<東京怪談ノベル(シングル)>


『幼子のこれから』

 聖都エルザードの大通りを幼い女の子が1人で歩いていた。
「そろそろお昼の時間です。お腹空いたです……」
 女の子――リディアはぐぅぅと鳴ったお腹を押さえる。
 辺りにご飯を食べられそうな店はない。
 むしろ、リディアはあまりお金を持っていなかった。
「んっ、甘い匂いがするです〜」
 リディアはとてとてと甘い匂いの方へと歩いていく。
 狭いせまーい裏通りだ。
「いらっしゃい、お嬢さん!!」
 リディアが声をかけるより早く、亜人のおじさんが声をかけてきた。
 おじさんは鍋で何かを温めながら、団扇で仰いでいる。
「これなんですか?」
 リディアは小首を傾げておじさんに尋ねた。
「これは女の子集め……いやいや、甘酒っていうんだ。子供でも飲めるお酒だよー。こっちの葡萄ジュースもどうぞ。沢山飲んだあとはうひひひひ」
 おじさんは甘酒とワインと書かれた葡萄ジュースをリディアに勧めてきた。
「ありがとうです。でも、お腹が空いてて……甘いものより、先にご飯がいいです。ご飯食べられるところ、近くにありますか?」
「そうか、それなら話が早い、おじさんたちの家に行こう! 早速仲間に連絡だ♪」
 おじさん――ロリコンさんは片付けて荷物を背負うと、リディアの手を引いて、るんたったっと歩き出す。

「そうだリディアちゃん、おじさんが肩車してあげよう」
「肩車ですか、嬉しいですー」
 リディアがにこっと笑みを浮かべると、それ以上にロリコンさんは目を輝かせて喜んだ。
「おじさん、大人だけれど子供みたいな顔する人です」
「そうかい? それじゃ、リディアちゃんとおじさんはお似合いのカップルだ〜」
「かっぷるですか? よくわかないですが、リディアおじさんに会えて嬉しいです」
「うひょーっ、うひょひょー」
 しゃがんだロリコンさんの肩にリディアがのっかると、ロリコンさんは目をぎゅっと閉じて首をふるふる横に振った。
 そして、リディアの足をむぎゅっと抱きしめて喜びに浸った後、立ち上がって歩き出す。
「何を食べようかな〜♪ おじさんは、リディアちゃんが食べたい〜♪ でもでも、狼さんじゃないから、ペロペロ舐めるだけ〜♪」
「あははっ、おじさん、くずぐったいです」
 ロリコンさんが歌いながらリディアの足をペロッと舐ると、リディアは笑いながら足をばたつかせる。
「こらこら、おちちゃうぞー。大人しくしてないと、おしおきしちゃうぞ☆」
「おしおきですか? どんなのですか?」
「たとえば、おじさんの冷たい冷たーい手を、リディアちゃんの服の中にいれちゃうぞ☆」
 言って、ロリコンさんはリディアのスカートの中にぴたっと手を当てた。
「ひやっ、やーですー。大人しくするです」
「ごはん、ごはん〜♪ かわいいかわいいリディアちゃんとごーはーん♪ リディアちゃんはごはん〜♪」
「ごはん、ごはんです♪」
 2人は楽しく歌いながら、路地を奥へ奥へと進んで行った……。

 たどり着いたのは、古びた木造の建物の裏口だった。
「ここがおじさんたちの隠れ家……いや、美味しい料理が食べられるお店だよ、リディアちゃん」
「美味しいお料理ですか。楽しみです」
「いらっしゃーい」
「うおおおおおお、かわいい、激かわいいじゃないっすか」
「ようこそーーーー。おじょーーーーちゃん!」
 中から出てきたロリコンさんたちは、リディアを大歓迎してくれた。
「す、すごいです……!」
 中に入ってリディアはびっくり。
 テーブルには、沢山の料理が並んでいて、真ん中には美味しそうな苺のケーキがおかれている。
「カレーライスに、ハンバーグに、オムライスに……全部全部食べたいです」
「そうだろうそうだろう。リディアちゃん、ずっとここにいていいんだからね」 
 ロリコンさんはリディアをテーブルまで運んでくれて、椅子に座らせてくれると、お手拭で手を綺麗に吹いてくれた。
「さあ、あーん、リディアちゃん」
「食べきれない分は、おじさんたちに分けてくれよー」
「口移しでもいいんだよぉ」
「ありがとです、リディアふごふふれひーれす!」
 リディアは料理を頬張りながら、ロリコンさんたちにお礼を言って、料理を少しずつたべて、残りをロリコンさんたちの口に運んであげた。
 ロリコンさんたちはとっても嬉しそうな顔で、リディアの世話をしてくれたり、撫でたり、頬ずりをしてくれた……。

    *    *    *    *

 ふと気付くと、リディアはベッドの上にいた。
 ご飯の後、眠くなって眠ってしまったのだ。
 立ち上がってドアを開けてみようとしたけれど、ドアには鍵がかかっていて、外には出られなかった。
「おじさんたち、お片付けしてるみたいです」
 ドアの外からは、洗いものや洗濯の音が聞こえる。
「リディアもお手伝いするです。でも出られないですから……」
 リディアは窓に近づいて、窓を開けようとした。
「んーしょ、です」
 ちょっとしか開かない窓だったけれど、頑張って体を押しこんで窓から外へと出た。
「えっと、玄関はこっちですか……?」
 リディアは建物沿いに、通りの方へと歩いていく。
「そうです。お礼に何か買っていくです!」
 小物入れの中に、少しだけお金が入っている。
 ちょっとのお金をぎゅっと握りしめると、リディアは表通りの方へと走っていった。

「何してるの、小さなおじょうさん。よく一人でこのあたりに来てるんですってね?」
 夕日の光がまぶしくて、声をかけてくれたお姉さんの顔は良く分からなかった。
「おいしいご飯くれたおじさんたちへのお土産選んでるんです!」
「それはよかったわね。ね、そのおじさんたちのこと、詳しく聞かせてくれるかしら?」
「はい、ロリコンさんという人達みたいなんです!」
 リディアは今日の出来事、そして最近ロリコンさんというおじさんたちにとっても良くしていただいたことを、その人に細かく話した。
 リディアの話を最後まで聞いた後、その人はこう言った。
「それじゃ、その人たちに沢山お礼をするために、リディアちゃん住み込みでお仕事とお勉強しない?」
「お仕事ですか? お金があれば、沢山プレゼント買えるです。あと、ご飯の材料も買えるです!」
「料理のお勉強もできますよ。おじさんたちに今度はリディアちゃんが美味しい料理を作ってあげられます」
「はい、リディアお勉強とお仕事するです!」
 リディアがそう言うと、その人はとても喜んで、連れていた鎧をまとった人達にリディアを預けたのだった。

    *    *    *    *

 数日後。
 リディアは聖都エルザード国立の魔法学校に入学した。
 この学校には身寄りのない子供達も国の支援を受けて、大勢通っている。
 リディアには、必要な衣類や、家具の揃った寮の一室が与えられた。
 リディアが自立するまで、あのお姉さんが後見人として援助をしてくれるそうだ。
「眩しかったので、顔は良く分からないんです。髪の長いお姉さんでした」
 リディアはその人を『髪長お姉さん』と呼んで、慕っている。
「ここで沢山お勉強して、お仕事してリディアによくしてくれた人達にお礼するです!」
「リディアちゃん、授業始まるよー」
「一緒にいこー」
 仲良くなった子達が、手を振っている。
「はい、今いきます」
 リディアは教科書を落さないようにぎゅっと抱きしめて、パタパタ走り出した――。