<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
あと一歩
どこかで鐘のなる音が聞こえてくる。
荘厳な鐘の音は、まさに教会の鐘。ここから旅立つ二人を祝福する鐘の音だった。
6月。それはジューンブライドと言う、花嫁にとっては憧れの月……。
*****
真っ白な壁の大きな教会の前に、二人の男女の姿があった。
すらりとした長身の女性は純白のウェディングドレスに身を包まれ、傍らに立つ男性もまた真っ白なタキシードを身に纏っている。
二人とも真っ直ぐに目の前にある扉を見つめて立っていた。
「……ふふ」
ふいに、女性が小さく笑った。
「さっき横になったばかりだと言うのに、もう夢の中なんですのね」
くすくすとおかしそうに笑うこの女性の名はブランネージュ。その彼女を見上げたのは、レインと言う男性だ。
「ブランネージュさん?」
不思議そうに微笑むレインに、ブランネージュもまた少しばかり頬を染めて微笑み返した。
「わたくし、あなたとこうなる事が夢だったんですの」
「え……っ」
突然の申し出に、レインは思わず瞬間的に顔を赤らめて、彼女の方を振り返り顔を直視してしまう。そんな彼の様子を見たブランネージュはくすくすとおかしそうに笑った。
「あら。あなたはそうじゃなかったんですの?」
微笑んだまま、まるで茶化すかのようにそう言うブランネージュは、今目の前にいるのがレイン「本人」だと言う事に気付いていない。そしてレインもまた、そんな彼女が本人だとは気付いていなかった。
あぁ、そうだ。これはあと一歩へ結びつけるための夢なんだ。そして彼女は本人じゃなかったっけ。
そう思うと少しばかり躊躇いながらも、首をブンブンと横に振った。
「まさか。ボクもブランネージュさんとこうなりたくて仕方がなかったんです。ボクの最高の夢ですよ」
そう言って頷くレインを見て、今度はブランネージュが頬を染める番だった。
「も、もう。そんなにハッキリと宣言されたら恥ずかしいですわ……。でも、あなたも同じように思っていてくれただなんて、こんなにも嬉しい事はありませんわね」
「ブランネージュさん……っ」
思わず胸が一杯になってしまったレインは、胸が詰まるような想いだった。
「もちろんです。ボクにとってあなたは最高の人です。そんなあなたとここに立っていることがまるで夢のようで……」
「夢、ですわよ?」
赤くなっているレインの頬をちょんと指先で突付きながら、ブランネージュがどこか気恥ずかしそうに言う。
レインはあっと短く呟き、頷いて見せた。
「でも、二人揃って今この場所に立っている。これはきっとボク達の“あと一歩”だという事ですよね」
「えぇ。そうですわね。ここに立っていると言うことが、その証拠ですわ」
「ここでの儀式を終えれば、本当のあと一歩です」
レインは目の前の扉を両手で押し開けると、軋む音などなくまるで風を切るかのようにサァッと扉が開いた。
中には長いすと、大きなパイプオルガンが見える。
本当なら立って立っているはずの聖職者の姿も、二人を祝福するために集まる人々の姿も誰一人としていない。完全な二人だけの空間だ。
ブランネージュはそっとレインの腕を取り、二人は前を向いて誰もいない教会の中を一歩、また一歩とゆっくり歩を進めた。
真っ赤な絨毯を敷き詰められたヴァージンロードを踏みしめる二人の足取りは軽やかだった。
祭壇の近くまで歩み寄ると、二人は祭壇に置かれていた二人のための指輪を見やり、そしてゆっくりと向かい合って立つ。
レインはそっとブランネージュの手を取り、すこしばかり恥ずかしそうにしながらも誓いの言葉を口にした。
「私、レイン・フレックマイヤーはブランネージュ・オーランシュを妻とし、病める時も、健やかなる時も、いかなる時においても慈愛の心を忘れず生涯あなたと添い遂げる事を誓います」
少し硬かったかな、とレインは照れ笑いを浮かべると、ブランネージュはくすくすと笑いながら首を緩く横に振った。
「わたくし、ブランネージュ・オーランシュはレイン・フラックマイヤーを夫として、生涯愛し抜くことを誓いますわ。ずっと、ずっと愛し抜きますわ」
あまりに情熱的なその言葉に、お互いに照れ笑いを浮かべて微笑みあった。
レインもまた、彼女に続いてもう一度言葉を告げる。
「ボクも、ずっとずーっと、ブランネージュさんを愛し抜きます。何があっても絶対です」
「ふふ。嬉しい」
レインはそっと指輪の小箱に手を伸ばし、ブランネージュの指輪を摘みあげるとそっと左手の薬指にはめると、彼女は自分の指にはまった指輪を感無量に見つめる。
ブランネージュもまた、レインの指に指輪をはめると、互いに指輪を見つめあい照れ笑いを浮かべる。
「……それじゃ、誓いの口付けを……」
レインが手を伸ばし、ブランネージュのヴェールに手を掛けると彼女はそっと瞼を閉じ僅かに膝を折った。
するりと肌触りの良い透明なヴェールを上げると、大好きな人の顔がハッキリと見て取れる。
そして、そっと彼女の肩に手をかけると引き寄せあうかのように互いの唇が重なった。
ほんの少し、軽く触れるほどのフレンチキス。それがなぜだかくすぐったくて、思わず笑ってしまった。
「何だか、くすぐったいですわ」
「それなら、もう少し長く……しますか?」
そう呟いたレインに、ブランネージュは薄っすらと染め上がっていたはずの頬を真っ赤に染め上げ、頬に手を当てる。
「も、もう! わたくしをからかってるんですか?」
「ち、違います! 違います、けど……」
自分から言っておいて、レインはブランネージュ以上に顔を真っ赤に染め上げてしまった。
「うふふ。冗談です。レインさんたら、すぐ真っ赤になるんですもの。からかい甲斐がありますわ」
「ええぇ?!」
ただ戸惑うばかりで、レインは頭の上に生えた耳をペタンと倒してしまう。
そんな姿を見たブランネージュは、「だけど……」と言葉を付け足して彼を見つめた。
「半分は本当ですよ」
「ブランネージュさん……」
「さぁ、結婚証明書にサインしましょ。これにサインをしたら、本当にわたくしたち、あと一歩ですもの」
祭壇に置かれていたペンを手に取り、それをレインに手渡した。
レインはペンを握り締め、目の前に置かれていた結婚届の自分の名前の欄にさらさらと名前を記す。そしてブランネージュも続いて自分の名をそこへ認めた。
ペン立てにペンを戻すと、どちらからともなく二人はまた互いに見詰め合う。
「ボク、きっとあなたを幸せにしてみせます。後悔なんてさせませんから」
「それなら、わたくしもあなたに精一杯ついていきますわ。だから、絶対にこの手を離さないで下さいね」
「はい。約束します」
お互いの顔が幸せに染まっている事を確認できる。そんな自分達の姿を満足そうに見つめ合うと、二人は再びどちらからともなくそっと唇を重ね合わせるのだった。
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