周囲はそのことに気がつかないだけなのではないだろうか。
その疑問は、フガクと向き合う静四郎の中で少しずつ、大きくなっていた。
そんなある日、城に心語が前触れもなくひょっこりと現れた。
フガクが勉強を始めたと、静四郎から聞いて、ふたりの様子を見に来たのだった。
心語も、ふたりの仲がだいぶ打ち解けたことは理解していたが、まだ万が一ということがないわけでない。
大丈夫だとは思いながらも、スプーンの先ほどの、ほんのちょっぴりの心配を胸に秘めながらやって来たのだった。
「いさな! 俺、かなりいろいろわかるようになったぜ!」
心語に会うや否や、どことなく得意そうに言うフガクに、心語はほっとしつつ、こう言った。
「だが…根を詰めるのは…よくない…無理は…しないように…してくれ…」
「心配いらないって! 静四郎の教え方は上手いからな! 疲れなんか、ほら、ぜーんぜん感じねーよ!」
にこにこしながら、フガクは机の上の羊皮紙の束を見せる。
以前もらった手紙よりはるかに上達した文字が、楽しそうに紙面に踊っている。
心語は黙って静四郎を見上げた。
「フガクは努力家なんですよ、心語。最近は聖都の図書館によく通っているそうです」
「へえ…それは…すごいな…」
心語は正直な感想を述べ、それから、すっかり忘れていた手土産の焼き菓子を、あわてて静四郎に手渡した。
「わざわざありがとうございます。では、フガク、このあたりで一息入れましょう。お茶を淹れてきますね」
「おう、ありがとな、静四郎!」
羽ペンを置き、フガクは腕を回して肩を鳴らしながら、ふう、と吐息した。
静四郎が部屋を出て行くのを見送ってから、心語はフガクに静かに尋ねた。
「勉強は…楽しい…か…?」
「ああ、楽しいぜ! ホント、世の中にはわかった方がいいことって、いっぱいあるんだなー!」
フガクはいつになく素直にうなずいて、そう答えた。
「面白いよな、ひとつ知るともっと知りたくなる。気になっちまって、眠れないこともあってさ、朝一番で図書館に駆け込んだりしてるぜ」
「そう…なのか…」
「ああ。なんつーかさ、冒険と勉強は、どこか似てる気がするんだ。やればやるほど力がついてくるところとか、上手くなれるところとかさ。で、どっちもまだまだ先が長いってことも、ね」
らしくないことを言った、とばかりに、フガクが照れくさそうに笑った。
そんなフガクを、心語は少々驚いた顔で見つめ、何か返事をしようと口を開いたとき、静四郎がお茶の仕度を整えて部屋に入って来た。
瀟洒なティーセットがテーブルに並び、香しい紅茶の香気が辺りに振りまかれると、三人は自然に笑顔になった。
会話は当たり前のようになごやかに始まり、先ほど習った知識について、笑いながら静四郎と言葉を交わすフガクを見て、心語はもうスプーンの先ほどの心配もいらないということを感じた。
ふたりの関係はこれまで以上に深まっている。
心語は今度こそ、心の底から安堵した。
〜END〜
〜ライターより〜
いつもご依頼ありがとうございます。
ライターの藤沢麗です。
フガクさんの成長が著しいですね!
冒険者だけでなく、
学者になろうと思ったりもしてしまうのでしょうか…。^^
これを機に、戦飼族の未来にも、
明るい兆しが見えるといいなと思います。
それでは近い将来、
またこのお三方のお話を綴る機会がありましたら、
とても光栄です!
このたびはご依頼、本当にありがとうございました!
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