<PCシチュエーションノベル(グループ3)>
誓いをあなたと
●お祝いごとに相応しき日
その日は、とても穏やかな日であった。心地よい風が時折吹き、ちょうどいい塩梅に辺りの空気を掻き混ぜていくので、非常に過ごしやすい。このような日に何がしかお祝いごとが行われるのであれば、きっとよきものに思えるほどに穏やかな日だった。
小さな教会がある。温かい雰囲気が漂う、こじんまりとした瀟洒な教会だ。そばには、小さき素朴な造りの小屋もある。素朴な造りの小屋が、教会に併設された診療所であることは、辺りに住まう者たちには周知の事実である。いつもであれば、その診療所で誰かしら治療を受けたりしている所であろうが、この日は珍しいことに人の気配がなかった。
その一方で、教会の方には朝早くから人の出入りがあった。大勢、ではないが、それでもこの小さな教会にしてみれば、そこそこ多い人数が朝から訪れている。普通に考えれば、祈りを捧げに来たか、弔いごとか、お祝いごとのどれかで人が集まっているのであろう。
しかし、現在世の中では特に憂いごともなく、人々が同時に祈りを捧げるような事柄は見当たらない。では弔いごとかといえば、教会からは弔いごと特有の悲愴感なりが別段感じられない。ならば残るは、お祝いごとだ。教会でお祝いごとといえば、誰しも真っ先に思い浮かべるのはあれだろう――結婚、だ。
それは正しく、この日の教会ではまもなく結婚式が執り行われようとしていた。それもただの結婚式ではない。この教会の娘――アリサ・シルヴァンティエが嫁入りするという、ある意味特別な結婚式だ。
だからなのかもしれない、今日がとても穏やかな日であるのは。
●新婦控え室にて
「アリサー、どうー?」
本日の主役である花嫁アリサの控え室の扉をノックした後、相手の返事が言い終わる前に扉を開けて入ってきたのは、アリサの妹分かつ可愛い年下の親友のエスメラルダ・ポローニオだった。
「…………!」
アリサはエスメラルダの姿を見て顔をほころばせ、何か言おうとしたが緊張のためなのか一瞬言葉が出ず、一度何かを飲み込むような仕草を見せてから、改めてエスメラルダに言った。
「とても似合ってますね、そのドレス」
「それを言うのはこっちの台詞じゃない?」
そう返してから、ふふっと笑うエスメラルダ。目の前に居るアリサはもちろんウェディングドレス姿だ。色合い・デザイン・ドレスライン等、とてもアリサに似合っているそのウェディングドレスは、知り合いにお任せしてコーディネイトしてもらったものであった。ちなみに、エスメラルダのドレスも同様だ。
「あ、そうだ。アレクセイが見たそうにしてたけど、本番のお楽しみにねって、部屋に押し止めてきたから」
ふと思い出したように言うエスメラルダ。本日のもう一人の主役、花婿たるアレクセイ・シュヴェルニクは現在、自分の控え室で結婚式本番を今か今かと待ち構えている所であった。
「え。いつ?」
「さっき、向こうの控え室を覗いた時に。ガツンと言っておいたわよ」
どうやらエスメラルダ、アリサの控え室に来る前に、アレクセイの控え室を襲撃……もとい、訪問していたようである。
「そんなことよりも――」
エスメラルダはすっとアリサに近付くと、その両頬にそっと手を当てて、ゆっくり優しくマッサージをするかのように撫でてみせた。
「表情が固い! ほらほら、今日の主役には、笑顔が似合うんだから……ね?」
手を動かしながら、多くの嬉しさと少しの寂しさを含んだ笑顔をエスメラルダはアリサに見せる。親の遺産を奪われたエスメラルダがこの教会に身を一時寄せた時、そこにアリサは居た。教会にて暮らしていた間、いやその後冒険商人として自立してからも、アリサはエスメラルダにとって姉代わりの大切な存在である。
そんなアリサが幸せになろうというのだ、エスメラルダも嬉しくないはずはない。しかしながら、大好きなお姉ちゃんを持っていかれる訳なのだから、そこには一抹の寂しさもあり、かつ相手のアレクセイに対して妬く気持ちもある訳で。だからこその、この笑顔だ。
「…………ん。ありがとう」
アリサはエスメラルダの手の温もりを両頬で感じながら、こくんと頷いた。
「じゃ、あたしはそろそろ、参列者の所に戻るから。アリサの晴れ姿、ちゃんと見てるからね!」
笑顔で手を振って控え室を出て行くエスメラルダ。それを見送るアリサの表情は、だいぶ緊張が解けたようであった。
●新郎控え室にて
一方、花婿アレクセイの控え室――そこではアレクセイが一人、窓の外に見える小屋を見つめ、物思いに耽っていた。
(全てはあそこから……ですかね)
外の小屋、診療所こそ、アリサがアレクセイと出会った場所である。つまりは医者と患者の関係が最初だ。戦闘に巻き込まれ、毒を受けたアレクセイが担ぎ込まれたのがきっかけだった。そんな出会いが時を経て、今日のこの日に結実したのだから、縁というものは何とも面白い。
ここに至るまで、まっすぐに進んだかと問われたら、それは決して違うだろう。お互いに抱える物事だったり何なり、紆余曲折はやはりあったのだ。
アリサにとっては、種族の差というのがあっただろう。アレクセイが人間であるのに対し、アリサはハーフエルフ。二人並んで人生を歩いていたとしても、次第に時の歩みは異なってきてしまう運命だ。その差を越えてをも結ばれたいと心が定まるまで、強い葛藤があったことだろう。
アレクセイにとっては、アリサ同様に種族の差の他、自らの職業という問題をも抱えていた。小さな商会の美術品や楽器等担当……と周囲には話していて、実際その業務もこなしてはいたのだけれども、実は違う姿を持っていた。その正体は、魔法騎士団所属の騎士――商会はその隠れ蓑であった。そのことについて、アレクセイが正直に話をした時もまた、アリサは色々と思うことがあっただろう。
だがしかし、結論として二人はこれらを乗り越えて今日の日を迎え、まもなく参列者の前で誓いを立てるのである。現在のアレクセイに緊張はほぼなかった。というのも、先程エスメラルダがこの控え室を覗きに来て、それどころじゃなくなったからだ。
かつての初対面の時、エスメラルダは凄くシビアな目をアレクセイの一挙手一投足に向けてきていた。その時は何故そのような目で見られるのか動揺があったが、今となっては理由が分かる。アリサの妹分であるエスメラルダからすれば、悪い虫がついていないか、自分たちの関係を壊そうとしているのではないのか等々、見極めようとする気持ちがあったに違いない。
もっともその傾向は、認めてもらった現在でも若干残っているようで、エスメラルダと顔を合わせる時には何がしか見られているような気がするので、アレクセイとしては若干ビビり気味になってしまうのであった。
それは先程の時も同じで、アリサを泣かしたら許さないとか、ウェディングドレス姿を見るのは本番まで我慢だなどと釘を刺されても、ただただビビりながら笑って頷くしか出来なかったアレクセイである。それでもまあ、控え室を出る時にアレクセイのタキシード姿を褒めて、改めてアリサをよろしくなどと言ってきた辺り、エスメラルダが祝ってくれているのはちゃんと伝わってきたのだけれども。
「時間です」
控え室の扉がノックされ、声がかかった――。
●共に歩き出す
そしていよいよ、アレクセイとアリサの結婚式が始まった。参列者は肉親と、エスメラルダを始めとしたごく親しい者たちのみという、こじんまりとした規模である。
ヴァージンロードを歩くアリサ。共に歩くは、この教会を切り盛りし、赤子の頃から今日までアリサを育ててくれた神官である義父。70歳ほどだというのにかくしゃくとしていて、しっかりとした足取りでアリサと並んで歩いている。そんな義父と歩いていると、これまでの様々な思い出がアリサの中に浮かんできた。
そして、ヴァージンロードの途中で待つのはアレクセイ。それまで共に歩いていた義父は、そこでアリサをアレクセイに託した。一瞬互いに見つめ合い、小さく頷いた後、二人で歩き始めるアレクセイとアリサ。ここから、二人の新しい思い出が作られていくのである。
ヴァージンロードの先に居るのは、義父と共にこの教会を切り盛りしているやはり70歳ほどの義母。その義母によって、今回の結婚式は執り行われるのだ。
義母により結婚式の開催が宣言され、まずは誓いの言葉が交わされる。
「誓います」
「……誓います」
まっすぐに前を見て誓ったアレクセイと、一瞬目を潤ませて、小さく息を吸ってから誓ったアリサ。続いて、指輪の交換が行われる。互いの指に、誓いを込めた指輪がはめられた。
「それでは……誓いの口づけを」
義母に促され、互いに向かい合い、見つめ合うアレクセイとアリサ。アレクセイの方から、顔の距離はゆっくりと詰められていき――二人の唇が音もなく重なり合う。時間にすればそれは僅かなことだっただろう。けれどもその一瞬は、二人にとって永遠にも近いほどに思われた。
誓いの口づけの後、アリサの顔は上気し、照れて恥ずかしそうな様子であった。アレクセイもまた、少し落ち着かない様子。そんな二人の姿を、エスメラルダたち参列者は微笑ましく見つめていた。
そして最後、結婚証明書へのサインが二人の手によって行われ、無事ここに新たな夫婦が一組誕生したのであった。
●幸せをあなたに
アレクセイとアリサは、ブーケトスを行うため教会の外へと姿を見せた。するとどうだ――明らかに参列者の数よりも、教会の外に居る人数は多かった。
「えっ」
面食らうアレクセイ。何故こんなに人が居るのだろうか。
「あ……分かりました。私の患者さんたちや、その家族さんたちかと……」
集まった者たちの顔を見ていたアリサが、そうアレクセイに伝える。結婚式への参列者こそ、ごく親しい者たちに絞ったものの、今日結婚式が行われること自体は近所には伝わっている。そして、その結婚式を挙げるのがアリサだと知れば、世話になった者やその家族なら、一目見てお祝いの言葉を贈りたいと思っても不思議ではないだろう。その結果が、この人の多さなのだろう。
「ど……どうしましょうか……」
アリサは手にしたブーケと、目の前の集団、それと集団の中に居るエスメラルダとを代わる代わる見ながら、ぼそりとつぶやいた。アリサとすればブーケトスは、可愛い妹分であるエスメラルダの手に渡ってほしい気持ちは少なくない。事前に、ブーケの行方をしっかり見るよう伝えてもあった。が、参列者ほどの人数内ならまだしも、こう人が集まったなら、エスメラルダの手に渡る可能性はぐんと下がってしまう訳で。
どうしたものかと思案するアリサ。その耳元にアレクセイが顔を寄せ、そっと囁いた。
「エスメラルダさんの方へ投げるなら、思い切りブーケを高く投げ上げてもらえませんか?」
アレクセイには何か妙案があるのだろうか。アリサは無言で頷くと、エスメラルダの居る方へ少し身体を向けて、そちらへ目がけて思い切り高くブーケを投げ上げた――次の瞬間だった。
「「「「「おおおおおおおおおおおおおお!?」」」」」
目の前の集団から、どよめきにも似た歓声が沸き上がった。アリサがブーケを投げ上げた直後に、アレクセイがアリサをしっかと抱き締めて自分の方へ顔を向けさせ、熱くキスをしたのである。
そうするとどうなるか、大多数の者の視線は突然のキスに釘付けとなる。一方、エスメラルダの視線は、事前に言われていたこともあって、高く上がったブーケの方へと向いていて――。
スポッ、とブーケはエスメラルダの腕の中へと吸い込まれていったのだった。
「あ……あ……あああああー……!」
突然の熱いキスの後、アリサは真っ赤になって、両手で顔を押さえていた。不意打ちのキス、しかも大勢の前で、というのは、アリサには衝撃的だったようである。
「……ともあれ、ブーケは無事にエスメラルダさんに渡ったようですよ」
照れた笑みを浮かべながら、結果を伝えるアレクセイの言葉は、今のアリサには伝わりそうにもなかった……。
【了】
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