<東京怪談ノベル(シングル)>


闇夜に想い、腐れ縁の戦馬鹿へと詠う





 ――――――エヴァーリーン。





 彼女は多くを語らない。必要な事だけ話しさえすればそれで事も無し。何者も拒まず、身になるとなれば何でも受け入れ、利用するのが当たり前。中でも幼い頃に魅入られ、仕込まれた鋼糸の扱いは別格と言える。今や自分の手足以上。思った時には放たれ、獲物を捕らえ離さない闇の技。
 影に潜み、背後に立つと同時に、その息の根を止める。暗殺者、“鏖”――“ジェノサイド”として生きた過去の時。…消し去りたいような消せない過去もある。…歌で繋がっている大切な思い出もある。けれど、今はその闇の職より抜けて放浪の身の上に在る。
 芸は身を助くと言うけれど、エヴァーリーンの――彼女の場合はその言葉が適用されるのはやはりどうしても闇の中になる。…それも定めと受け入れて。身に着けた技を頼りに、ひとり放浪の旅の空の下、生きて来た。

 が、今は。
 実のところ、完全に単独行動を取っている訳でも、無い。

 …何故つるんでいるのか、己でも不思議に思える腐れ縁がひとり居る。
 エヴァーリーンは常に傍観者であろうと努めてはいるが、何故か、そうも行かなくなる場合がある。それは――己一人の時は、傍観者の立場を踏み越えるのは事情に必要を認めてからのごく稀な事だった。が、どうにもそのスタンスが守り切れない事が増えている。…そんな気になれない。らしくない。思いながらも気が付けばその腐れ縁は傍に居る。事ある毎に顔を合わせる。話が合うとも思えないのに――むしろ性格は正反対だとすら思うのに、気が付けば相方扱い。周囲からも、当の腐れ縁からも。
 そんな腐れ縁の戦馬鹿が絡むと、済し崩しで傍観者のスタンスは崩壊する。…エヴァーリーンにとっての報酬は、実力次第で変わるのが当たり前。即ち、己で極めた技を安売りはしない――だから事情に必要を認めた時にしか動かない、安請け合いはしない――そう決めていた、筈だったのだが。

 気が付けば、何処かの腐れ縁によって報酬に見合わない働きを求められる事も多々。そして渋々ながらもそれを許す自分が“らしくない”としみじみ思うが、不本意ながらも身体の方が勝手に動いている――動かされている。その事自体がどうも腑に落ちない。…腑に落ちないが事実は変わらない。
 当然、そうやって巻き込まれる度にきつくきつく締め上げはするけれど、腐れ縁の戦馬鹿には結局のところ効果無し。その日その時その場所でだけはそれなりに堪えたようでも、次の日にはすっぱり忘れている。
 そんな姿に溜息も出るが、碌に何も考えていないのだろう脳天気な貌を見ていると、馬鹿馬鹿しくなって来るのが先になる。どれだけ締め上げても、意味が無いと。…いや、それにしては自分は律儀にこの腐れ縁をいびり過ぎだろうか。…いや、このくらいの意趣返しは、ただの腹いせで済ませていいだろう。…後の己の心持ちを考えると、腹いせにすらなっているのかどうか自信も無くなるが。

 なんでこんなのとつるんでいるんだろう、と悩む事はエヴァーリーンにはよくある。…そして何度悩んでも答えは出ない。客観的な事実として“何か”があるのだろうとは思うが、それが“何”かがわからない。何度も何度も自問を繰り返し自己分析も重ねるが、結局のところ一向に状況が変わる事は無い。
 腐れ縁の事など何をしようと放置すればいいだけ。何を言われようと無視すればいいだけ――単純明快な解決方法は頭ではわかっている。なのに自分はそうしない――ああ、こいつに負けるのが嫌なのかと思い付いた事もある。腐れ縁の戦馬鹿。こいつの使う真っ直ぐな言葉や行為は、知らずエヴァーリーンを挑発している事になるのかもしれない。
 それを受けての、己の反応。いや、こんな戦馬鹿に挑発されたくらいでこのエヴァーリーンが己の主義信条を翻すなど。彼女は当たり前のように否定の感情を覚えはするが――その否定にも力を持てない。違うと言い切れる自信が無い。…とは言え否定の逆――「そう」だとはっきり認めるのも、事実として違う、とはごく冷静に思う。…やっぱり結局答えは出ない。もやもやと己自身の複雑怪奇な思考回路に途方に暮れる。

 ただ、ひとたび戦闘となれば阿吽の呼吸で全てが通じるのは現実として有難い。言葉の一つも無いままに互いの意図を汲み取り、立ち回る。目配せの一つも要らず、ごく自然に背中を預け合う。…この自分に背中を預けられる相手が今更出来るとは。エヴァーリーンは軽い驚きを覚えもするが…別に悪い気分では無い。その状況に置かれる経緯やら何やら納得行かない事も多々あるのも事実だが、まぁ、それなりには認めてやってもいいかしら、とは思っている。…当たり前ながら、決して、それを口にする事は無いけれど。

 刀さえ持たせたならば、この腐れ縁の実力は揺るがない。…刀を振るう戦いの中にあって初めて――その身で磨き上げた技によってのみ、何より雄弁に語れるタイプの人種。そうである事は何だかんだで付き合っていれば否応無く思い知らされる。直接の手合わせを求められれば尚更。一文にもならない以上、歓迎はしないが――この“強者”に挑まれるのは、己が強者と見做されるのはエヴァーリーンの矜持に適う。

 …まぁ、それら高評価を与えたい部分についても…日常のダメな部分と差し引きでゼロにしたい気もしないでもないが。そんな心の声の赴くままに、毎度の如くいびり倒して扱き下ろしてしまっているのかもしれない。…こいつはそんな扱いで充分だとも思う。…どうせ大して堪えない。
 エヴァーリーンはいつも、他者とは一定の距離を保っている。利害の一致でも無い限りは心底からの信は置かない。腐れ縁の戦馬鹿に対しても、そうしている――つもりではある。…傍から見てどうかは知れないが。
 口も立ち芸事にも秀で、卒無く世を渡る術にも長けている。それは腐れ縁の刀馬鹿とは全く逆――ここぞとばかりにそれらをネタにいじってはささやかな暇潰しをする事も。…人が悪い真似だとは思うが、日々の巻き込まれ方からすればこの程度。別に気にする程の事じゃない。





 …真剣勝負は、0勝2敗。

 ああ、これがこの腐れ縁を切り捨てられない最大の理由かもしれない。
 他の何がどうであろうと、この彼女は“強い”のだ、結局。彼女がエヴァーリーンに思うよう、エヴァーリーンも彼女に思う。糸を繰り出し刃と交えれば、己の中で欲が出る。

 負けっぱなしは、上手くない。





 いつか勝つ。と意気込むも、さて。