<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
Mission7:不穏な影を振り払え!
ぶすーっと頬を膨らませて、まだ仕事時間真っ最中だろうと思われる時間から、白山羊亭のカウンターで、カップの中で揺れるコーヒーを見つめる蘇芳。
「珍しいじゃない。仕事はいいの?」
尋ねたルディアに蘇芳は頷く。
「まぁ…イロイロちょっとあって、俺、国外退出禁止令出てんの」
「禁止令って……何やっ―――」
「俺が何かミスったわけじゃないぞ」
ルディアが言いかけた言葉を蘇芳は速攻否定して、頬杖を付いた手にその頬を預ける。
「……連絡が取れなくなったんだ。ラインコンパスと」
「え?」
揺れるコーヒーを見つめるのをやめて、蘇芳はその背を深く背もたれに預けて天上を見上げる。
居なくなったコンパス。少し前に襲われた蘇芳。誰かが、コンパスを求めている。
「がああああああ!!」
「!!?」
獣のようなうねりを上げてガタッと椅子から立ち上がった蘇芳に、ルディアだけでなく白山羊亭を訪れていた誰もがぎょっとした視線を向ける。
「うじうじしてるなんて俺らしくない! 探してやる。ぜってー探してやるぅううう!!」
その後に、俺の自由のためにーと言葉が続くのだが、それは上手く飲み込まれたようだった。
開店休業中の蘇芳とは違い、近場の配達を行っているメイジーは逆に忙しくエルザード中を駆け回っていた。
最近は子供たちを見てくれる人が居るため、何の心配もせずに配達に打ち込める。早くバイトから正職員になりたいものだ。
「ただいまー」
半壊した自宅の扉を開けて、中へと入る。
「よゥ。おかえり」
帰ってきたのは、知らない野太い男の声。
「何だおまえ達!!」
狭い家の中で、子供たちの姿を探して視線を泳がせる。
子供たちは、部屋の角で男たちに囲まれ、身を寄せ合って震えていた。
「マイト! アッサム! アスタ!」
「「「メイジー!」」」
(あいつは……?)
メイジーは視線だけを泳がせて、居るはずの人物が一人いないことに、微かに眉を寄せる。先日、この家の前で倒れていた男の姿がない。たまたま出かけていたのか、いや、絶対に違う。今もまだ奥の部屋で寝ているに違いない。
メイジーは子供たちの元に駆け寄ろうとしたが、その間を塞ぐようにリーダー格の男が立ちふさがる。
「へぇ。郵便屋の帽子じゃねェか」
メイジーが被っている緑色の帽子を取り上げ、男はせせら笑う。
「何すんだ! 返せ!!」
「流石俺の娘。うまい事総合郵便局に潜り込むなんてなァ」
「はぁ!?」
「しかもこんなもん至極大事に持ってるなんぞ、思いもしなかったぞ」
男は、メイジーの懐から何かを無理矢理奪い取ると、それを床に放り投げる。それは、メイジーが護身用として持っていた聖獣装具――マッドドッグチェイサー。
「何すんだ!」
床に転がる銃に急いで手を伸ばすが、その手を男に捕まれ強引に引き寄せられる。
そして、男は何事かを耳打ちした。
「そんな事できるわけないだろ!」
「子供たちがどうなってもいいのか?」
思わず叫んだが、男が少し身を引いた先に見えた子供たちに、ぐっと言葉を詰まらせる。
賊の1人が、わざとらしく鞘から剣を抜く。
「や、止めろ!」
「じゃァやる事は分かってるな?」
メイジーは唇をかみ締める。そして、一度子供たちを見つめ、ぐっと奥歯に力を入れ家から飛び出した。
(くそっ! なんでこんな時まで寝てんだよ! 馬鹿!!)
形は大きいくせに、いつでもどこでも寝てしまう男に、事が終わるまで起きないで欲しいという思いと、子供達を出来るならば助けて欲しいという思いを抱いて、メイジーは走った。
はぁはぁと短い息をついて俯き、ふらふらと天使の広場まで戻ってくる。
「不景気そうな面してんなぁ、メイジー」
声をかけられ顔を上げたメイジーの視界に、よっと手を上げて近づいてくる蘇芳の姿が映る。
「……蘇芳…」
泣きそうに濁ったメイジーの瞳に、蘇芳は首をかしげる。
「悪い。蘇芳…一緒に、来てくれないか」
「どうした? 改まって」
「いいから!」
「あ…ああ」
あまりの剣幕に、これは何かあったなと思ったが、何が起こっているのか分からないため、蘇芳はメイジーにとりあえず着いて行くことにした。
神妙な顔つきのメイジーをよそに、どこかキョトンとした表情の蘇芳という組み合わせは、実に奇妙に映った。しかも蘇芳が素直にその後を着いて行っているというのも、また不可思議だ。
そんな二人の様子に、ひょこっと割り込んだ頭が1つ。
「込み入ってるようだけど、どうしたの? あたしにも何か手伝えることはあるかしら」
よく天使の広場で歌っているミルカだ。全く見ず知らずの人から声をかけられるほど、二人の様子は緊迫していたらしい。
蘇芳は申し訳なさそうに軽く頭をかいたのは正反対に、メイジーはぎゅっと俯き下唇をかみ締めていた。
その様子に、ミルカは尚更首をかしげる。
「話しにくいこと? だったら、場所を変えてもいいのだけど」
それでも沈黙を保っていたメイジーを、蘇芳がつんつんと肘でつつく。メイジーはびくっと肩を震わせると、ミルカの顔を一度見上げて、また視線を外す。
「あ、いや……」
その煮え切らない対応に、今度はミルカと蘇芳が顔を見合わせる。
「俺だって、理由聞いてないぞ? 話せないことなのか?」
そんな蘇芳の問いかけに、メイジーは眉根を寄せると、ちらっと辺りを見回すように視線を泳がせて、ぼそっと何かを呟いた。
「え、何?」
メイジーの口元に耳を近づけるように、二人は膝を軽く折る。
そんな三人の様子を目に留めた人物が一人。ちょうど天使の広場に訪れたキング=オセロットだ。
内緒話でもしているかのような様子だが、それにしたってメイジーの表情は苦々しいものをかみ締めているかのように歪んでいる。
蘇芳もそんなメイジーに気がついているようだが、もう一人の羽耳の彼女は?
悪いと思いつつ、聴覚を鋭敏化させる。
「俺の、家族が――…」
メイジーは現状自分の身に起きていることを二人に話す。
「それは……」
その告白にミルカは沈痛な面持ちで口元に手を当て、蘇芳は奥歯をかみ締め息を吐いた。
「蘇芳、メイジー」
「「オセロット!?」」
声をかけたオセロットに、郵便屋の二人が驚いて顔をあげる。
「すまない。聴いてしまった」
「え? 何処にいた!?」
辺りに人は居ないこと――というか、こちらを気にかけてたり、近すぎる人は居ないことは確認したはずだ。だから、聴いていたという言葉に、蘇芳は辺りを見回した。
「少々耳が良くてね。ある程度離れていても聴くことができるのさ」
オセロットのその言葉は、ミルカとメイジーに向けての説明を兼ねている。
「話を聞いてしまったのだもの、力になるわ。あたしはミルカ」
「俺は蘇芳で、こっちが」
「メイジーでいい」
「私はオセロットだ」
簡単な自己紹介を済ませ、さて、どうやってメイジーの家族であり孤児仲間の子供達を助け出すか。
少しでもメイジーの家に近づきながら話すか、どこかで落ち着いて作戦を立てるべきか考える。
「皆、神妙な面持ちでどうされたのだ?」
ここに集まっていた全員と面識があるアレスディア・ヴォルフリートは、どこか考え込んでいる面々を不思議に思い声をかけてきた。
「今更一から説明するのもな」
「とりあえず、アレスディアも一緒に来てくれ」
やはり場所を移すことにして、面々はハテナを浮かべるアレスディアを連れて天使の広場を離れた。
おさらいする様に現状を話したとたん、アレスディアはかっと怒りをあらわにする。
「子どもを人質にとるとは卑怯千万……!」
なまじメイジーと一緒に暮らす子供達に会った事があるためか、その怒りも相当に熱そうだ。
「今すぐにも成敗したいところだが……子ども達がいるなら、慎重に行動せねばならぬな」
その熱さも奥に忍ばせ、冷静に言葉を紡いだアレスディアに、ミルカとオセロットも頷く。
「……とりあえず、当事者に確認したい。何を要求されたのかわからないが、犯人と交渉の余地はないのか?」
オセロットはメイジーが話した、子供達が人質にされているという情報だけでは圧倒的にいろいろと足りない部分がある。
「要求は……」
メイジーの視線がチラリと蘇芳を見る。
「蘇芳だ」
「は、俺! 何で?」
「……ふむ」
蘇芳の身柄確保だけでは、子供達を人質にとられているとはいえ、メイジーが此処まで狼狽するとは思い難い。だが、メイジーがそれ以上を口にしないということは、無理に聞き出すことは裏目に出そうだ。
しかし、蘇芳の身柄が目的だと分かったことは大きい。突入という方法のみしかなかった場合、人質の安全を確約することは難しいと思っていたからだ。
「じゃあ、蘇芳くんを囮にして、子供達を家の外に連れてきてもらうというのはどうかしら?」
「そうだな。その案も選択肢に加えるべきだろう」
「酷ぇ!!」
蘇芳の嘆きはほっといて、ミルカの提案は尤もである。カードがこちらにあるのだから、それをどう有効に使うべきか。だが、そう巧く話しが進むとは到底思えないけれども。
「メイジー殿、まずは現場について知っていることを全て教えていただけぬか?」
相手の人数、装備、間取りと各々の位置。特に、子ども達がどこにいるか――を。
外での交渉に応じなかった場合は、やはり家に突入する必要がある。
「分かった」
メイジーはその場にかがみこみ、小道に落ちた石を使って路地に間取りを書き始めた。子供の数は3人。角に集められた子供達の周りに賊の男が2人。そして、賊のリーダーと思わしき男が1人。そして、目的とは違うところまで書き込まれた部分に手を移動させて、止まる。
「やっぱ、あいつはいいか……」
ぼそっとメイジーの口から零れ落ちた言葉。
「家に、子供達以外に誰かいるの?」
「あー…うん。蘇芳くらいの兄さんを拾ったんだけど……」
拾った…? とりあえず、その言葉にミルカは目をぱちくりとさせたが、今は突っ込むのは止めておいて、メイジーの言葉を待つ。
「凄く良く寝てる」
「…………」
予想外の言葉に、ぱちくりどころか目が点になる。
「んん、じゃあ今も、中にはお兄さんが寝てるのよね」
ミルカは気を取り直し、確認するように問いかければ、多分という返事が返ってきたことに頷いて、次の質問をする。
「その人は子供達を助ける為に頼れるだけの力があるのかしら?」
中に大人がいるのなら、助けになるのではないだろうか。幸い自分には歌魔法の力がある。
「頼れそうなら、あたしが目覚めの歌魔法を歌うわ。あたしの声は良く通るから、どんなお寝坊さんでも確実に起きられる筈よ」
内側から賊の隙を着いて子供達を助け出してくれたなら、外から突入する自分達は賊を取り押さえるだけでいい。
それもまた有効な手かとも思われたが、アレスディアはふと思い至ったようにミルカに問いかける。
「ミルカ殿、相手を眠らせる歌魔法を歌うことはできぬだろうか」
「眠りの歌も歌えるわよ。起こすより、賊を眠らせてしまったほうがいいかしら」
「そうだな。直接メイジーの家に向かって歌うのではなく、近くで鼻歌を歌いながら通り過ぎた。といった感じならば、有効なんじゃないだろうか」
建物の隙間から外を見たとき、確実にターゲットを絞って歌っている姿を視認されては都合が悪い。ここは偶然を装うのがいいだろうとオセロットは告げる。
「分かったわ。できるだけノンビリ通り過ぎるわね」
一戦構えることなく子供達を救出できるのならば、その方がいいに決まっている。
「では、賊が眠った隙に入り込む役目、私が引き受けよう」
もし、途中で男たちが起きだしたとしても、子供達だけは守り通す。
「成敗したいのはやまやまだが、子供達の無事が第一。侵入の際は長物は室内では不便ゆえ鎧装で臨もう」
「鎧の音は大丈夫?」
「心配には及ばぬ。鎧の隙間に布などを詰めて音を立てぬよう気をつけるゆえ」
「では、子供達はアレスディアに任せ、私は賊でも縛り上げようか」
音や光のスタングレネードや、被害の可能性を考えていたオセロットにとって、ミルカの歌魔法は本当に願ってもないものだった。
「それで、俺は?」
3人の作戦を蚊帳の外から聞いていた蘇芳が、自分を指差して目を瞬かせる。
「確かに目的は聞いてみたいわね」
ミルカは思案するように顎に指を当てて空を仰ぐ。仮に蘇芳を手に入れたとして何がしたいのか、とか。なぜメイジーとその家族達を標的にしたのか、とか。
「あの男、は……」
ぎりっとメイジー奥歯をかみ締め、言葉を搾り出す。
「俺のこと、娘だって……」
「え?」
蘇芳が目的で、メイジーの父親で、何がなにやらどういう人物相関を描けばいいのか分からなくなってくる。
「メイジーちゃん、その賊の男の娘さん、なの?」
「知らねぇよ!! 物心ついたときには、もう孤児だったんだから……」
「ああ、ごめんね、メイジーちゃん」
ミルカはぎゅっとメイジーを抱きしめる。
その姿にほっと一息つきながら、蘇芳に向き直り、
「とりあえず、待機で」
と、一声かけた。
たしか、メイジーの家はこの辺りだったな。と、千獣は辺りを確認しながら路地を歩く。
余り治安のいい場所というわけではないが、物凄く悪いわけでもない。他の家よりも少し壊れてたような。そんな記憶。
元気にやってるかなぁとぼんやり思いながら、先へと進む。
「あ……」
見覚えのある玄関扉を見つけ、千獣はノックもそこそこ返事も待たずに扉を開け放ち中へと入った。
「メイジー、元気……?」
トントントンと、余りいいフローリングではない足音を廊下に響かせ、とある部屋の前で足が止まった。
「誰だ? お前は」
「……あ」
あなたこそ誰? と、聞き返しそうになった口を閉じ、何だかまずい時に来てしまったな、と、考える。部屋の角に集められた子供達との面識はないが、怯えた様子を思うに、この男達ではなくきっとメイジーと一緒に暮らしている孤児だろう。そんな話を聞いたことがある気もする。
ひとまず様子をみようと表情の変化もなくぼんやりと考えて、とりあえず相手の出方を見る。
「どうします?」
子供達を囲う男の1人が、少しだけ身なりがよく、近くに椅子に座って銃を弄ぶ男に向かって問いかける。
「下手に帰らせて言いふらされちゃァ困るよなァ」
男の1人がリーダ格の男の言葉に反応して、千獣の首根っこを掴むと子供達の方へと放り投げる。
「きゃっ!」
子供の1人が小さい悲鳴を上げる。だが、男の人睨みですぐさま頭を抱えてしまう。
「お、お姉ちゃん大丈夫……?」
小声で話しかけられ、千獣は安心させようと幼女に笑いかけた。
「……ん、大丈夫……」
余りにも無抵抗に捕まった千獣に、リーダー格の男が訝しげに眉根を寄せる。それとは正反対に、自分達を囲む男は、そんな千獣にある意味呆れるような顔を浮かべていた。
だが、やはりこの状況を思うに、こうして子供達の側に追いやられたのは都合がいい。きっと外でも何かしらの動きはあるはずだ。それに、男達が子供達に危害を加えようとしたならば、獣化して守ればいい。
しかし、男との取引相手がどういう状況か分からない今、下手に子供を助け出すのも都合が悪いような気がする。
唯一分からない男達の目的が、知れればいいのに。
千獣は外からのアプローチを、ただ子供達と一緒に床に座りながら待った。
暫くそうしている内に、子供達が眠そうにうとうとし始める。やはり、子供だからだろうかと彼らを見つめるが、何故だか男達まで船をこぎ始めたのだ。
すっと耳に意識を向ければ、誰かが歌う声が聞こえてくる。
これは、眠りを誘う歌だ。
そんな事を考えていると、リーダー格の男が椅子から立ち上がり、隙間から外を伺うように見やる。
窓から見える路地で、ふわふわと踊りながら歌う少女が1人。ただ、上機嫌で歌いながら先へと進んでいるように見える彼女の姿は、この家の状況を知っているとは思い難い。しかし鼻歌が“たまたま”眠りの効果を伴っていた事は、本当に偶然だろうか。
「っち」
リーダー格の男の様子からして、大声を出して追い払い、何かあったと悟られたくはないような雰囲気を感じた。
(……!?)
男は、窓の隙間から、リボルバー型の銃を少女に向けて構える。
千獣は思わず止めようと飛び出しかけたが、眠気と同時に引かれた引き金が、あらぬ方向へ向いていた事に、内心ほっと息をついた。
そうしている内に、子供達も男達も全員が眠ってしまったようである。そして、千獣も悟られないように、歌魔法にかかったふりをしてまぶたを閉じた。
歌いながら家の前を通り過ぎ、路地の角へと向かっていたミルカに向けて放たれた弾丸は、当たる直前にオセロットの手で消滅させられた。
起動は定まっていなかったが、追尾能力を持っているように思えたその弾丸は、メイジーが家の中で取られた聖獣装具の性能に良く似ており、それを見ていたメイジーの顔が盛大に歪んだ。
気を取り直して、聴覚に意識を集中させたオセロットは、家の中から物音がなくなった事を確認し、頷く。
それに呼応するようにアレスディアは玄関扉を開き、足音を忍ばせ家の中へと入る。
「千……」
言いかけて。アレスディアは自分で自分の口を閉じる。
子供達に混ざって座り込んでいた千獣は、そっとまぶたを上げて子供を抱える。アレスディアも小気味いい寝息を立てている子供達を抱え、そっと部屋の外へと出る。
それと同時進行で、オセロットが眠りこけている賊の男達を縛り上げていく。
(あの窓際で寝ている男が、メイジーの父親か……?)
子供達の周りで寝ていた男達と比べると、奴の格好だけ少し身形がいいもののようだった。
子供達がアレスディアと千獣の手によって部屋の外に出た事に頷き、物音を立てないようオセロットがリーダー格と思わしき男に近づいた瞬間、部屋の奥からドスン! という、盛大な物音が響き、ぎりっと奥歯をかみ締める。
メイジーが口にしていた、寝ていた彼が起きたのだろう。
「っ……!」
オセロットは縄で縛る余裕はないと、リーダー格の男を組み伏せ、アレスディアと千獣も足音を隠すことなく家から飛び出す。
「何、だ!? お前達は!」
「ただのメイジーの友人さ」
押さえつけた状態のまま、器用に縄で縛り上げていく。
「人質を取った事で油断でもしていたのか?」
普通この手の輩は相手が目的をちゃんと達成させられるかどうか尾行をつけていそうなものである。それをしていなかったということは、二流か、はたまた、自信過剰か。
トントンと軽い足音が奥から響いて、後頭部をさすっている青年がぬっと顔を出す。
「……どちら様?」
床に転がり、縛られてむーむー言っている男が二人と、オセロットと組み伏せられている男を順番に見て、青年はボソッと問いかける。
「メイジーから少々頼まれごとをしてね。彼女達なら外にいるはずだ」
「ありがとう」
ぼさぼさの前髪が瞳さえも隠してしまっているが、彼はそれを全く気にした様子も無く、家の外へと向かっていった。
オセロットは、動けないほどに縛り付けた部下らしき男二人を残し、自分が捕らえてる男だけを連れてその後を追いかける。
この男の口から直接メイジーに説明なり何なりをする必要があると思ったからだ。
家の外では助け出された子供達とメイジーがぎゅっと抱きしめあっている。
「ミルカ殿のおかげで大事にならず済んだ。ありがとう」
「気にしないで。あたしは歌魔法は得意だけれど、荒事は向いてないもの」
子供達の無事を喜んでいるメイジーを見つめながら、ミルカはほっと息を吐く。
「……何が、起きた、の……?」
千獣がメイジーの家に来たのは本当に偶然で、何かあったのだろうとは肌で感じたが、実際に何が起きていたのかまでは知らない。
その質問に誰かが答えようと口を開きかけた瞬間、家の中から子供ではない人影がこちらに向かってくる気配に、すっと口を噤む。
賊の仲間かと警戒したが、出てきたのはボサボサ頭の青年。
「なあ、どうかしたか?」
その瞬間、メイジーの全力ラリアットが青年に向かっていくが、青年はそれを軽くいなして辺りを見やる。
「てめぇ! すやすや寝てやがって!!」
「あー…すまなかったな。眠いんだ」
これにはもう一同ポカンとするしかない。
彼の登場で場が和んだことは確かだが、それも長く続かず、すっと緊張が走る。
それは、玄関から賊の顔が出てきたから。
「俺の家族を人質にしやがって!!」
オセロットに小突かれるように出てきた男を、メイジーはギリっと睨みつけた。
「お前の家族なんざァどうだっていいんだよ! それより、そいつか」
理由を知りたいと思った手前、男の言葉を遮ることなく聞いていたが、その視線が蘇芳へと向けられた事で、最初の要求を思い出す。
「それが不思議だよな。なんで俺?」
男の顔が、本当に分からないのか? と言いたげに歪む。
「マーガレット!」
男の声に、メイジーの肩がびくっと震える。
一瞬誰の事だと考えるが、それが久しく使われていないメイジーの本名だと気付くにはさほど時間もかからず、彼女を以前より知っている面々は、そちらへと視線を向けた。
「メイジー?」
服の隙間から伸びた鈍く光る銀。
「っ!?」
向けられた開き切った瞳孔に、蘇芳は蹈鞴を踏む。
銀が蘇芳に届こうとした瞬間、メイジーの首元に手刀が落ちる。カランと、ナイフが地面に落ちた。
「あ、ありがとう……」
何のことは無いと、気絶させたメイジーを抱える青年が首を振る。
子供達はそんなメイジーの変化に何が起こったのか分からないという表情で、青年の周りに駆け寄ってメイジーを心配そうに見つめた。
その瞬間、男の口から小さな舌打ちが零れる。
「貴様! メイジー殿にいったい何を!?」
アレスディアは男を睨みつけるが、男は忌々しそうな顔つきで、ふっと息を吐いただけ。
「正確には、蘇芳の身柄――ではなかったということか」
自身を拘束しているオセロットの呟きに、男は視線を反らせる。
そのやり取りを、目をぱちくりとさせながら見ていた千獣は、蘇芳をそっと見上げた。
「蘇芳……狙われたの……?」
千獣の問いかけに、蘇芳はぽりぽり頭を描いて、そうらしいと答える。
「父親だって言うなら、なぜメイジーちゃんにこんなことさせようとしたの?」
「父親だからァ? はっ!」
ミルカの質問を、男は馬鹿にするように息を吐いて、肩で笑う。思わずミルカはむっとして、口をへの字に歪める。
「まさか、メイジー殿を操れるがゆえに、これほど無防備だったという事か!」
ただ、それには直接――名前のように――キーワードを告げる必要があったのだろうが、それでも人質を取ることで自分の側まで帰ってこさせれば、必ず実行できるという事。
男が選んだその方法に、アレスディアは瞳に怒りと灯す。
文句の一つでも言わなければ気が治まらないとばかりに、ミルカが口を開いた瞬間、視界が歪み、がくっとその場に膝を着いてしまった。
「あれ? なんだか、気持ち悪い……」
男がにぃっと口元を吊り上げる。
その口元を見たアレスディアは、男が何かしらの魔法を使ったのではと警戒の視線を向ける。
「……な、に?」
だが、視界が突然歪み、男の顔をはっきりと見られない。
「お、おい! どうしたんだよ!?」
何かの支えを求めて足元をふらつかせる仲間に、蘇芳はただ狼狽の声をかける。
「狂わ、されてる……?」
体内の獣がそれぞれ別の方向へと意識を向けさせられているような、どの方向に集中すればいいのかという思考を妨げられているような感覚に、千獣は“気持ち悪さ”を感じる。
「やっと効いてきたか」
すっと地面に縄が落ち、男は後ろで拘束していたオセロットに回し蹴りを仕掛ける。虚をつくように、そこそこ高い位置で繰り出されたそれを、オセロットは両手で受け止めた。今すぐに取り押さえる事はたやすかったが、このまま倒れたふりをすれば、男が勝手に理由は話し始めるのではいかと考えた。
「“コンパス”は、三半規管を狂わせる」
この場でまともに立てているのは、蘇芳と男だけ。
「ウェイブは発動までに時間がかかるのが難点だな」
その言葉に、蘇芳の瞳がはっと見開かれ、一瞬にして怒りに彩られる。
「それって、まさか親父の……!?」
「俺ァついてるなァ。あの“コンパス”の息子とはなァ!」
大仰に靴音を響かせて、男は蘇芳に近づいていく。
「そんな、コンパスだけ取り出すなんて、どうやって……?」
男が一歩近づくたびに、蘇芳の足が一歩下がる。
「なァに。その身で経験すればいい」
両手を広げて近づいてくる男から、蘇芳は今すぐ逃げ出したかった。逃げ足だけは速いと思っていた。けれど“コンパス”を持っている男から、本当に逃げ切れるのか? だが、ここで逃げ出したら、皆は――?
「お前は何の“コンパス”だ?」
蘇芳はギリっと奥歯をかみ締める。
男の手が蘇芳に触れようとした瞬間、男の体が思いっきり投げ飛ばされた。
「そこまでだ」
「貴様ァ、何故!?」
「そういったものは少々効かない体をしていてね」
オセロットはカツカツと男に歩み寄り、倒れこんだ男の腹の上に座ると、その口に銃口を捻じ込んだ。
「うっかり引き金を弾かれないよう、大人しくしている事だな」
余りの早業に蘇芳はポカンと口を開けてしまったが、すぐさまはっと我を取り戻し、皆の肩や背中をポンポンと叩いて行く。
その瞬間、気持ち悪さや視界の歪みが一気に晴れていった。
「蘇芳殿すまぬ……」
「あいつ“コンパス”の力を持ってたんだ。しょうがねぇよ」
頭を下げるアレスディアに、蘇芳は何のことは無いと頭をかく。平衡感覚を司っている部分を狂わされては、生身の人間ではどうしようもない。
「子供達もメイジーも無事だ。勿論俺もな! それでいいだろ?」
アレスディアに向けて蘇芳はにっと笑うものの、その笑みは晴れやかではない。
「蘇芳殿、余りご無理をなされるな」
アレスディアは、男との会話から推測された、あの幽霊屋敷で知った蘇芳の身の上を思い出す。
「……あの人、蘇芳の、父親……殺した?」
それは千獣も同様だったようで、立ち上がると、オセロットが押さえ込む男の下へと歩み寄った。
「……ねぇ、どうして、そんな事、したの?」
口から銃口が外され、男が苦々しげに顔を歪める。
「お前が今その身を持って体験しただろ?」
「……それが、何?」
体の機能の一部を狂わせることができる力が、どれだけ賊にとって重要か千獣には分からない。
「……もう、いい。でも、親父のコンパスは返せ。何か道具にしてんだろ?」
ごそごそと蘇芳は無遠慮に男の服を探り、自分のコンパスが及ばない結晶状の道具を見つけ、男から取り上げると思いっきり拳を振り上げた。
「待って」
その手をミルカが止める。
「あなた、メイジーちゃんに催眠術か何かかけたわよね? 解いて」
コンパスを取られ、自分よりも戦闘能力が高い面々に囲まれては男に勝ち目は無い。
軽く舌打ちし、男は子供達に囲まれたメイジーに近づく。
子供達はメイジーを守りたいのか、ぎゅっと抱きついて男を睨み上げた。
男の手がメイジーの耳に触れる。
「っち」
男は、今度は誰にでも聞こえるほどの舌打ちでメイジーに背を向けた。
「よっしゃ」
それを見計らったかのように、蘇芳は男の横っ面を思いっきり拳で殴りつける。平衡感覚を狂わされた男は、その場に立っていられず地面に膝をついた。
「どうだ? 動けねぇだろ!」
コンパスの力を奪い私欲に使った罰だ! とばかりに、力の篭った“ノッカーコンパス”に、男はとうとうその場に吐いた。
自警団に賊を引き渡し、一同はやれやれと息をつく。
そういえばメイジーの父親だと言った男の名を聞きそびれたが、当のメイジーが全く気にした様子もないため、まぁいいかと流す。
蘇芳が男から取り上げた結晶状の道具は、直ぐに紫苑の手に渡され、慟哭が部屋に響き渡った。どこかで生きていたらと、思っていたのに、それはもう叶わぬ夢なのだと、これが告げている。
けれど――
「パパ、お帰りなさい……」
紫苑は泣きはらした瞳でそれでも懸命に微笑み、結晶をきつく抱きしめた。
fin.
☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆
【3457】
ミルカ(22歳・女性)
歌姫/吟遊詩人
【2872】
キング=オセロット(23歳・女性)
コマンドー
【3087】
千獣――センジュ(17歳・女性)
異界職【獣使い】
【2919】
アレスディア・ヴォルフリート(18歳・女性)
ルーンアームナイト
☆――――――――――ライター通信――――――――――☆
Mission7にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
凄く現実的な解決の方法を提示してくださりありがとうございました!他の方のご参加でこの方法をとる必要がなくなってしまったため、プレイングの殆どを使うことができず申し訳ありませんでした。
それではまたいつか、どこかでオセロット様に出会える事を祈って……
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