<東京怪談ノベル(シングル)>
悪趣味な賢者たちの壮大なる意地の張り合い
賢者とは―悟りを開き、その身に集めた叡智を正しく人々に伝え、広める者である。
それ故に、賢者は高潔な精神を持った人格者、と認識されているが、実際は、そんなことはない。
ぶっちゃけてしまえば、そんなできた人物なんて、早々いるわけがない。というか、そんな奇特な人物、滅多にいない。いるわけない。
たまたま、偶然、賢者と呼ばれる人物にそういう奇特な人がいたお蔭で、賢者=人格者の図式が出来ただけにすぎない。
さて、どうしてそこまで否定しまくるかと言うと、この話は悪趣味極まりない二人の女賢者の意地の張り合いに巻き込まれた二人の娘の話だからである。
かたり、と小さく何かが揺れる音がして、ソファーに座り、手元の本から視線を外したエルファリアは小首を傾げ、辺りを見るが、何もおかしなことはない。
不思議に思いながら、再び手元の本に視線を落とすエルファリアの背後に、すっくと現れたのは、ふふふふふふっと不気味に笑う目深にフードを被った妖しさ大爆発な人物。
「うふふふふふふふふふ〜、これはこれは思った以上の超上玉じゃなぁ〜い」
「ひっ!!」
「じゃ、一緒に来てもらうわよ。ってか、私について来い♪」
ハァハァと不気味―いや、危なさ全開な息を吐いて、口元を濡らすよだれをふいてくれるフードの人物。
これが怖くなきゃなんだというんだっ!!というツッコミは置いといて、完全に頬を引きつらせたエルファリアが逃げようとした瞬間、紫というよりも桃色に近い眼光が発光する。
その瞬間、エルファリアの目から正気の光が失われ、夢遊病患者のごとく焦点を失う。
完璧な操り人形となったエルファリアに満足したのか、まだ敵陣にいるというのに軽い足取りでスキップしながら逃走するフードの人物。
断言しよう。どこか壊れた人物はそれだけで危ない。
官憲は何をしているかぁぁぁぁっ!という、どこからのツッコミ―もとい、抗議はあっさりとダストボックスに捨て去られ、フードの人物に操られ、エルファリアが連れてこられたのは郊外にある地下迷宮の一角。
部屋の壁には人ひとりほどの大きさはある円形の石版。その周囲には書きかけの書類や書物を乱雑に積み上げた書机や寝床らしきベッド。
身に纏っていたフードを脱ぐと、現れたのは意外な程若く、美しい女。
ただし、黙っていればの話である。
ぼんやりとしたエルファリアを嬉々とした表情で石版から下がった手かせ足かせで拘束すると、指を鳴らす。
とたんに正気を取り戻すエルファリアの眼前に、危なさ前回な笑顔を称えた女がぶりっ子ポーズでいたりする。
「なななななな、なんなんですの!?貴女は」
「私?私は通りすがりの女賢者さ♪」
賢者とは思えないのですが、と言いたいのをぐっとこらえるエルファリアの胸に手を這わしながら、女賢者はうっとりと完璧な自己陶酔に突入する。
「私ね〜あなたの知ってる、祠の賢者の最初にして最後のライバルなの。あいつが美しい王女の貴女を完璧なメイドにして愛でたって聞いてね〜これは私に対する挑戦だって思ったわけ♪ てことで、貴女から『純真な心』をぶんどって、『華麗なる獣』ちゃんにしたら勝てるかな〜って思ったの」
てなことで、納得してね、と笑いながら、女賢者は鳥肌を立てて青ざめるエルファリアの胸に容赦なく右手を滑り込ませる。
文字通り胸の中に、だ。
嫌悪感と恐怖が全身を支配し、エルファリアは悲鳴を上げ、身動きままならぬ身で必死で抵抗する。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、やめてぇぇぇぇぇぇっ」
「えええええい、観念しやがれってんだぁぁぁぁぁぁ」
どこぞの危ない悪代官かなんかかっ!!という抗議を無視し、女賢者は泣きじゃくるエルファリアから拳大の水晶球―『純真な心』をぶんど―失礼、抜き取ってしまう。
その途端、糸が切れたように、全身から力が抜け、だらりとなるエルファリアに女賢者はうふふふふふふ、と言うお決まりの不気味な笑みを浮かべ、軽い足取りで次の段階に取り掛かった。
キッと美しい目を吊り上げて、レピアは郊外にある噂の地下迷宮へと向かっていた。
噂―それは、半年前から流れ出した話で、郊外の地下迷宮に住む女賢者が持つ魔法道具を狙う盗賊たちをブチ倒す美しき乙女……否、乙女の姿をした野生の獣がいる、と。
当初、レピアはそんな噂など気にも止めず、同じく郊外にある祠へと押しかけた。
そこに住む迷惑極まりない、引きこもり女賢者から奪還するため。
半年間、行方不明になっただけでなく、引きこもり賢者の元でメイドをさせられていた時と同じように存在を忘れさせられた親友・エルファリアを、だ。
突如乱入してきたレピアの猛烈な抗議に、祠の女賢者は訳が分からず、困惑するだけだったが、話を聞くうちに血の気を失った。
「え?じゃぁ、いきなり行方不明になっただけじゃなく、存在も?」
「そうよ。私以外―いえ、貴女もかしら―は皆、エルファリアのことを忘れてしまっているのよ!前に貴女がやったことそのままじゃない!!さぁ、彼女はどこにいるの?!」
「悪いけど、王女はここにはいないわ。というか、誘拐したの私じゃないから!二度も誘拐しないから!」
「じゃあ、誰がやるっていうのよ!」
歯をむき出しにして怒り狂うレピアに若干恐怖しながら、祠の女賢者の脳裏に浮かんだのは、傍迷惑極まりない一人のライバル―とは、絶対に認めない知人、知り合い、袖がぶつかった程度の人でしかない、ヤバさ大爆発の同門。
何かと自分と張り合うあいつならやりかねない。いや、絶対にやる。確実にやる。
師匠が犯罪者を出したくはない、と涙を流しながら心配していた、超を超えた激ヤバな―絶対に認めたくない暴走同期。
すさまじい頭痛とめまいをこらえ、祠の女賢者はレピアの肩に手を置いた。
「心当たりありまくりでね……つか、奴しかいないわ。あのバカ同門」
「はい?」
「私と同門に、女の賢者がもうひとりの。そいつが何かと私と張り合って、いろいろ……それはもうとんでもなく大迷惑と混乱を引き起こしてくれちゃってね〜そいつが王女を攫ったんでしょう。というか、攫ったに違いないから」
「証拠は?簡単に信じられると」
騙されるものか、と睨みつけてくるレピアの顔面に人差し指を突き付け、祠の女賢者は最近聞いた件の噂を教えてくれ―話が終わるよりも先にレピアは祠を飛び出した、というわけである。
旺盛な蔦や草に覆われた地下迷宮への入り口を潜り抜け、迷宮にたどり着いたレピア。
その前に飛び出してきたのは、一つの黒い影。
思わず身構えたレピアは、その姿を認めて、愕然となった。
擦り傷だらけの上に、泥や粗相で汚れまくった四肢。
爪を立て、牙をむいて唸るのは、見るも無残に変貌した麗しの王女―エルファリアの姿。
しかも自分のことが分からないらしく、エルファリアは唸り声を上げて、レピアに襲い掛かってきたのである。
とっさに避けたが、その際に鼻を貫いたのは、並外れた悪臭。
思わず意識が遠くなりかけるが、大事な親友をこのままにはしておけない。
知性の欠片も感じない、ギラリと野生の輝きを帯びた目でレピアを捕え、再び襲い掛かるエルファリア。
一瞬、逃げるのが遅くなり、牙をむいた口に左肩の部分を噛みつかれ、引きちぎられる。
あふれ出た血で口を真っ赤に染め、べろりと舌擦りをし、エルファリアはもう一度床を蹴り、レピアに襲い掛かる。
とっさに床を一回転してやり過ごすが、振り下ろされたエルファリアの爪によって、床の石版がえぐられるのを見て、息を飲む。
気を取り直し、再び襲い掛かってきたエルファリアに心で詫びながら、みぞおちに鋭い拳をえぐり込ませた。
「あらららららら〜急所に一発なんて、やってくれちゃうわね〜」
「やってくれちゃうわね??ですってぇぇぇ」
「ふう〜ん、あいつが呪いを解いたっていう元咎人の踊り子ちゃんね?」
「全ての元凶は貴女ね!何者なのっ」
「失礼な踊り子ちゃんね〜私は偉大なる叡智を受け継いだ―祠に住む女よりも優れた賢者……大賢者様とお呼びなさいな」
うふ、と笑うフード姿の女にレピアは額に青筋が浮かぶ。
祠の女賢者が言った通り、目の前に現れたこの自称・大賢者を語る女。確かに犯罪レベル並に危ない狂人だ。
放っておけば、更なる犠牲者が出ること間違いない。
気を失ったエルファリアを床に寝かせると、レピアは優越に浸る女賢者の頭を一発叩き飛ばすと、すばやく右手を掴み、祠の女賢者から預かった魔法文字を刻み込んだミスリル製の腕輪をはめる。
一瞬にして真っ赤に灼熱し、その凄まじい熱に女賢者は悲鳴を上げて、のた打ち回る。
そんな女賢者に一片の温情も与えず、レピアは腕を掴んで、にこりと―凍りつくような笑みで微笑んだ。
「これ、貴女が反省しないと外れないものだから―さぁ、エルファリアの『純真なる心』を返しなさい」
「……ハイ」
怒りを押し殺したレピアの凄絶な笑みに圧倒されただけなく、容赦なく最高沸点に灼熱する腕輪の前に、傍若無人な女賢者はあっさりと屈服したのだった。
バスタブ一杯にまで泡立てられた石鹸の泡に包まれ、大人しく全身を丁寧に洗い立てられるエルファリア。
半年ぶりのお風呂とあって、レピアは腕が鳴るとばかりにスポンジで念入りにエルファリアの背を優しく洗いながすが、未だ癒えない擦り傷を見て、怒りがわく。
「全く、あのえせ賢者ったら……ろくなのがいないんだから」
「そんなに怒らないで、レピア。もう終わったのだから、ね?」
スポンジを握りつぶしてしまうレピアをなだめながら、エルファリアは祠の女賢者からお仕置きと称して、魔力を封じられ、小間使い見習いとして奉公に出された女賢者を少しだけ哀れに思うのだった。
FIN
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