<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


〜道は続く〜

「これは…!」
 松浪静四郎(まつなみ・せいしろう)は目をみはった。
 まだ未完成ではあるが、その出来栄えは素晴らしいものだった。
 頁を繰りながら、感嘆のため息が小さくもれる。
 それを聞いて、照れくさそうな顔をフガク(ふがく)は、した。
「そんなにすごいモンじゃないって」
「いいえ、そのようなことはありません…これは本当に…」
 腰高の窓から斜めに日が差し込んで来る昼下がり――授業が終わったある日、フガクが突然、ごそごそと羊皮紙の束を革袋から出して、静四郎に差し出したのだった。
 それは既に事典としての体裁を成していた。
 義弟とフガクが、自分たちの故郷やこれまでの冒険で見知ったもの、知識として先祖代々伝わって来た、特定地域にしかない希少な植物の名称・俗称、特徴や効能、毒の有無などを中つ国およびソーンの言語で併記したもので、ソーンの名称の50音順に整理されていた。
 いつの間に書き溜めたのか、少なくとも100枚はある。
 いつもの勉強以外に、こんな事典まで作り始めていたのだ。
 フガクはなおも照れながら、静四郎に言った。
「これ、まだ途中なんだけどさ、完成したら、内容とかにまちがいがないか、見てくんねーかな?」
「はい、もちろん喜んで!」
 静四郎はにっこり笑って快諾した。
 フガクは静四郎の前に椅子を持って来て、どかっと座った。
「これさ、ソーンと中つ国の植物の分類事典のつもりなんだよね。もしかしたら知ってるかも知んないけど、あいつも手伝ってくれてるんだ」
「そうだったのですか…」
 最近、冒険に出ていない時でも、義弟が何か忙しそうにしているのを知っていた静四郎は、納得がいったかのように深々とうなずいた。
「ところで、どうして事典を作ろうと思い立ったのですか?」
「あー、それ、なんだけどさ」
 窓枠に手をかけ、開いた窓から外をながめながら、フガクは晴ればれとした顔で話し出した。
「いつもの野外授業のときにさ、見たことがある野草がいくつもあったんだよね。で、『あれ?』って思って調べてみたらさ、中つ国にあるのと同じものだったり、似た種類のものだったりしたんだ。そういうのって、俺だけが知っててももったいないじゃん? それなら、本か何かにまとめたら、今後この世界に来る、俺たちの故郷のヤツらの参考になるんじゃないのかって思ってさ。特に、同一の植物が自生してるってのは、ふたつの世界がつながってるって証拠にもなるんじゃないかな。そしたらさ、この事典がその最初の資料になるかも知れないしさ」 それに、とフガクはにこにこして静四郎を見下ろした。
「あいつも、『自分の知識で役に立つなら』って言って、積極的に協力してくれててさ、1ページ作るごとに、何か冒険に出てるみたいにワクワクしちゃったりして?」
 照れ隠しのつもりなのか、少し早口にフガクはまくしたてる。
 だが、その内容は理路整然としていて、そんなところにも静四郎は驚きを禁じ得なかった。
 彼の急成長ぶりに、これだけの知能と高い身体能力を考え合わせれば、戦飼族は決して劣等種などではない。
 そう、静四郎は確信していた。
「わたくしたちの認識がまちがっていました」
 静四郎は真剣な眼差しをフガクに向けた。
「あなたたち戦飼族は素晴らしい種族です。長い間、戦飼族を冷遇し続けて申し訳ありませんでした…今後はその能力を活かして、戦飼族の立場を向上させるべきです。そのためなら、わたくしは、何を差し置いても協力いたします」
 きっぱりと言った静四郎に、フガクは一瞬目を見開いた。
 しかしすぐに苦笑いをすると、窓に背を向け、窓枠に腰を下ろした。
「そう思ってくれんのは、お前くらいのもんだよ、静四郎。中つ国で、俺たちと対等に関わろうとするヤツなんて、いやしない」
「いいえ、そのようなことは…!」
「それにさ」
 否定しかける静四郎を、フガクはあえてさえぎった。
「知ってると思うけど、俺たち戦飼族ってのは、寿命がすごく短いんだ。ついでに、なかなか子供が生まれなくてさ、種自体が消滅しかかってる。…もう、遅いんだよね」
 静四郎ははっとしてフガクを見やった。
 ふっと、フガクはまた笑顔を作った。
 それを静四郎に向け、ひょこっと頭を下げる。
「でも、ありがとな。そう思ってくれる人がいるだけで、うれしいよ」
 フガクは怒ったそぶりはなく、淡々と事実だけを語っている。
 まるで戦飼族全体の宿命を悟り尽くしたかのような、静謐なたたずまいだ。
 戦飼族を生み出した側よりも、生み出された側の方が、はるか昔から、自分たちの未来を確実に把握している。
 生み出した側は今の今でも、彼らの未来が閉ざされていることを知らないまま、生きて行くのだろう。
 静四郎は自分の軽率さを内心悔やんだ。
 そしてそのまま、苦い顔で黙り込んでしまったのだった。
 
〜END〜


〜ライターより〜

 いつもご依頼ありがとうございます。
 ライターの藤沢麗です。

 フガクさん、事典を作るところまで、
 本当に勉強が好きになったのですね!
 ただ、自分たち種族の未来を切り拓くという方向に使えないのが、
 とても残念に思います…。
 何か手立てはないものでしょうか…。
 
 それでは近い将来、
 またおふたりのお話を綴る機会がありましたら、
 とても光栄です!

 このたびはご依頼、本当にありがとうございました!