<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


決意の追複曲











 キング=オセロットは、後処理が済んだ白山羊亭と街道を確認してから、近場の店でいくつかお菓子を買い込む。あそこの住人は総じて菓子好きでもあるし、あの子供達も例外ではないだろう。ついでだからと店主に勧められて一緒に購入した茶葉は、どうやらこの菓子にとてもよく合うらしい。
 ドアベルを鳴らしながらあおぞら荘の扉を開けると、そこに居る見知った顔に、一瞬おや? という気持ちになったが、直ぐに記憶を手繰り寄せ、笑みを浮かべた。
「そういえば、アレスディアはここに下宿していたんだったな」
「うむ。世話にならせていただいている」
 答えたアレスディア・ヴォルフリートは、自室が近いこともあってか、いつもの槍も持っておらず、多少服装もラフに近い。
「あれから双子とあの小さい子は?」
「コール殿のところに居られるようだ」
 小さい子――確か、名はライム。コールを長兄とした兄弟の末っ子。あまりに激しい人見知りの様子をチラリと思い出し、話が出来るかどうかは微妙な線だと結論付ける。
 それに、例え覚えていなくても、一番安心できる存在の側に居たいと思うのは、道理に叶っている。
「オセロット殿も様子を見に来られたのか?」
「ああ。それに、追われているというなら、何故そうなったのか、知りたいと思ってね」
「できることなら、私も話を聞きたいと思い、ホールへと着てみたのだが……」
 そう言いながら見渡したホールには、誰もない。
 オセロットが前回訪れた時も誰の出迎えもなかったため、別段驚くことでもないのだが、少し寂しいと感じてしまうのは気のせいだろうか。
「このまま偶然を期待するわけにも行かぬな。コール殿にはご迷惑かもしれぬが、双子達を呼んでいただこう」
 必ずこの時間に誰もがホールへ来るとは決まっていない。アレスディアは階上のコールの部屋を見るように視線を上げ、それでいいだろうかと問うようにオセロット見た。










 末弟のライムはコールにくっついたまま離れないため、そのまま一緒にホールへとやってきた。
「ご足労いただいてすまなかった、コール殿」
「いや、弟の話というのなら、私も聞きたい」
 たとえ過去はなくても、今をしっかりと聞いておきたいと、コールは同席を希望した。双子は少し居心地が悪そうな表情を浮かべたが、長兄が決めたということに逆らうつもりはないらしい。
 そんな兄弟達の姿を見やり、オセロットは土産に持ってきた菓子セットをテーブルに置いて、席についた。
「1つ、確認させていただきたいのだが、ライム殿はルミナス殿が……護った末の弟殿でよいのだろうか」
 アクラからこの話を聞いた時、“捕らえた”と“護った”を同時に使っていたため、どちらの言葉で問うべきか迷ったが、アレスディアは護るという言葉を選択した。
「「そう。おれ達が頼んだ」」
「ライムを解放してくれるように」
「そのせいで、ルミ兄は捕まった」
「「それが、おれ達が見た最後だ」」
 その光景だけを目に焼き付けさせて、時空の扉は閉じてしまった。
 薄々感じていたが、本当にルミナスが此処から居なくなっていたという事実に、アレスディアはぐっと奥歯をかみ締める。
 ルミナスが部屋に篭ってしまっていたことは知っていた。彼の身にではなく、精神的に何かしら大きなショックを受けたのだろう事も。何の力にもなれず、彼が捕われる事態になってしまったことが悔やまれてならないが、その後悔を口にしたところで事態は何も進展しない。
「……ルミナス殿のこと、了解した」
 アレスディアは気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと瞬きをして、言葉を搾り出した。
「ルミナスが捕まった事と、あなた達が追われている事は何か関係があるのかな?」
 例えば、捕まえたことを見られてしまったから、追われているとか。証人を消すだとか、そんな理由で。
「あの黒い腐った羽が、ルミ兄を捕まえた理由は分からない」
「でも、追われている理由なら分かる。ライムだ」
 ルミナス本人の口からではないが、その経緯だけは説明をしてもらったことを思い出す。
「“鍵”か……」
 確かそう言っていたと、オセロットは呟く。
「多分、あの羽根は、あいつの羽だと思う……」
「あいつがルミ兄を捕まえて、羽根が落ちた」
「笑ってやがったんだ、あいつ」
「オレ達を見て、笑ってた」
 その底無し沼のような昏い眼が、こちらを見ていたことをしっかりと覚えている。あの眼は強い。あの時の自分達では太刀打ちできなかっただろう相手に、鳥肌が立ち、本能的に背筋が凍った。
 微かに震えた頭に、そっとコールの手が添えられる。何も言わず、暖かく添えられた手に、双子はほっとしたように詰まっていた息をゆっくりと吐いた。
「言えるのは」
「それくらい」
 双子は、本当にあの羽根の事はよく知らない。ただ、追いかけてきたことくらいしか。
「アッシュ殿、サック殿」
 どこか強い意志の篭った声で、アレスディアは双子の名を呼ぶ。その声の強さに、双子はじっと彼女を見た。
「私は、ルミナス殿を救いたい。黒い羽、それに囚われた姿が最後となったようだが、まだ望みはあると思う」
 ぐっと握り締めている手が白くなっていることも気がつかず、アレスディアは言葉を続ける。
「かの世界の追っ手は、ライム殿を諦めていない様子。その身内が手中にあるならば、生かす方が得策。まだ、望みはある」
 その声音は、兄弟達を励まそうとしているよりも、どこか自分に言い聞かせているようにも聴こえた。
「アレスディア」
 穏やかに名を呼ばれ、はっと視線を向けた先、コールが優しそうに微笑む。
「手を」
「え? あ、すまない……」
 指摘され血の気を無くしていた手を広げると、突然戻ってきた血流に手がじんじんと痺れた。その感覚に、アレスディアは少しだけ気持ちが落ち着くのを感じる。
 喋り方は違っても、この変わらない空気に気持ちを切り替えて、双子に向き直った。
 望みはあると口にしたアレスディアの言葉に、双子はコールに引っ付いたままのライムを見る。
「「おれ達に何かあったら――…」」
「二人とも」
 言いかけた言葉は、コールに遮られて途切れてしまった。
「事情はだいたい分かった」
 オセロットはアレスディアが引き出してくれた情報を吟味しつつ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「あなた達が、あおぞら荘に身を寄せたのは間違いではないと思う。ここの住人ならば、突然のことにも対処できるだろう。だが、対処できる人員がいつでもいるとは限らない。何か建物自体に備えはあるのだろうか?」
 正直それはつい最近ここへ来た双子では分からず、自然と視線がコールへと向く。
「詳しいことは聞いていないが、この建物自体少し“ずれている”らしい」
 入居者の方は勿論、普段のお客は建物に入れるが、悪意のある者や害するおそれがある者は建物に弾かれるらしい。鍵が簡素なのは、そこに理由があると言っていた記憶がある。
「この空間自体の設計は私がしたのだが、原理までは実はよく覚えていなくてね」
「…………」
 無意識の規格外に、オセロットの顔にも苦笑が浮かぶ。
 双子さえも怖いというこの長兄が、もし本来の力を思い出したら、何が起こるのだろうか。取りあえず建物自体は、大丈夫と考えてもいいだろう。
「ともかく、ひとまず退けはしたが、この世界に逃げ込んだことは知れただろう。いつまでも逃げ、潜んでいるわけにもいくまい。これからの当てはあるのか?」
「当てなんて全然あるわけない」
「それでも戻るわけにはいかない」
 戻ったら、逃げろといったルミナスの言葉と行為が全て無駄になる。ぎゅっとコールの服を掴むライムの手が強くなる。
「……どうすれば終止符を打てるのか、あなた達の世界の理を知らない身としては何も言えないが……」
 双子の言葉に、やはりな。と言わんばかりにオセロットは息を吐きながらそう告げて、決意を込めた瞳で双子を見る。
「あなた達にその気があるなら、それがどんな茨の道でも、共に行くつもりだ。今度は、考えさせてくれ、とは、言わせんぞ?」
 前に出会ったとき、協力をしたいと申し出たのに、快い返事を返さなかったことを、オセロットは気にしているのだろう。
 双子は顔を見合わせ、軽く唇をかむ。
「そんな事言わない。オレ達はいつもいつも、零れ落ちたものを拾い上げてばっかりだ」
「どんなに零れないようにしていたって、この手をいつもすり抜けていきやがる」
「その言葉を言う状況なんて」
「とっくの昔に過ぎちまった」
 大切な人が奪われて取り返したら、また別の大切な人が奪われて取り返して、ずっとそれの繰り返し。
 それに、夢馬と違って、あの羽根は無差別ではない。前とは状況が全く違う。前のように、もう二度と何も失わないよう拒絶する必要は無いのだ。
「護る、などと偉そうなことは言えぬ。むしろ、こちらから頼む。かの世界のこと、追っ手のこと、知っている限り、教えてほしい。ルミナス殿を、救うために」
 アレスディアの真剣な訴えに何かを感じたのか、ライムはコールの服の裾をくいっと引くと、肩からかけている鞄から紙とペンを取り出す。そして、さらさらと何かを書き綴ると、それをコールに渡した。
「……そうか」
 コールはただ一言それだけを発して、紙を机に置くとどこか悲しそうな眼差しでライムを見る。
 紙にはこう書かれていた。
 神様が狂ってから、今はもう世界はほとんど崩壊し、生き残っている人々は極わずかであること。
 命を動力にした世界なんて、いつか壊れることは分かっていたこと。
 そして、“鍵”とは、今の世界を支えている道具を新しくするためのものだということ。
「「……ライムッ」」
 自分達の杖を作り上げるだけの技術を持ち、“鍵”を手にして逃げ出した弟は、まかりなりしも最高位の職人で――……
「世界が新しくなるなら良いんじゃ」
 ライムは首を振り、その前に書いた一文をトントンとペン先で叩いた。
「まさか、命を動力にって、嘘だろ……」
 さっと双子の顔から色が失われていく。魔法力の低いヒトが、目の前で砂となって消えた光景が、さっと脳裏に蘇る。
 歪な構造をした世界をどうにかするため、“鍵”を創った職人達は決断したのだ。世界を壊すことを。だから、“鍵”を託されたライムは逃げた。
「生贄が必要な世界は壊れたほうがいい。そういうことか」
 オセロットの呟きに、肯定も否定も返すことなく、ライムはコールの背にぎゅっと隠れて、ただ伺うようにオセロットを見ている。
 時空を越える力をどれだけのヒトが享受できるか分からないが、その技術や力が有るのだから――移住先の人々は迷惑かもしれないが――生きるつもりがあるのなら、例えバラバラになったとしても世界を移動してしまったほうがいい。
 世界の現状を知る一部のヒト達はそう判断した。
「ならば、事を早急に進めねば、ルミナス殿も危ないのでは?」
 新しい紙が一枚、差し出される。
 そこには一言、大丈夫。とだけ書かれていた。
「追っ手のことは、俺達にも本当によく分かんねぇ」
「あんなのは始めて見た。ライムは?」
 双子の問いかけに、ライムは小さく首を振る。
「そうだな、あえて何か上げるなら、あれを一度一気に消滅させるために、俺の魔力がすっからかんになったことくらいか?」
「一面焼け野原どころか土まで溶かしてマグマ化させた挙句、オーバーヒートして倒れやがったな」
 その後、土を冷やして運んで逃げるのにどれだけ苦労したか。
「あんなのは二度とゴメンだ……」
「悪かったっての……」
 あの時やりたがらなかった理由はこれか。
「確かに、エルザードを同じような状況にする訳にはいかないな」
 それほどの力でなければ、一気に消滅さえることは難しいという事も二人のやり取りで理解でき、オセロットは今後現れた場合どう対応すべきか考える。
「では、今回と同じような対処をするのが、一番安全で被害が少ないという事でよろしいか?」
 そんな身を削るような方法を取って欲しくないと言いたかったが、ブーメランで返ってきそうな予感に、アレスディアはその後の言葉を飲み込む。
「「多分」」
 曖昧だが、実証されている対策に、双子は頷く。
 世界のこと、追っ手のこと、彼らが知りえる事は、今話しきっただろう。
 オセロットは、菓子と共に買ってきた茶葉を持ち上げる。
「では、改めて、お茶にでもしようか」
 甘い菓子の匂いと、紅茶の仄かな香りが、ホールを淡く包み込んだ。
















☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2872】
キング=オセロット(23歳・女性)
コマンドー

【2919】
アレスディア・ヴォルフリート(18歳・女性)
ルーンアームナイト


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 あおぞら荘にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 説明する人員や方向性が同じでしたので、同席という形を取らせていただきました。
 極度の人見知り状態のライムの対応が変わった訳ではありませんが、ライムから情報を引き出せたのはアレスディア様のお言葉だったと思います。双子が止められた言葉の先と言葉そのものを、少し気にかけてくださると嬉しいです。
 それではまた、アレスディア様に出会えることを祈って……