<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
〜見えかけた糸口〜
「えーっと…こいつはこっち、これはここ、っと…」
植物の精緻なデッサン画を、名前や効能などを書いた羊皮紙の上に、間違いがないよう、ていねいに置いていく。
昼からずっとその作業を続け、既に月がぽっかりと空に浮かんでいるのだが、フガク(ふがく)はまったく飽きる気配がなかった。
元々、黙々と地道な作業をおこなうのを苦にしない松浪心語(まつなみ・しんご)ならいざ知らず、どちらかというと三日坊主の印象が強かったフガクが、こんなにも集中できているのは、誰の目から見ても驚愕に値した。
ふたりとも生活があるから、毎日こんなことができるわけではないが、仕事の合間を縫って、少しずつ植物事典の作成を続けている。
その日は見回りの仕事があっただけだったから、夕方には仕事が終わり、それからはずっとこうしてフガクの常宿である「海鴨亭」でせっせと事典づくりに励んでいるのである。
心語は今、フガクが書き終えた原稿のチェックをしていた。
最近は睡眠時間まで削って、フガクは原稿を書いているらしい。
ところどころ表現や表記にまちがいはあるものの、情報の正確さ、細かさには、学者ですら舌を巻くだろうと心語は思った。
それくらい素晴らしいものを、フガクは作ろうとしているのだった。
「うぁあ〜、つっかれたあ〜」
にかわを裏に薄く塗って、羊皮紙にデッサン画を貼りつけていたフガクが、急に天井に向かって両手を突き上げた。
デッサン画はいつの間にか机の上からなくなっていて、作業が終わったことを意味している。
「なあ、いさな、ちょっと休もうぜ〜」
どしっと、心語の肩に両腕を投げかけてもたれかかり、フガクが言った。
つぶされそうになりながら、心語は小さくうなずいた。
「確かに…少し…疲れた…な…」
「あー、そうだ。俺、下に行って、まだ女将が起きてるか、見て来るわ」
時間が時間なだけに、下の食堂が開いているかはわからない。
だが、さすがにこの時間から外にくり出す気にはならなくて、フガクはひらひらと片手を振って、階下へと降りて行った。
しばらくすると、階段のきしむ音がして、フガクがひょいと扉の間から顔を出した。
「女将が、残り物でいいなら出してくれるってさ。お前も、それでいいよな?」
そう言われると、急に小腹がすいて来た。
「あぁ」
心語は軽くうなずいて、事典を閉じ、その部屋を出た。
「ファバナ草ってさ、毒があるじゃん? あれって神経毒だよな? 毎年中毒で何人も倒れてるしさ」
「あぁ…パナル草の仲間だ…だから…神経毒だと…思う…」
「パナル草かー、確かに葉っぱの形、そっくりだもんなー」
魚の団子が入ったスープとパン、それにチーズをつまみながら、フガクと心語は休憩と言いながらも事典の話を続けていた。
事典の作成はまだ8合目といったところだが、完成への道すじは見えつつある。
最近の話題のひとつは、その事典の完成時期のことだった。
普段の仕事の入り具合や懐事情も加味して、だいたい冬前には終わらせようとふたりは決めていた。
「でさ、そのことなんだけど」
フガクはスープを口に運びながら、少し過去を思い出すような顔をした。
「この前の授業の後に、あいつに植物事典のことを話したんだ」
「…そうか…」
そういえば義兄には話していなかった、と心語は今さらながらに思い出した。
別に秘密にしていたわけではないが、ふたりの知識や努力でどこまでできるのか、最近になるまで目途がつかなかったからだ。
目途がついた今だからこそ、フガクは話をしたのだろう。
先をうながすように、心語はフガクをじっと見る。
彼はパンをちぎって、口に放り込むと、ほんの少しだけうれしそうに笑った。
「あいつ、すげーほめてくれたんだよね。だからさ、完成したら全体のチェックもしてくれって、頼んでみたんだ。そしたらふたつ返事で、やってくれるって」
それを聞いて、心語もうれしそうに口元をほころばせる。
とはいえ、それはフガクだからそう見えるだけで、他の人からは心語の表情は、一瞬前とどこも変わったようには見えない仏頂面のままだった。
「…それは、よかったんだけどね」
急に、フガクは含みを持たせるような言い方をして、ため息をついた。
心語はどうしたのかと首を傾げた。
「実はさ、その後に俺たちの一族の将来についても、ちょっとだけ話をしたんだよ。そしたらさ…」
そのときのことを、フガクはぽつぽつと語った。
心語の表情も、だんだん神妙なものになる。
「だから、あいつの気持ちは嬉しいんだけど、ま、現実的に、実現は不可能だろうって、俺は思って、そんな感じのことを答えといた」
今までうれしそうだったフガクの表情に、一抹の悲しみ、さみしさが舞い降りた。
その顔を見ているうちに、心語はふと、以前フガクが話してくれた「本物のフガク」が残した警告の手紙と、その内容について思い出した。
なぜそれを思い出したのかはわからない。
だが、心語は、その手紙と義兄の話が、何となく関係するような気がしていた。
「伝説の地」、そして「魔瞳族と戦飼族」――このふたつの言葉が交差するところに、真実が、未来が、あるのではないだろうか。
「おーい、いさなー?」
不意に、目の前に大きな手が現れ、ひらひらと影を踊らせた。
はっとして心語がその手の持ち主に目をやると、心配そうなフガクの顔が目の前にあった。
「大丈夫かよ、いさな?」
「…あぁ…問題ない…」
ぎこちなくうなずく心語の髪を、いつものようにくしゃっとなでると、フガクは食器を持って立ち上がった。
「もう夜も遅いし、今夜はここに泊まって行けよ。部屋あるか、訊いて来るからな?」
素直にうなずいた心語に、「よし」と一言告げて、フガクは食堂のカウンターの奥で、片づけをしている女将のところへ歩いて行った。
その背中をながめながら、心語は明日、義兄のところへ、フガクとどんな話をしたのか、聞きに行こうと考えていた。
〜END〜
〜ライターより〜
いつもご依頼、誠にありがとうございます!
ライターの藤沢麗です。
フガクさんと心語さんの共著は、
終着駅が見えてきましたね!
この世界でどんな評価を得るのか、
とてもとても楽しみです!
一方で、戦飼族の未来は本当に閉ざされているのか、
心語さんの気付きがカギを握りますね…。
それではまた未来のお話を綴る機会がありましたら、
とても光栄です。
このたびはご依頼、本当にありがとうございました!
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