<東京怪談ノベル(シングル)>
ある日の尋ね人
●冒険者の酒場
俗に、冒険者の酒場、などと呼ばれる店がある。その呼び名が示すように、冒険者たちが多く集う酒場であり、宿屋を兼ねている所も少なくはない。冒険者たちはここで日々の疲れを癒すだけでなく、情報交換や仲間探し、はたまた依頼を受けたりする訳だ。
で、冒険者の酒場の壁一面には、概要のみが記された数々の依頼が貼り出されているのが一般的だ。冒険者たちはその中で気になった依頼について店の主人に尋ね、より詳しい内容を聞いた後にその依頼を引き受けるかどうか決めるのである。
そんな冒険者の酒場の一つに、尋ね人についての依頼を数多く扱っている店があった。もっとも尋ね人と言っても、「お尋ね者」と言い直した方がよさそうな者たちがそのほとんどであるのだが。
もちろんこの店でも、壁一面に数多くの依頼が貼り出されていた。が、他の店とちょっと違うのは、尋ね人がそのほとんどであるため、対象の人物の似顔絵が描かれているのが多いということだろう。
先述の通り、「お尋ね者」と言った方が適切な者たちが多いため、それら似顔絵も凶悪そうな面構えをしたものがそこかしこに見受けられる。中には虫も殺さぬ顔をして……というものもあるが、そういった者ほど凶悪な事件を起こしていたりすることもあるから、いやはや世の中というのは分からない。
●異質な依頼が一つ
さて、その酒場に居る冒険者の一人であった黒いローブを着込んだ青年――ブラッキィは、いつものように壁一面に貼り出された依頼の数々を、上から下までじっくりと見つめていた。この店にはそれなりに訪れて、そのほとんどで何がしか依頼を引き受けて達成していたから、店の主人からの覚えも悪くない頃合だった。
「……ん?」
と、ブラッキィの視線が、壁の下の方で止まった。視線の先にあるのは、やはり尋ね人の依頼。似顔絵も描かれており、ここにある依頼としては何ら珍しくない形である。そこに描かれた尋ね人が、明らかに年端もいかぬ子供でなければ、だが。
(明らかに異質だな……)
思案するブラッキィ。よもやこんな年端もいかない子供が「お尋ね者」でもあるまい。が、ここに貼られているからには、何がしかの理由があるのだろうと感じられる。ブラッキィはその依頼を壁から剥がすと、店主の所へ向かった。
「おう、あんたか。今日はどの依頼を受ける気だい?」
「…………」
依頼を受ける前提で話し出した店主の前に、ブラッキィは無言で先程剥がした依頼を差し出した。すると店主は少し眉をひそめながらこう言った。
「……はっきり言って、受けたら今日のあんたの実入りはほとんどないぞ?」
「構わん。詳細を聞かせてくれ」
ブラッキィがぶっきらぼうに返すと、店主はやれやれと言った様子で詳細を語り出した。何でも、この依頼に描かれているのは、店主の知り合いの女性の息子なのだそうだ。つまり依頼人は、描かれている子供の母親ということだ。数日前のある日、突然その子供は家を飛び出して行方が分からなくなったのだという。
「もちろん、近所周辺は探し尽くしたさ。けど見付からなかったんで、こうして依頼として引き受けた訳だ。俺としてもほっとけなかったんでな」
確かに、素人が探せなかったのなら、探し人に長けた冒険者の方が見付けられる可能性は遥かに高いに違いない。
「女手一人で子供育ててたからなあ……。今回の依頼料も、まけにまけて、やっとこさだ。さすがにタダでは冒険者に頼めんよ」
頭を振る店主。こういう仕事ゆえ、何もなしに冒険者たちに引き受けてもらうことは出来ない。何とも悩ましい話である。
「ともかく……あんたがお人好しだとは知らなかったさ」
とブラッキィに言い、店主はニヤリと笑った。明らかに、ブラッキィが引き受ける前提での物言いだ。そんな店主の見立て通り、ブラッキィはこの依頼を引き受けたのであった。
●これが彼の探し方
依頼を受けたブラッキィは、さっそく件の子供を探し始めた。
ブラッキィの探し方は二通り。一つは普遍的な方法、自分の足で探すというものだ。そしてもう一つは、自らの聖獣装具――【闇偵梟・スコープバード】を空に飛ばして、頭上から探索するというものである。
闇雲に探しては、見付かるものも見付からない。相手は年端もいかぬ子供だ。ならば単純に、家から少しでも遠く離れた場所へ向かったと考えるのが自然であろう。
ブラッキィは街中のそういった場所へ向かうと、【闇偵梟・スコープバード】を空に飛ばして裏路地などを中心に巡らせつつ、主にその場所の子供たちへ話を聞いて回った。子供は子供をよく知るものであるからして。
で、見かけた場所などの情報を得たら、【闇偵梟・スコープバード】をそちらへ回し、じっくりと探させるのである。
結果――半日もせずに、件の子供を探し出すことにブラッキィは成功した。ブラッキィが辿り着くと、件の子供は裏路地のガラクタが積み重なった場所の前で、膝を抱えてうつむき加減に座っていたのだった。
●人と違うということ
「…………」
ブラッキィは黙って子供の隣に腰を降ろすと、そのまま無言で時を待った。夕暮れを迎え、昼間でも暗い路地裏がさらに闇に包まれつつあった頃になって、ようやく子供がぼそりとつぶやいた。
「……僕を探しに来たの……?」
「ああ」
短く答えるブラッキィ。そしてまた無言で時が流れ、しばらくしてから再び子供が口を開いた。
「何で……僕は人とは違うのかなあ……」
と言い、顔を上げる子供。ぽつりぽつり子供が話すことによると、どうも周囲の他の子供たちと行動の方向性が異なるらしく。他の子供たちが外で走り回って遊ぶのが好きなのに対し、件の子供は屋内で物を作ったり、絵を描いたり、歌ったりといったことが好きなのだそうだ。
それで事あるごとに、他の子供たちからおかしいおかしいなどと言われ続けてコンプレックスを抱えることになり、数日前に何もかも嫌になって家を飛び出してしまったということだった。
それを聞いたブラッキィは何を言う訳でもなく、ただおもむろに自らが着ていた黒いローブを脱いでみせた。するとどうだ、ブラッキィの背中には翼――有翼人であるウインダーの証があるではないか。子供はしばしその翼、真っ黒い色をしたブラッキィの翼を見つめた後、ぼそっとこうつぶやいた。
「あ……かっこいい……」
「俺は四人兄弟なんだが――」
ブラッキィは子供の顔をまじまじと見ながら、その後の言葉を続けた。
「この色をした翼を持つのは、俺だけだ」
「!」
子供は、そのブラッキィの言葉で察したようだった。目の前に居る大人もまた、他の人とは違っていたりするのだと。
「……何も、人と違うのは悪いことばかりじゃないぞ」
黒いローブを着直しながら、ブラッキィが子供に向かって言った。
「さっき、お前は言ったろ。かっこいい、てな」
違うことの価値を認めてくれる者も必ず居る、ブラッキィはそんなことを伝えたいのかもしれない。それが分かったのか子供は、こくん、こくんと二度大きく頷いてみせた。
かくして子供は母親の元へ戻り、ブラッキィは無事依頼を達成した。それからしばらくして店の近くで件の子供を見かけたブラッキィは、絵を描いている件の子供の横から可愛らしい女の子が絵を覗き込んでいる様子を見て、フッ……と薄い笑みを浮かべたのだった。
【了】
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