<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


〜見えざる覚悟〜


「いったいどうしたのですか、ふたりとも…! 何かあったのですか?!」
 少々青ざめた顔で、松浪静四郎(まつなみ・せいしろう)が入り口に駆け寄った。
 実際には、ここ白山羊亭には、たった今やって来た客と同じような格好をした者たちが毎日山ほどいる。
 しかし、今来たふたりのそのような、やや重厚な姿を見たことは一度もなかったのだ。
「ちょいと大仕事でね」
 軽い口調でそう答えたのは、背の高い方の男、フガク(ふがく)だ。
「ギルド経由で、今、手がすいてるヤツには全員召集がかかったんだ。俺たちは先発組だから今日出発だけどさ、これからこういうヤツ、どんどん増えて来ると思うぜ」
「全員召集…?」
 不穏な単語に、静四郎の顔がさらに白くなる。
 その肩をぽんぽんとたたいて、フガクは店の奥の方へ視線を流した。
「続きは食事しながらでもいいっしょ。あそこ、あいてるんだよね?」
「あ、は、はい…」
 いそいそと、静四郎がふたりを奥の席へと案内した。
 どかっと木の椅子に座り、フガクが隣りの席の松浪心語(まつなみ・しんご)を見やった。
「いさな、何食う?」
「…シチューと…パンと…果物を少し…だな…」
「了解。じゃ、俺はーっと」
 静四郎に手渡されたメニューを見ながら、フガクはどれにしようかと悩んでいる。
 その間、静四郎の視線に気付いた心語は、端的に状況を説明した。
「アセシナート公国軍に…不穏な動きがあると…国境地帯から…連絡が入った…だから…傭兵ギルドを通して…エルザード軍と共に…国境警備をするようにと…依頼があったんだ…」
「というワケで、遠征前の腹ごしらえをしに、さ」
 笑顔でフガクが付け足す。
「今のところ、確実な情報ってことじゃないみたいだけどね。ただ、アセシナート公国との国境付近は、今までにも小競り合いがあったところだし、向こうは向こうで、戦端を開く機会を虎視眈々と狙ってはいるだろうからさ」
「念のために…今のうちに…戦力を…集めておく…つもりらしい…」
「俺たちもたまたま今、身体が空いてたから、先発隊に駆り出されただけなんだよね。ま、何の問題もなきゃ、すぐ帰って来るさ」
「そう、なのですか…」
 ようやく静四郎の顔に笑みが戻った。
「では、料理を頼んでまいりますね」
「…ああ…」
「よろしくー」
 ふたりの様子がいつもと変わらないのを見て、静四郎はほっとしながら厨房へと戻る。
 その後もふたりはいつもどおり食事をして、いつもどおりの表情で店を出て行った。
 だから、静四郎もまた、その背中に、いつもどおり無事を祈った。
 
 
 
「昨日、とうとう衝突したらしいぜ!」
「あいつら、やる気満々だなあ!」
「しかも一気にカタをつける気なのか知らねえけどよ、すげえ数らしいぞ! 何しろ我が軍は奇襲かけられちまって、大苦戦中だって話だ!」
「どうやら国王も援軍を送ることにしたらしいな、傭兵ギルドで登録が再開したみたいだぜ」
 数日後、店に集った戦士や傭兵たちが口角沫を飛ばして、アセシナート公国との戦争の様子を語り始めた。
「大、苦戦…」
 ちょうど給仕をしたテーブルでそんな噂を耳にした静四郎は、その一言で凍りついた。
 心語もフガクも、先発隊で現地に送られている。
 だとしたら、彼らはまさに、窮地に立たされているだろう。
 いてもたってもいられなくなって、静四郎は厨房へと駆け込んだ。
「ひゃあ!」
 盆を両手に持ったルディアが今まさに厨房から出て来ようとして、静四郎とぶつかりそうになる。
「も、申し訳ありません、ルディアさん」
「ふう、ルディアは大丈夫だよ! それより静四郎さん、どうしたの?」
 もう一度バランスを取りながら、ルディアが血相を変えて飛び込んで来た静四郎を問いただした。
 静四郎は、先日心語とフガクがやって来たこともあわせて、今聞いたばかりの話を口にした。
「ですから、数日間お休みをいただきたいのです」
「えっ?! 静四郎さん、まさか…」
「その、つもりです」
 覚悟を決めたように、静四郎はそう言った。
 結局、ルディアは快く休みを取らせてくれた。
 静四郎は白山羊亭を出たその足で傭兵ギルドへ向かった。
 ギルドは多くの人々でごった返していたが、登録自体は簡単に済んだ。
 人々の間を割って、何とか外に出ると、聖都の目抜き通りを目指した。
 そこには多くの店が立ち並んでいるが、その中でも、今回静四郎が行きたかったのは武器や防具を扱う店だった。
 普段冒険には出かけるものの、本格的な戦闘には参加しないため、きちんとした装備は持ち合わせていないのだ。
 アセシナート公国との戦争の真っ只中に、丸腰同様の格好で行くわけにもいかない。
 そう考えて、急いで支度を整えることにしたのだった。
 とはいえ、重装備できるほどの体力はない。
 だから、フガクと同様に、衣服は軽くて短めのものを選び、防具も革の胸当て程度の軽装備にすることにした。
 武器は弓矢と短刀を手に入れ、装備する。
 先ほどギルドで馬を借りる手続もしておいたので、城の馬場に赴き、軍馬を一頭借り受けた。
 そのとき、ちょうど第一陣が出発するところに出くわした静四郎は、その指揮官に無理を言って参加させてもらうことにした。
 何か胸騒ぎがする。
 そう感じた静四郎は、戦場で戦い続けているはずの心語とフガクが心配で心配でならなかった。
 
 
 
「キリがないな…!」
 身の丈より大きな大剣を振り回し、2匹の怪物を切って捨てたフガクは、少々乱れた呼吸の下から吐き捨てた。
 敵は奇襲に成功した後、すぐさま多数の怪物を送り込んで来た。
 いったんは崩れかけたエルザード軍と傭兵たちだったが、体勢を立て直し、一致団結して敵に当たった。
 しかししばらくしてから、アセシナート公国は低級魔族まで投入してきたのだ。
 どちらかというと戦士や兵士、傭兵など、肉弾戦を得意とする者ばかりのエルザード軍は、この低級魔族たちがくり出す魔法攻撃に、防戦を強いられることになる。
 そうは言っても、ここを突破されては後の祭りだ。
 どれだけ犠牲が出ても守りきれとの命を受け、疲労に悲鳴をあげ始める腕を叱咤激励しながら、フガクと心語は戦いを続けていた。
「あっつ…!」
 右方向から飛んで来た炎の矢が、かろうじてよけたフガクの右腕をかする。
「これさえなきゃ、俺たちの方が数に分があるってのに…!」
「…つらい…戦いだな…!」
 近くにいる心語ですら、息が切れ始めていた。
 体力には相当の自信がある戦飼族でさえ、このありさまだ。
 ただの人間には「つらい」などという段階はとうに超えているはずだった。
 あたりには濃い鉄のにおいが充満し、怪物の死体も散乱している。
 通常の戦闘なら相当の戦果が期待できそうな雰囲気だ。
 しかし、今回はその反対だった。
 これだけの戦果を出しても、勝機がまるで見えて来ない。
 まさに闇の中にいるようだった。
「危ない!」
 不意に心語の鋭い声が飛んだ。
 フガクがはっとして後ろを振り向く。
 大型の怪物が、戦斧を振りかざして迫って来ていた。
「しまった…!」
 目の前の敵を斬り伏せるのに手いっぱいで、戦斧を防ぐ手立てがない。
 心語は心語で、自分の敵と対峙する余裕しかない。
 舌打ちして、破れかぶれになりながら手甲で頭をかばったそのときだった。
 ひゅん、と短く空を裂く音が耳をつんざいた。
「ギャッ」
 今まさに戦斧をフガクに振り下ろさんとしていた敵が、苦鳴をあげて、どうっと地面に倒れ込む。
 フガクが怪物を見下ろすと、眉間に深々と矢が刺さっていた。
「いったいどこから…」
 つぶやいた瞬間、馬のいななきと共に、少し離れたところから聞き慣れた声が飛んで来た。
「間もなく応援がまいります! それまで頑張ってください!」
「せ、静四郎…?!」
 熱気にあふれる戦場に、ありえない吹雪が吹き荒れる。
 静四郎が呼び出した雪の精霊の攻撃だ。
 その合間を、間断なく矢が降り注ぐ。
 静四郎の言葉を聞いたエルザード軍は、一気に勢いを取り戻した。
 あちこちで雄叫びが上がり、やっと勝機がやって来たようだった。
 
 
 
 戦いはエルザード軍の辛勝だった。
 静四郎たち第一陣が現れた後、怒濤のように第二陣、第三陣がやって来て、敵を派手に蹴散らして行った。
 とはいえ、最初に受けた打撃は大きく、完全に勝ったとは言えない状況だった。
 静四郎も戦闘後、負傷兵の手当てを手伝い、それが終わったと同時に心語やフガクとともに聖都へと引き返した。
 後日、出発の日と同じように、白山羊亭で夕食を取りながら、フガクと心語はこの前の戦いのときの話に花を咲かせた。
「静四郎が現れたときは、ホントびっくりしたよなー! まさか戦装束に身を固めて現れるとは思わなかったし!」
「ああ、本当に…」
 心語までが深くうなずくのを見て、静四郎は静かに言った。
「危急のときに民を守るのも貴族の役目です。兄たちほどではありませんが、弓や馬くらいはわたくしにも扱えます」
 そして、少し悲しそうに微笑んだ。
 その笑みを見て、フガクが表情を引きしめた。
(貴族ってのは、政治とか遊びにとかにしか関心がないって思ってたけど…)
 どうやらそうではないようだ。
 物事は思っている以上に複雑で、表面だけ見てもわからないことは多い――静四郎の横顔を見ながら、フガクは認識を改めたのだった。
 
 
 〜了〜
 
 〜ライターより〜
 
 遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
 今年もどうぞよろしくお願いいたします。
 ライターの藤沢麗です。

 静四郎さんの意外な一面を見ることが出来ました。
 いざとなったらどんなことでもできるように、
 日々鍛錬されているのですね。
 ただ、悲しい微笑みが気になりますが…。
 
 それでは近い将来、
 またこのお三方のお話を綴る機会がありましたら、
 とても光栄です!

 このたびはご依頼、本当にありがとうございました!