<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
自分の殻を破るきっかけ
これは、夢なのだろうか……。
夢と現実とが交差する空間に、ブラッキィは立っていた。目の前は歪んだ空間が幾つも見えては隠れ、そして消えていく……。
不思議な空間に漂いながらも、不思議と恐怖や焦りを感じる事はない。ただ静かに、その場でマーブル模様のように歪む空間を見つめている。
現実世界にはあり得ない。だとしたら、これは夢以外の何者でもないだろう。
そんな事を冷静に考えられるほど、ブラッキィは落ち着いていた。
いつまで続くのか、ふとそんな事が頭を掠めた時、不意に目の前が明るく輝きだして思わず手を翳して目をそむける。
瞬間的に眩く光ったのも束の間。辺りには静かにそよぐ風に包まれている。
ブラッキィが目を開き、辺りを見回そうと顔を上げたときだった。
そこには幼いブラッキィを含め、四人の兄弟が顔をつき合わせて遊んでいる姿が見える。
四人の背には皆翼が生えていて、なぜかブラッキィだけが真っ黒い翼を生やしている。だが、幼い頃から共に暮らしてきた兄弟たちには、それが当たり前だったのだ。
(こうしてみると、まぁ、確かに浮いてはいるな)
幼い自分を見つめながら、ブラッキィは自分の翼の色が他の兄弟とは違う事に納得した。
今となっては別段、気に留めることはなくなった。それもこれも、三男の一言があったから……。
ふっとその時の事を思い出そうとすると、仲良く遊んでいた兄弟たちがぐにゃりと歪んだ。そしてその歪みが再び元に戻ると、落ち込んでいる自分の姿が映った。
トボトボと肩を落として歩くその姿を見て思い出したのは、この時酷い仕打ちを受けたからだ。
そっと回想するように、ブラッキィは幼い自分を腕を組んで見下ろしていた。
兄弟と共に出掛けると決まって、何も知らない人間達が数奇な瞳をブラッキィだけに注いでくる。
この日もそうだった。他の兄弟たちと一緒に行動をしていると、周りにいた大人たちがギョッとした眼差しを向けてきた。
「ねぇ、アレ見て。あんなに真っ黒い翼を生やしてる」
「あぁ本当だ。他の子供達とは全然違う。あれは忌み児って奴じゃないのか?」
「みっともない」
「気持ち悪い」
今思い返しても、酷い言われようだった。こそこそと人目もはばからず心無い言葉を囁きあう大人たち。その言葉のどれもが、嫌と言うほど耳に届いていた。
時にブラッキィは耐えられず耳を塞いで道を走りぬけることも多かった。
「ブラッキィ……気にしちゃダメよ」
そう言って励まそうとする母の言葉さえも心に刺さる。
外へ出れば非難される。何も知らない人間達の数奇なものを見る瞳が堪らなく不愉快。そんな事が続いたばかりに、やがてブラッキィは外へ出るのを拒否するようになっていった。
部屋に閉じこもり、ベッドの上で膝を抱えて自分の背に生えた翼の色を恨めしく思ったこともある。
なぜ自分だけがこんな目に遭わなければならないのか。
答えの出ない自問自答が頭の中を駆け巡り、もうすでにパンク寸前だった。
そんな時、彼の弟でもあるケリーはいつも屈託のない笑みを浮かべて自分に寄り添ってくれていた。
「あ〜にき! 一緒に遊ぼう!」
この時も、ケリーはいつもと同じ明るい笑顔でブラッキィの部屋のドアを勢いよく開いて入ってくる。
そんな幼いケリーを、当時は自分が荒みきっていたせいもあってとても煩わしく思っていた。
「……一人で遊んで来いよ」
ブラッキィはケリーに目も向けず、そっけない一言を返す。するとケリーは彼の腕を掴みぐいぐいと揺する。
「何でだよ。一人で遊んだってつまんねぇじゃん!」
「じゃあ、他の兄弟に遊んでもらえばいいだろ」
「え〜! 俺は兄貴と遊びたいんだよ」
「俺は遊びたくない」
「今日こそは遊ぶって決めてきたんだぞ」
「……」
何としてでも外に遊びに出たがるケリーに、ブラッキィは抑揚のない言葉で全てを拒否した。
押しても引いても、部屋から出そうにないブラッキィにやがて業を煮やしたケリーは、ぷぅっと頬を膨らませ腰に両手を当てて怒り出す。
「何だよ、付き合いわりぃぞ兄貴! そんないちいち他の奴らの言う事なんか気にしてたら生きていけねぇぞっ!」
幼いくせに親の真似をして言う事だけは一人前なケリーに、ブラッキィはムッと眉根を寄せた。
「何だよそれ。もういいから、ほっといてくれよ」
半ばうんざりしたように嘆息を漏らしながら、ブラッキィはケリーから視線をそらした。
それには流石のケリーも盛大なため息と共にがっくりと肩を落とした。そしてブラッキィの視界に入るために、視線をそらした先に回りこむ。
ベッドの傍に膝を付き、両手をベッドに置いて顔を載せると、上目遣いにブラッキィを見つめる。
「あのさ……」
「……」
「俺、兄貴の翼、嫌いじゃねぇよ?」
「……は?」
ケリーから出たその言葉に、思わず彼を振り返った。
ケリーは同じ体制を崩すことなくこちらを上目遣いで見つめたまま、言葉を続ける。
「だってさ、なんとなくだけど……ダークヒーローっぽくてカッコいいと思う!」
そう言いながらニッと白い歯を見せて笑ったケリーに、ブラッキィは思わず絶句してしまった。
そんな風に言われた事など今まで一度としてなかった。
思わずケリーの事を疑いそうになったが、彼がそんな冗談を言うような奴ではない事は十分分かっていただけに、彼のその言葉で閉ざしていた心のドアが崩れ落ちたのを感じていた。
ダークヒーロー……。
この時の自分にとってその一言はとても心を暖める優しい響きを持った言葉だった。
「……馬鹿じゃねぇの」
自分が思う以上に嬉しくて照れてしまう。
その照れを隠す為に、ブラッキィは不機嫌そうに顔を顰めぷいっとそっぽを向きながらそっけない言葉で返した。
馬鹿と言われたケリーは怪訝そうに眉根を寄せて唇を尖らせる。
「馬鹿じゃねぇし!」
「馬鹿だよ」
「馬鹿じゃねぇしっ!」
半ばムキになってそう声を上げるケリーに、ブラッキィは思わずぷっと笑い出した。
思いがけずブラッキィが笑い出した事で驚いたケリーは動きを止めて目を瞬いた。
「……びっくりした」
驚くあまり動きが止まってしまったケリーを横目でみやり、ブラッキィは目を細めて笑いながら駄目押しの一言を口にする。
「……バーカ」
「あ! また馬鹿って言ったなっ!」
散々馬鹿と言われ、ケリーは頬を膨らませながら殴りかかってくる。だが、ブラッキィはそんなケリーの頭を押さえつけて自分に近づけないようにしてしまう。
「も〜! 馬鹿って言ったら自分が馬鹿なんだからなっ!」
短い手をブンブンと振り回すも、ブラッキィに届かないケリーのパンチはいつまでも空を掻き続ける。
そんな光景を見下ろしていたブラッキィの表情は、自然と柔らかい笑みを浮かべていた。
後にも先にも、人前でああして笑ったのはこの時が初めてかも知れない。
そして、この時のケリーの一言があったからこそ今の自分がいる。あの一言が無ければ、今どうしていただろうか。
「……ケリーに救われたんだよな」
ボソッと呟いた言葉は、ふたたびグニャリと歪んだ空間に吸い込まれていく。そして再び眩しい光に包まれ、ブラッキィは夢から目覚めた。
ゆっくりとベッドから起き上がり、浅く息を吐く。
幼いケリーの言ったダークヒーローのようになれるよう、何者にも左右されずに今を生きる。
改めてブラッキィは心に誓ったのだった。
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