<東京怪談ノベル(シングル)>
懐かしき雪の邂逅
むかしむかし……雪が深く積もった処から、雪女と呼ばれる妖怪が生まれたそうな。
――と言うのは、人間達が言い始めたうわさ話である。
はらはらと雪が降り続く山が在り、滅多に人もよりつかぬその山に、雪女が棲んでいるのだと云われだしたのも何時からだったか。
不思議な話だ。
雪女は自在に雪を操ることが出来るだとか、吹雪を巻き起こす事も出来るだとか、あらゆるものを吐息で凍らせることが出来るだとか……。
話す者達の内に、実際にその眼で雪女を見たという者は果たして何人居るのだろうか。
いや、殆ど居ないだろう。
……しかし。
それでも人々は雪女の存在を信じていた。
曰く、妖怪とは人間の隣人であるそうだから。
(「人間はまこと面白いのう」)
詩雪はくすくすと笑いながら、雪空を見上げた。
そうして舞うように降っている雪に触れようとすれば、詩雪に振る雪はキラキラと輝きだして、まるで生きているかのように踊りながら華となり、詩雪の掌へと募っていく。
これは雪を自在に操り、時には吹雪さえも巻き起こす力。
勿論、吐息を掛ければたちまち凍らせる事も出来る――
そう。
実は人々が想い描く雪女は実在した。
詩雪こそ美しい雪女だったのである。
雪山の雪と共に生き、
稀に人間が訪れたなら少しだけ遊んでやる―――なんとも愉快な暮らしだった。
しかし、永遠に続く訳ではなかった。
或る日見慣れない穴を発見し、好奇心で入ってしまった瞬間――――、
聖獣界ソーンの世界に導かれる迄の間の事である――――。
●
その日は、吹雪が巻き起こるような大荒れの天気だった。
ずんと積もった雪の道を歩く娘が1人。
しかし体力はもはや尽きているといって等しい。
暫くして頼りなげな一歩を踏み出した途端にそのまま崩れ、雪の原へと倒れてしまうのは想像も容易いこと。
そうして娘は視界が霞んで行き、もはや此処までかと諦めの色が浮かんでいただろう。
――前にも、こういう事があったな。
過去のことが脳に映像として流れ込んでくる中で、娘は小さい時のことを思い出す。
近所の雪山に棲んでいるという雪女に、どうしても逢ってみたくて。気付くと1人、山の奥へと迷い込んでしまっていた時のことだ。
荒れた雪が熱を奪い、体力を消耗させ、子供ながらにもうダメだと覚悟もしていたけれど………
(「あの時は雪女さんが助けてくれたっけ………」)
そう想い出しながら、睫毛を重ね、雪に埋もれ、眠りかけていた。
―――だったが。
「……珍しいのう。こんな所で娘が倒れているとは」
吹雪の音が取り払われたような空間で落ち着いた声が響いて、重たい瞼を押し上げる。
すると驚くような不思議な光景が起きているだろう。
雪の原に佇む、宝玉を持った少女が一人―――荒れた天候である筈なのに、少女を避けるように吹雪いている。
氷雪のような美しい銀の髪に、透き通るような銀の瞳。
煌めく着物を身に纏い、
悠然と微笑む姿はまるで――――…………。
「あ……………、」
娘は安堵するように呟いた。
「雪女さん……………」
「――――」
その言葉に驚いたのか少女は目が僅かに見開いた。
一方で娘は力無く笑い、そして再び目を閉じてしまう。
「…………。…………変わった娘じゃなぁ」
少女……詩雪はぽつりと呟いた。そして自身が手に持つ【氷雪宝玉・アブソリュートアイス】に視線を落とす。
「雪女、か……」
そう呼ばれるのは久しいな、と心の片隅でひそりと想い巡らしながら――
眠りにつく娘を見つめていた。
●
「助けて頂いてありがとうございます。何とお礼を申し上げたらいいか……」
吹雪から逃れる為、洞穴の奥で火を焚く内に体温も徐々に戻り、元気になった娘は申し訳無さそうに詩雪へ言った。
「いいや、構わぬ。ただの気まぐれじゃ」
礼には及ばぬと付け足す詩雪。火から遠ざけるように少し離れたところから。
「それからさっきはすみません……変な事を口走ってしまって」
……と言うのは、彼女の恩人であるらしい『雪女さん』の面影を重ねて呼んでしまった事だ。
「ああ……いや、」
雪を操っていたのは氷雪宝玉。
所持すれば、誰もが雪を操れるものなのだと先程説明したのである。
そして目を細め、娘を労っていた。
「それにしても大変であったのう。異世界から導かれたと想ったら、こんな事になってしもうて」
「………えへへ」
娘と話している内に、彼女は異世界からやってきたばかりの人物であるという事が判明していた。
なんでも、山を歩いていたところ見た事の無い奇妙な穴を見付けたのだという。
そうして入ってみたら気付くと此処に………。
振り返れば穴も塞がれ消えてしまったのだそうな。
つまり詩雪と同じというわけだ。
「あの……、帰れ、ますかね? 元の世界に……」
「……」
不安そうに尋ねる娘に、詩雪は視線を合わさず呟く。
「……わからぬ」
――詩雪も聖獣界ソーンに導かれた時は帰れるものなら、帰りたいと思っていた。
今となってはこの世界で生きていく覚悟も決めているけれど。
普通の人間の娘であるらしい彼女は、不安を抱いているようだった。無理もない。……だが。
「そう、ですか……。……でも。詩雪さんに会えて良かった」
と、娘は零す。
「やっぱり詩雪さんは私の知っている恩人に似ています……。助けて貰ったあの時も凍えていたので、よくは覚えていないんですけれど……。でも、なんとなく似てるな、って」
そんな娘の憧れの眼差しは、親しみの想いも溢れていて。
「その方はある日突然、居なくなってしまって。お礼を言えなかったことが、ずっと心残りだったんです。だから、貴方にはちゃんと言わせてください」
……助けてくれて、ありがとう。
●
「不思議な娘じゃったなぁ……」
荒れていた大雪は、静かで柔らかな雪へとなって、ひとまず町を目指すことにした娘を見送っていた詩雪は思わず呟いていた。
………でも。
(「恩人、か。確かにそんな事もあった気がするのう……」)
………なんて。
詩雪は氷雪宝玉をかざすと、雪はキラキラと輝きだして、まるで生きているかのように踊り………そして華になった。
「!」
町を目指していた娘は歩みを止めると、その雪華に見惚れるだろう。
「綺麗……」
まるでソーンの世界をこれから歩み始めることとなる娘を、華々しく応援するかのように。
「詩雪さん……」
そして娘は確信していただろう――――。
(「やっぱり貴方は、私の恩人の――――――」)
●
はらはらと雪が降り続ける山は、ある日を期に雪がぴたりと止んだ。
今迄には無かった現象に人々は戸惑い、様々な憶測が飛び交う中で最も有力とされていたもの。それが雪女の失踪だった。
あの山に、いつ雪が戻るだろう。
人々は今でも、帰ってきてくれることを待ちわびているらしい。
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ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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たいへんお待たせしてしまい、申し訳御座いませんでした……!
そして納品までお待ち頂けた事を深く感謝しております。
こんにちは、瑞木雫です。
「全てお任せ」ということでお預かりさせて頂き、初めての挑戦もあってお気に召していただけるかドキドキしておりますが、楽しく執筆させて頂きました。
詩雪さんはどこかミステリアスな雰囲気を感じつつ、元の世界では妖怪として怖がられていたというより親しまれていたのではないかなとイメージして書いております。
いかがでしたでしょうか?
もしも内容の中に不適切な点等御座いましたら、是非、遠慮なく仰って頂けるととても有り難いです!
御発注、ありがとうございました!!
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