<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


異国の土産と淡い香り











 今日はとても天気がいい。
 出てくる時も中々いい天気だったが、今日の天気も負けず劣らずだ。これなら予定よりも早くエルザードに戻れそうだ。
 あおぞら荘に住み始めてしばらく経った。最初はやはりどこか間借りした感が否めなかった部屋も、今ではすっかり使い慣れて自分の部屋だという感覚がある。
 やはり、期間限定だとかそういった制約なしに安定して帰れる場所があるというのは安心するものだと、エスメラルダ・ポローニオは大きく伸びをした。
 行商に出てから二週間。それなりの稼ぎと仕入れ品、大量のお土産を鞄に詰め込んで、ほくほく顔でエスメラルダはあおぞら荘の入り口を開けた。
「ただいま!」
 そのままの足で自分の部屋へと向かい、簡素な鍵で入り口を開ける。正直この鍵を見たとき、簡単に合鍵を作れそうなほどの簡素さにびっくりしたが、鍵というものは形式上の道具であるらしい。詳しい事は関係ないのだけれど。
 部屋に荷物を下ろしたエスメラルダは、とりあえずさっぱりしたい! と、湯船のお湯をはり、その間に簡単な荷物の整理や、着替えの準備を進める。
 やっぱり、足を伸ばして一人のんびりゆったり入るお風呂は格別だ。
「はぁ〜」
 長くゆっくりと息を吐いて、温かい湯に浸かれば、汚れだけではなく疲れもさっぱり流れていきそうだ。
 淡い湯気を立ち上らせながら、タオルで髪の水気を切って、軽くアップに纏め、行商用ではない普段着に着替える。そして、お湯がはる間に整理しておいた、お土産を詰めた鞄を手に部屋からホールへと出た。
「おかえりなさい」
 声は、ホール――ではなく、そこに隣接するキッチンから。
「ただいまルツーセ」
 エスメラルダはカウンターからキッチンに顔を突っ込んで、ルツーセの姿を確認するとにこっと笑う。
「お土産、いっぱい用意してきたわよ」
 手に持った鞄を見せ、手近なテーブルにどさっと置く。
「今回は何処へ行っていたの?」
「中々面白い所だったわ!」
 ルツーセはエスメラルダと自分用の2つのカップとポットを持って、キッチンからホールへと出てくると、エスメラルダの向かいに座り、ポットから淡く香る紅茶を淹れて差し出す。
 エスメラルダは紅茶の入ったカップをありがとうと受け取り、軽く口をつけると、机に置いた鞄から土産にと買ってきたお菓子を取り出した。
 物品もあるのだが、以前キッチンの戸棚を開けた時、食材よりもお菓子の方が多かった事を思い出し、こっちの方が喜ぶのではないかと思ったのだ。
 この親から受け継いだ大容量の魔法の鞄の大きさに反して、取り出したお菓子を纏めた袋はかなり大きい。
 最初にこの鞄を見た人は便利だと反応を示すのだが、ルツーセはどこか慣れてしまっているのか、意識はお土産として並べたお菓子に向いている。
「何これ! 凄い綺麗な形してる!」
「ああ、それはラクガンって呼ばれるお菓子よ」
 蓮や椿、紫陽花などの花や、鳥の形を綺麗に象ったそのお菓子は、洋菓子に慣れてしまっている――洋菓子しか知らないルツーセにとってはとても珍しいものだった。
「こんな綺麗なの、どうやって作ってるのかな? 型に入れたゼリーでもこんなに綺麗には出来ないもの」
 確か……と、エスメラルダは見学させてもらえた範囲での作り方を思い起こす。
 砂糖と粉を混ぜて木の型に詰めて1日干して完成――だったはず。
「まるで芸術品みたいでしょう? でも、食べると甘くて美味しわよ」
 味もさることながら、見た目も伴ったお菓子というのは、口にしてしまえば消えてしまう、本当に一瞬の芸術品だ。
 この落雁というお菓子も、木型が全ての見た目を決める。
 お菓子としての食べやすさや形を追求したものもあれば、お土産として買ってきたもののように見た目の綺麗さを追求したものもある。
「本当に凄く綺麗よね」
 エスメラルダは落雁を持ち上げて、いろいろな角度から見つめる。
「あたしも、こっちでも売れるんじゃないかってと思って交渉してみたけど、快い返事はもらえなくて、残念だわ」
 だいたい3・4ヶ月くらい持つと言っていたから、あの村へ行って帰っての時間くらいでダメになってしまうとは思えないのに、突きつけられた答えはノー。
「こんな綺麗なお菓子食べれな〜い。なんて?」
 エスメラルダはくすっと笑って問いかけてみる。が、ルツーセにそんな女子力はない。思いっきり蓮の形の落雁にかぶりついていた。
「なんだか不思議な甘さ」
 パリッと、硬い音がして蓮が真っ二つに割れる。
「でも、紅茶には余り合わないみたい」
 角砂糖を入れた仄かな甘みのある紅茶にや、やはりスコーンやクッキーの方があう気がする。
「そうそう、その村の人達ね、ちょっと苦味がある緑茶と一緒に食べてたわ。むしろ、あの村は、紅茶よりも緑茶が主流のようね、あ!」
 エスメラルダは思い出したように鞄に手を入れて、1つの円柱形の缶を取り出す。村の人が美味しいと勧めてくれた緑茶を一緒にお土産として用意していたのを思い出した。
「一緒に緑茶もあったんだったわ」
「じゃあ、直ぐに淹れてくる」
 ルツーセは缶を受け取ると、足取り軽くキッチンへと舞い戻り、湯飲みや急須を取り出す。
 どうやら緑茶という存在は知っていたらしい。
 紅茶とはまた違う香りが広がる。
「ラクガンは干菓子って言われる長く持つお菓子だけど、生菓子って言う、柔らかいお菓子もあったのよ」
「え? 何それ!」
 キッチンで煮出す時間を待っていたルツーセが身を乗り出す。
「生菓子はね、日持ちがしないから、持って帰れなかったの」
 エスメラルダは、ごめんなさいね。と、付け加え、もちもちと柔らかい食感を思い出す。洋菓子ではあのもちもち食感を際限する事はできないだろう。それだけに、やはり商談を断られた事は残念でならなかった。
「もっちもちで、みずみずしくて、優しい甘さ……」
 思い出しただけでも笑顔が浮かんでくる。
「エルザードでも、絶対売れるはずだわ!」
 エスメラルダはつい拳を握り締めて叫んでいた。はっとして顔をあげれば、ルツーセがくすっと笑って、湯のみと急須を乗せたお盆を持ってテーブルに戻ってきていた。
「この世界にはいろんなお菓子があるのね」
 そう言いながら、湯飲みに並々と注いだ緑色のお茶の香りは、さわやかだ。
「本当にね。行商で新しいものを見つけるたびに、凄く心が明るくなるわ」
 この落雁のように、と、エスメラルダは1つ摘み上げる。
 そして、落雁を一口食べ、用意してくれた緑茶と一緒に楽しむ。
「この組み合わせ、本当に美味しい!」
 ほろ苦い緑茶と、優しい甘さが口の中に広がる。満足げに嬉しそうに笑ったルツーセに、つられるようにエスメラルダも微笑んだ。




















☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【3831】
エスメラルダ・ポローニオ(20歳・女性)
冒険商人


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 あおぞら日記帳にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 ソーンでの残り期間が限られておりますが、時間と回数をかけてくださっている他の参加者様の手前、本当にそれなりという形にさせていただきました!ご了承いただければ幸いです。
 それではまた、エスメラルダ様に出会えることを祈って……