<東京怪談ノベル(シングル)>
ソーン婚活事情
少子化、という言葉がある。
この単語を見たり聞いたりする度に私は、いささか後ろめたい気分にならぬでもなかった。
何しろ独身である。適齢期とされる年齢など、とうの昔に過ぎている。
婚活の類には、全く興味を持てなかった。そんな事に使う金と時間があるのなら、ファンタジー関係の書籍を買い漁り、シナリオ作りに役立てたものだ。
結婚のために、自分の趣味を犠牲にしたくなかった。
日本人が結婚出来ないのは不景気のせいだ、とも言われていたが、それは私には当てはまらない。
私はそもそも結婚というものに対し、積極的になれる人間ではないのだ。自分のための金と時間を、結婚のために割ける人間ではないのだ。景気など良かろうが悪かろうが、それは変わらない。
私のような輩がいるから、少子化という問題が起こる。それはわかっているし、後ろめたさはある。
結婚というものはしかし、後ろめたさ解消のためにするものではないだろう。
以上。全て、太り気味の中年男であった頃の私の意見である。
今の私は淑女セレスティア、24歳。文句なしの適齢期と言っていい。
ちなみにエルファリア王女も、同じく24歳である。
「えーと……エルファリア様は御結婚、なさらないんですか?」
「……今は貴女のお話をしているのよ、セレスティア」
エルザード王宮、王女専用の執務室である。
卓上では、今日もまた書類が山積みであった。
報告書や陳情書、ではない。
王女個人への脅迫状や、脅迫状めいた恋文の類、でもない。
全て、私セレスティア宛ての書類だ。書類、と言うべきなのか。
瀟洒な台紙に、大判の人物写真が1枚と、その人物に関する個人情報が数枚、綴じ込まれている。
そんなものが大量に、エルファリア王女ではなく、私セレスティア個人宛てに届けられたのだ。
「これって、どう見ても……お見合い写真、ですよねえ……」
「……ごめんなさいねセレスティア。父が……聖獣王陛下が、勝手に」
国王陛下御自ら、私のためにお見合いを手配しようとしてくれているらしい。
私の勤めていた会社にも、そういう上司はいた。独身の部下のために、何故かそういう世話を焼いてくれるのだ。
そんな事を思い出しながら私は、ファイル状の台紙を1つ、手にとって開いてみた。
ソーンにも、写真がある。光の魔法の応用らしい。
写っているのは、見覚えのある若い男の姿である。大判写真の中で精一杯、着飾っている。体格は良く、顔は角張って、眉毛が太い。
「これ……あの時の、騎士殿ですよね」
「貴女に傷を治してもらって大層、感激していたわよ」
数日前、エルファリア王女が近衛騎士団の戦闘訓練を視察した。
私もそれに同行し、拷問同然の筋力トレーニングや走り込み、殺し合い寸前の模擬戦などを目の当たりにする事となった。
我々が普段サイコロなど振りながら何気なく動かしていたファイターやナイトたちも、マスターやプレイヤーの知らぬところで、こんな鍛錬をしているのだろう、と私は思ったものだ。頭の下がる思いではあった。
その訓練で怪我をした騎士たちを何人か、私は治療してあげた。
いわゆる回復魔法で、水操師たる私の使うそれは「あらゆる物事を本来あるべき状態に戻す」力を根源とする。
だから怪我人を、本来あるべき健康体に戻す事は出来る。
病気を治すのは難しい。人によっては、その病に冒されている状態こそが「本来あるべき有り様」であったりもするからだ。例えば臨終間際の老人や、生まれつきの難病に苦しむ子供など。
それはともかく、あの時の騎士の1人が、私にこうして見合い写真を送りつけてきた。
見るからに実直そうな、若い近衛騎士。
私の部下にも何人かいた、体育会系の新入社員のようでもある。酔っぱらうと語りに入る私の話を、まあ真面目に聞いてはくれるだろう。
私は、次の写真台紙を開いてみた。
ほっそりとした、美形の若い男が写っている。私が元から女性であったら、心ときめいていたかも知れない。
「宰相閣下の、御子息よ」
エルファリア王女が、教えてくれた。
「玉の輿、というものではなくて? 私の助手をしているよりも、良い暮らしが出来るかも知れないわよ」
「いや、私も聞いた事ありますけど……この御子息って確か、派手な女性関係で有名な人じゃありませんでしたっけ」
「無理矢理に身を固めさせれば少しはしっかりするだろう、というのが宰相閣下のお考えなのでしょうね」
それなら私でなくとも良さそうなものだ。宰相の家格と釣り合う大貴族の令嬢など、しかるべき相手はいくらでもいるだろう。
やはり何かしら政治的な思惑があるのか、と私としては考えざるを得ない。
「やっぱり、私が王女様と近いから……王家との関係を強めておきたい、というところでしょうか」
「王家との関係、と言うよりセレスティア個人との関係をね。貴女を、しっかりと身内に取り込んでおきたいのでしょう。宰相殿としては」
エルファリア王女は、微かに笑ったようである。
「セレスティアは、自分の存在価値というものを今ひとつ理解していないようね。貴女は私の付属品ではないのよ? シャッテン・レギールンに狙われるほどの戦力であるという事、もう少し自覚なさい」
王女はそう言って、いくつかの写真台紙を開いて見せた。
「貴女を通じて王家との関係を強めたい、と言うよりも王家から貴女を引き離して自分たちの側に取り込みたい。そう考えておられる方々もいらっしゃるという事よ。例えばほら、こちらはソーン最大の地方軍閥として名高い辺境伯」
一癖ありそうな中年男性が、大判写真の中で不敵に微笑んでいる。
私が以前、接待役を仰せつかった、取引先の社長に似ている。
いくつもの中小企業を無理矢理に吸収合併し、大勢の経営者を自殺に追いやってきた剛の者で、礼儀正しいが油断ならない人物だった。
「それと、こちらは元帥殿の御子息。兵権の大部分を聖獣王陛下が握っておられる現状に、元帥閣下が不満を抱いていらっしゃるという噂、貴女も聞いた事はあるでしょう」
どうという事もない若い男が、ただ写っているだけの写真だ。
父親の野望に付き合わされて迷惑しているのではないか、と私は思う。この若者自身に、私と結婚したいなどという意思はないのではないか。
「こちらは宮廷魔術師殿の弟君ね。魔法の腕前は兄君よりも上と言われている人だけど……すでに悪魔との契約を済ませている、という噂もあるわ。セレスティアを、妻ではなく魔法の実験材料として迎え入れようとしているのかも」
「勘弁してくださいよ……あの陛下は、そんな人まで私にお薦めしようとなさってるんですか」
私は、また別の台紙を手に取った。
見るからに冴えない、太り気味の中年男性の写真。
私は一瞬、鏡を見ているような気分になった。
「エルザードの……ふむふむ、商工組合に勤めてる人ですか。年収は、言っちゃ悪いですけどエルファリア様に雇っていただいてる私の方がずっと上ですねえ。で、離婚歴あり……って言うより奥さんに逃げられちゃってるみたいですね、この人。その上、お子さんがいて、お年寄りの御両親もいて」
私が、セレスティアにならなかったら歩んでいたかも知れない道である。
「いろんな人がいますねえ。あ、こっちの人……さっきの宰相閣下の御子息より、イケメンかも」
「……楽しそうね、セレスティア」
「まあ、殿方を物色するのって確かに楽しいです。これも1つの、女の幸せというものでしょうかねえ」
私は、笑って見せた。
「で……誰か1人、選んで結婚しないと、陛下のお顔を潰す事になっちゃいますか?」
「陛下には、私から申し上げておきます。私もね、正直言って貴女には結婚して欲しくないから」
いくらか疲れたように、エルファリア王女は微笑んだ。
「セレスティアが結婚してしまったら、何と言うか……私と貴女との間に、微妙な空気が流れると思わない?」
「……はい、私からも陛下に申し上げておきます。私じゃなくて、ご息女の婚活をお考え下さるようにと」
「父の力は借りません。運命の人は、私が自分の力で探します」
「この人なんか、どうですか? お菓子屋さんですって。結婚したら、スイーツ食べ放題」
私が手渡した写真台紙を、エルファリアは受け取って見もせずに、他の台紙とまとめてしまった。
そして、鈴を鳴らす。
「さ、休憩は終わりよセレスティア。お昼までに、片付けてしまいましょう」
「えっ、今の休憩だったんですか?」
数名の侍女が現れ、お見合い写真の山を手際よく片付けた。そして大量の報告書陳情書その他諸々を、容赦なく卓上に積んだ。
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