＜聖獣界ソーン・ＰＣゲームノベル＞
【楼蘭】百花繚乱・詞華 −力−
天上界から戻った千獣は、落ち着きを取り戻した蓮を連れて姜の洞までやってきた。
洞の入り口で薬草の世話をしていた狸茱を見つけ、軽く声をかける。
「こんにちは……」
「こんにちはなのですよ！」
ぱぁっと明るく笑った狸茱の顔に、つられて微笑が浮かぶ。
「あの、ね、狸茱……少し、お願い、が、あるのだけど……」
何でしょう？ と、笑顔のまま軽く首をかしげた狸茱に、時間はあるかどうか尋ねる。
「大丈夫なのですよ！」
修行と言っても、学生のように決まった時間に何かをしなければならないという事はなし、弟子は従者とも違うため、比較的時間は自由にあるのだ。
千獣は、ちょっとだけそわそわとした表情を見せる蓮に、視線を合わせるように腰を折る。
「蓮……狸茱、と、話して、おいで……」
「分かった！」
蓮は大きく頷いて狸茱の元へと駆けて行く。千獣はその背を穏やかな瞳で見送って、翼を広げ、瞬が居る庵へと飛び立った。
瞬の庵へと降り立った千獣は、庵の外で薪を切っている桃の姿に気付き、丁度良いとばかりにその傍らに降り立った。
「こんにち、は……」
桃は一度チラリと千獣を見やり、すぐさま薪へと視線を戻して、小気味いい手斧の音を響かせる。
「天上界へと行ったそうだな」
どう声をかけようか思案していた千獣に向けて、突然口を開いた桃に、思わず目を瞬かせる。
「……さっき、帰って、きた」
ただ頷いてもこちらを見ていない桃に答えを返し、一度ぐっと唾を飲み込んで一歩を踏み出す。
「聞いて、欲しい事が、ある、の……桃、も、一緒、に……」
手斧の音が止み、桃は千獣に視線を向ける。
真直ぐな瞳でその視線を受けた千獣の姿を確認し、桃は立ち上がると庵の戸を開けて、一礼して中へと入った。
その後を追いかけるように庵へと入った千獣は、もう一度天上界へ行く前に出会った時よりも弱っている瞬に、驚いて駆け寄る。
そんなに長い時間向こうに居たわけではないはずなのに――
「やあ、千獣。彼とは話せたかい？」
薄く微笑んではいるものの、瞬の表情全てが弱々しい。
「ありが、とう……」
千獣は頷く。
「話があると、言っていたな」
桃の口調から、長引かせたくないといったような雰囲気を感じて、千獣は一度ゆっくりと瞬きをして、すぅっと息を吸い込んだ。
「瞬の過去、無かった、こと、には、しない……」
「そうかい」
それは悠が持つ力を使わないということ。
「佳の、人生は、佳のもの、だから……誰かが、変えて、いい、ものじゃ、ない……」
「そうかい」
もう一度同じ言葉で頷く瞬の表情は変わらない。きっと、自分の中で答えが出ているのだろう。桃もそれに付き従うに違いない。
「……でも、諦める、わけじゃ、ない」
「では、どうするんだい？」
以前であれば試すように聞こえたその言葉が、今は単純な疑問として聞こえてくる。
「どんな、物事にも、仕組みが、ある……だから、瞬の、身体に起こってる、ことにも、仕組みがある、はず……！」
千獣の言葉に、瞬と桃が顔を見合わせる。
「人が、施したもの、人が、解けないはず、ない……だから……仕組み……理……教えて、ほしい」
「彼が私にしたこと、か……」
瞬は瞳を伏せ、その顔に切なさを浮かべて、ゆっくりと薄く息を吐いた。
「だって……おか、しい……血が、混じりあうの、自然には、ない……本当に、血、なの？」
以前言っていたこと思い出す。天人の血が強まり、天人に近しい存在になってしまっていると。だが、そもそも1つの身体に2種類の血が流れるとは思えない。
「何か、力が、働いてる、はず」
「そうだね――」
瞬は“血”以外の言葉を捜すように口元に手を当てて、暫し考える。
「力の均衡が崩れた。と、言えばいいだろうか」
そうして地の力を弱らせたところに、瞬自身が予め持っていた天の力を活性化させることによって完全に押さえ込み、無理矢理――言うなれば属性を反転させた。と、言えば分かりやすいだろうか――天号を天上界に気付かせた。
「私を弱らせ、あの時彼がこの身に何かを施した……と、言うならば、そうなのだろうね」
機械的に言うならば、村で行われた呪詛返しによる肉体の弱体化と、大量の血液を失う事による生命への防御措置が作動したことによる過剰反応。
「ただ、この天の力は、私には強すぎる。それだけのことなのさ」
二つの力が、一つの身体の中にあるという状況ならば、千獣も理解ができる。自分も、人と獣という両面を持っているのだから。
「抑え、込んでた……」
「そうだね……そう、なるのだろう」
天号を捨てることが出来たなら、こんなにも楽な事はないのに、これは天へと帰る父が残した、我が子であるという証。
捨てたわけではないという――証。
魂に刻まれた号を捨てる事はできない。だからこそ、自身が持つ天の力と共に成長していたならば、力が身体に馴染みここまで拒否反応に近い状態にはならなかったはずだ。それは、他の天人――悠を見ればよく分かる。
「 “今の”私は“毒”だと言っただろう？ そうだね……容量を間違えた薬は毒でしかない」
毒と表現してしまっているが、この力もまた瞬が瞬であるためには必要な力で、消すわけにも行かない。
「瞬の、言い方、は、回りくどい……」
分かりやすい言い方を探してくれている事は分かる。けれど、それが抽象的な例え話ばかりで、逆に本質から遠ざけられているように感じてしまう。
「自らの身で解決せねばどうにもならぬ事だと、師父は言っているのだ」
業を煮やした桃が、溜め息と共に話しに割って入る。
「それは、分かる……分かってる、けど……」
じっと見つめた瞬の顔には、諦めたような気弱な微笑。それなのに、不思議な違和感に千獣は微かに眉根を寄せた。
「毒、は……強すぎる、力……力が、瞬、を、蝕む、なら……その、力、は……悪い、もの……」
瞬に言われた事を何とか自分の理解に置き換えようと、千獣は情報を順番に唇に乗せる。
「悪い、部分、を……断ち切れたら、いいのに……」
その言葉に、桃の目がはっと見開かれる。
「――師父」
桃の声が、なぜだか微かに震えていたことと、瞬の視線がそちらへと向けられたことで、千獣も同じように振り返る。
「師父……命じてください」
首をかしげた千獣とは違い、瞬は無言で目を伏せる。
「差し出がましい申し出だと心得ております」
桃の声音が、段々核心を含んだ強いものへと変化していく。
「“悪しき”力であるならば、斬れるのではないのですか？」
そして、結果的に懇願のような口調で放たれた言葉に、千獣は驚きに眼を見開いた。
「このまま師父が永久に近しい眠りに着かれることを、やはり是とすることはできませぬ」
「永久に、眠る……？」
「――死ぬわけではない。と、以前言ったはずだ」
桃の、吐き捨てるような答えを確認するように、瞬を見る。けれど、瞬は瞳を伏せたまま何も応えない。
「命じて頂ければ、私は――…」
泣きそうな声音で告げた桃に、瞬はゆっくりと伏せていた目を開けた。
「“悪しき”力、か……」
ただ自分の身が弱すぎるだけ、力に対応しきれていないだけなのだから、仕方がないと思っていた。
「そうだね。このままでは納得できないと言うのなら、君の好きにしてみるといい」
千獣が導き、桃が出した結論に、瞬はただ微笑む。
そして、桃の手に顕現する木剣。綺麗な彫刻装飾を施されたその剣の柄を彼は強く握り締める。
「桃……？」
桃は今から一体何をしようとしているのだろう。
千獣は剣を持って立ち尽くす桃を見る。
すっと瞬が瞳を閉じた。
高く掲げられた手。
千獣が止める間もなく、桃の手に握られた桃聖樹が、瞬に突きたてられた。
☆―――登場人物（この物語に登場した人物の一覧）―――☆
【3087】
千獣――センジュ（17歳・女性）
異界職【獣使い】
☆――――――――――ライター通信――――――――――☆
百花繚乱・詞華にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
以前のヒントからのご発注ありがとうございます。どうにも捻くれてて話がこじれそうだったので、その部分を全部省いたら存外スッキリと結末に落ち着きました（笑）
千獣様自身は桃の宝貝等々のことを知らないはずなので、二人の話についていけてない感じになってしまってすいません。
時期的に受注発注がギリギリになってしまいうかもしれませんが、蓮を迎えに行ってあげてもらえると嬉しいです。
それではまた、千獣様に出会えることを祈って……
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