<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


翠玉の追復曲 emerald- canon












 キィと音を立てて白山羊亭の扉が開かれる。その音に気がつき、ルディアが視線を向けると、少年が伺うようにキョロキョロと中を覗きこんでいた。
「どうしたのかな?」
 カウンターからホールへと出て、少年の前に移動したルディアはその顔を覗きこむように軽く膝を折る。すると、まん丸で大きな翠色の瞳が、じっとルディアを見つめ返した。
 けれども少年は無言のままで、どうしたものかとルディアは軽く首をかしげる。その瞬間、何か引っ張られるような感覚に、そちらへと視線を向けると、少年の手が服の端をぎゅっと握り締め、ルディアを外へと連れ出そうとしていた。
「え? ど、どうしたの?」
「にー……!」
 うろたえるルディアに答えるように、やっと口を開いた少年の声は余りにも小さく、そして直ぐに掠れて消えていく。
「喋れないの?」
 ルディアの問いに少年は首を振る。
「喉、痛めちゃってるのかな?」
 少年は首元を手で押さえて、ションボリと肩と共に視線を落す。
「大丈夫よ気にしないで、風邪を引いたら誰だってそうなることがあるから」
 のど飴食べる? と、エプロンのポケットから小さな飴を取り出して、ルディアは少年に手渡す。
「ライム!」
 バンッと白山羊亭の扉を勢いよく開け放ったのは、見知った紅玉の少年。
「アッシュ!?」
「あ? ああ、ルディア! 久しぶり!」
「久しぶりって、ずいぶんボロボロじゃない!?」
「いや、いろいろあって! じゃ、またな!」
 アッシュはひょいっと小脇に少年を抱えると、白山羊亭から正に逃げるかの如く走り去っていく。ルディアも急いでその後を追いかけるように店から出るが、二人の姿はもう何処にも見当たらなかった。
「何なの?」
 急にやってきて、風のように去っていった二人に、ルディアは目をぱちくりとさせ、暫くその場で呆然と立ち尽くす。
(……あれ……? 今の……)
 千獣は走って店を出て行ったルディアの背中をぼんやりと眺め、今、見知った頭が見えたような気がして小さく小首を傾げた。
 同じように、千獣から少し離れた位置で、次の依頼のことを考えていたアレクサンダー・カワードも、突然の来襲にぽかんと口を開けて、その姿を見送っている。
 まるで嵐だ。人型の嵐がきた。まるでそんな感じだった。
 ああ……と、なんだか妙な予感に見舞われ、キング=オセロットはコトンと机にコップを置いた瞬間――

「きゃああああ!!!」

 突然、店の外から悲鳴が上がった。
 ぽかんとしていた面々も、その悲鳴に我に返るように店から外へと出る。
 いち早く悲鳴に反応した千獣は表に飛び出し、ルディアに襲い掛かる何かから庇うように翼を広げて、前に出る。
 謎の攻撃は千獣の翼に阻まれて地面に落ち、そのまま煙のように消えた。
「悲鳴は!? ああルディア、大丈夫かい? それに、あなたも!」
 武器を手に飛び出してきたアレクサンダーは、腰を抜かしているルディアに寄り添い、その前に佇む千獣にも気づかう様に声をかける。
「……大、丈夫」
「私も、大丈夫よ」
 アレクサンダーの手を借りて立ち上がったルディアは、千獣にありがとうと声をかけた。
「店の中へ」
 追い討ちのように放たれた棘を、千獣は翼で弾き飛ばし、アレクサンダーはルディアにあたらないよう庇いながら道を作る。
 二人の助けによって店の中に非難したルディアは、ほっと溜まっていた息を吐いた。
「さっき来たのは、アッシュかな?」
 中に戻ってきたルディアに向けて、オセロットが尋ねる。
「そう、アッシュだったわ」
「やれやれ……」
 オセロットはふぅっと息を吐く。
「……いつも、とは言わないが……突然現れて、何の説明もないままトラブルだけ置いて去っていく……」
「やっぱり、あれはアッシュのせい、かしら…?」
「さあ?」
 オセロットは悪戯っぽく微笑む。無関係だったり、偶然だったとしても、そういうタイミングを引き寄せる体質という人は存在する。まぁ、今回は完全にオセロットの言うとおりなのだが。
「嘆いていても仕方がない、か」
 オセロットは、白山羊亭のほかの一般客に店から出ないよう告げると、先に出た冒険者達を追いかけるようにして店を出た。







 店の外では、異形とのにらみ合いが続いている。
 辛うじて人型を保っているように見えるが首も腕も無い。片翼を持つそれは、全身が腐食しているかのように黒く変色している。
「あれは何だ…?」
 思わず素の呟きがアレクサンダーの口からこぼれる。それに答えるように千獣が口を開いた。
「……普通の、生き物、だったら……どこ、攻撃、したら、どう、なるか……だいたい、わかる、けど……こいつ……よく、わから、ない……」
 生物みたいな見た目をしているのに、余りにも異質な外見に表情が硬くなる。
「……でも、このまま、放って、おく、のも、嫌な、感じ……」
 千獣――ルディアに向けて放たれた攻撃は遠距離だった。けれど、その残骸はない。言うなれば、弓を引いたのに、外れた矢が消えうせた。
 爪も牙もないのに、どうやって攻撃したのだろうと、千獣は思う。分からない。ルディアを守ることが最優先で、最初の攻撃がどう行われたのか見てなかった。
 そんなにらみ合いの中、各所で小さな悲鳴が上がる。
 この場所にこんなモノが現れたなんて、町の人々は知る由も無い。
「こっちに着てはダメだ! 出来るだけ遠くへ逃げるんだ!!」
 アレクサンダーは異形から視線を逸らさずに、動ける人々に声をかける。
 異形は何もしない。何故だ――?
「どこかの国の石像に似ている気もするが……」
 後ろからかかった声に、アレクサンダーは先ほどと同じように逃げろと声をかけるが、声の主は謝辞を言うように微笑み、
「まぁ私もそこそこの手練なのでね」
 と、オセロットは片眼鏡を光らせた。







 慈しむような優しい視線を小脇の少年に向けて、ほっと軽く息を吐き出す。
「追いつけて良かった」
「サー…」
「あいつは大丈夫だ。直ぐ追いつく」
 ぴょんぴょんとまるでヒト一人抱えているなんて思えないほどの軽さで、アッシュは屋根を飛び越えていく。
「今のはもしやアッシュ殿では……?」
 アレスディア・ヴォルフリートは、白山羊亭へと向かう道の途中、不自然な影が通り過ぎた方向へと視線を向けた。それは一瞬ではあったが、明らかに見知った銀の髪。それに、サックではない銀の頭がもう1つあったように思える。
 追いかけるには少々難儀な速度で去っていった背中に、アレスディアはもう一度首をかしげ、見間違いだっただろうかと考えるうちに、その背はもう完全に見えなくなっていた。
 変わりに、耳を貫く悲鳴。
 アレスディアの足は走り出していた。







 銀の頭の少年と、その少年に抱えられた子供が、屋根の上で一息ついていた。
(あれは、アッシュと……?)
 その様子を、少年も良く知る人物が見止める。
 サクリファイスだ。
 白山羊亭へと向かう途中、突然頭上を駆け抜けた影を追いかけ、屋根の上にその姿を見つける。
「アッ…!?」
 声をかけようとした瞬間、もう一つ銀の頭が増える。
(皆、一緒なのか?)
 増えた頭は、アッシュと双子のサックだ。ならば、あの小脇に抱えられている同じ銀の髪の少年は、まさか――
 合流したことで、三人が共に安堵の顔を浮かべた瞬間、悲鳴が聞こえてくる。それは、勿論サクリファイスだけではなく、屋根の上の双子達にも同じように聞こえていたようで、彼らはうろたえる様な表情を浮かべていた。
 サクリファイスも今すぐ悲鳴に駆けつけたい。誰かが傷ついているかもしれない瞬間に何もせずには居られない。けれど、自分は剣を抜けないし、それよりもルツーセの涙を思い出し、目の前に現れた双子達に接触しようと翼を広げた。
「アッシュ!!」
 双子は自分達と同じ屋根の上に昇ってきたその人に、驚きに瞳を大きくする。
「あんた!?」
「こちらに戻ってきたのか? それに、その子は……いや、その前にルミナスは……!?」
「あっ……」
 明らかにうろたえた声音が帰ってきて、はっとしてサクリファイスは言葉を飲み込む。まるで昨日の今日のように訪れた状況に頭がまだ纏めきれずにいる。しかし、この話は後でも聞ける話だ。今は、先ほどの悲鳴と、うろたえた表情の意味を。
 サクリファイスは一つ深呼吸して、問う。
「すまない、事態に余裕がないのは見てわかる。でも、悲鳴に、心当たりがあるんだね?」
「た…多分、ルディアが……」
 先ほど、白山羊亭に寄ってしまった。自分達が追いつかなかったら、きっと白山羊亭に居る“誰か”が、この子を――ライムを護ってくれる。そんな気がして。
「俺達、あれに捕まるわけにはいかないんだ! でも、多分、ルディアが、あれに襲われた!!」
「氷漬けにしたはずなのに、何でだっ!」
 あれは、どれだけの数が追いかけてきた?
「あれ、とは?」
「「……羽根だ」」
 双子の顔色が一瞬にして強張る。この双子が顔色を変えるなんて、それほど強大な相手なのか。
「期待したけど、やっぱり止めておけば良かった!」
「ごめん……本当に! オレが戻る。アッシュより、オレの方が足止めしやすい」
「ダメだ! やっぱバラバラになるとか、誰かが囮になるとか、そういうんじゃダメなんだよ!」
「だからってどうすんだ!! お前がマジで対峙したら、この辺吹っ飛ぶぞ!!」
 此処まで双子の意見が割れる事態になるとは思わず、サクリファイスの口から驚きと同時に、はぁっと大きなため息が漏れる。このまま喧嘩をしていても、事態は好転しない。それに、傍らの小さな少年も、心配そうにおろおろと二人を見上げている。
「落ち着け!」
 双子の口論がぴたっと止む。
「戻るなら、皆で戻ればいい!」
 もし、万が一、あの悲鳴に戻って誰も居なかったら、サクリファイスが剣を抜き短期決戦で収束させればいい。
「だから、君たちがあれと呼ぶモノの情報をもっと教えて欲しい」
「情報って言われても、あれが羽根ってことで」
「オレ達を捕まえようとしてるってことくらいしか」
 双子は自分達の追跡者をよく分かってないということは、充分分かった。
「ならば、まずはあれを阻止しよう」
 そのほかのことは、あとでゆっくり教えてくれ。と告げて、サクリファイスは、双子と少年と共に悲鳴が会った場所へと走った。







 悲鳴の先は、向かおうと思っていた白山羊亭ではないか?
 アレスディアと逆に走ってくる、怯えた様な表情の人々と喧騒。
 何か大事が起こっていることが感じられ、アレスディアの足が速くなる。
「む、これは、いったい……?」
 白山羊亭の入り口と、自分との距離の丁度中央あたりにいる異形の物体。
 その余りにも異質なそれに、辺りを通りかかった人々は逃げ出したのだと推測できた。
 そして、入り口辺りに見知った顔と、そうでない顔を見つけ、とりあえず悲鳴の主は助けられたのだろうことを瞬時に察した。
 真っ黒で何処が正面かよく分からなかったが、白山羊亭に向いている方を前とするなら、こちらは背。その背から、ハリネズミのような棘が一瞬にして生える。
「!!?」
 攻撃の標的がこちらに向いた。アレスディアは辺りを見回す。
「そっちの人、危ない!!」
 青年の叫びと、アレスディアがコマンドを唱えたのは同時。
「…あっ!!」
 爆煙が上がり、叫んだ本人であるアレクサンダーは、眉根を寄せる。
「……大、丈夫」
 千獣がそっとアレクサンダーの服の裾を引っ張った。
 煙が風に乗って薄くなり、その中央に灰銀の鎧を纏った人物が現れる。
「避ければ、街や人が傷つくというのなら、この身で全て受けきるのみ……私の盾と鎧、易々とは貫けぬぞ。さあ、早く安全な場所へ」
 その後ろに子供を抱いた女性の姿が見えた。女性は小さく頷くと、その場から走って逃げて行く。
 その背に向けて放たれるかもしれない攻撃に対して、アレスディアは身構えたが、異形は逃げるその背はどうでもいいと言わんばかりに、微動だにしない。
「騎士だ……」
 人々を、身を挺して守り、灰銀の鎧を纏い盾と剣を携えたアレスディアの姿に、アレクサンダーの口から思わず呟きが零れる。外套をはためかせ全身鎧に身を包んだ姿は、雑用係も同然だった自分とは全然違う。あの人は、どの国の騎士なのだろう。そんな思いが一瞬頭を過ぎるが、今はそんな時ではない。
「スイッチが何時入るのか分からないが、あの攻撃は厄介だな」
 オセロットは、未知の相手とは距離をとり、様子を見たいと思っていたが、こうやって流れ弾が発生する可能性を考えると、まずは被害を最小限に抑えるために、相手の遠距離を塞ぐことを考える。
「仕方ない」
 射撃は控え、短剣での接近戦闘を仕掛けようか。
「……っ」
 千獣は、少しだけチリチリと感じた痛みに、眉根を寄せて翼を見る。翼の所々に黒く変色した部分を見つけ、さきほどルディアを庇って翼で攻撃を受けたことを思い出した。
「スライ、シング、エア……で」
 異形の攻撃を肉体で受けることはあまり得策ではないと判断し、それならば肉弾戦も同じだろうと、自身の聖獣装具を呼び出す。
 攻撃態勢に入った冒険者二人を見やり、アレクサンダーはどうするべきかと考えた。二人が攻撃をするというのなら、自分は知らずにこの場にやってきてしまう人や、異形が攻撃を向けた力なき人々を守るために行動しよう。
 だが、もし、あの攻撃が建物を壊したら――
「白山羊亭に残っている人を、裏口から遠くに避難させてきます」
「そうだな、頼もうか」
 出来るだけ戦闘は長引かせたくはないが、万が一ということもある。アレクサンダーの提案に、オセロットは頷く。
「ああ、そうだ」
 名前を知らないと不便だ、と、今はその場に居る面々の名前だけ紹介しあった。









 千獣はスライシングエアを投げる。透明な風の刃を携えたそれは、異形に向かって飛んでいく。
 けれど、異形の身から生成された無数の棘が、本体を守るよう、犠牲となって刃に切り裂かれる。
「……効く?」
 刃によって切り落とされた棘は、地面に落ちると煙となって消えていく。防御の構えを取るということは、それなりに有効ということだろうか。
「やはり、本体に何かあるか」
 異形ではあるが、胸をそらせて立つ片翼の首なしは、かの石像を思い起こさせる。しかし、あの異形が石で出来ているようには思えないし、ましてや通常の生物にも見えない。何か、あの異形を動かしている動力源があるのではないか。そう思いながら、オセロットは短剣を手に、足首に力を入れて一気に間合いをつめた。
 もし刃で殴りかかって刃が折れても困る。短剣の柄で異形を殴りつけるが、それは一際太い針によって阻まれる。
「便利に出来た体だな」
 体から生える針が、腕が無い代わりを十二分にも、いや、それ以上に果たしてくれている。
 オセロットは何度も何度も殴打を繰り返すが、まるで組み手のように針に阻まれ、苦笑するしかない。
 たとえ生物であろうと無機物であろうと、狙われたくない場所、には違う反応がある……と思いたいが、これではどうにも埒が明かない。
「……オセロット!」
 名を呼ばれ、ちらりと後ろを振り返る。
 千獣はスライジングエアを飛ばし、それと同時にオセロットは正面から殴りかかった。
 先ほどと同じように、オセロットの殴打は針によって阻まれる。けれど、
「……効く!」
 操作されたスライシングエアは、異形の背後に回りこみ、その背を切りつけることに成功した。
「棘と針は同時には出せないようだな」
 遠距離に対応した棘と、近距離に対応した針。それを同時に行うことは、どうやら出来ないらしい。
 一通り攻撃をしたと判断したのだろうか、異形が足元から浮かび上がる。それは確かに飛び上がったのだが、羽ばたきはない。
「逃がさ、ない……!」
 千獣が放つスライシングエアの鎖が、異形を拘束し、この場へと引き釣り下ろす。
「何処へ向かおうとしていたのかは分からぬが、此処に留まっていただく」
 アレスディアは、地面へと下ろされた異形に向かって、長剣『征竜』を手に切りかかる。攻撃に特化した黒装ではないため、一撃で征するということは出来ないが、この鎧であれば異形の攻撃を受け流して、ダメージを与えることができる。
 幸い、それが可能であることを、千獣とオセロットが見せてくれた。
 アレスディアの攻撃から防御のために伸びた針を切り落とす。
「なるほど、石ではないようだ」
 オセロットの呟きに、アレスディアは胸中で首を傾げるが、攻撃の手は止めない。
 まるでスライムのように、スライシングエアの鎖の間から伸びる針は、アレスディアの剣と、柄から刃へと攻撃法を変えたオセロットの短剣を受け止める。
「町の人の避難終わりました! こっちはどうですか!?」
 アレクサンダーは離れたときのように、白山羊亭の裏口から店の中を通ってこの場へと戻ってきた。
 千獣のスライジングエアの鎖で地上に絡め取られた異形。この場に用はないと言わんばかりにもがいているように見えるが、鎖からは一向に逃げられない。
 彼女達の連携は見事で、あの異形もこのまま倒すことが出来るのではないか、そんな事を思った。
 しかし、アレクサンダーはこの状況の中で、あの異形がどうして急にこの場に現れたのか、何が目的で、何を狙ってきたのか、それが気になって仕方がなかった。もし、自然とわいたものではなく、使役されているのであれば、あの異形を倒しただけでは終わらない。
 あの異形は、本当にあいつだけなのか?
 アレクサンダーは異形の様子や辺りを確かめる。
 万が一、2体目の異形や、使役者が近くにいやしないかと、警戒の色を瞳に乗せて神経を傾ける。
「アレクサンダー」
 ふと声をかけられ、アレクサンダーの肩がびくっと跳ねた。
「は、はい!」
「何か遠距離の魔法だとか、そういったものは使えないのかな?」
 オセロットの問いかけに、アレクサンダーはシャイニングソードを思い浮かべる。
「ないことも、ないというか……」
 返答に言葉を濁す。意識を集中して召喚するあの剣は、投げることはできるが、そもそも遠距離型の武器ではない。異形が片翼であろうとも翼を持つ以上、飛んだとしたら投げて攻撃しようとは思ってはいたが。
「遠距離が得意でないなら、あれの相手をお願いできないだろうか? その間を縫って、私はこれをあれにねじ込む」
 そう言って、オセロットは小銃を取り出し、どうしてそんな事を言い出したのか合点が行っていないような表情のアレクサンダーに重ねて言う。
「あれは、どうやら近距離と遠距離の対応を同時には行えないようでね」
 近距離に集中させることで、遠距離からの攻撃を確実にヒットさせたい。その為に近距離での手数を減らしたくはない。
「なるほど、分かりました」
 正直、アレクサンダーの剣の腕は人並みで、加えて言うなら実戦経験も殆どない。それでも、必要とされているなら、断れない性分で。
「僕の剣が役に立つのなら、やります!」
 アレクサンダーは腰の剣を抜き、異形に切りかかる。
「もう少しだと、思いたいな」
 オセロットは小さく呟く。どうにも未知の相手過ぎて、対処法は分かってきたが、決定打が見つからないことが、歯がゆい。
「押さえ、られ、ない、ほどの……力、じゃ、ない……から……」
 その呟きに、多少の時間はかかりそうだと予感した千獣は、逃がすことは無いから大丈夫だと応える。
 それでも、鎖を持つ手から少しでも力を抜けば、持って行かれてしまいそう。それほどに、異形はこの場からの離脱を望んでいる。
 完全に倒す方法が見つかるまで、絶対に逃がさない。
 千獣が動きを抑えているため、異形が避けることはないだろう。そして、接近戦に対応するため針を出した瞬間、オセロットの神の眼によって軌道計算された弾丸が、確実に異形に向かって放たれる。
 弾丸は、まるで風穴を開けるように異形を貫通し、痛みがあるのかどうか分からないが、大仰にその身を捩じらせた。けれど、動きが止まったわけではない。
「…やった!」
 光明が見えた――と、そう思った瞬間だった。

「「あ、あれ? 皆」」

 次の被弾に備え、辺りを伺っていたアレスディアの後ろから、聞き知った声がかかる。
「やはり、アッシュ殿であったか」
 先ほど白山羊亭に向かう道筋で見た、銀の頭。
 突然の双子とサクリファイスの登場に、千獣はやっぱりという表情をし、オセロットはやれやれと息を吐く。
 ――もう一人小さな頭があるが、それは後で考えることにした。
 この、異形が居ることを忘れてしまったような、一瞬。
「「アレス!!」」
 双子が顔面を蒼白にして、叫ぶ。
 双子と異形の対角線の間、異形の背に、アレスディアは居る。
「「逃げろ!!」」
 異形の太い針が背後を一点に捕らえて伸びる。
 双子は杖を構え、アレスディアはそれを盾で受け止め、数歩後ろにたたらを踏んだ。
 異形は、風穴を空けられたことなど無かったかのように、まるで誇るかの如く大きく胸をはる。
「……っ!?」
 千獣の瞳が瞬かれた。スライジングエアの鎖が無理矢理引き千切られたのだ。
 まるで、全身が棘達磨になってしまったかのような異形から、全ての棘が双子達に向かって飛ぶ。正確には――
 まずい! と、双子が魔方陣を展開した瞬間、アレスディアは背後の皆を守るように盾を構え、異形からの攻撃を全て受け止めた。
「「なっ…!?」」
 先ほどとは比べ物にならないほどの質量を伴った棘に、アレスディアの足元の地面が少しずつ削れ、双子達の方に向かって押し返されてくる。だが、その全てをアレスディアはその防御力を使っていなしてしまった。
 ふと、異形の攻撃が止む。
 異形の身体に、新たなる風穴と、光の剣が突き刺さり、刃によって切り裂かれた痕が刻まれる。
「なるほど、攻撃と防御を同時に行うことも不得手のようだ」
 オセロットは、貫かれ、切り裂かれた異形を見やり、最後の決定打を探す。
「「……………」」
 ペタン。と、双子は膝から力が抜けたようにその場に座り込んでしまった。
 双子が現れたとたん攻撃力が増した異形に、アレスディアは、ふむ、と、何かを納得したように息を吐く。
「街の人々を攻撃した様子から、好意的でないと感じていたが、もしやあれに追われておられたか?」
「え、あ……」
「うん。そう……」
「では、ますます捨て置くわけにはいかぬな。ここで、征する」
 アレスディアは再度、盾と剣を構えなおし、異形を正面に見据える。
「やれやれ、あなた達の心配は杞憂で終わりそうだ」
 魔断を抜いてでも、双子達がサクリファイスに話した対処法を実行するつもりでいたが、この場に集う面々にその必要は無さそうだと安堵の息を漏らす。
「普通の剣も持ってきたのは、正解だったか」
 やはり、皆が居る場で魔断を抜くというのは、あまりしたくはない。今のこの戦いが短期決戦とはならなくても、これだけメンバーがいれば倒すことが出来る。
「私にできる事はあるか!?」
 アレスディアに肩を並べるように、サクリファイスは駆け出す。
「勿論だ」
 サクリファイスに向けて、オセロットが今までの攻防から導き出した、棘と針の役割を手短に説明する。それは、間違いなく双子達よりもあの異形を理解していた。
「と、言うことは、私の役目はあの異形を、接近戦闘に集中させることだな」
 そうやって遠距離攻撃を確実に当てる。
 人間で言うところの、わき腹や太ももあたりに切り裂かれた傷や、腹や胸あたりに風穴を空けても、動きが多少鈍くなるばかりで、目標を見つけた異形の動きは止まない。
「凄い……凄い、ん、だけど……」
「でも、これだけじゃ……ダメ、なん、だ」
 異形が形成した身体は明らかに消耗していたが、本体まで攻撃が行っていないように思う。
「アッシュ! サック! これは、どうすれば倒せるんだ!?」
 異形の向こう側からオセロットが尋ねる。
「その腐った中のどっかに羽根がある!」
「それが、本体だ!」
「羽根?」
 単純に考えて、この片翼を構成する一枚一枚が羽根なのだが、“どっか”という言葉が示すならば、そうではないのだろう。
 しかし、動力源があることは分かったが、異形を見ても、何処にそんなモノがあるのか一向に分からない。
 そうこうしている間にも、異形は動きを止めず飛び上がり、不恰好になった体さえも気に留めないように、双子に向けて円錐槍と称してもいいような巨大な針を向けていた。
「やらせ、ない……!」
 先ほど、スライシングエアの鎖は無理矢理引きちぎられてしまった。鎖での拘束が無理ならばと、千獣はスライシングエアを飛ばし、動かない飾りのような片翼を切り落とした。
 片翼さえもなくした異形はトルソーのようで、いっそう生物から離れていく。
 一瞬バランスを崩したように見えたが、それは本当に一瞬のこと。
 標的をこちらに向けたままの針を見つめ、双子は杖を持つ手に力を込める。
「あれは、なんていうか力の表面化っていうか」
「あん中を本体がひらひら移動してるっていうか」
 切り刻んだとして、その中に羽根がある確立は低い。双子は異形を殆ど分かっていなかったが、消滅させる方法を知らないわけではなかった。ただ、以前に双子がそれを実行した際、全くの無事で済んだわけではなかったから、したくなかった。
「「方法は――…」」
 何かしらの圧倒的な力によって、一瞬の内に消滅させること。そうしなければ残った部分に本体である羽根が移動し、元に戻る。
 針が飛び込んでくる。
 その先を受け止めるように出現する氷の柱と、焼き尽くさんばかりの炎がうねる。
 炎に包まれた異形は、金属を切断する時に生じるような火花を辺りに撒き散らしながら、その速度を失っていく。殺傷力を削がれながらも炎の先を抜け、氷の柱に針先がたどり着いた瞬間、異形は抱き込まれるように氷の中に閉じ込められた。
 一旦の動きを封じたことで、はぁっと誰もが息を吐く。
「しかし、このまま捨て置くわけにはいかぬ」
 いつ氷の中から飛び出してくるか分からないため、アレスディアは警戒するように異形から目を離さない。
「羽根……壊す……」
「一気に消滅させるような力、か……」
 千獣の感覚や、常人より優れた眼を持つオセロットでさえ、どの部分にあるのかさっぱり分からない羽根を確実に壊すためには、確かに一気に消滅させるのが一番なのだろう。
 そんな圧倒的な力を持つような人物なんて――…
「あなた、達、には……出来ない、の……?」
 千獣は以前の双子の様子を知っている。だが、双子はとてもバツが悪そうな顔を千獣に向けて、ちらりと自分達に引っ付いている小さな頭を振り返った。
(……あ…)
 エメラルド色のまん丸の瞳は、額に頂く宝石と同じように光を湛えている。事情なんて聞かなくても、あの子は双子と兄弟なのだと窺い知れた。
「あの、この翼どうしますか?」
 アレクサンダーは、切られて地面に落ちた、腐った何かを寄せ集めたような黒色をした異形の翼を指差す。
「消えて、ない……」
 千獣が弾き飛ばしたり、切り落としたりした棘と違い、翼はそのまま煙にならず地面に落ちている。消えていないということは、この異形、意思となるようなものがあるように思えないが、自分の“身体”は認識しているように思われた。
「一気に消滅させなければいけないなら、この翼も含まれるのではないだろうか」
「そうですね。なら、逃げるという言い方はおかしいけれどっと」
 今まで蓄積した異形の情報を基にしたオセロットの言葉に、アレクサンダーは頷き、翼を地面に縛り付けるように剣を突き刺した。
「思うんだが」
 それまで全く口を挟まなかったサクリファイスが、口元に手を当てて何かを考えるように一拍置いてから告げる。
「羽根よりも小さく切り刻む、もしくは粉砕するという方法では無理だろうか?」
 水は幾ら殴ってもその動きに添うだけだが、氷は殴れば砕け散る。
「なるほど」
 要するに、砕いた欠片を凍らす――もしくは凍らせてから砕けば、いくら本体である羽根が移動しても、凍った中に閉じ込められ最後には砕け散らせることができるのではないか。
 幸い、こちらには今、冷凍を得意とする者が居る。









「あれだけ頑張ったのに、なんか凄く地味だ……」
 切り刻まれ、凍った異形の欠片を剣の柄で粉砕しながら、ぼそりとアレクサンダーが呟く。
「あー、なんか、悪かった……」
 双子の片方が、申し訳なさそうに柳眉を下げてこちらを向く。
 いえいえこれで異形が居なくなるなら。と、にこやかに返そうとしたアレクサンダーは、そういえばと疑問に思っていたことを口にした。
「どう見ても、あなた達が狙われていたのに、なぜルディアが攻撃されたのか、教えてくれないかな」
「それは、是非とも理由が知りたいな」
 渡りに船と言わんばかりに、アレクサンダーの質問にオセロットが乗っかる。
「「うっ……」」
 同じタイミングで、ぐっと言葉を詰まらせる辺り、双子なのだなぁと思いながらも、返事を待つ。
「オレ達が狙われてたわけじゃなくて」
「狙われてたのは……」
 双子が視線を向けた先には、作業が終わるのをじっと待っている少年。
「多分、ルディアが立ってた場所に、俺達が“居た”からだと思う……」
 確かにあの時、ルディアは二人を追いかけて店を出た。
「それならば、此処に到着した際、私が攻撃された理由が分からぬ」
「いや、それもアレスディアにじゃなくて、その向こうの先にオレ達がいたのを察知したんだと思う。多分」
 だから、降りかかる事象への対応を終えたと判断して、飛んでいこうとした。
「ねえ……羽根、は、生き物、が、持つ、もの……でしょう?  あれ、は、生き物、の、感じ……しな、かった……」
 何の羽根? それとも、羽根の形をしてるだけ? どうしてこんなに腐ったような色をしているの?
 凍ってしまえば触っても大丈夫だろうと、獣の腕で異形の氷を砕きながら、千獣が問う。
 が、何かを思い出したように、双子の顔からさっと色が抜けた。
「……アッシュ? ……サック?」
「わ…悪ぃ……」
「何でもない…」
 そんな顔色で何でもないだなんて言わないで欲しい。千獣は眉根を寄せるが、双子は見ていない。
「生き物……ああ、確かに生き物の“羽根”だけど、鳥みたいに飛ぶための羽根じゃない」
「力の塊だ。背中から溢れ出る力が、翼みたいに見えるだけ。そこから抜け落ちた“羽根”」
「羽根があんな変な形になって、自立行動をするなんて、どうなってるんだい? それがあの子を狙ってるなんて。それに、あなた達みたいな子供だけで、危険だと思わないのか!?」
 より近くいたサックは、アレクサンダーにぐいっと詰め寄られ、たじろぐように瞳を泳がせる。
 どうにも相手が年下(見た目)だと、アレクサンダーの口調は素に近くなるようだ。ついそうなってしまうのは、その方が子供に親しみを持ってもらいやすいというのも、あるのだろう。
「そう言われても、なぁ……」
「だって、俺達しかいねぇし…」
「もっと大人を頼っていいさ。本当は、最初は、そうしたかったんじゃないのかい?」
 小さいあの子が、白山羊亭の扉を潜った時、護ってくれる――助けてくれる手を捜していたのではないか。
 そう問いかけるアレクサンダーに、双子は顔を見合わせる。
「「頼れる大人……か……」」
 ふと双子の脳裏に一人の人物が浮かぶが、頼ることはできないと、お互い諦めの表情でふっと笑う。
「そういえば、あなた達には名乗ってなかったね。僕はアレクサンダー。アレクサンダー・カワード」
「オレがサックで」
「俺がアッシュだ」
 双子は、ちょいちょいっと、じっと待っていた少年を手招きする。
「「こいつが、ライムだ。おれ達の弟」」
 双子の中央で、片腕をそれぞれぎゅっと抱きしめて、ライムはじっとアレクサンダーを見上げた。その、透かすように瞳に、アレクサンダーは微笑みを返す。しかし、ライムはすっと双子の後ろに隠れてしまった。
「あ、あれ……?」
 そこまで警戒されるとは思わずに肩を落とすが、隙間からじっとこちらを見ている様子に、嫌われてはいないようだ。
 念には念をと、砕いた異形の欠片を償却処分していたアッシュの作業が終わり、まるで嘘のように異形が存在していた証拠が何も無くなる。焦げた跡さえないのだから、異形の話をしても嘘だと笑われてしまいそう。
「お株を全てアレクサンダーに持っていかれたような気がするが、私も彼の案には賛成だな」
 凍った異形を何度も砕いて柄が馬鹿になってやしないかと確認しながら、オセロットはふっと笑う。
「え、僕なにか言いました?」
 純粋に子供だけで行動するのは危ないと、言っただけだと思っているアレクサンダーは、ただ首をかしげる。
「……あなた、達、は……いつも、そう……」
 千獣が双子と初めて会った時も、自分達だけで解決しようとして周りに迷惑を撒き散らした。そのことを――最後には折れたが――を思い出して、譲れないとばかりにじっと見つめる。
「あのような異形にこの先いつまた襲われるか分からぬ。そのような状況が起こりえると知ったのに、放っておけるとお思いか?」
 この子達を護る――護り通すことで、あの時の事を無かったことにすることは出来ない。それでもこれは、新しい誓いになる。
 鎧装から黒装へと戻ったアレスディアの瞳が真直ぐすぎて、双子もぐっと息を呑んだ。
「私だって……それに、ルツーセだって、知らないところで誰かに居なくなって欲しくないんだ。面倒ごとならいくらでも巻き込まれる。だから、ここに居てくれないか?」
 そして、できることなら、彼らの兄にもその顔を見せてあげて欲しいと、サクリファイスは諭す。
 双子はただぽかんと口をあけ、そしてお互いと弟をそれぞれ見て、堪えきれないとぶっと笑いを零した。
 突然の笑い声に、誰もがそちらに視線を向ける。
「ああ、もう!」
「なんで、あんた達は!」
「「そう、お人好しなんだよ!!」」
 そんな危機感の全くない笑い声に、誰ともなく釣られて笑いあう。
 静かになったことで、町の人が少しずつ戻ってきた。
「ルディア達に知らせてきます」
 と、アレクサンダーは走っていく。非難した白山羊亭にいた人々がどこにいるのか知っているのはアレクサンダーだけなので、そのまま任せる。
 オセロットと千獣は、これからまたやってくるかもしれない異形について何やら話し合っていた。
「あおぞら荘へ、向かわれてはどうだろうか?」
 双子と弟がエルザードで身を寄せるとしたら、あおぞら荘に連れて行ったほうがいいだろう。あそこには、彼らの長兄がいる。そんなアレスディアの提案に、サクリファイスも頷く。
「私もそれがいいと思う」
「では、サクリファイス殿、案内を頼めるだろうか」
「アレスディアは?」
 尋ねるサクリファイスに、アレスディアは砕けたレンガが転がる街道を、指差すように身体を向ける。
「攻撃を受け止めるためとはいえ、削ってしまった街道をこのままにしておくわけにはいかぬ」
 直すことは出来ないが、ある程度綺麗にしておくことは出来るはずだ。
「じゃあ、俺達も付き合うよ」
「そもそもオレ達のせいだし」
 双子も片付けに参加しようとして、引っ張られて動きを止める。そんな様子に、アレスディアはふっと笑った。
「いや、アッシュ殿達は、早めに向かわれた方がよかろう」
「「悪ぃな」」
 その方が、きっと誰もが安心する。
 双子は弟を抱え、サクリファイスは背の翼を広げて飛び上がる。
 その背は直ぐに見えなくなってしまった。
「相変わらず、早いな……」
 オセロットがぼそりと呟く。もし、飛ぶ彼らに追いつけるとしたら、千獣くらいだろうが、当の千獣はせっせとアレスディアの片付けを手伝い始めていた。
 飛びながら、サクリファイスは棚の上に置いておいた質問を取り出す。
「教えてくれないか」
 屋根の上で顔を合わせた際に、サクリファイスが尋ねたことへの答え。その静かな声に、双子の瞳が一気に集中する。
「ルミナスは一緒ではないのか?」
 ルツーセが言っていた。末の弟を助けるために、双子がルミナスを連れて行ったと。ならば、なぜルミナスは一緒ではないのか。
「真っ黒な羽が居た」
「腐った羽が居た」
 双子はぞくっと身を振るわせる。最後に、ニタリと笑う口を見た。
「「兄貴は、おれ達を逃がしてくれた」」
「あんたは」
「何処まで知ってる?」
 サクリファイスは、ルミナスの口から、ルミナスが末の弟にしたことも、双子が怒っていることも聞いた。その、すれ違いも含めて。
「「そっか…」」
 あの場で、あの腐食した羽を見て、ルミナスが知りうる一番強力な方法でライムを護ったのだということを、双子もやっと認識した。それを理解しようともせず、解けと迫ったのは自分達だ。
「だから、護る」
「それが、約束だ」
 自分たちの願いを聞いてくれた、ルミナスの願いだから。 
「それで、ルミナスは……」
「「分からない」」
「いや、たぶんあいつに捕まった」
「兄貴は知ってた。捕まるって」
「そうか……」
 返された双子の言葉に、サクリファイスは肩を落とす。行けるものなら今すぐにでも助けに行きたいが、彼はもう手の届かない所に居る。今はもう、無事を願うしかないのだろう。
 あおぞら荘の前に降り立ち、サクリファイスは、双子にくっつくライムに視線を合わせるように腰を落す。
「やあ、ライム。私はサクリファイス。何はともあれ、あなたが無事で良かった」
 そう微笑みかけても、ライムは双子の後ろに引っ付くだけで、何かを返してくれることはなかったが、それでもルミナスが気にしていた末弟が今ここに居ることが嬉しかった。





















☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【3087】
千獣――センジュ(17歳・女性)
異界職【獣使い】

【2872】
キング=オセロット(23歳・女性)
コマンドー

【2919】
アレスディア・ヴォルフリート(18歳・女性)
ルーンアームナイト

【2470】
サクリファイス(22歳・女性)
狂騎士

【3876】
アレクサンダー・カワード(20歳・男性)
冒険者



☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 翠玉の追復曲にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 対応も大事だけど、どちらかというと双子に会えたことでそうなったかを聞きたそうだなと思ったので、そっち方面に比重を置いたら、ほっとんど異形の対応に参加しないような形になってしまいました。すいません。
 それではまた、サクリファイス様に出会えることを祈って……