<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
お友達と虹の雫を求めて
「ね。虹の雫って言うの採りに行ってみない? 僕、まだアイテムを取りに行ったりしたことがないんだ」
エルザードの街角にある喫茶店にいたマーオが、目の前に座っていたグレンに嬉々として話を持ちかけた。
グレンは口に運ぼうと、フォークで一口大に切り分けたケーキを手にしたまま、乗り出し気味に微笑んでいるマーオの顔を驚いたように見上げる。
「虹の雫?」
「そ。貴石の谷ってところにあって、そこで採れる虹の雫は凄く綺麗なんだってさ」
「へぇ〜……」
テーブルに頬杖を着いて椅子に座り直したマーオの顔は、満面の笑みだった。
グレンはひとまず食べようとして持ち上げていたケーキを頬張ると、少しばかり思案するかのように視界を逸らして飲み込むのと同時に頷いて見せた。
「うん、いいね! 行ってみよう! ちょうど僕も暇してたし、今まであんまり出かけられなかったからそう言うの行ってみたい!」
「ほんと?! やったぁ!」
同意を得られたマーオは心底嬉しそうに、顔を紅潮させながら喜びを露にする。
二人はピクニックに出かけるかのように、ウキウキしながら何を持っていこうかと二人で顔をつき合わせて話し合っていると、グレンがふと何かを思い出したように顔を上げた。
「あ。そう言えば……確か貴石の谷ってモンスターが出るって聞いたよ」
その言葉に、マーオもまた「あ」と声を上げて顎に手を当て、眉根を寄せた。
「……忘れてた」
「マーオはモンスターと戦った事ってある?」
グレンの問いかけに、マーオはゆるゆると首を横に振った。
「最近は戦ってないなぁ……。でも、もし戦うことになるんだったら、このスプーンで応戦する事になるかも」
そう言いながら、常に背中に背負っている巨大なスプーンを見やりながらそう答えると、グレンは「そっかぁ」と短く呟いた。
「僕は一応いつも使っている槍を持っては行くけど……戦わないで済むならできればそうしたい」
グレンは真面目な表情でそう答える。そして自分の傍に置いてあった槍に手を掛け、見つめながら言葉を続けた。
「……兄ちゃんがさ、いつも言ってたんだ。私利私欲の為に生き物を殺しちゃいけないって」
だからこそ、たとえモンスターであったとしても殺す事はしたくない。
こんな事を言って、マーオは一体どんな顔をするだろう? 驚いた後に嫌な顔をするだろうか? それとも他の人のように、倒さなければ倒されるだけだと諭されてしまうだろうか?
そんな不安がむくむくと胸にこみ上げ、グレンは様子を窺うようにマーオを見た。しかし、彼はきょとんとした顔で瞬きを繰り返すと、感心したように口を開く。
「へぇ。グレンさんのお兄さんて、凄く立派な人なんだね。でも、僕もその考えに賛成だな。できれば友達になったりしたら楽しそうだし」
考えていた事とは違う答えが聞けた事で、心配そうな顔を浮かべていたグレンの表情が途端にパッと明るくなる。
モンスターを倒したくない。そんな自分の考えに賛同してくれるような人材がいると分かると嬉しかった。
「そうだよね。マーオも同じように思ってくれて嬉しいよ!」
「僕、お弁当とおやつを持っていくつもりなんだけど、おやつを一緒に食べたらもしかして仲良くなれたりするかもしれないよね」
「うん、そうだといいな。もし宝石喰いに会ったら、僕はどうしてそこに棲み付くようになったか聞いてみたいな」
和気藹々と楽しげに会話を弾ませる二人の、貴石の谷へのピクニック。準備もろもろ含め、出かけるのは明日の朝と決まった。
****
薄い雲が流れ、昨日に続いて爽やかな天気と風が吹く中、エルザードの入り口で待ち合わせをしていた二人は約束の時間に落ち合った。
万が一に備えた武器や防具以外に、マーオの手には蓋付きの大きなバスケットが一つ握られている。
「おはよう、マーオ」
「おはようグレンさん。じゃ、行こうか」
貴石の谷までは、徒歩ではかなりの時間がかかってしまう。二人は近くで乗合馬車を拾い、谷の近くまで運んでもらう事にした。
どこまでも広がる草原を駆け抜け、貴石の谷が近づいてくると人の気配はおろか、周りの雰囲気もかすかに重たくなったように感じられる。
乗合馬車を降りた二人は、洞窟の入り口までの道を歩く。そして谷の中にぽっかりと口を開けた真っ暗な坑道を前に立ち止まった。
中からは冷たい風と、何者かが唸っているかのような低い風笛の音が聞こえてくる。
マーオはそんな坑道を覗き込みながらぽつりと呟いた。
「宝石喰いと仲良くなったら、虹の雫を少しだけでも分けてもらえるかなぁ」
「うん、たぶん分けてくれるよ。崩落の危険もあるって言うから、気をつけて行こう」
二人は用意してきたカンテラに火を灯すと、辺りを注意深く気にしながらゆっくりと坑道の中へ入っていく。
入り口は一本だったが、進んで行く内に縦横無尽に掘り進められた通路が複雑に絡み合っていく。
ピタン、ピタンとどこかから水の滴り落ちる音と、二人が地面を踏みしめる音だけが回りに響き渡った。
「思ったより寒いなぁ。もう少し厚着してくれば良かった」
周りを見回しながらマーオがそう呟くと、彼とは反対側を見回していたグレンも小さく頷いた。
「奥に来れば来るほど寒いね。僕も厚着してくれば良かったかも」
ゆっくりと慎重に足を運んでいると、カンテラの灯りにチラリと光る赤い何かが前方に見て取れた。
「グレンさん、今何か光ったよ」
真っ先にそれに気付いたマーオが、指差しながらそう伝えるとグレンも慌ててそちらを振り返る。そしてもう一度カンテラの灯りを向けてみると、またチラリと光った。
赤く光る何か。それを見た瞬間、二人のテンションが一気に上がる。
「もしかして今のって……」
「宝石喰い?!」
ここぞとばかりに、二人はその場から駆け出した。
虹の雫を求めてきているのに、いつの間にやら二人の目的は宝石喰いへと摩り替わってしまっているかのようだった。
光を反射した場所まで来ると、そこにはとてつもなく大きく、両生類のような姿をした宝石喰いが丸くなって眠っていた。
その姿を見た二人は、感嘆の声を思わず上げてしまう。
「凄い、大きいなぁ……」
「こんなに大きいんじゃ、戦っても僕たちでは絶対敵いっこないよ」
見上げるほどの巨体。そんな宝石喰いを前に、二人は僅かに怯えの色を見せながら見つめていると、微かに鼻先が動き、閉じられていた宝石喰いの目が薄っすらと開いた。
このまま戦闘になったらどうしよう……!?
瞬間的に緊張感が走り、二人は同時に同じ事を考えていた。
思わず息を詰め、その場から動き出す事もできずに硬直していると、宝石喰いはこちらを一瞥するだけで特に何も仕掛けては来ない。
不思議に思った二人が顔を見合わせると、一歩宝石喰いへと近づいてみた。
「あ、あのぅ……」
「僕たち、あなたの友達になりにきました」
言い淀むグレンに代わり、マーオが明るくそう伝えると、逸らされていた宝石喰いの瞳が再びこちらに向けられた。
マーオはバスケットに手を突っ込むと、作ってきたビスケットを取り出してそれを宝石喰いの前に差し出す。
「お菓子、食べませんか? これ、今朝作ってきたんです」
そう言いながら地面に置くと、宝石喰いはそれをチラリと見て再びマーオたちを見つめてきた。
食べるわけでもなければ、襲ってくるわけでもない。
危害を加えてこないところを見ると、グレンたちの緊張は徐々にほぐれてきた。
「あの、僕、あなたに聞きたい事があるんだ。どうしてここに棲み付くようになったのか聞いてみたくて」
グレンがそう訊ねると、宝石喰いは溜息のような息を吐きながらふっと視線を逸らしてしまう。そして僅かに口を開き鋭い牙の間から舌を覗かせると、先ほどマーオが置いたビスケットを器用に巻き取ってぱくりと食べてしまった。
それを見たマーオが、喜ばないわけがなかった。ビスケットを食べてくれた事で友達になれたのだと、そう確信したからだ。
「凄いよグレンさん! 僕たち本当に宝石喰いと友達になれたんだ!」
感極まってそう声を上げると、グレンもまたうれしそうに何度も頷き返した。
今度は自分の質問にも答えてくれる番。そう思ってグレンが宝石喰いを期待に満ちた目で見つめると、予想外にも彼は何も語ることなく目を閉じてしまったのだった。
「え〜! 僕の質問には答えてくれないの!」
心底残念そうに声を上げると、宝石喰いは唸るように喉を鳴らして目を閉じたまま応えた。
『……人間の身勝手な理由で採り尽くされる宝石を、見過ごせなかったからだ』
地の底から唸るような声でそう答えると、宝石喰いの体の上からカン、と何かが転がり落ちてきた。
マーオは咄嗟に手に受けると、それはとても小さいながらも、七色に輝く白い半透明の石だった。
『……先ほどの礼だ。お前たちは他の人間共とは違うようだ。それをくれてやるから、さっさと帰るが良い』
思いがけず簡単に手に入れる事ができた虹の雫に、グレンたちは目を輝かせた。そして二人揃って宝石喰いに向かい頭を下げた。
「ありがとうございます!」
礼を言った言葉に対する返事はなく、宝石喰いはそのまま眠りについてしまった。
二人は歓喜に沸きあがりながらも、元来た道を戻っていく。
「この事は、皆には内緒にしておこう」
「宝石喰いと本当に友達になれたなんて、たぶん誰も信じてくれないもんね」
手の上にある虹の宝石を眺めながら、二人は顔を着き合わせて嬉しそうに微笑み合った。
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