<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【エルザード祭】氷鳥の石

▲序

 うららかな青空の下、王女はペティ、ルディと共に天使の広場をカラフルなリボンや旗、風船などで飾り付けていた。
 装飾用の道具担当のシェリルがテキパキと指示を出し、周囲の微妙な空気に気づかないままレーヴェは聖獣王と王女から頼まれた高所の飾り付けを粛々とこなしている。
 広場の一番外回りには、エスメラルダの監修の屋台がいくつもおいしそうな匂いをさせる。
 カレンのハープの音に吟遊詩人達も調律を始め、普段見かけないディアナの姿までもある。
 今日が特別なのだ。だが何が起こるのか。
 飾り付けの終わった広場に聖獣王の姿が見え場が静まり返る。
 舞台上から王の声が響く。
 「聖獣王の名の元に、今日を国民の祝祭日とする。皆の者、今日は無礼講である。存分に楽しむが良い」
 
  それは王と王女のサプライズ。
  今、天使の広場を中心に、エルザード祭が幕を開けた。
 

 石屋エスコオドも、祭の為にと出店することになっていた。売るのは、少し勇気が出る赤い石「胸の炎」と信じる力の少しだけ増す青い石「澄んだ空」、それに幸運なことが起こるかもしれない黄色い石「ご褒美の星」だ。
 普段はそれぞれが大きな塊として売られているのだが、祭用に小さく砕いて削り、親指ほどの丸い石にしている。ペンダントトップや、指輪に加工するのにちょうど良いくらいだ。
「では、行きましょうか」
 店主エディオンは呟き、売り物であるそれらを袋に詰める。
「あちらは……帰ってから何とかしましょうか」
 ちらり、と倉庫の方を見る。氷のように煙を立たせている、群青色の石が置かれている。氷ではない。鎮めるべき「ロウエイ石」だ。
 祭がなければ、鎮めて貰える冒険者を募るところのものだ。が、せっかくの祭に水をさす気にもならない。ただああやって冷たいだけならば、放っておいても大丈夫だろう。
 エディオンは肩をすくめ、店を出る。――と、その瞬間だった。

 ドオオオオオオン!!!!!

 轟音を上げて、店の一部が破壊される。エディオンが湧き上がる土煙に目を細め、何が起こったかを確認する。
「ヨウヤク、デラレタカ」
 土煙の中、真っ青な鳥が羽を広げていた。ばさ、と羽を振るわせると、辺りに雪が舞い散る。
「まさか、あの鳥は……氷鳥?」
 エディオンは鳥に近づこうとする。が、鳥はあっという間に飛び立ってしまった。あろうことか、王都の方へと。
 飛び去った鳥を追いかける前に、エディオンは確認する。破壊された場所は倉庫で、そこに在るはずのロウエイ石がない。
「鎮める方が、先と言うわけですね。せっかちな石ですね」
 大きく溜息をつき、エディオンは王都へと向かう。
 祭が祭として、あるために。


▲追跡

 石屋エスコオドを訪れようとしていた千獣(せんじゅ)は、突如空に羽ばたいていく飛ぶ鳥を目撃した。その中心部と思われる場所は、目指していたエスコオドだ。
「エディオン……?」
 千獣は、気づけば走り出していた。現れた鳥は何かを言っているようにも見える。そうして、鳥は飛んでいく。
 王都の方へと向かって。
 千獣は一瞬迷ったのち、エスコオドへと向かう。すると、視線の先から見知った顔がやってきた。
 エディオンだ。
「ああ、これは千獣さん」
「エディオン。さっき……鳥が、王都、へ……」
「はい。ロウエイ石が、鎮めるのを待てないといわれましてね」
 苦笑交じりに、エディオンが答える。
「追いかけ、ながら……」
 千獣の提案に、エディオンは頷いてから駆け出す。未だ鳥の姿は視界の中にあり、スピードもそれほど速くない。石から出たばかりで、戸惑いのようなものでもあるのだろうか。
「もうすぐ始まるエルザード祭りを、優先しようとしたんですけれど」
 エディオンがそこまで言った時、空を見上げているアレスディア・ヴォルフリートの姿を見かけた。
「エディオン殿ではないか。それに、千獣殿も」
「アレスディア……久し、ぶり」
「お久しぶりです、アレスディアさん。宜しければ、一緒に走っていきませんか?」
 謎の誘いに、一先ずアレスディアは共に走り出す。
「二人の走りは、先程の鳥と関係が?」
「ある。ロウエイ、石……」
 千獣の答えに、アレスディアは「なるほど」とうなずく。
「あれは、氷鳥が閉じ込められていた石です。触るとひんやりし、すべてを信じられない、というものを感じ取るところまではできたのですが」
「すべてを信じられない、か」
 ふむ、と走りながらアレスディアは考え込む。以前対処に当たったロウエイ石の事を思い出す。
 故あって暴れている、と見たのだ。
「エディオン殿、獣の石のときのように、他には何か感じなかったか? たとえば、林檎のように」
「……残念ながら、そこまでしっかりとは読み取っていませんでした。一刻も早く鎮めなければならない石とは思っておらず、祭りが終わってから、と思っていましたから」
 エディオンはそう言い、頭を下げる。
「申し訳ないです。僕の、判断ミスです」
「そういう、時も……ある。大丈夫……」
 がっくりしているエディオンに、千獣は声をかけるのだった。


 ふわり、と舞う雪に、サクリファイスは驚く。一瞬紙吹雪か何かかと思ったが、今サクリファイスがいるのはエルザード近い街はずれ。祭りの準備に騒がしい中心部とはうってかわって静かであり、紙吹雪は舞うような場所はない。
「雪……?」
 以前、エスコオド開催の雪合戦をした事を思い出す。だが、舞う雪に楽しさは感じられない。
 雪の先には、翼を羽ばたかせる鳥がいたからだ。
「何だ、あの鳥は」
 呟き、鳥の行き先を見つめる。あちらは、エルザードがある方ではないだろうか。
 それに気づくと同時に、サクリファイスは駆け出していた。王都まで生かせるわけにはいかない、と。
「お、サクリファイスじゃないか」
 駆けだすサクリファイスを見かけ、ジェイドック・ハーヴェイが声をかけた。
「今から祭りに繰り出そうと思っていたんだが、お前もか?」
「ジェイドック、鳥を見たか?」
「鳥?」
 サクリファイスに言われ、ジェイドックは空を見上げる。確かに、大きく羽を広げる鳥の姿が見えた。「あの鳥が、どうかしたのか?」
「雪が、降ったんだ」
「雪だと? こんな時期にか?」
「あのまままっすぐ行けば、王都だ」
「……の、ようだな。で、あの鳥が雪を降らせるって?」
 二人が話していると、エルザードとは逆方向から、千獣、アレスディア、エディオンが駆けてくる。
「おっと、今俺は嫌な予感がしてきたぜ」
 ジェイドックがいうのとほぼ同時に「お二人とも!」とエディオンが声をかける。
「氷鳥を、見ましたね?」
「ああ。王都へと向かっていた。雪を降らせながら」
 サクリファイスの言葉に、エディオンは神妙に頷いた。それを見て、ジェイドックは大きくため息をついたのち、駆け出す。
「ともかく駆けながら行った方がいいんだろう?」
「話が早くて助かります」
 にっこりとエディオンは答えると、背中から「エディオン!」と声をかけられる。
「エディオンじゃないか、久しぶりだな」
 振り返ると、そこにはキング=オセロットの姿があった。手をすっとあげ、にこやかに笑う。
「尼僧の石以来か」
「キングさん、お久しぶりです。が、今はゆっくりとお話ししている時間もなくて」
 エディオンがそこまで言うと、キングは顔つきを変えて「ロウエイ石か」とつぶやくように言う。
「しかも、時間がないと見えるな」
「その通りです。僕の不手際で、もしかしたら王都にご迷惑をかけてしまうかもしれません」
「王都に?」
「とにかく、動こう。時間が惜しい」
 アレスディアの言葉に、一行は再び走り出す。氷鳥はまだ、視界の中に入っている。
「エディオン、尼僧の石の時、あなたは石から何かを感じ取っていた。あの鳥からも何か感じ取れないかな?」
 キングの問いに、エディオンは「それが」と答える。
 すべて信じられない、という思いしか読み取っていなかったのだと。
 キングは「ふむ」と呟き、見上げる。
「王都にあの鳥の襲撃を許すわけにはいかないが、ただの魔物というわけではないのだろう。できるだけ、氷鳥の事情も汲みたい」
 キングの言葉に千獣が頷く。
「あの、石、にも、何か、理由、が、ある、はず……戦う、前に、話、聞きたい」
「同感だ。人々を傷つけさせるわけにはいかぬが、想いを抱えたものを力ずくで抑え込みたくはない」
 アレスディアもそう言って、鳥を見上げる。
「そもそも、どんな経緯であの石を?」
 サクリファイスの問いに、エディオンは「それが」と答える。
「拾ったんです」
 エディオンの言葉に、思わず全員が視線をエディオンへとむけられる。
「あの、そんなに見られるとお恥ずかしいのですが」
「ええとだな、エディオン。そういう問題じゃないから、ちゃんと順序立てて教えてくれないか?」
 ジェイドックの言葉に、エディオンは「はい」と答えてから話し始める。
「雪合戦を開催したあと、片付けをしていたら石が落ちていまして。ロウエイ石だとは思ったのですが、触れると冷たかったので、冷気をまとう思いだろうな、と思ったのです。なので、暖かくなってから鎮めて頂こうと思って置いていたら、祭が開催されるということで。今までも大丈夫だったし、と祭の後に依頼を出そうと思っていたんですよ」
 一気にしゃべったエディオンに、一同は沈黙する。ぱたぱたと走る音だけが響く。
「……その、みなさん?」
「ああ、もう、ついてないな!」
 思わず叫ぶジェイドックに、周りも思わず頷いた。
 否、何から突っ込んでいいのか分からなかった。
「と、ともかく。私は翼で追ってみる」
 サクリファイスはそう言い、翼を羽ばたかせて空へと向かう。
「なんだかすいません」
 肩をすくめるエディオンに、千獣が小さくため息をつくのだった。


 ケヴィン・フォレストはごろんと横になっていた。王都近くの草原は、昼寝するのにちょうどよい。天気も良く、風も心地よい。そろそろ昼寝でも、と目を閉じようとした瞬間だった。
 大きな影が横切ったかと思うと、ひらり、と雪が舞った。
 驚いて目を見開けば、大きな鳥が羽を広げて王都へと向かっている。単なる鳥ではない、雪をまとわせているのだ。
 ゆっくりと起き上がり、弓を手に取る。鳥が向かう先は、王都だ。王都にあのまま行けば、混乱が生じるのは必至だ。
 幸い、鳥は王都へ向かいつつも時折旋回しているので、実際に到着するまで時間がかかりそうだ。ならば、先回りして進行方向にいる人々を守りつつ、鳥自体を屠ることができるかもしれない。
 ケヴィンはゆるりと起き上がり、駆け出す。すると、鳥の後ろを追うように飛ぶ人影と、地上を駆けて追いかけてくる人々を見つけることができた。
 鳥が目的なのだ、と判断したケヴィンは、そちらへと向かった。同じ目的ならば、行動を共にした方が効率が良いはずだ、と。
 そうして合流したケヴィンは、エディオン達から説明を受けるのだった。


▲対処

 王都入り口あたりで、氷鳥がぐるりと空を旋回する。それと同時に、はらはらとまた雪が舞った。
「これ以上は、行かせない」
 サクリファイスは言い、氷鳥の前に羽ばたく。
「王都に、憎くて討ちたい敵がいるのか? それとも、求める何か……誰かいるのか?」
 ばさばさと翼を羽ばたかせる氷鳥に、サクリファイスは問いかける。だが、氷鳥からの返答はない。ただ嘶き、雪を降らせるのみだ。
「聖都へ向かっているところを見ると、王や王女と何か因縁でもありそうなんだがな」
 答えぬ氷鳥に、ちっとジェイドックが舌打ちする。
「最終ラインを設けよう。そこまでは説得を、そこを越えれば実力行使だ」
 キングが言い、氷鳥と王都の距離を測る。そうして、王都入り口あたりを指さす。「あそこ、だな」
 王都入り口を突破されれば、すぐに商店街が連なってくる。今は祭も近いため、通りはどこもにぎわっている状態だ。
「人通りも増えているだろうし、そこが妥当だろう」
 アレスディアはそう言って頷く。そして、キングの話を聞いたケヴィンもこっくりと頷くや否や地を蹴り、最終ラインへと向かう。
「戦う、前に、話、聞きたい……被害も、出させ、ない」
 千獣は呟くと、氷鳥の真下へと向かう。氷鳥は進路をサクリファイスに妨害され、ぐるぐると空を旋回している。声は届いているようには見えない。
「興奮、して、声、届いて……ない……」
 千獣が言うと、ケヴィンが弓を構える。慌てて千獣が止めようとするが、ケヴィンの矢の方が先に放たれる。
 矢は氷鳥の左翼に命中し、氷鳥は「ヒョオオオオオオオ!」と吠えた。飛んではいられなくなり、よろめきながら地上へと落ちてしまう。
「大丈夫……?」
 千獣は落ちてきた氷鳥へと向かう。サクリファイスも氷鳥を追って、地上へと降りてきた。
「血は、でていないようだな」
 ざっと見、キングは言う。近くにいるだけで、ひんやりとした冷気が漂ってくる。
「話は、できるか?」
 ジェイドックの問いに、氷鳥はゆるりと体を起こす。
「ヒト、カ」
 ぽつり、と氷鳥が言う。たどたどしく、しかし意思疎通を図るような声で。
 千獣はほっとした様子で「大丈夫?」と今一度問う。氷鳥は返事しない。あたりと見回し、一点を見つめる。
 王都の方を。
「アソコニ、ヒト、タクサンイル」
「人がたくさんいるから、王都を目指していたということか?」
 アレスディアの問いに、氷鳥は鳴く。そうだ、と言わんばかりに。
「一体何があったの? あなたの心が凍えるようなこと……たとえば、信じていた誰かに裏切られたとか?」
 サクリファイスの問いに、氷鳥は再び翼を広げて飛び立とうとする。
 止めようとすると、再びケヴィンが弓を構えて氷鳥のそばを射る。今度は威嚇するように、氷鳥に当たらぬように。
 氷鳥は忌々しそうに矢を一瞥し、空へと羽ばたかずにその場で羽を動かし始めた。とたん、氷鳥の周りから凍り付いていく。
「凍り付くぞ、避けろ!」
 キングの声に、傍にいた千獣が一歩後に下がる。
「ヒト、ヒト、ヒト!! ヒトハウソヲツク!」
「嘘……?」
 千獣の問いに、氷鳥は吠えるように鳴く。
「シンジテイタ、シンジテイタノニ!」
 氷鳥はより一層強く羽ばたきながら、吠える。ばさばさと羽ばたくたびに、凍り付く範囲が広がっていく。
「皆、下がれ!」
 キングは声をかけると同時に、他の物より一歩前へと出る。凍り付く冷気が纏わりつくものの、動けぬほどではない。
「おい、大丈夫か?」
 ジェイドックの問いに、キングは「なあに」と言って小さく笑う。
「生身よりは冷気に耐えられる。鋼の体とて、限界はあるがな。あなたも、そうではないか?」
 キングの言葉に、ジェイドックは苦笑する。
「人間より毛皮があるって言ったって、凍り付かされたらたまらない」
「それもそうか」
 二人がくつくつと笑う傍で、アレスディアが「話を聞かせてほしい!」と叫ぶ。
「あなたの心が凍てついたきっかけは分からぬが、罪なき人々を傷つけても、あなたの心の氷は解けはせぬ!」
「教えて……きっかけ、を」
 アレスディアの言葉に、千獣も小さくうなずきながら続ける。
 氷鳥は耳を貸さず、辺りを見回す。おおよその範囲が凍てついたことを確認すると、次は大きく翼を広げた。
「キエロ、ニンゲン!」
――ザッ!
 大きな音と風と共に、無数の羽が全員に向かって放たれた。
 一番近くにいた千獣は、鎖のついた透明な手裏剣、スライジングエアを放つ。千獣の念によって鎖の届く範囲内の羽を次々撃ち落としていく。
 次に近くにいたキングとジェイドックは、共に銃を構えて羽を撃ち落としていく。タンタンタンと小刻みに撃たれる音とともに、羽が氷のようにはじけていく。
 その後ろにいるアレスディアとサクリファイス、ケヴィンは、三人の撃ち落とし損ねた羽をすべて叩き落していった。あたりに一般人の姿はないが、いつ出てきてもおかしくはない。流れ弾が起こらぬよう、万全の対策を怠らぬ。
 そうして第一陣をすべて落とし終えたのち、氷鳥は今一度飛び立とうとする。
「ジャマダ、ジャマダジャマダジャマダ!」
 ゆっくりと翼を動かし、宙に浮き始める。まだケヴィンによって撃ち抜かれた左翼の動きは、ぎこちない。
「待って……!」
 千獣が手を伸ばすが、それよりも早く氷鳥は加速する。まっすぐに王都の方へと向かって。
 慌ててケヴィンが弓で氷鳥で射貫こうとするが、それよりも早く氷鳥が飛ぶ。
「……最終ラインだ」
 ぽつり、とアレスディアが呟く。あっという間に、氷鳥は最終ラインへと到達する。
「だめ……!」
 千獣が走って氷鳥を追いかける。それと同時にサクリファイスは空へと飛びあがり、氷鳥の進行方向を塞ぐ。
「これ以上は、行かせられない」
 サクリファイスの言葉を皮切りに、全員が戦闘準備に入る。そうしてキングが一言「すまん」とだけ言い、構える。
「……ソンナニ、ダイジカ」
 王都を守るように氷鳥へと武器を構える五人に、氷鳥はぴたりと動きを止める。
「大事だ。罪なき人々を傷つけることは、あなたの心にも傷がつく」
 アレスディアが剣を構えたまま、答える。
「王都に何かがあり、そこにあなたの心を解かすものがあるというわけでもないのだろう?」
 キングが銃を構えたまま、答える。
「守りたいもんが、たくさんあるからな」
 ジェイドックも銃を構えたまま、答える。
「無関係の人々を手にかけてしまったら、取り返しがつかない」
 サクリファイスは未だ宙に浮いたまま、答える。両手と翼を広げ、王都を守るように。
「……大事、かな」
 ぽつり、と呟く様にケヴィンは言う。弓矢で氷鳥を狙ったまま。
「……このまま、みんな、凍り、つかせても……あなたの、心が、暖かく、なる、ことは、ないよ……?」
 千獣が近付き、じっと氷鳥を見つめながら言う。
 氷鳥は六人を見渡す。一人一人が考えている思いは違えど、目的は一つだ。
 王都を、人々を、そして氷鳥を傷つけたくない。
 氷鳥はそれらを確認するように一つ羽ばたき、ゆっくりと地上へと降りる。
「リカイシタ。オマエタチガ、マモルモノガアル、ト」
 氷鳥に、戦う意思は見られない。対話を無視する様子もない。ただ、静かに六人を見ている。
 サクリファイスは氷鳥の様子を見て、地上に降り立つ。それと同時に、武装していた者たちもゆるりと構えをといていった。
 氷鳥は語る。
 過去に、友と言ってくれた人間が困窮し、氷鳥を珍しい鳥と言って見世物にしたことを。それによって富を得、かつての友ではなくなったことを。
「ソレデモ、シンジテイタ。シンジテイタカラコソ……トモニイタ」
 氷鳥はかつての友を信じた。いつしか元の友に戻り、再び笑いあって過ごす日々を。
 しかし、いつまで経っても友は氷鳥を見世物にし続けた。金を無限に欲しがり、氷鳥が見世物として珍しくなくなってくると、罵倒し始めた。そうして、氷鳥に手をかけた。
「羽を売ればいいじゃないか」と何度も何度も言いながら。
「ニンゲンハ、シンジラレヌ。ワレヲトモトイイ、ダイジダトイッタクチデ、カネガダイジダトイイハナツ」
 氷鳥には分からなくなった。人間は大事なものを移ろわせた。一番大事な友だと、氷鳥に伝えた。生きているだけで、友でいてくれるだけでいいと言っていた。傍にいてくれるだけでいい、と。
 それなのに、困窮し「一度だけだから」と申し訳なさそうに見世物にした。金を得ると、もう一度もう一度、と繰り返した。一度だけ、という約束は違えられた。
 そうして最後は羽だけを求めてきた。一番大事な友は、氷鳥ではなく、金へと変わってしまったのだ。
「シカシ、オマエタチハ、ダイジナモノヲカエナカッタ」
 氷鳥はそう言い、エディオンを見る。エディオンはにこやかに頷く。氷鳥から、禍々しさが消えている。もう、鎮める必要はないだろう。
「では、よろしいですか?」
 エディオンの問いに、氷鳥は一つ鳴いた。
 怒りも、悲しみも、苦しみも。ネガティブな感情は何も入ってはいない。
 純粋に自らの存在を示すだけの一声のようであった。


▲結

 千獣は、青い石を受け取った。
「……信じる、よ」
 ぎゅっと掌で握りしめ、呟く。氷鳥は納得して鎮められた。今はきっと、穏やかな心で笑っている。人間の中には、信じられる物だっているのだと知ることができただろうから。
 エディオンが笑っていたから、きっともう大丈夫だ。


 アレスディアは、石を受け取ることは無かった。
「報酬を目的にはしていなかったからな」
 あっけらかんと言うアレスディアに、エディオンはにこやかに頷いた。
 エスコオドに、気軽に紅茶でも飲みに来てくださいね、と伝えながら。


 キングは、黄の石を受け取った。
「さて、何があるやら」
 そう呟き露店を覗くと、愛用する紙巻が特価で売られているのに気づいた。ヘビースモーカーであるキングにとっては、いくらあっても良いものであるそれは、即座に買われるのであった。


 ケヴィンは、黄の石を受け取った。
 美味い酒にありつけそうだ、と石を見つめながら思う。ぴん、と親指で宙へとはじくと、酒場近くまで飛んで行ってしまった。石を拾い上げていると、ひょい、と店主が顔を出す。
「ケヴィンじゃねーか。珍しい酒が手に入ったんだ、呑んでくか?」
 馴染みの店主からの誘いに、断らぬわけはなかった。


 ジェイドックは、黄の石を受け取った。
「……何か、温かいものでも食うか」
 呟き、露店を見ながら歩く。すると「本日5食限定、超絶豪華鍋」という看板を見つけた。慌てて駆け込むと、店員が「残り一食でしたよ!」と笑顔で答えてくれた。
 やってきた鍋は、心も体も財布も満足させるのだった。


 サクリファイスは、赤の石を受け取った。
 赤い石は持っているだけで、心が熱くなった。しかし、それは狂気のそれとは違う。荒々しい炎の熱ではなく、静かにそっと背を押すような優しい炎だ。
「勇気の炎、か」
 小さく呟き、笑む。きっとこの炎は、消えないだろう。


 エディオンが店の準備を終えるころ、空にいくつもの花火が上がった。咲いては散る火花たちは、王都からの歓声を一身に受け、美しく咲き誇ってゆく。
「この熱気の中でも、心は静かにいられますね」
 そう言うと、陳列された屋台の端に群青色の石を置いた。
 大事なものを見失うことのない「鎮守の石」として置かれたそれは、花火の光に照らされつつ、その身の青をより一層光らせるのであった。


<エルザードの永遠を感じさせ・了>

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【2470/サクリファイス/女/22(22)/狂騎士】
【2872/キング=オセロット/女/23(23)/コマンドー】
【2919/アレスディア・ヴォルフリート/女//18(18)/ルーンアームナイト】
【2948/ジェイドック・ハーヴェイ/男/25(25)/賞金稼ぎ】
【3087/千獣/女/17(999)/異界職(獣使い)】
【3425/ケヴィン・フォレスト/男/23(21)/賞金稼ぎ】

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         ライター通信          
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 お待たせしました、こんにちは。霜月玲守です。この度は「氷鳥の石」にご参加いただきまして、ありがとうございます。いかがでしたでしょうか。
 ソーン終了ということで、久しぶりにゲームノベルの窓を開けてみました。気付けば定員でシナリオを動かすことができ、本当に嬉しかったです。
 これで、私が書くソーンでのゲームノベルは終了となります。寂しさはありますが、これでソーンの世界が終わるわけではなく、様々な物語を「描かないだけ」と思っております。
 またいつしか、皆様とともに物語を描くことができたら、と願っています。

 少しでも気に入っていただけると嬉しいです。ご意見・ご感想、心よりお待ちしております。
 それでは、またいつかお会いすることができるその時まで。