<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


あおぞら日記帳










 エスメラルダ・ポローニオは、所属している商人ギルドの慣わしに従い、商人として一人立ちできる収入を得られるようになったため、今までお世話になった下宿を出ることになった。
 適当な下宿――もしくは、アパートメンを探してエルザードをぶらぶらしていると、一枚のチラシを見つけて飛びついた。
 其処に書かれている地図通りに進めば、お洒落なペンション風の見た目の建物が見えてくる。
「ここ……かしら?」
 下宿を取ると言うには其処まで大きい建物に見えないが、ハウスシェアに近い下宿なのかもしれないと思い直し、エスメラルダはドアベルを鳴らして、あおぞら荘の扉を開けた。
「え……?」
 中に入った瞬間、外から見ていた時と余りにも違う面積比に目を瞬かせる。
 食堂をかねたホールはそこそこ広く、日当たりもいい。
「あ、いらっしゃいませ」
 とっと。と、廊下の奥から出てきた白髪の少女――ルツーセは、エスメラルダを笑顔で迎える。
「チラシを見てきたのだけれど、あおぞら荘はここであってるかしら?」
「はい! 入居希望の方ね!」
 ルツーセは、チラシを見るなり話は早いと、エスメラルダを連れてサンプルルームとして案内している部屋へと向かう。
「何処の部屋も同じ作りにしてあるの。だから、何処を見ても一緒」
 そうしてたどり着いた一つの扉の前で、エスメラルダに開けた時中が見えるような体勢で扉を開ける。
「へえ、中々広いのね」
 今までの部屋が狭すぎたのかもしれない。これで家賃が時価なのだから、かなりお徳ではないだろうか。
「一応これがデフォルトなんだけど、内装や広さは自由にかえられるけど、どうする?」
 一瞬、広さを自由に、の部分で引っかかりを感じたが、振り返ったルツーセがさも当たり前とも言わんばかりの表情で立っていたため、あえて触れないことにする。
「ううん。これで充分! あたしには勿体無いくらい素敵な部屋になるわ!」
 これで、慣れ親しんだ四畳半・激安家賃ともおさらばか……
 そう思うと、人知れずホロリと涙がこぼれてくる。
「じゃあ、入居するって事でいいかしら?」
「勿論! あたしはエスメラルダよ。エスメラルダ・ポローニオ」
 エスメラルダは自己紹介しながら、握手を求めるよう片手を差し出す。ルツーセはその手を握り返し、
「大家の一人で、ルツーセ。他にも居るんだけど、追々ね」
 と、笑顔で答える。
「そうよ! 重要なこと聞いてなかったわ!」
 それは、部屋を借りる際の家賃のこと。
 部屋を見てしまって、ここにしよう! と、決めたまでは良かったが、もし家賃が予定しているよりもオーバーしてしまったら、諦めるしかない。
「家賃は、何でも構わないの。エスメラルダが自由に決めて?」
「え? それって本当に大丈夫なの?」
 商人として、品物に対してそれ相応の対価を払うのは当然のことだと認識しているエスメラルダは、この下宿の経営に少々不安になる。
「心配しないで。あたし達が考える価値の違いだと思ってくれればいいから」
「……それは、分からなくもないわ」
 行商に訪れたある地方で、意外なものがお金よりも価値があったりしたこともあった。むしろお金なんてただの塊というような集落だってあった。
「分かったわ。あたしが考える下宿の家賃、楽しみにしていて頂戴ね」
「うん!」
 エスメラルダが任せろと言わんばかりの笑顔に、ルツーセもつられるように微笑む。
「それから、何号室がいい?」
 そして、思い出したように付け足した。
「部屋は――」










 ここは1階の8号室。
 ドアプレートに刻まれた自分の名前を指でなぞって、エスメラルダは部屋の扉を開け放った。
 ベッドや簡単なサイドチェストと、テーブルセットが1組あるだけの部屋。内装はデフォルトの8畳フローリングのままだ。
 手渡された簡素な金の鍵をぎゅっと握り締め、これから始まる新生活に思いをはせる。
「っと、その前に、部屋を完成させなくちゃね」
 エスメラルダはお気に入りの家具や荷物をどう配置するか考える。

 カーペットはベッドの前がいいかしら。
 ベッドランプはやっぱりベッドの隣に置いてあるサイドチェストの上へ。
 そういえば化粧台もあったんだった!

 他の家具の置き場もいろいろと想像を膨らませる。それでも沢山の荷物があるというわけではないが、それでもどれもお気に入りの家具たちだ。
 梱包材をはがしながら、エスメラルダはこれから完成させる部屋の想像図を思い浮かべて、思わず頬を緩ませる。
「そうね、ベッドの位置をもう少しずらそうかしら……」
 そうすると、サイドチェストの位置も変わってくるし、これはなんとも重労働になりそうだ!
 試しにベッドに顔を埋めてみれば、そのふかふか加減に意識がふわりと飛びそうになる。
 夢見心地からなんとか頬を叩いて生還すると、よし! と、ない袖を捲った。
 サイドチェストの位置をかえ、ベッドを少し動かし、まずはカーペットを敷く。新居のために選んだカーペットからは、真新しい匂いがした。
 壁にそって空の洋服ダンスを置き、その横に化粧台を並べる。
 位置の決まった生活家具に中身を加えるため、ダンボールを開封する。服を並べて片付けて、最近少しだけ増えてきた化粧品を、1つ1つ確認しながら化粧台に仕舞う。
 多少殺風景感の残る自分の城に、これから自分色をつけていくのかと思うと心が高鳴った。
 今までどこか新品の匂いがしていた部屋に、少しだけ自分の匂いが流れたような気がして、エスメラルダは満足げに微笑み、最後の仕事とばかりに、サイドチェストにベッドランプを取り付けた。










 1日目は自分の城を作ることに費やしてしまった。
 完全に傾いた日を窓から眺めながら、エスメラルダはもう1頑張りとばかりに立ち上がり、ホールへと出る。
 食堂を兼ねたホールには、対面式のカウンターキッチンが備え付けられている。
 そういえば、後片付けさえするなら、食事は各自で自由にキッチンを使って作っていいとも言っていた。
 夕食の時間には少し早いが、少し小腹が空いてしまったのも事実。エスメラルダはキッチンへと入ると、見学がてら何があるか確認し始めた。
 とりあえず、砂糖と塩はある。同じ小瓶に入っているが、ちゃんとそれぞれにラベルが貼ってあるのは親切だ。
 食料を保管していると思われる戸を開ければ、ひやりとした風が頬にあたり、これなら生鮮食料品も置いて置けるかもしれないと思う。
 そして、上の戸棚を開けてみれば、沢山の箱菓子が積まれているのを見て、つい口元が緩んだ。
「もしかして、主食がお菓子なんてこと、ないわよね」
 朝と夕は出ると言っていたが、まだ一度も食堂で食事をしていないため、その真意は分からない。それはきっと、この後の食事で知れるだろう。
「あれ? エスメラルダさん、どうしたの?」
「こんにちは、ルツーセ――もう、こんばんはかしら?」
 キッチンは使っていいと言っていたから、見ていたことを手短に説明して、戸棚のお菓子を指差す。
「食べてもいいよ?」
「あらいいの? ありがとう。じゃなくて、あんなに沢山のお菓子、本当に食べきれるの?」
「うん」
 何のことは無いとでもいう表情で頷いたルツーセに、(見た目の)年齢の違いをひしと感じてしまう。
「どうせだから、そうね……あたしが何か作ろうかしら」
「本当!?」
 嬉しそうに食いついたルツーセに、エスメラルダは微笑み、何かリクエストはないかと尋ねる。
「じゃあ、オムレツ!」
「OK。待ってて」
 先ほど見た中に、卵もあった気がする。エスメラルダは記憶を頼りに戸を開けて、見つけた材料を台に並べ、てきぱきと調理を進めていく。
「凄い……エスメラルダさんは、料理ができるのね!」
 その言葉に、ここって朝夕は出るのではなかった? と、思ったが、あえて口にせず調理を進める。
「作ってくれたら、それも家賃に含めるけど、どう?」
「考えておくわ」
 他愛ないおしゃべりをしながら出来上がったオムレツ。
 ほかほかの玉子はふわふわで、穏やかな時をかもし出していた。


















☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【3831】
エスメラルダ・ポローニオ(20歳・女性)
冒険商人


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 あおぞら日記帳にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 ご入居ありがとうございます!現状、大家として動いているのはルツーセのみなので、その形で書かせていただきました。女の子らしい部屋ができたのだろうなぁと想像しながら書くのは楽しかったです。ありがとうございました!
 それではまた、エスメラルダ様に出会えることを祈って……