<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


Tale 04 singing 千獣

 うたたねをしていたみたいだと気がついた。

 頬に触れるのは堅い感触。ただし、その感触のものは「まっすぐ」すぎて――誰かが手を加えて作ったなにかだと思った。自然のままの樹の幹とか枝じゃない。木材、だとは思う。
 ……お店のテーブルだと、すぐにわかった。白山羊亭のテーブル席。なんでここにいるんだろう、とぼんやり考えつつ顔を上げ、目を瞬かせて――周りの状況をたしかめるために少し身体を起こす。ゆっくりと。……私はそうしていい、と知っている。ここに敵はいないから。気をゆるめていていいと、当たり前みたいに思う。

 ――――――心のどこかでなにかが引っかかるけど、今の私は、そう思う。

 いくらか頭がはっきりして来てから、同じ席に龍樹と慎十郎がいることに気がついた。軽くびっくりする……でもなんでびっくりしたのか、頭の中に靄がかかってるみたいで、わからない。テーブルの上を見る。飲み物――たぶんお酒とか、食べ物のお皿とかがあった。……結構、減ってもいた。元々、たくさん出されていたわけじゃなかったみたいだけど、それなりに普通に、食事、してたみたいな、お皿の並び方。
 たぶん、私の前にも、あったんだと思う。……私がうたたねをしていたみたいだったから、邪魔にならないようにわざわざどかしておいてくれていたんじゃないかと、思う。私のすぐ前だけ、くっきりと場所が空いていた。
 また、目を瞬かせる。
「……えっと」
 眠る前、私は、なにをしていたんだったっけ。
 考え込む。
 と、何だまだ寝ぼけてんのかい、って、杯傾けてる慎十郎に少しからかうみたいに言われて。
 取り敢えず、お水でも如何です、って、静かに微笑った龍樹に勧められて。
 私はまた目を瞬かせた。

 ――――――なんだろう。

 なにかが、変だ。
 でも今のこの変な状態の方が――なんだか、いいような気がする。
 ほっとする。

 テーブルに誰かが近づいてきた。気配につられるみたいにしてそちらを見る。
 朱夏がいた。
 どうぞ、って、お水の入った器を、私のすぐ前に置いてくれた。ありがとうってお礼を言ったら、朱夏も龍樹みたいに静かに微笑って私を見て。
 そのことにもまた、軽くびっくりした。……でもやっぱり、なんでびっくりしたのかがわからない。

 ――――――なんだか、おかしい。

 そう思っていたのに気づかれたのか、朱夏の方でも、うーん、となにやら考え込むように首を傾げていて。
 千獣さんは臨森さんたち皆さんとお食事されてたんですが、お酒に酔われたのか、眠り込んでしまったんですよ、と付け加えられた。

 ……たしかに、知りたかったのはそこだけど。
『うたたねしてしまう前、私は自分がなにをしていたのか』、が知りたかったわけだけど。
 でも、今、朱夏が察して話してくれたことだけだと、私の中の引っかかりは、まだなくならない……気がする。

 あ。そもそも、りんしん――『臨森』って、誰だろう。
 今私の目の前にいるのは、龍樹と、慎十郎と、朱夏の三人。
 つまり、他に、私の知らない誰かがいて、一緒にごはん食べてた、ってことなのかな、と思う。
 でもそれは、私の中の引っかかりとは違う話になるのだけれど。……目の前の状況に対する、当たり前に出てくるただの素朴な疑問。

「……臨森?」
「どうかされましたか?」

 ……当たり前みたいに龍樹が私の様子をうかがってきた。自分が呼ばれたみたいに。私の疑問に受け答えるみたいにして。
 あれ?

「……龍樹?」
「はい。龍樹ですが」
「でも、臨森、って」

 その名前が誰か、の疑問だったのだけれど、それで自分が呼ばれたみたいにして答えてきたのが、龍樹?

「あれ、千獣さんにはお伝えしてませんでしたっけ」
「なに、を……?」
「号を名乗る事にしたんですよ」
「ごう?」
「わかりやすく言うと、改名したようなものでしょうか」
「違ぇだろ。佐々木龍樹雪胤の名、捨てたわけじゃねぇんだから」
「それもそうなんですが」
「??」

 あれ?
 また別の名前……だと思う言葉が出てきた。ゆきたね――『雪胤』。
 ……でもそれも、龍樹の名前……ってこと、なのかな? 今、慎十郎に、繋げて呼ばれてたし。
 次々に新しいことが出て来て、なんだか、ついていけない。
 そう思ったら、なんだか龍樹が申し訳なさそうな貌で、苦笑していた。

「ひょっとして今、雪胤の名も気になりましたか? 雪胤は私の諱です。…。…ああ、確かにややっこしい…のかもしれませんか。私たちにすればそうでもないんですけれど」
「…あー、悪ィ。惑わせちまったか。…あのな、おれらの世界だとこいつの身分――武士ってなァ、『名』の数がやたらあるのが当たり前なんだよ。二つくらいなら、ソーンでもまぁ通るだろうが」
「ですので、通称の『佐々木龍樹』だけを名乗っていたのですが。この度、少々思うところありまして」
「これからは『臨森』の方で通したいって話でな」
「???」

 なんだかよくわからない。
 ……そして、わからないって思ったのが、多分みんなにわかられた。
 慎十郎と朱夏の視線が、私じゃなくて、龍樹に集中する。

「…やっぱややっこしいだろこれ」
「…知らぬ方だとそう思うと思いますよ?」

 そうやって二人に言われて、龍樹は――臨森は?――改めて私を見る。

「まぁ、難しいようでしたらこれまで通り龍樹のままでも全く構いませんが。宜しければ今後は臨森と呼んで頂けると幸いです」
「……なんで?」
「秘密です」

 にっこり笑ってそう言われる。

「……」

 やっぱりなんだかよくわからない。

 でも、私が本当に引っかかってるのは、そこじゃない。今、龍樹が臨森って呼んで欲しいって言うのは、なんでかはよくわからないけど、「龍樹にとってなにかの理由があっての要望」なんだろうなあ、とは筋道立てて理解もできる。
 私の中にあるなんだかよくわからない引っかかりの方は、そういう「説明」がうまくできない。もっと漠然とした感覚で、ただ、今自分がこうやっていること自体が、龍樹たちと一緒にごはん食べてること自体が、なんだか変だ、と思えてしまう。なにがどう変なのかまでは、うまく言えない。

 ――――――なんでだろう。

 うーん。と考え込む。考え込みながら、朱夏に出してもらったお水をちびりと口に含む。口の中、水が触ったところから身体に沁みわたる気がする――のどが渇いていたことにもそれで気がついた。眠り込んでしまっていたからか、はたまた朱夏の言う通り、お酒でも飲んでしまっていた後だからなのか。…私はお酒をたしなむような習慣はないはずなのだけれど。
 ううん、そもそも、私の場合、お酒を飲んでいたとしても、酔っ払って眠り込んでしまうようなことは、ないんじゃないかって気がするし。私の中にはたくさんの獣とか魔とかがいるわけだから、普通のひとたちみたいに、そんなにお酒が回らなさそうな。
 つらつらとそんなことを考えていると、そういえば父上様と舞さんは? と誰にともなく朱夏が訊いていた。……つまり、今は姿が見えないけど、蓮聖と舞もこの場にいたらしい。
 もしそうなら、私も朱夏のその質問の答えは気になるから、朱夏と一緒に答えを促すみたいなつもりで、たぶん答えを知ってるだろう龍樹――臨森と、慎十郎の二人を見る。

 と。

「…蓮聖様なら、さっき帰ってしまった秋白を連れ戻しに行きましたが」
「おう。舞姫はそのお目付け役にって付いてったぜ。蓮聖様一人で行かせたらまぁた秋白が臍曲げるんじゃねぇかってな」

 ――――――また、びっくりするような答えが返ってきた。

 帰ってしまったってことは、蓮聖と舞だけじゃなく、秋白までここに一緒にいたってことなんだろうか。

 あれ?

 秋白「まで」ってなんだろう。
 なんで、「びっくりするような」答え、なんだろう。
 思ったそばから、疑問が浮かぶ。
 また、頭の中で靄がかかってるような感じがする。やっぱり、なんだか変だ。……私は本当に、酔っ払ってたりするんだろうか。わからない。

 悩んでいる間に、帰ったよー、って、舞の明るくて元気な声がした。見たら、蓮聖と秋白も一緒にいて。舞はお姉さんが小さい子にするみたいに秋白の後ろにいて、ぽんって秋白の両肩を叩くように置いてて、私たちの着いてるテーブルに座るように勧めてるところだった。秋白はなんだか顔しかめてて、すごく不本意そうな感じでいて。でも舞の顔を見上げる目には、特に厳しい感じはなくて。
 ちょっと拗ねてる子供みたいな、そんな感じに見えた。

「…だからもういいって。なんでわざわざ追いかけて来るのかな。放っといてくれればいいのに」
「え、放っとけるわけ無いじゃん。ご飯途中で席立っちゃったわけだし」
「そんなのどうでもいいし」
「どうでもよくない。折角のご飯、残しちゃ駄目だよ」
「蓮聖にでも片付けさせてよ」

 秋白は、ふてくされたみたいにそんな言い方をする。
 言われた当の蓮聖は……そっちには答えずに、まず、お目覚めになりましたか、って、ねぎらうみたいに私に声をかけてきた。
 それで、秋白も、私に気がついたみたい、だった。

「あ、千獣おねーさんが起きてる」
「……うん」

 頷く。
 ……その通りだから。

「だからボクのこと追いかけてきたの、ひょっとして?」

 秋白が私を見て舞を見て、誰にともなく訊く。
 なんだか、それまでより声が弾んでるようにも、聞こえた。

「んー、そういうわけじゃなかったんだけど、ちょうど良かったみたいだね」

 うん、と舞も秋白に頷いて見せている。
 そこに、じゃあ再開と行きましょうか、と蓮聖もみんなをまとめるみたいにして声をかけていて。おう、とか慎十郎が答えていて。龍樹と――臨森と朱夏が、勧めるみたいに秋白や私の前にも、ごはんが並んでるお皿を置き直していて。秋白も、蓮聖の言葉の通りに、意外と、素直に席に着いていて。

 あれ? と思う。
 なんだかすごく、妙な感じがした。本当なら、ありえない、みたいな。そんな気がしてならなくて。
 なんでそう思うんだろうって、また考え込んでいる間に……秋白だけじゃなく、蓮聖と、舞も一緒に同じテーブルに着いて、またごはんを食べたり、飲み物を飲んだり、話をしたりし始めていて。

 すごく、和気藹々としてて。
 見ていて楽しそうで、そこに一緒にいる私も、楽しくて。
 ぜんぜん悪いことじゃない、どちらかと言えば、いいこと、のはずなのに。

 ――――――なぜか、私は、困惑した。

 なんでもない、ただ同じテーブルを囲んで歓談――おしゃべりしながら、ごはんをたべたり、飲物を飲んでるだけの今のあつまり。ほっとできる光景のはずなのに。私の中にある引っかかりは却って大きくなっている気すらする。

 なんで私は、こんな、変な心持ちなんだろう。
 今目の前にある光景の中に、悪いことはなにもないはずなのに。
 むしろ、こうなってることが、嬉しい気さえ、するくらいなのに。

 龍樹の新しい名前の話、だけじゃなくて。
 色々と、他にも、話を聞いた。……私の中の変な引っかかりが、なくなるような話じゃなかったけれど。
 私も、話をした。やっぱり、たどたどしい話し方になってしまうけれど、頑張って話した。ふとした時に思うような、他愛ない話ばっかりだったけれど、みんな、しっかり聞いてくれた。蓮聖とか秋白が私の言いたいことを察して、口で付け足して、助けてくれるときもあった。ごはんだけじゃなくて、お酒を勧められたりもした。味がおいしいのかどうかはよくわからなかったけど、こうやってみんなでテーブルを囲んで飲むなら、悪い気分じゃない。これが、おいしいって言うことなのかなって気もした。

 このあつまりは、久しぶりに龍樹が――臨森がエルザードに帰ってきたから、していたらしい。今龍樹は――臨森は一人で旅に出てて、このあつまりが終わったら、またすぐに旅立つんだって、話をしてた。

 ……『あがないのたび』なんだって、言ってた。

 どういう意味なのかよくわからなかったんだけど、その『あがないのたび』に出るときに、名乗りを『臨森』に変えたんだって話を改めて聞いた。……「改めて」の話なんだって聞いたんだけど、私は、そんなことは初めて聞いたような気がしてならなくて。

 なぜか、ほんの少しだけ、私の中の引っかかりに触れるような話の気が、した。

 ……でも、その話はすぐ、他の、他愛ない話に埋もれてしまって。
 なぜか、私も、今は、それでいい気が、してしまって。
 ふと、蓮聖が、これまで見たことがないような、なんでも見通してるみたいな不思議な感じの目で、私をじーっと見ていることに気がついた。でもなにも言わない。でも、なんだか、私の中の引っかかりのことまで、見抜いてるみたいな、そんな目の気がした。
 見抜いてて、でも、そのことには触れてくれるなって、そう言ってるみたいな、気もした。

 ――――――なんだろう。

 わからない。
 でも、今は。
 蓮聖がそう言ってるんじゃないか、って私が思った、その通りにしていいんじゃないかって、気はした。
 みんなで食べると、ごはんはおいしい。

 ……ほっとできる、ゆったりした時間はそうやって過ぎていって、また、あつまろうって約束もする。
 なんだか、胸の奥に、あたたかいものが灯った気がした。



 ……うたたねをしていたみたいだと気がついた。

 頬に触れるのは堅い感触。木肌の、ごつごつした、でもどこかあたたかい、いのちがそこにある感触。さわさわと風で枝葉が鳴る音がする。目を開いたら、すぐ目の前を小さな虫がひょこひょこ歩いて行くのが見えた。ここは白山羊亭じゃない。ここには人間の手は入っていない。
 とても、慣れた感触。
 いつもいる、森の木の上だとすぐにわかった。
 なんとなく、目をこする。寝ぼけ眼のままで、周囲を確認。ここは居慣れた場所だけど、完全な安全地帯じゃないことも私は知っている。敵が来る可能性は、ある場所。それが、当たり前。完全な安全地帯なんて、ない。
 だから、なにかことが起きればすぐに動いて対処できるように。頭が感覚が、自然に切り換わる。そのためにこそ、なにもない時はぼんやりのんびりして、いざと言う時のために力をためている。それが、獣のやり方。眠っていたって、休んでいたって、同じ。そもそも私の中の獣や魔も、常に騒いでいるのは同じだし。私の中の獣も魔も、自分であって、敵でもある。

 だから、敵がいないから気をゆるめていていいんだなんて、思うわけ、ないはずなのに。
 さっきまで、見ていたものを思い出す。
 ……なにが変だと感じたのか、わかった。私の中の引っかかり。……私の知っている限り、ありえないはずだった。あんな、場面は。みんなで、仲良く食事をしてた。話をしてた。殺し合ってもなかった。いなくなってもなかった。秋白までいた。
 私も、信じられないくらい無防備に、気をゆるめていられた。
 だから、頭のどこかで変だと感じてた。

 ……夢、だったんだ。

 でも、すごくあったかい夢だった。
 こうだったらいいなって、こうなったらいいなって、思える夢。

 ふわあ、とあくびをしつつ、思い切り伸びをする。
 今見ていた夢のことを、考える。

 ……それはたぶん、とても難しいことなんだろうと思うけど。
 でも、いつか。

 今の夢みたいなことが、本当になってくれると、いいな、と思う。

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 登場人物紹介
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■PC
 ■3087/千獣(せんじゅ)
 女/17歳(実年齢999歳)/獣使い

■NPC
 ■佐々木・龍樹(臨森、雪胤)
 ■夜霧・慎十郎
 ■朱夏

 ■舞
 ■秋白
 ■風間・蓮聖