<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


虹色の告白を

「もうすぐクリスマスなんだ……だからな、僕は、あ、あの子に……この僕の思いを伝えようと思うんだ……でも」
 そう言うと青年、ルミックは肩を落としてため息をついた。
 所々に傷がついたまま手入れされていない鎧に武器屋で一番安いショートソードを装備した身形で、擦り切れそうな皮手袋越しに持っているグラスの中身も、一番安いワインだった。
「男なら、もっと胸を張って頑張りなさいよ。ほら、お金がなくたって何かお宝を見つけてくるとかさ、冒険者らしく何かしたらいいじゃない」
 エスメラルダはそう言って励ましたが、ルミックの顔は晴れない。
 連日黒山羊亭に通い、カウンターに座ってはエスメラルダに相談していたが、浮かれないルミックの顔が浮かれたことはなかった。
 しかし今日は一つ情報を持っていた。さっきルミックに絡んできた酔っ払いが言っていたのだ。『俺はこれを手に入れたんだ、カミさんが喜ぶ』と―――。
「……虹の雫っていう貴石の谷の深部でしか採取できない魔法石があれば、いいのかなあ。でも、そこには強いモンスターが出てくるっていうし、こんな装備じゃあすぐにやられそうだし、かと言って買い替える余裕はないし……」
 ルミックはワインを一口飲むと、再びため息をついた。
「ああ、もう…あんたって人はうじうじと、もお!」
 ルミックの消極的な態度に嫌気がさしたエスメラルダは手をパンパンと叩くと、店中に響き渡る声で店内にいる人々に呼びかけた。
「誰か、このルミックと一緒に貴石の谷まで行ってきて。それと、ついでにこの根性なしの根性を叩きなおしてちょうだい」
 その呼びかけに、一人の術士が答えた。
「えー、虹の雫って魔法石? あたしも欲しいわっ!」
 ルミックのいるカウンターに近づいてきたレナ・スウォンプはこれから起こる冒険を思い、楽しそうにしていたが、ルミックは浮かない顔をしていた。
「は、はい……よろしくお願いします。報酬とか、そういうの少ないですけど……」
「声が小さい! ちゃんと言いたいことは大きな声で言ってよね。それと、お金がないのは構わないけど、だからと言って貧乏くさいのは嫌よ! ちゃんとその鎧も磨きなさい!」
 そう言われたルミックは何かもごもご言っていたが、レナには全然伝わってこなかった。
「ほら! 『はい』って大きな声で言いなさい」
「はい」
「声が小さい!」

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 聖都エルザードから東南東へ進んだ先に貴石の谷がある。道中は平原が多く、大したモンスターが出現することなく進むことができた。貴石の谷に近づいた頃、山や谷が多くなり、長旅に必要な物を担いで歩く足取りは重く、息も切れてきた。
 ルミックは立ち止まり、レナに向かって力なく声をかけた。
「休みましょうよ〜、しんどいです……」
 ドサッと地面に座り込んだルミックはタオルで汗を拭いた。そのタオルは長年使用しているのか所々穴が空き、擦り切れそうだった。相変わらずルミックの装備品は安っぽくて、手入れはされていなかった。
「ちょっと、しっかり歩きなさいよ! 貴石の石が欲しいんでしょ」
 レナは箒に乗って、優雅な風のように悠々とルミックの前を進んでいた。ルミックは自分の分と、レナの分の荷物を担いで歩いていた。レナはルミックを箒に乗せる気も、ましてや荷物を持つ気もなかった。
「ま、待ってくださいよ」
「弱音は吐かないの。男でしょ? 力仕事は男の仕事。さあ、足を上げる上げる!」
 レナがパチンッと指を鳴らすと、先ほどまで重く、疲労困憊だったルミックの足が急にパタパタと走り出した。ルミックの意思とは関係なく体が元気よく動くので、ルミックは悲鳴を上げていた。
「情けないわね……貧乏くさい格好で、心まで貧乏くさかったら、恋なんて全然成就しないわよ」
 はぁ、とため息をついて、レナは魔法で突風のように駆け、猿のように崖を登れるようになったルミックを追いかけていった。

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 貴石の谷。かつては貴重な宝石が豊富に採れ、炭鉱夫たちや一獲千金を狙う冒険者たちによって坑道が縦横無尽に掘られていた。しかしモンスターが出現するようになり、この地を訪れる者は激減したが、レナたちのような冒険者が度々訪れていた。
 レナは坑道の入り口に着いたとき、つい最近誰かが訪れたような足跡を見つけた。
「この中に誰かいるのかしらね」
 レナは呟いたが、ルミックは反応できなかった。肩で息をし、必死で息を整えようとしていた。やっとレナの魔法の効果が切れたが、体力の消耗が激しい。
「まあ、いいわ。私たちは私たちなりの方法で虹の雫を探しましょう」
 レナは右手を広げると呪文を唱えた。すると、大きな光の球が現れた。水晶玉のような球の中心はコンパスのようになっており、矢印が方向を示していた。坑道をやみくもに歩いては迷子になるのがオチである。それの予防として魔法を発動させた。
 ルミックはその間、木の棒を探し出して持参したボロボロのタオルを巻きつけて油を染み込ませ、松明を自作していた。
「えー、明かりくらい魔法でチャチャッと出せるのに」
「もう…魔法はいいです。それにこのタオルはもうボロボロだから。最後に火になって綺麗に燃えたら、タオルも本望だと思う」
 ニコッとルミックは笑った。
 松明に火を灯したルミックは、レナより先に坑道へ入っていった。
「ちょっと待ちなさいよ! あたしより先に進んだところで道がわからないでしょ!」

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「はい、そこ右ね」
 松明を持つルミックが先頭で進み、分かれ道に差し掛かると矢印の指し示す方向をレナが指示していた。
「レナさん。ずいぶん進んだと思うんですけど、まだ虹の雫は見つからないんですね」
 ルミックは時々足元以外のところを松明で照らして虹の雫を探していたが、どこにでもありそうな石ばかりで虹の雫は見つからない。
「そりゃそうでしょ。すぐに見つかる石に価値はないわ。ましてや魔法石なんて珍しいものなんだから」
「もう足も腰もくたくたなんです……はぁ、早く見つからないかなあ」
「そんな弱気言わないの! 告白するんでしょ? ちゃんと、しっかりしなくちゃ!」
 レナはルミックに活を入れるために背中をバンと叩いた。
「いててて……」
 ルミックの体が力なく、ふらふらとよろめいた。
 坑道の壁にぶつかり、壁が少し崩れた。石が転がる音が坑道に響いていた。
 レナの右手にある光の球の矢印がいきなりグルグルと回転し始めた。
「?! 近くにあるのかも」
「えぇ、どこどこ!」
 ルミックは辺りをキョロキョロと見回した。すると、10mほど先に赤い光が二つ見えた。その二つの光は、ゆっくりと確実に二人との距離を縮めていた。
「あれ、宝石喰いじゃないの?! ちょっとルミック戦いなさいよ!」
 レナが背中を押すと、ルミックは松明を地面に置き、剣を抜いた。モンスターを前にして弱音を吐かなかったが、両手で剣を持つ、安っぽい装備の姿はあまり頼もしい雰囲気ではなかった。
 レナは呪文を唱え、自分たちの周りを明るく照らし敵を見やすく、戦いやすい環境を整えた。そうすると宝石喰いの姿がはっきりと見えた。四足歩行の大型の両生類のような外見で、大きな口には鋭い牙が並んでいた。宝石を食べるというより、人間を食べそうなモンスターだった。
 ルミックは宝石喰いに向かって駆け出し、体を切りつけようとした。しかし剣が宝石喰いに当たっても、宝石喰いの体はまったく傷ついていなかった。安物の包丁は食材を切りにくいのと同じで、安物の剣の切れ味は最悪だった。
 宝石喰いに近づきすぎたのが仇になったのか、宝石喰いの巨体から繰り出される体当たりをくらった。壁に打ち付けられたルミックの鎧が凹み、剣は折れていた。
「…レ……ナさん…助けて……」
「もう! しょうがないわね。剣の扱いもダメだけど、ちゃんとした装備を身に着けてないからよ、まったく!」
 レナは左腕を前に突き出して、呪文を唱え始めた。
「どんなモンスターでも必ず弱点があるものよ。素早くそこを攻めればいいのよ」
 レナの腕がだんだん黄色い光に包まれてきた。突き出した左腕の先に細長く撓る光の弓が現れた。淡く右手の指先が光ったと思うと、光の矢が現れた。
 宝石喰いはルミックにとどめを刺そうとルミックに向かって巨体を揺らしながら迫っている。
「背中が空いてるよ!」
 背中に矢を打ち込まれた宝石喰いだったが、全然効いていないようだった。しかし宝石喰いの興味は頭を抱えてガタガタ震えているルミックではなく、牽制のため矢を打ち込んだレナに移った。
 レナは光の弓を引き、矢を連射した。
 弧を描くように放たれた矢は宝石喰いの両目に命中した。目から血を流している宝石喰いは坑道の壁に体をぶつけながら苦しんでいた。
「何してんのよ! 早くとどめをさしなさい!!」
 レナに急かされたルミックは辺りを見渡すが、武器になるような物がなかった。足元には先ほどの攻撃で折れた剣だけだ。真ん中で二つに折れてしまっていて、刃先の部分は使えそうだが―――。
「お、おい! 宝石喰い! 僕の攻撃も受けろぉ!」
 声が裏返りながらもルミックは叫んだ。剣の刃先の部分を両手で持ち、宝石喰いに立ち向かった。
 宝石喰いはルミックの方を振り向いた瞬間、その巨体は地面に崩れ落ちていた。ルミックは宝石喰いの体液を浴びながら、その様を呆然と眺めていた。
「ルミック、大丈夫?!」
 レナが駆け寄ると、ルミックは声にならない声を発しながら未だに呆然としていた。
 宝石喰いの喉から斜め上にかけて、あの剣の刃先が突き刺さっていた。あの刃先は宝石喰いの喉を切り裂き、延髄を突き刺したため、宝石喰いは呼吸ができなくなったのだろうか。
「まあ、倒せたんだしよかったんじゃないの」
 そういうとレナは辺りをキョロキョロと見回した。先ほどの戦闘で坑道の壁はかなり崩れていた。倒壊の恐れはなさそうだと自分の勘は告げていたので、心配はなさそうである。
「あっ!」
 赤い石が転がっており、拾ってみると赤い石の中心に炎がゆらゆら揺れているのが見えた。太古の昔、火山の炎が凝固して生まれたという永遠の炎だった。
「うーん、確かに魔法石だけど、虹の雫じゃあないなー」
 レナがルミックに向かって言うと反応がなかった。ルミックは両手に何かを持って、口をわなわなさせていた。
「なに? どうしたっていうのよ、お?!」
 ルミックの手には虹の雫が二個握られていた。白い半透明の石だが、ルミックの手の怪我のせいで赤く汚れている。
 この石は光に当てると虹色に輝き、角度によって様々な色の変化が楽しめるという。今、虹の雫は光も当てていないのに光を放っていた。稀に光を当てなくても光を放つことがあり、そんなときは未来の吉兆を告げているといわれている。
「宝石喰い、の、体の、近くの、ところ、に、落ちて、た」
「これだけあったら……私に考えがあるから、黙って付いてきなさい」
 レナは未だに呆然とし、動く気配のないルミックにため息をついた。呪文を詠唱し、ルミックの体に術をかけた。みるみるうちにルミックの体は小さくなった。小さくなったルミックの首根っこを捕まえてタオルにくるみ、カバンの中へ入れた。
 レナは箒に乗り、エルザードに帰っていった。

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 アルマ通りにある、白山羊亭。
 そこの看板娘であるルディア・カナーズは団体客の接客後の後片付けをしていた。無数の皿とコップの片づけをしているとお店の扉が開くベルの音がした。ルディアが愛想よく「いらっしゃいませ」と言うより早く、その客は店に入り、ルディアの目の前に真っ赤なバラの花束を差し出していた。
 ルディアに差し出した花束の中には愛の言葉が凝縮した白い封筒と、虹の雫を添えてあった。
「ルディアさん……僕、あなたのことが――」
 真っ赤なバラが生える純白のスーツを着こなし、ワックスで髪を固めた青年は頬をバラのように染めていた。
「大好きです!」
 『よし、よく言ったぞ!』と白山羊亭の窓から店内を見ていたレナは思った。エルザードに帰ったあと、ルミックの傷の手当てをするために診療所に行っていた。手当てを待つ間、手に入れた永遠の炎を売り、現金に換えていた。
 その現金でレナはルミックを素敵な紳士に仕立て上げていた。
 前の貧乏くさい青年ではなく、紳士的な男性に見える変貌にレナは自画自賛していた。
「僕と、お付き合いしてください」
「あ、あの、これ、大変です!」
 ルディアは慌てた様子でキッチンに行ってしまった。水をたっぷり入れたバケツを持ってくるとルミックが持っていたバラの花束に水を思いっきりかけた。
 呆気にとられたルミックは、ただただ立ち尽くすだけだった。
 急展開に首を傾げたレナだったが、ルミックの足元に焦げたバラと赤い石が転がっているのが見えて合点がいった。
 手元に自分用の虹の雫があって、ルミックのところに赤い石、永遠の炎がある。ということは、自分が売ったのはルミックの分の虹の雫で―――。
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
「あっ、あの…えっと……」
「素敵なお洋服も濡れてしまったし、どうぞ中でお風呂と着替えをしてください! あとで温かい飲み物も用意します!」
 ルディアはルミックの背中を押すようにして、バックヤードへ案内していった。
 ルミックの困ったような嬉しいような表情を見たレナは「まあ、いいかな」と思い、白山羊亭を後にした。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3428/レナ・スウォンプ/女性/20歳/術士】

NPC
 ルミック
 ルディア・カナーズ
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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました。
 この度は虹色の告白をにご参加いただき、まことにありがとうございました。
 少しルミックとルディアの距離が縮まる結果になりましたが、いかがでしたでしょうか?
 またどこかでお会いできる日を願って。
 ありがとうございました。