<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


黒薔薇の契り

 時は夕刻。
 暮れていく夕日がアリサ・シルヴァンティエ(3826)の部屋を照らし温めている。しかしその温もりは月の黒蝶に魅入られた彼女の心には届かない。
紅に染められる部屋の中で彼女はひとり静かに夜を、アルテミシア(3869)と交わされる闇の婚礼を待っていた。

 以前の夢の邂逅から何度夜が廻ったのかわからない。
 月光の消えた全てが終わり始まる新月の夜、全てのものが息を殺しているかのような静かな夜に美しい声が生まれた。
 正確にはその声をアリサ以外誰も聴くことはなかった。だが、それはアリサが待ち望んだ呼び声であったことは間違いない。
「アルテミシア様……」
 何度もアリアを愛したその美しい声主の名をアリサの唇が紡ぐ。ただ名前を呼ばれただけ。それにも関わらずアリサにはどうするべきかわかっているようだった。何の迷いもなく、まっすぐ自室の扉を開ける。
 自室の先は見飽きるほどに見た自宅の廊下ではなく冷え冷えとした白い石畳の聖堂。夢の中で何度も口付けを交わしたアルテミシアの聖堂だった。
 黒い薔薇とぽぅと光を灯す宝石に彩られたそこは幻想的で一切の侵入者を許さないような一種の恐怖まで感じるほどの完成された美であった。それを強固なものにさせているのは、祭壇の裏に坐する月光を吸い込んだステンドグラスだろう。
 その光がアリサの足元まで伸び、さながらバージンロードの様に聖堂を誓いと契の場所にしているのだ。

 もしかしたら有能な冒険者であっても躊躇うでだろう聖堂にアリサは足を踏み入れる。そこに恐怖や迷いはない。一歩足を踏み入れると彼女の着衣が白い雪の様なドレスへと変化した。その姿は皮肉にも普段の彼女にふさわしい純潔を守る威厳さえも持ち合わせる無垢な乙女。聖母を象徴する百合の様であった。伏目がちな瞳を白いヴェールが隠し表情は見えない。しかし清楚な花嫁の足はゆっくりと祭壇へと向かっていく。
 一歩足を進める毎に、ステンドグラスの光が艶かしく妖しい色に変わっていることに、淫猥で官能的な香りが立ち込めていくことに、アリサはそして祭壇の前に佇む漆黒の花嫁、アルテミシアは気が付いているのだろうか。
 アルテミシアの前まで静かに歩を進めた聖なる花嫁は神に祈るように、主人に頭を垂れる様に恭しく跪いた。その表情も黒い髪が、レースのヴェールが守り誰にも見ることはできない。
 そんなアリサにアルテミシアの優しく艶かしい声が降り注ぐ。
「私の為にアリサは何を捨てるのかしら?」
「……私はアルテミシア様に帰依し、神も親も今までの生も私の持ちえたものは何もかも捨てることを誓います」
 アリサが歌うように自ら誓う。その言葉が、声が生まれる度に紙が水を吸うように、闇が光を覆い隠すように、ドレスがゆっくりと黒に染まっていく。それはアリサ本人の子悪露に毒が、黒が浸み込んでいくかのようにも見える。
「それで全部ではないでしょう?どうしたいのか、ちゃんと声にしなさい。言葉に出してここで誓いなさい。アリサの全てを許し認めてあげるわ」 
「私は……私、アリサ・シルヴァンティエは今までの、いいえ全てを捨て堕落を受け入れ、娼婦のように欲望と快楽に身を任せます。使徒としてアルテミシア様に帰依し、全てを捧げ、永遠の忠誠を誓います。そして花嫁としてアルテミシア様を愛し、貴方の愛に……」
「愛に?」
「……溺れたいです」
 言葉は何でもよかったのだろう。なぜならその声でもう彼女の意思は明白だった。熱に浮かされて上ずったその声は焦らされ続けた女が夜を誘うような甘さを含み、普段の彼女を知る男達ならば、その情欲にまみれた声に理性を決壊させることだろう。
 とは言え、その声はそんな男たちにではなく目の前の黒い花嫁に捧げられたものであった。表情こそ見えないもののアルテミシアは彼女の誓いに満足していた。目に見えない気体の様に所在のない『思い』と言うものは言葉にした瞬間固まり固形となる。
 アルテミシアは悠久の時を渡ってきた中でそれを十分すぎる程知っていた。言葉は毒なのだ。己の口が災いし破滅の道を歩む者を多く見てきた。自らの言葉で幸せをもぎ取った者を多く堕としてきた。それ故に相手の心を縛るのならば、完全に逃げられない様にするのなら、相手の口から語らせる事がもっとも効果的であると黒蝶は知りすぎていた。
 それ故にアルテミシア自身はなにも具体的な指示はしていない。全てアリサの中から生まれた言葉、誓い。
 そう例えそれが全て仕向けられたものだとしても、自ら言葉にしてしまったら、選ばされたことには気が付けない。もし気がついても、自らの決断で道を選んだのであればもう選びなおせない。
 黒に染まったらもう白くはならない。
「指を」
 その声にゆっくりを顔を上げ、左手を差し出すアリサの顔は凛とした魔法医師でも、慈愛に満ちた聖女でもない。
 上気した頬、涙で濡れた様に潤んだ瞳、少しだけ開いた唇、全てが艶かしく、悦びに打ち震えている。これでは娼婦にもなれない。
 アルテミシアは少しだけ口角を上げ、そのまま月の様に白い手でアリサの手を取った。その瞬間、ピクリとアリサの指が震えたが何故か知っているアルテミシアの口角がまた少し上がるだけだった。そのまま細く長い指がそっと薬指を撫ぜる。
 すると、薔薇を模した細い指輪が指に絡みつく様に現れた。
「アルテミシア様……」
 恍惚とした表情で呟いたアリサはとられた手を返し、手の甲に口付けた。
 それは騎士が姫に愛を、主人に忠誠を誓うようなそんな口付けだった。唇からか、染まり続けるドレスからか、飾られた花々からか、それら全てからなのかはわからない。だが、神聖なはずの聖堂に背徳的で敗退的でむせるような甘い香りが立ち込め、さながら情事の後の寝所の様に淫らな雰囲気は強まっていく。
 優しく穏やかな微笑を浮かべアルテミシアはアリサの額に祝福を込め使徒の刻印の証を口付けた。ピクリと動く手を逃がさぬように握りなおし、そっと立つ様に促すと、その大きすぎない胸元へ唇を寄せ、堕落と所有の証をつけられ、最後に愛情と誓いを込め唇にキスを。優しい触れるだけの口づけ。そして求める様に強いキスを落とされ、再び優しいフレンチキス。男が女を虜にするためにやるだろう手段の一つ。
 しかし、誰にも求められた事のないその駆け引きを知らない純潔の乙女の心は蕩かされ溺れていく。夢の中で何度も求め、貪り、口付けたとはいえ、現実はこれが初めて。夢と現実では唇の柔らかさも、熱も、吐息も、感覚が全く別物。全てが実際に刺激となりからだ中を駆け巡る。体も心もその先を望み、もっと甘美な堕落をねだってしまう。それは仕方のない事なのだろう。人は甘い飴に弱い。特に愛を欲しがる者は甘い物の誘惑には勝てない。その甘さが得られなかった愛の代わりになってしまうから。
「どうしたの?」
 唇が触れそうな位置で不思議そうに動くその唇も、吐息も全てがアリサを煽る。
「もっと……もっと下さい」
 声こそ、音こそなかったが唇が確かにそう動いた。アルテミシアが応える様に少しだけ深く口づける。色欲に、闇にゆっくりと浸すように、焦らしアリサが求めるのを誘うように、少しづつ深く濃厚になっていく口づけ。
「ア……リサ……」
 口づけの合間、絡まる水音と荒い吐息と指が足が絡まる衣擦れの音。淫猥なその音の中でそのアルテミシアの声は嬌歌の様に彼女の脳を犯し、その瞬間アリサのドレスが漆黒に染まった。白いユリの花の様な花嫁はカサブランカの様に甘い濃厚な香りだけを残しその全てを黒蝶に捧げてしまった。もうアリサには女神の声も日の光も届かない。アリサが甘い媚びるような声でアルテミシアの名を何度も呼びながら水音を立て口づけに興じる。アルテミシアもそれに応じ、2人は色欲に溺れた娼婦の様に体を重ねていく。終わらない夜に甘い嬌声と吐息、そして淫靡な水音だけが聖堂に響き続けた。

「アリサ?これからも「アリサ」の仮面を被り生きていきなさい」
「私はアルテミシア様の……」
 捨てられた子犬の様な潤んだ瞳で怯えた声を上げるアリサの髪を優しく梳きながらアルテミシアは微笑む。
「アリサは私のもの。だからそれを周りに認めさせなさい」
「認めさせる?」
「そう、私達が素晴らしい事を身を持って教えてあげるなさい。堕落と背徳の甘美さを教え広めるの」
 アリサの目が細められる。その表情は淫魔より達の悪く、娼婦より淫らな、色欲に染まりきり堕落しきった者だけが浮かべる恍惚とした笑みだった。


「……お任せください。全てはアルテミシア様の為に」

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3869/アルテミシア/女性性/27歳(外見)/黒薔薇の女神】

【3826/アリサ・シルヴァンティエ/女性性/24歳(外見)/白百合の花嫁】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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再度のご依頼ありがとうございました。
アルテミシア様に魅せられ心酔していくアリサ様とその為に今まで準備してきたアルテミシア様の様子が描けていればと思います。

お気に召されましたら幸いですが、もしお気に召さない部分がありましたら何なりとお申し付けください。

今回はご縁を頂き本当にありがとうございました。
またご縁があることを心よりお待ちしております。