<東京怪談ノベル(シングル)>
魔女の助言にご注意を
相変わらず、やってきた魔女の発言は唐突で思いつきに溢れ、かつ傍若無人だった。魔女ってこういうもんだよな、と、職業上の分類は一応自身も「魔女」であるこの屋敷の主はそんなことを思いつつ、ハーブティを差し出す。少し縁の欠けたティーカップに、綺麗に整えた爪をこつりと当てて、長身の魔女は憤然やるかたないという顔を彼に――ヨルに向けた。
「だからね、あたし、思うのよヨル」
「うん」
相槌はうつがヨルはあまり話の内容は聞いていない。彼女の対面に腰をかけて、マグカップに注いだハーブティを片手に、持ち込んだ書類に目を落としている。
「別にお洒落に気を遣って欲しい訳じゃないのよ。ううん、そりゃ最低限の気遣いはもちろん必要よね? ヨルだって子供達の洋服に皺が無いかとかその辺すごく気を遣うじゃない継ぎはぎあるけど目立たないように色々工夫してるみたいだし、あれって院長センセのお仕事? あ、やっぱりヨルの仕事なのね? そうそう、何の話だったっけ、だからつまり、お洋服っていうのはTPOが大事で」
そこまで聞くと無しに聞いていたヨルだったが、顔をあげて眉根を寄せた。
「…またぞろ、新しい服を仕立てろなんて言わないよね」
ついぞ先日、この魔女に唆された「院長先生」こと孤児院の主である女性、彼の義母にして嫁である人物は、この女性と一緒に聖都へ買い物に出かけ――結果として言えば大層よく似合うドレスを仕立てて帰ってきたところだ。口惜しいが、あのドレスは彼女に良く似合っていた。
当人は何しろ「三度の飯より喧嘩と子供が好き」という人としてどうかと思う趣味の持ち主なので、好んでしゃれた格好をすることもないが、とはいえ子供達の晴れの舞台など、まさしく「TPOにふさわしい」格好が必要になることもある。
「晴れの日の服に黒は相応しくない。それは認める。だからもう一着仕立てるのも許可したし、助言が欲しいってあの馬鹿――ウチの『院長先生』様が駄々を捏ねたからレナさんを呼んだ訳だし、そうだね、呼んだのは僕だから、助言は素直に受け取るよ。でもね。予算には限度ってものが」
「そーじゃなくて、違う、いや違わないわね。うん。もちろん『院長先生』の分はあたし、呼ばれたからには張り切って責任持って楽しく面白く仕立てるのお手伝いさせてもらうけど!」
「じゃあ何の話なのさ…」
半分ほど飲み干したティーカップをソーサーへ戻す。そんな彼の鼻先へ、レナの形の綺麗な爪が突き付けられた。
「例えば。例えばの話よ? お洒落して、ちょっと素敵な場所へ行くじゃない?」
「そうだね」
ヨルは極力、丁寧に応じたつもりだが、まぁ幾らか雑な相槌にはなったかもしれない。が、幸いレナは彼の気のない相槌など気にした風なく、話を続ける。指先を自分へと向けて、
「気合い入れて、素敵な格好するじゃない?」
「…あのひとにそういう嗜好はなかったと思うけど、うん、一般的な女性ならそうかもね。あるいはウチの娘達なら」
「そういう時、隣にいる人がいつもどぉぉぉりの」
妙に「いつも通り」を強調して言いつつ、
「全然気合いの入ってない格好だったら、寂しいじゃない!?」
同意を求められ、ヨルは何度目かのため息をついた。そういうものなのだろうか。何しろ彼は長く生きてはいるし子供は、娘も含めて、数名を育てたが、
(…女性の考えることは分からないなぁ)
その経験を以てしても、彼の抱いた感想なんてそんなものである。
ただ彼は、長く生きただけに年相応の処世術は身に着けていた。こういう場合、女性に逆らわない、というのもそうして身に着けた知恵である。単純に身近に横暴な女性がいただけとも言える。
「……僕は生憎と男だから分からないし、あのひとに一般的な女性観を当てはめるのも如何なものかとは思うけれど、レナさんが言うならそういう見方もあるのかもしれないね」
よって、そんな無難な返答に留めておいた。するとレナは不服げに小さな鼻を膨らませて、唸るように噛みつくように、頬杖をついてヨルに目線をあわせ、睨む様にする。長い睫毛に縁どられた瞳にも明らかないらだちがあった。あたしの言いたいこと、わかってる? そういう色が。
そこでふ、と思い至ることがあり、ヨルはようやくああ、と理解の色を眼に浮かべた。
「…そうか。レナさんはお洒落、好きだもんね。気合い入れた時に、この間連れてきたあのひと――あの剣士さんがいつも通りのテンション低い格好だと、気合いの入れ損? みたいな気分になるとか。つまりそういう話?」
「違うわよ。いや違わないけど! 何でそういうところだけ察しがいいの、ヨル!」
「あー。そうなんだ。まぁ、あんまり身形に気を遣うタイプの男性には見えなかったもんね…。レナさん大変だねえ」
「違うってば、そういう意味じゃなくって!」
とうとうレナが椅子を蹴立てる勢いで立ち上がり、拍子に机のカップが大きく揺れた。幸い零れはしなかったが。
「…そーじゃなくってね。どう言えば伝わるのよ、ヨル」
「ストレートに言ってくれた方がいいよ、レナさん。…母さんにも娘達にもよく言われるんだけど、僕は察しが悪いらしいから」
「そうみたいね! ヨルってば頭いいのに、何でこういうところだけてんで鈍いのかしら。男って、これだから…」
男性全般の名誉のためにも、そっと言い添えておこうとヨルは静かに口をはさんでおくことにする。
「女性が敏すぎるんだよ」
「男性が鈍すぎるのよ」
再度断言されてしまった。
ヨルが、珍しくも王都へ、子供たちを連れての買い出しを宣言したのは数日後のことだ。常が淡白なため、表情も分かりにくい彼であるが、その日の表情は、
「…なんか、すごい渋々、でも仕方ないなーって感じだったよね、パパ」
「そうね」
と娘たちがひそひそと言い合う程であった。
更には目的地が仕立て屋であることを知った娘達は、「どうしたのパパ」「悪いものでも食べたの?」と散々に心配し、更には彼が自分用に一着、小奇麗なジャケットを仕立てる積りであることを知って、とうとう言葉すら発さなくなった。子供達から見てもそれは大事件であったのだ。
のちに、苦虫を噛み潰した様な表情で彼が語って曰く、
「…レナさんの言葉に一理あると思ったし、まぁ、娘達がきれいな格好をしてくれているのに僕がいつも通りっていうのもね」
――どうも魔女の助言を容れての行動ではあったのだが、その後数か月ほどの間、その娘達や義母で妻で院長である女性からも気味悪がられる羽目になり、ヨルは誓った。二度と魔女の助言なんてまっとうに聞き入れるものか。
「今度会ったら文句のひとつも言っておかないと」
ぶつくさとぼやくヨルであったが、レナが来た時の為にと、庭で育てるハーブとお菓子の容易には余念がない。
「ハニーのことだから、散々文句言った後に、礼でも言って、土産に持たせるつもりなんじゃないの」
――長年彼と連れ添って生きてきた「院長先生」は、そんな風に評している。
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