<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


風の終わりと風の始まり


 乗合馬車の中は、明るい笑顔であふれていた。パカパカという馬の足音に交じり、楽しそうな笑い声と会話で満ちている。
「風も、楽しそうだ」
 シノン・ルースティーンは、馬車の小窓から入る風に笑みをこぼす。さらさらと長い髪が揺れ、心地よい。
「ああ、楽しみ! 色々な屋台も出るんだろうなぁ」
 隣に座っている少女が、にこにこしながら母親に話す。
「そうね。王様と王女様の、素敵な計らいよね」
 楽しそうな親子の会話に、シノンは「あの」と話しかける。
「お祭りがあるんですか?」
「ええ。もうすぐ王様と王女様の計らいによる、エルザード祭が行われるんですよ」
「いろんな屋台に、出し物があるんですって!」
「そうなんだ」
 エルザードに帰るタイミングで、お祭りがあるとは。
 シノンは良いタイミングだ、と笑う。ベルファ通りはずれのスラム街にある孤児院も、何かしら屋台を出すのだろうか。もしそうならば、お手伝いができるかもしれない。
 はたまた、屋台を出さなくても子ども達は祭りをしっかりと楽しむことになるだろう。上の年齢の子ども達が下の子たちを見るだろうが、自分がいればみんなが楽しむことができるだろう。
「みんな、大きくなってるんだろうな」
 手紙は出していたが、手紙をもらってはいない。旅をして回っているため、手紙を受け取ることができなかったのだ。そのため、シノンは今、孤児院がどのような状況なのかが分からない。暮らしていた子ども達のことも、もしかしたら増えたかもしれない子ども達のことも、そこを管理しているスラッシュのことも。
(ああ、そっか。兄貴からも連絡が取れないから)
 シノンは兄貴分であるスラッシュのことを思い返す。旅へと行って来い、と背中を押してくれたスラッシュのことを忘れたことなどない。
 思い出されるスラッシュは、いつも笑顔だ。
(相変わらずなんだろうな)
 シノンは小さく笑う。孤児院で過ごす時間は、あっという間だ。自分が過ごしてきたのだから、間違いない。季節の移り変わりを感じながら、いつものように過ごす。少しずつ成長していく子ども達と、変わらない場所である孤児院。
「あたしは、ちょっとだけ変わったけどね」
 シノンは悪戯っぽく笑う。もうすぐ、エルザードに到着する。


 エルザードに到着し、シノンは乗合馬車から降りる。乗り合わせた人たちに手を振って別れながら。
「さて、と」
 シノンの目に入ってきたのは、祭に向けて盛り上がる王都だった。
 色とりどりの看板に、さまざまな屋台、あふれる人々、あちこちで沸き起こる笑い声。
「あたし、帰ってきたんだ」
 シノンは改めて呟く。エルザードを後にしたのは、数年前だ。所々は前と変わっているところはあるが、基本的には変わっていない。雰囲気や空気は、シノンが出発したそのままだ。
 シノンは自然とほころぶ口元そのままに、歩き出す。迷うことは何もない。何度も何度も通った道を、間違えることは無い。
 ベルファ通りに入る。もう少し行けば、スラム街の入り口が現れる。
 薄汚れた古い建物が立ち並び、小さな工房や商店がひしめき合うように存在する、小さなスラム街。その中に、目指すべき孤児院はある。
 久々の場所を見ながら歩くうちに、緊張が高まる。胸がくすぐったい気がする。
「……あれ?」
 ベルファ通りの外れに足を踏み入れた瞬間、シノンは立ち尽くす。
 思った場所と、違っていた。頭の中で思い描いていた街並みと、異なっている。
「あれ、ここ、そうだよね?」
 数年ぶりだから道を間違えたか、と思いつつ、あたりを確認する。
 間違ってはいない。
 間違えるはずはない。
「おかしい、な」
 シノンは再びベルファ通りに出て、もう一度確認する。通りなれた道を間違えるはずはないし、忘れているはずもない。
 それなのに、シノンの目の前に広がるのは懐かしいスラムの街並みではなく、見たこともない綺麗な街並みだった。
 スラム街の入り口から、すでに変わっていた。道は舗装され、明るく清潔だ。立ち並ぶ建物も、小さな工房や商店はなく、きちんとした壁と扉で作られた店や家が立ち並んでいる。
「おや、どうしたんだい?」
 立ち尽くすシノンに気付いた近くの住民が、声をかけてきた。見覚えのない初老の男性だ。
「あの……ここに、スラム街があったと、思うんですけれど」
「おや、よく知っているね。昔、ここに来たことが?」
「あ、はい」
「そうかそうか。わしもここに数年前に移り住んだんだけどね。その時はスラム街がまだあったっけなぁ」
「いつ、なくなったんですか?」
「一年前だったかな? スラム街を取り壊して、綺麗に整備することになったんだよ」
(取り壊して)
 その言葉に、シノンはずきんと胸を痛める。笑顔で自分を送り出してくれたスラム街の住民たちは、どこに行ったのだろうか? 取り壊しての整備ならば、どこかに居住の場を移してしまったのかもしれない。
「あ、あの!」
 はっとして、シノンは思わず大声を出す。男性は「ん?」と言いながら、小首をかしげる。
「孤児院は、個人はどうなったか知りませんか?」
「孤児院?」
「スラム街にあった、孤児院です」
 シノンの言葉に、ああ、と男性は頷く。
「それなら、整備された後、建て直されたよ」
 男性はそう言って、シノンに孤児院の場所を教える。それは、前と全く同じ場所だ。
 シノンはお礼を言ってから、教えてもらった場所へと歩き出す。どくどくと、心臓の音が煩い。
 孤児院に帰ることを、楽しみにしていた。子ども達の成長を思い、ちょっぴり緊張もしていた。だけど、今はそれらの楽しみも緊張もすべて吹き飛んでしまっていた。
 あるのは、焦りと不安だ。
「みんな」
 ぽつり、と呟く。脳裏に浮かぶのは、旅立つシノンに手を振ってくれた人々姿だ。
 孤児院で一緒に過ごしてきた子ども達、スラム街にあっても優しい住人達、自分が戻るまで子ども達と個人を守ると約束して送り出してくれたスラッシュ。
 当分帰れないと知ったスラム街の人たちは、思い思いに「いってらっしゃい」と手を振ってくれた。道中で食べなさい、とお菓子やお弁当を手渡してくれたりもした。
 誰もが笑顔でシノンの門出を祝福してくれたというのに。
 シノンは唇をきゅっと結ぶ。
 手紙を出すばかりで、受け取れなかったことへの後悔を覚え始めた。自分の近況を伝えるだけではなく、スラム街の近況を教えてもらってさえいたら。
「あ……ここ、か」
 以前と同じ場所に立ち、シノンは呆然とする。立派な門構えの向こうに見える建物は、真新しく立派だ。
「あれ?」
 じっと建物を見上げながら、シノンは気づく。どこか懐かしいのだ。初めて見るはずの建物なのに、今までずっと住んでいたような既視感を覚える。
(懐かしい)
 よく見れば、孤児院の面影を残している。壁も屋根も真新しいのだが、全体的な雰囲気がかつてシノンが管理していた孤児院を思わせる。
「あれ、シノンじゃない?」
 不意に声をかけられ、シノンは振り返る。そこには、どこかで見覚えのある青年が立っていた。
「あ、ええと」
「あれ、俺の事忘れたの?」
 苦笑交じりにいう青年は、確かに見覚えがある。しばらくシノンは記憶の糸をたどり、ようやく気づく。
 かつて、孤児院を巣立った子供の一人だ。
「大きく、なったね」
 しみじみとシノンがいうと、青年は「やっとか」と言ってにっこりと笑った。
 それは確かに、巣立っていった子供の表情であった。


<久しぶりの再会に戸惑いつつ・終>