<東京怪談ノベル(シングル)>


小さきフェニックス

 天使の広場が見下ろせる屋根の上に、翼の生えた人影があった。ウインダーのグレンは屋根の上に寝そべり、空を見上げていた。真っ青な空に、ちょっとだけ白い雲。今日はいい天気だ。先ほど空を飛んでいた鳥が、そう嬉しそうに言っていた。
 今日はいい天気だし、何をしようかなと思いながら体を起こした。眼下には人々で賑わっている天使の広場がある。普通の人間もいれば、グレンのようなウインダーもいる。動物は二足歩行や四足歩行しているし、食用や儀式用として売られていたり、調理されて美味しそうな匂いを放っていたりしているものもある。美味しそうな匂いに思わず涎が出そうになるが、あいにく財布の中にはコインが数枚しか入っていない。無駄遣いするなと兄に怒られたばかりなので、今はなんだか使いづらい。
 何かを見たり、見つけたりするのはタダだからと、天使の広場を行き交う人々をキョロキョロ見ていた。すると、鬣が立派な栗毛の馬と甲冑を身に着けた戦士が歩いているのを見つけた。そのかっこよさに目を奪われていたグレンだったが、ふと思いついた。自分にだって、かっこいい生き物が身近にいるじゃないか。
 ソーンを守る36の聖獣たち。グレンの守護聖獣はフェニックスだ。聖獣の存在にぼんやりとした興味があったことを思い出したグレンは立ち上がり、一度大きく体を伸ばしてから好奇心の向くままに行動を開始した。
「僕、聖獣のこと……ううん、この世界のこと、もっとよく知りたいな!」

 グレンはフェニックスを探すために、エルザード中を歩き回った。エルザード城に行ってレーヴェに『城に用がない者は立ち去れ!』と言われて追い出されたり、エルファリア別荘に行ったときは、なぜかペティと一日中掃除をさせられて、終わるまで帰らせてもらえなかったりした。掃除を手伝ったお礼に、ペティからガルガンドの館について教えてもらった。さっそくグレンはガルガンドの館に向かった。
 ガルガンドの館は図書館であり、古今東西のあらゆる書物があるのではないか、と言われるほど膨大な書物が収められている。館内の本の量の多さとディアナの妖艶さにたじろいでしまったが、持ち前の人懐っこさと明るさでディアナとは仲良くなることができた。
 ディアナと一緒に聖獣について記されている書物を探し、フェニックスに会える方法を探した。ガルガンドの館に所蔵されている書物の中には不思議な書物もある。それは魔法の書。古代の魔術師が書き記したという書物。そんな書物の中にはフェニックスについて研究した魔術師のものもある。
 グレンは魔術師や魔法についてはよく知らない。とにかく片っ端からフェニックスについて書いてある本をとりあえず開いて読んでいた。今のところ、フェニックスは伝説の生き物で会うことができないだとか、ソーンを守る聖獣で身体が炎の出来ている大きな鳥だとかしか、わかっていない。
『フェニックスの牙』
 グレンはそんなタイトルの書物を見つけた。表紙には大きな炎を背に翼を広げたフェニックスが描かれていた。かっこいい! とグレンの胸が躍った。どんなことが書いてあるのだろうかとワクワクしながら本を開こうとすると、遠くのほうでディアナが何かを叫んでいるような気がした。
 気にせず本を開けると、グレンの目の前に真っ赤な炎が現れた。その炎はグレンの肩に鳥のようにとまると、分厚いマントのように背中を覆い、やがて全身を包み込んでさらに大きく燃え上がった。不思議と熱さは感じなかったが、眠りに入るかのようにグレンの意識はなくなった。

「それで、ディアナを困らせちゃったんだけど、なぜかこの通り! ケガ一つしてないし、火事だって起きてない! 僕が開いたあの本はなんだったんだろう」
 グレンはここ数日間の出来事を、白山羊亭でルディアに話していた。ルディアは最初こそ楽しそうに聞いていたが、ガルガンドの館での話を聞いて、顔色が変わっていた。
「グレンさん、もしかしてその本って魔術師の呪いがかかってたんじゃ……」
 ルディアにそう言われたグレンだったが、意味がよくわかっていないようだった。ルディアはあまりそのことを言ってグレンを怖がらせるのは良くないと思い、それ以上は言わなかった。その代わりにカレンを紹介した。
 吟遊詩人であるカレンは職業柄、歌の題材にするために様々な情報を集めているため、思いがけない情報を知っていたりする。ルディアは、カレンに会って話すほうが本で調べるよりも安全で有意義な情報を知ることができるかもしれないと、グレンに伝えた。
 グレンの表情は花火がパッと燃え上がったように明るくなった。何度もルディアに感謝すると、一目散に走っていった。

 グレンが天使の広場に到着したとき、カレンは噴水近くにあるベンチに座っていた。竪琴の弦を指で撫でるかのように弾くと、息を吸い込んだ。
「灼熱の夏に生まれた小鳥は、生まれた喜びを表現するかのように、真っ赤な太陽に向かって叫ぶ。太陽の祝福を受けた小鳥の叫びは、太陽の光に照らされた大地に響き渡り、その存在をみなが知る。叫びは見えぬ存在。しかし確実に存在する―――。その存在を確かめようとする者が現れたとき、見えぬ存在は長い年月を経て、やがて伝説の存在となる。小さき鳥。灼熱の夏の小鳥。灼熱の夏は炎を連想させ、小鳥は炎の小鳥となる。伝説、炎、小鳥―――。フェニックス。太陽、フェニックスの祝福を受けた小さきフェニックスよ―――」
 歌い終わったカレンは見定めるような瞳をグレンに向けていた。
「この歌の小さきフェニックスとは、あなたのことですよ、グレン。あなたは魔術師の呪いから身を守るため紅焔衣を用いたのです。あなたの傍にはいつでもフェニックスがいて、見守ってくれているのですよ」
 そう言うと、ニコリと微笑み、再び歌いだした。今度はグレンでも聞いたことがあるような童謡のようだった。カレンの歌に誘われて集まった子どもたちのために歌っている。
 グレンは、カレンなら聖獣にまつわる古い歌なんかも知ってるんじゃないかな、と思っていたが、自分が何も伝えていないのに、すべてを知っているかのようなカレンが不思議で仕方がなかった。歌い終わるのを待ってから尋ねると、カレンはニコリと微笑み、『少しは計画のある行動をすると、もっと深くフェニックスを知ることができるかもしれません』とだけ言った。
 前にも『もっと考えてから行動するように』と兄に言われたような気がして、耳が痛かった。次はほんのちょっとだけでも、計画してから行動したほうがいいのかなぁ、と思うグレンであった。
 いつかフェニックスと出会うために―――。