<東京怪談ノベル(シングル)>


にぎやかな家路

「これにて閉店いたします。皆様、どうぞお気をつけてお帰りくださいませ」
 支配人が恭しく頭を下げ、客たちを見送る。白神・空たちバニーガールも、支配人の横にずらりと並び頭を下げていた。
 出だしこそ、見切り発車の感が否めなかったショーカジノだが、支配人の腕が良いのか、はたまた空たちの活躍のおかげか、大盛況のうちにそのシーズンの幕を下ろすこととなった。

     ○

「あなたがあたしに依頼なんて、珍しいわね」
 支配人は、閉店後にひっそりと空に声をかけてきた。仕事を依頼したいのだという。
「君の実力は信頼しているし、君のポリシーにも信頼を寄せているのだよ」
「あたしのポリシー?」
「君は彼女たちが悲しむようなことは決してしない。むしろ、喜ばせることに全力を注ぐ」
「あなたに知ったような口をきかれるのは癪だけれどね」
 空という人間を、おおざっぱに、だが的確に認識しているようだ。
「そこで、君に依頼をしたい。彼女たちが帰郷する際の護衛役だ」
「……なるほどねえ」
 女性の旅路には危険が多い。空ほど実力があれば返り討ちにするのだが、たいていの女性は護衛を雇って身を守るしかない。
「彼女たちに、そこまで手厚くフォローするなんて驚きだけど」
「慣れないショーカジノで良く頑張ってくれたからね。来シーズンでもぜひ私の店を盛り立ててもらいたいんだよ」
 支配人のポーカーフェイスからは、それが本心なのか軽口なのかは読み取れなかった。けれど、彼女たちに、それだけの価値を見出してくれたということだろうか。
「まあ、彼女たちを守るという依頼だもの、異論はないわ」
 楽しい旅路になりそうだ。

     ○

 馬車を一台借りた。旅装束に身を包んだ少女たちが荷台に乗り込む。馬の扱いに慣れているという少女の一人が、御者役を買って出てくれた。
 空は快晴。平たんな道を、馬車は軽やかに進んでいく。
 幌の中は広いとは言えなかった。少し動くと肩が触れるという距離の近さが心地よい。
「あ、その口紅私にも貸して」
「いいわ。ねえ、この髪飾り、おかしくない?」
「あ、ちょっとほどけかけてる。やり直してあげるね」
「さっき行商の人から買ったお菓子、スゴいおいしい!」
 かしましさも、華やかだ。
「空さんも一つどうぞ!」
「ありがとう。もらうわ」
 手を伸ばしてきた少女の、その手首をつかんで引き寄せる。
「きゃっ……」
 バランスを崩し、空にのしかかるように倒れこむ。
「空さんっ!?」
「甘い匂いがするから、つい手が伸びちゃったわ」
 くすっと笑いかけると、周りからは黄色い悲鳴が沸き起こる。
 つられて空も声を出して笑ってしまった。
 時折御者役を交代し、時間がたつのを忘れてしまいそうになりながら、やがて夕焼けに空が染まるころ。
 外から、少女の短い悲鳴が聞こえた。


 手にナイフや錆びついた剣、伸ばしっぱなしの無精ひげに、ぎらつく凶暴なまなざし。口元にはにやにやとした笑み。どう見てもお近づきにはなりたくない風貌の男たちが馬にまたがり、空たちの馬車といつの間にか並走していた。
「追剥か、山賊……ってとこかしら」
 男の一人が、持っていた棒切れに火をつける。松明だった。突然の炎に馬が怯えて立ちすくむ。完全に止まった馬車を、男たちが取り囲む。
「ずいぶん楽しそうじゃねえか」
「俺たちも混ぜてくれよぉ、なあ?」
 薄闇に乗じて、距離を縮めていたのだ。気づけなかった。御者台の少女が震えているのが見える。
 空は少女の肩に軽く手を置いて、中へ隠れるように促した。くらい荷台の中、少女たちが肩を寄せ合い、声を押し殺して必死に恐怖と戦っている。
 男たちに視線を向け直した。楽しい時間を、よくもぶった切ってくれたものだ。笑顔に知らず凄味が加わっていた。
「ずいぶん紳士的なお兄さんたちね。でも残念、このパーティーには招いていないのよ」
「つれないこと言うなよ。――へえ、上玉じゃねえか」
 下卑た声に、空の眉がピクリと反応する。
「何人乗ってんだ? こりゃいい。俺たちついてるじゃねえか。このところ当たりばっかりだが、こりゃあ格別だな」
 山賊の一人がぶしつけに幌の中を覗き込む。少女たちが息をのむのが伝わった。
「宝石やドレスだってあるぜ。俺たちのアジトには」
「ぜひとも来てもらいてぇぜ。なあ?」
「楽しい夜を過ごそうぜぇ?」
 男たちの脳裏には、おそらくめくるめく狂乱の宴が浮かんでいるのだろう。
「……故郷に」
 空が唐突に口を開いた。
 何事かと、少女も山賊たちも空に視線を向けた。
「故郷に錦を飾るって言うけれど。持って帰る『錦』は豪華な方が、いいわよね?」
 歌うようにそううそぶいて、小首をかしげてウィンクする。少女たちの顔がパッと華やいだ。
 突然の少女たちの気の変わりように、山賊は思わず目をしばたかせる。
「その宝石やドレス、ぜひとも見せてもらいたいわ」
 空は獲物を見つけた猛獣のごとくにたりと微笑むと、ひらりと跳躍した。姿を追おうと虚空を見上げた男の頭を横なぎにけり倒す。
 一人が秒殺されたのを皮切りに、空の攻撃は次々と男たちを仕留めていく。松明の明かりに照らされて、それはまるで優雅な舞のように映った。


 戦意喪失して白旗を上げた一人を残し、全員が強制的な眠りに落とされた。ひとりを残したのはもちろん、これからアジトに案内してもらい、お宝を分けてもらうためである。
「ただ、まあ……錦を飾るにしても、盗品じゃああんまりよね」
 自分の発言をあっさりと覆す空だ。
「でも、こいつらのものでもないわ」
 気の強い少女が言い返す。
「じゃあ、どうする?」
「……あ」
 ひとりの少女が手を挙げる。
「ねえ、空さんと最初に出会った時みたいに、酒場でみんなでパーッと使いませんか? ほら、お金は天下の回り者って言いますし」
「なるほど。悪くない考えだわ」
 男たちの口ぶりでは、仕事はずいぶんと儲かっていたようだ。きっと、この界隈を行き来する商人たちから奪ったのだろう。それなら、この辺りに還元してあげれば良いはずだ。ついでに、楽しませてもらおう。
「じゃ、行くわよ!」
 ひらりと手綱をしならせ、一行を乗せた馬車は街へと進む。

   FIN.