<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


ふんわりとした日







「おはよう」
 カランとドアベルを鳴らしながら、あおぞら荘の入り口を開けたサクリファイスは、ホールで何かしらの作業をしていたルミナスとルツーセの姿にほっと胸をなでおろす。
 あの場所から戻った時は、ルツーセの外傷も癒された後で、今こうしてみている分には、日常を取り戻したように思える。
「おはようございます」
「おはよう!」
 それぞれに声をかけられ、サクリファイスは二人の側に近づくと、その顔に笑みを浮かべた。
「二人とも元気そうでなによりだ」
 二人から、ありがとうという言葉が同時に届き、尚その笑みを深める。
「ソールさんなら、部屋にいるよ」
 何気なく小首を傾げるような仕草でルツーセに言われ、サクリファイスは一瞬驚きに息を詰まらせる。ドキドキと心臓が煩い。
「……あ、ありがとう」
「ふふ」
 なぞの笑みを残して、手を振るルツーセを背後に、サクリファイスはソールの部屋へと赴いた。








 コンコン。と、いつものようにノックして、いつもの返事に心が落ち着くのを感じながら、サクリファイスは扉を開ける。
 机に向かってなにやら作業をしていたソールは、サクリファイスの姿を見るなり顔をあげて、微笑む。
「少し待っててくれ」
「ああ」
 机に出してあったのは、どうやら家計簿のようだ。依頼をこなした金額や消耗品など、ちゃんと生活に関する金の管理をしているらしい。
 最初のころと比べたら、しっかりしたなぁとどこか関心しながら、片づけが終わるのを待つが、数分もかからずにそれは終了した。
「お茶でも、貰ってくるか?」
「ソールもそんな気遣いが出来るようになったんだね」
「俺だって、少しは……な」
 どこか我関せずな部分があったソールだが、外への依頼をこなす様になって人当たりというか、円滑な人間関係のようなものもちゃんと身につけていっているようだ。
 ソールは立ち上がり、サクリファイスに替わりに椅子を勧める。人付き合いはするようになったと言っても、最低限の自分の持ち物しかない部屋は、椅子は1脚しかなかった。
「いや、気にしないで」
「俺は、適当に座るからいい」
 サクリファイスが椅子に座るまで、話が堂々巡りになりそうで、そんな頑固なところにもくすっと笑うと、短くお礼を言って椅子に座った。
 そしてやっと本題である。
「今日は、お礼が言いたくて」
「お礼?」
 サクリファイスは片方の手で腕輪に触れながら持ち上げ、ソールに見えるように掲げる。
「ソール。この前貰った腕輪、凄く役に立ったよ。ありがとう」
「役に立ったのなら良かった」
「ああ、おかげで友達の弟が助かった」
 何だか会話が続かずに、お互いそこで口を閉じてしまう。
 気まずいとかそういうわけではなく、会話を広げるという事をソールは余りしてこない。何の役に立ったのか、だとか、友達の弟の事まで聞いてこない。それがいいのか悪いのかは別として、自分に興味を持ってくれているのかどうかと、時々疑問が沸いてくる。同時に、そのそっけなさに不安を覚える事もあるのだ。
「そういえば、ソールは……――日前、どうしてたんだ?」
 あの日とは、あおぞら荘が回廊で鎖された日のこと。住人は通常のあおぞら荘に出入りできるようになっているとは言っていたたが、本当に何も影響が無かったのだろうか。
「その日は、少し出かけていた。何故?」
 意図の分からないことには聞き返してくるのだなぁと、どこかで思いながら、サクリファイスはかいつまんで、あの日のことを話す。詳しく知る必要は無いが、一応大家に起こった出来事ではあるし、全く関係ないとも言えないだろう。
「そうか、中々大変だったな。何も怪我がなくて良かった」
「ああ。皆無事に帰ってきたよ」
 ソール自身も負けず劣らずの過去を背負っているが、それはもう完全に彼にとって過去なのだろう。
 押しかけるように彼の世話を焼いてここまできたが、何も言わないのは彼の優しさなのではないか、気を使っているのではないかと、やはりどこかで思っている自分を、何となく情けないと感じる事もあるのだ。
「最初の日以来、全く挨拶してなかったな。したほうが、いいだろうか?」
「世話になっている以上は、顔を合わせたら挨拶をしたほうがいいけれど、わざわざしに行くというのもおかしな気がするよ」
「分かった」
 素直に頷いたソールに、どこかまだ子供を感じて、優しく微笑む。
 好きか、と問われたら、好き、なのだろう。だが、それが親愛なのか、そうでないのかは、自分自身も答えられない。
 それ以上に、それを彼に聞く事も、できない。
 そもそも彼は、好きの区別がつくのか?
 そんな事までぐるぐると頭の中で廻って、何だか考えるのがバカらしくなってきた。こういう事は、焦って答えを求めるものではないのだ。
「サクリファイス?」
 突然理由もなく笑い出したサクリファイスに、ソールは首をかしげる。
「いや、何でもない。ただの思い出し笑いだから」
 本当は違うけれど、そう言っておければ、何を思い出したのかまでは聞いてこないのは分かっている。
「……正直、少し嬉しいと思った」
「ん?」
 何の事だとばかりにソールを見れば、彼はそっと腕輪を指差す。
「たった一つの言葉でも、扱う事は容易じゃない。意図しない結果になることもある」
 確かにソールのように――実際に使ったところを見たことはないが――効果を念じ、対応する言葉を発するだけで発現させることはできない。
「俺の言葉が、サクリファイスの力になって良かったと、本当に思う」
 だからこそ、それを充分に理解した上で、巧く使ってくれたことが嬉しかったのだ。
 話が戻った――いや、続いた事に気がつくまで暫しの時を必要としたが、ソールの気持ちを知れた事が嬉しくて、サクリファイスの笑みがいっそう深くなる。
「本当に、ありがとう」
 きっと、ソールからすれば、手軽で便利だろうと考えた結果の言葉だったのだろう。確かに、動かずにいろいろなものを自分の手元に移動させることができる“言葉”は便利だ。
「効果が切れたら、言ってくれ。言葉を吹き込む」
「え!?」
 その言葉に、サクリファイスの目が思わず点になる。効果が切れるようなものだとは思わなかったのだ。
「あ、ああ……分かった。ありがとう」
 何故最初の時にそれを話してくれなかったのかと、少しだけ心臓が跳ねた。もしかしたら、ソールもこうしてサクリファイスが来たことで、力が弱まっている事に気がついたのかもしれない。
 サクリファイスはもう一度そっと腕輪に手を添える。
 その硬質な触り心地は、冷たいけれど、とても温かく感じた。























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2470】
サクリファイス(22歳・女性)
狂騎士


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆

 あおぞら荘にご参加ありがとうございます。
 どうしようかと考えたんですが、ソールも中々にそういうことに疎いというか、動くタイプではない(でも執着はする)ので、現状維持という感じになりました! きっとまだふわふわとこんな日々が続いていくのではないかな〜と思います。
 それではまた、サクリファイス様に出会えることを祈って……