<東京怪談ノベル(シングル)>
あの子の言っていたこと。私が思うこと。
あの場所で。
あの子は、気配も匂いも……何も残さないで、いきなり姿を消してしまって、私だけがひとり残されて。
話をした内容の全部が、ううん、消えてしまった相手のことすら、本当に、さっきまでそこにいたのかどうかが、何だか、頼りなくて、今のは全部幻だったのかな? って気まで、少し、した。
……でも、それでも、さっきのあの子のことを、ただの幻、で済ませる気には、ならなかった。
あの子がしていたのが、私が知ってるはずもない、私が考えもしない内容の、話、だったから。
だから、さっきのあの子は、幻とかじゃなくて、本当に、あの子だったんだと思う。
私と話しているときには、目の前にいるときにはまだ、あの子の気配も、匂いも、ちゃんとした。だから、あの子が、秋白だって、私には、わかった。
……それは、あの子が、幻じゃなかった証になる、と思う。
自分は『実体でできた幻』なんだとか、あの子自身は、言ってはいたけれど。
私は、あの子は、あの場所に、ちゃんといたんだと、思う。
……今、私は、ひとり残されたあの場所から移動して、いつもの森でぼんやりしている。
大きな木の枝に腰かけて、太い幹に背中を預けて。風に吹かれてさわさわと鳴る枝葉の音を聞きつつ、あの子と――秋白と話したことを、何となく、考え込んでしまっている。
あの子の、言っていたこと。
あの子の、したいこと。
……元々自分の持っていた立場が勝手に奪われて、代わりに望まない立場が勝手に押し付けられることになったから、その原因になった相手にやり返したい。
まとめると、そんなようなこと、になるのだと思う。
……恨みの筋は、通っている、と思う。
もちろん、あの子の身に何が起こったのか、本当の意味で理解したとは言えない。
けど、あの子が、私がわかりやすいように、って、私に合わせて例えて、話してくれた内容を……自分の身に置き換えて、考えたら。
私でも、相手を憎まない、とは言えない。
勝手に押し付けて来たのだから、やり返すのだって、勝手だ。
そう思う。
……あの子の言う通りで、何も、おかしくない。
でも。
本当に、それでいいのかと考えると、頷ききれない。
何かが、もやもやする。
……あの子がしたいようにしたとして、あの子のために、ならない気がするのかな。
やり返したい、とは聞いたけど、それで、秋白が、具体的に何をしたいのか、はっきり、聞いたわけじゃない。……誰より苦しめたいとは言っていたけど、何をどうやって苦しめる気なのか……とかまでは、聞いてない。
それに、私が理解した通りで合ってるのなら、やり返すことができたって、あの子は、きっと、望まない環境のままだ。
やり返して気分が晴れても、それで終わり。
何も、変わらない。
でも、あの子も、そんなことは、わかっているだろう。
あの子は、私より、きっと、ずっと、賢い。
だから、いっぱい考えて考えて、その末にできることが、やり返すことだけだったんだろう。
……とは思うけど。
でも、それだと。
あの子はこれからも、ひとりだ。
心配してくれる、優しい人はいたって、言ってたけど。
たぶん、それは、あの子にとって、本当の意味での解決になることじゃ、ない。
……私も、そうだから。
だから、ずっと、悩み続けているんだから。
……もちろん、あの子と私の事情は、全く、違うわけなのだけれど。
でも、何か、そのあたりの、気持ちの持ちようは、どこか、似ている気がしたから。わかる気がしたから。
だから、やっぱり、それじゃ、あの子は、ひとりになってしまうんだと、思う。
……なら、やり返すなんて止めた方がいいって、止めてしまうべきなんだろうか。
そう言いきってしまうのも、何だか、違う気がする。
あの子に、私が、そんな風に言ってしまうのは、何だか、よくない気がする。
……やっぱり、もやもやする。
人間なら、止めるんだろうか。
それとも、止めないんだろうか。
どうなんだろう。
わからない。
……ううん。人間は、じゃなくて。
私は、どうしたいんだろう。
私は、どうするんだろう。
思考がぐるぐる廻る。
……みんな、自分のため、誰かのため、考えて、行動している。
あの子も、遠からず、動き出す気がする。
そんな中、私は何ができるのか。
あの子の思いを遂げさせるのか。阻むのか。それとも。
何か、別のやり方を選ぶことも、あるのだろうか。
……何か、別のやり方は、ないのだろうか。
このもやもやを感じなくて済むような、何か別のやり方。
ぐるぐるぐるぐる、考える。
私にできること。
私のしたいこと。
あの子が、あの子の望みのために、動き出したなら。
私は何を、するだろう。
私は、どうしたら、いいと思うんだろう。
今ここで、たくさんたくさん考えても、どうやら答えは出そうにない。
……たぶんきっと、そのときになってみなければ、わからないんじゃないかと、思う。
何だか、そんな気がした。
【了】
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