<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
『音楽の村へ』
聖都エルザードから少し離れた場所に、クレモナ―ラ村という小さな村がある。
クレモナーラ村は伝統のある楽器の名産地で、ソーン中からの発注が絶えない。
また、美しい自然が溢れており、訪れる観光客も多かった。
今日はクレモナーラ村にとって、ごく普通の一日。
お祭りでもなんでもない日であっても、村には音楽が流れ、活気に満ちていた。
「見えてきた……ううん、聞こえてきたわ」
「そうだね、村が見えるより先に、音が聞こえてきたね♪」
大事そうにハーブを抱えた少女と、半透明の姿の少年がクレモナーラ村に向かっていた。
馬車で村の中まで行くこともできたけれど、天気がとても良かったから、少し前で馬車降りて綺麗な自然を楽しみながらゆっくりと歩いてきたのだ。
「綺麗な景色……そして、綺麗な音だわあ」
自然の花々が、微笑みかけるように優しく、来客を歓迎してくれる。
響いてくる音は、明るく綺麗な音色だった。
少女――ミルカの心が弾んでいき、歩き方も弾んでいく。
「うん、なんだか嬉しい気持ちになるね。歓迎の音楽かな?」
ミルカについてきた少年、マーオは雲の上をスキップするように、ふわふわ弾みながら村に近づいていく。
村の入口から流れてくる音楽は、スピーカーから流れるものではなくて。
村人や吟遊詩人が奏でる歓迎の音楽。
「クレモナーラ村へようこそ!」
森の妖精のような村の若者達が、ミルカとマーオを迎えてくれた。
「こんにちは、今日はこの楽器の調整をお願いしたくてきたの」
「僕は観光に来たんだよ。綺麗な景色とか、いろんな演奏聞けるかな♪」
「ハーブの調整だったら、ここの弦楽器工房に行くと良いよー。腕のいいおじさんがいるんだ。演奏はここの他、こっちの広場や公園で聞けるかも」
若者達が地図が書かれた看板で、弦楽器工房と、広場、公園の場所を教えてくれた。
「それじゃあ、いってみるわね。ありがとう」
「ありがとう! 楽しませてもらうね」
ミルカとマーオは若者達にお礼を言って、まずは楽器の調整の為に、弦楽器工房に向かった。
「これで終了だ。大事に使ってるようだね。磨く必要はなさそうだ」
工房のおじさんは、ミルカのハーブを細部までみてくれて、丁寧に調整をしてくれた。
「ありがとう」
ポロンと弦を弾いてみて、響いた綺麗な音にミルカの顔に笑みが浮かぶ。
「よかったね、ミルカさん」
「うん」
ミルカはハーブを優しく抱きしめて、微笑んだ。
早速、このハーブで曲を奏でてみたいと思った。
自分が奏でる音も、この村の“綺麗”の一つになれるだろうか?
「おじさん、本当にありがとう」
ミルカはもう一度お礼を言って、代金を払うと弦楽器工房を後にした。
「……そういえば、おとんにお土産も買って帰らなくちゃ」
「楽器はさすがに高くて無理かな?」
ミルカの手の中のお金を、マーオは覗き込んで数えた。
ミルカの手の中には、帰りの馬車代と少しのお金しか残っていなかった。
「んー、村で採れた野菜なんてどうかな。それでミルカさんが料理を作って、お父さんにご馳走するの」
農家の庭先で野菜が売られている。新鮮でとても美味しそうだ。
「そうねえ、それも良さそうだけど」
ミルカは料理を美しく作る事が出来る。“見た目”はプロ級に仕上げることが出来る。
この村の野菜もミルカの手にかかれば、凄く美しい料理へと変わるだろう。
「料理は食べたらなくなっちゃうので、残るものもお土産にできたらいいなあ」
「そうだね。腕の良い職人さんたちがいっぱいいる村だから、何か職人さんの作品をお土産に出来たらいいね」
「後で店を回ってみるわ。その前に」
「うん♪」
2人はもう一つの目的の為に、公園へと向かった。
実は弦楽器工房に行く前に、マーオと相談してあったのだ。
調整してもらったハーブで、ミニ演奏会を開こうと!
幸い、公園の小さなステージは空いていた。
「ミルカです。いつもこういった場所や酒場で演奏をさせてもらってるの。この村のみんなにも、聞いてもらえたらうれしいわ」
ステージに上がって、ミルカはぺこりとお辞儀をする。
観客の数はそう多くはない。
子供達は遊具で遊ぶことに夢中で、保護者達は井戸端会議に勤しんでいる。
ポロン、と、ミルカはハーブを奏でる。
最初は優しく、ゆっくりと。
次第に早く、力強く。
この村に相応しい、明るい曲を奏で、そして歌を歌い始める。
「ふふっ、すっごく楽しくなってきたよ」
マーオはミルカが奏でる音に合わせ、くるくる踊り始めた。
殆ど打ち合わせもしてないし、練習もしていない。
ミルカが奏でる音が、マーオをより笑顔にし、彼の半透明の体が自然と軽快に動いて行く。
「なにしてんの?」
不思議そうに子供達がこちらを眺め始める。
「楽しくて踊ってるんだよ。皆も踊る?」
マーオは子供達に手を向けると、子供達は笑顔を見せて、ステージに近づいてきた。
「それじゃあ、みんなもよく知ってる歌、うたおうね」
次の曲に、ミルカは明るい童謡を選んだ。
綺麗なハーブとミルカの声。子供達の明るい声が公園に、村に響き渡る。
保護者達の顔も笑顔になり、通りかかった人々が足を止めていく――。
曲が終わっても、音が消えることはない。
音は歓声と拍手に変わり、長く途切れることなく公園に響いていた。
「あら?」
夕方。演奏会を終えたミルカは、ハーブのケースの中に色々なものが詰められていることに気付いた。
「観客たちからの贈り物だね。金貨もあるよ!」
紙でくるまれた金貨や銀貨も入っている。
「野菜もこんなにいっぱい」
ミルカは新鮮な野菜を両手で抱えた。
お土産に買う必要はなさそうだ。
「皆とっても楽しんでくれたみたいだね! 野菜は僕が持つよ。ミルカさんはもう一つのお土産用意しないと」
マーオは集中をして硬貨を手に取ると、全てミルカに差し出した。
「ありがとう」
ミルカは村の人々からもらったお金を握りしめて、土産物屋に行くのだった。
土産物屋には沢山の特産品やお土産用の楽器が置かれていた。
迷ったあと、ミルカがマーオと一緒に、おとんのお土産に選んだのは、手作りの精巧で美しいオルゴールだ。
勿論その音色もとっても美しい。
「入口で聞いた曲なの。歌詞も教えてもらったわあ」
「お父さんへのお土産は、料理とオルゴール、そしてミルカさんの歌だね」
「うん」
マーオの言葉にミルカは笑顔で頷いた。
「マーオも良かったら来てね。お料理いっぱいできそうよ」
「僕はこんな体だから見せてもらうだけで十分だけど、楽しみにしてるよ♪」
2人はそう約束をして、荷物を半分ずつ持って聖都エルザードへと帰っていった。
後日。
ミルカは綺麗なオルゴールの音色に合わせて澄んだ声で歌い、お花畑のような美しい料理を皆に振る舞ったのだった。
おとんとマーオは勿論、他の人々も皆笑顔になりましたよ。……料理に口をつけなかった人は。
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