<東京怪談ノベル(シングル)>


タペストリーと紅焔衣

 小鳥が午後の囀りを始め、皆で日が昇ってから頭上に来るまでに起きた出来事を言い合っていた。その囀りに耳を傾けながら大樹の枝で寝そべっているのは、ウインダーのグレンだった。
 グレンには悩みがあった。その悩みはずっと解決していない。少しでも解決の糸口を見つけるためには情報が必要だった。小鳥の囀りさえからでも、グレンは情報が欲しかった。
 以前、ある事についてエルザード中を探し回っていたグレンは、ふと「心を通わせる……って、どうすればいいんだろう……」と思っていた。
 心を通わせたい相手は犬や猫、可愛い女の子ではなくソーンを守る36の聖獣のフェニックスだ。
 聖獣と心を通わせる事で、フェニックスの化身に変身する事が出来るという聖獣装具の性質を思い出したグレンは、化身になることで少しでも聖獣に近づけるのではないかと考えていた。
「でもさぁ……どうしたらいいんだろう」
 見たことのないものに心を通わせると言われてもピンとこない。以前、捜索したときにガルガンドの館でフェニックスについて描かれた本を見たことがあった。そして紅焔衣が発動したことも――。
 そのとき、少しだけ聖獣に近づくことができたと思った。ほんの少しだけだけども。でもそれから進歩がなかった。
 小鳥たちは大きなミミズがどこに沢山あったとか、鷹に襲われそうになって怖かったとかしか言っていない。グレンの欲しい情報はなさそうだった。
「うーん! とりあえず、やってみよう!」
 わからないことだらけだけど、わからないから動かないのではなく、とにかく動いてみることで、わかろうとしたかった。


◇◆◇


 ソーンの中心的な繁華街といえば、白山羊亭やシェリルの店でお馴染みのアルマ通りである。通りの両脇には様々な店が立ち並び、通りを歩く人々に商人たちが声をかけ、いつも活気に満ちていた。その中で、不思議な商品を扱うというシェリルの店の前にグレンはいた。
 不思議な商品を扱うということは、フェニックスについての商品もあるかもしれない。高価なものが買えるほどのお金は持っていないが、見るだけなら大丈夫かと思い、お店の中に入ってみた。
「いらっしゃーい!」
 シェリル・ロックウッドの快活な声が聞こえてきたが、伝票を持ちながら目線は商品に向いていた。商品の仕入れで忙しいのかな、と思いながらグレンは店内を見て回ることにした。
 商品棚にはロープやカンテラなど、冒険に必要そうな物から大きな瓶に入った謎の生物まで、多種多様な商品が並んでいた。今度行く冒険に使えそうな物もあり、グレンは買おうか悩んでいたが、首を振った。今はフェニックスについての商品がないか確かめるのが先である。冒険に必要な装備を買い揃えるのは後にしよう。
 ふと、グレンの目に止まった物があった。
 グレンの身長の二倍以上はありそうなタペストリーだ。紫色の生地に、大勢の人物が大きな炎にひれ伏す絵が描いてあった。炎の中をよく見てみると、翼を広げたような大きな鳥がいる。
 タペストリーに描かれた絵は、フェニックスについての何か、儀式のようにグレンには思えた。
 大勢の人々の中には、とても疲れた顔の人が何人もいた。その人は炎に向かって、まるで救いを求めるかのように手を大きく伸ばしていた。
「シェリルさん! これって……」
 タペストリーについてシェリルに尋ねてみたが、長年お店に置いてある商品ということしかシェリルは知らなかった。
 グレンの財布の中身以上の値段がついていたので買えなかったが、心の中に深く残っていた。


◆◇◆


 グレンは紅焔衣をまとって大樹のところへ戻ってきた。空を飛んで大樹のところまで来たが、紅焔衣をまとって飛んでいるときは、まるでフェニックスになったような気分だった。
 大樹のところに戻ったグレンは、紅焔衣を目線より少し上の枝に引っ掛けて吊るした。そしてその紅焔衣の前で地面に座り、両手を天高く上げてから、地面にひれ伏した。まるでタペストリーに描かれていた大勢の人々のように紅焔衣を崇めてみたのだ。
 そして、思い思いの言葉をまるで呪文のようにも唱えてみた。

 フェニックスと心を通わせてみたい。
 フェニックスと近づきたい。
 フェニックスと会ってみたい。
 僕の聖獣、フェニックス――。

 そういえば、と、前にカレンに言われた言葉を思い出した。小さきフェニックスの伝承だ。
「灼熱の夏に生まれた小鳥は、生まれた喜びを表現するかのように、真っ赤な太陽に向かって叫ぶ。太陽の祝福を受けた小鳥の叫びは――」
 ――あれ? なんだったっけ?
 グレンの頭の中が真っ白になった。言いたいことが頭の中に浮かんだのに、口に出そうとすると霧のように薄く見えなくなってしまう現象。そんな現象に襲われてしまった。
「ちょっと……ま、待って…あれ? えっと……」
 困惑と不安の波が押し寄せ、グレンの心に宿るフェニックスの希望の炎を陰らせた。
『もっと考えてから行動するように』
 グレンが様々な人々に言われ続けてきた言葉だ。
 大きく伸ばしたグレンの手は、紅焔衣を握っていた。衣がひらひらと風になびき、まるで鳥の羽根のようだった。
「あぁ!」
 紅焔衣が大樹とグレンの間で真ん中から裂けていたのだ。それで裂け目がまるで羽のようになっていたのだ。
 グレンは言いようのない悲しみに襲われた。
 大樹から丁寧に紅焔衣を下したが、後の祭りだ。
「ごめんなさい……」
 紅焔衣を抱きしめたグレンだったが、心の中ではフェニックスに愛想を尽かされるのではないかと不安でいっぱいだった。
 グレンは途方に暮れるしかなかった。