<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


エルザード祭り〜大きな木の下で、語る〜

『うららかな青空の下、王女はペティ、ルディと共に天使の広場をカラフルなリボンや旗、風船などで飾り付けていた。
 装飾用の道具担当のシェリルがテキパキと指示を出し、周囲の微妙な空気に気づかないままレーヴェは聖獣王と王女から頼まれた高所の飾り付けを粛々とこなしている。
 広場の一番外回りには、エスメラルダの監修の屋台がいくつもおいしそうな匂いをさせる。
 カレンのハープの音に吟遊詩人達も調律を始め、普段見かけないディアナの姿までもある。
 今日が特別なのだ。だが何が起こるのか。
 飾り付けの終わった広場に聖獣王の姿が見え、場が静まり返る。
 舞台上から王の声が響く。
「聖獣王の名の元に、今日を国民の祝祭日とする。皆の者、今日は無礼講である。存分に楽しむが良い」

 それは王と王女のサプライズ。
 今、天使の広場を中心に、エルザード祭が幕を開けた。』


 エスメラルダ監修の屋台はエスメラルダが関わっているおかげか、どこも良心的な価格で良質な料理が提供されていた。
 フガクは、義弟と友人と一緒にこのエルザード祭りに参加していた。
 三人で三店舗の屋台に並んで合流してから一緒に食べるはずが、義弟も友人も、この祭りの人混みのせいで見つからない。
 一応、持ち帰り用の容器に入れてもらい、袋に入れているが【やきそば】という料理は温かいうちに食べるほうが美味しい、と屋台の鉄板でやきそばを焼いていたオヤジがそう言っていた。
 しかし、二人は見つからない。袋から漂ってくる美味しそうなやきそばの香りを吸い込む度に、二人より先に食べてしまおうかと思うが、我慢だ。
 天使の広場から移動し、アルマ通りを探してみることにした。ここにはよく三人で行った白山羊亭がある。
 中を覗いてみると、今日はエルザード祭りのせいか、ルディアは両手にトレーを持ち、酒や料理を次々と運んでいた。ルディアのオレンジの三つ編みが踊るように跳ねており、とても忙しそうだった。
――二人はいなさそうである。
 白山羊亭から出たフガクは、ふと、白山羊亭の隣に佇む一本の大きな木に気がついて、寄りかかって休むことにした。先客は誰もいない。
 幹は冷たく、青々とした葉や枝は影を生み、涼しい風が吹き、フガクの大柄な体でも休める場になっていた。風で梢が揺れて鳴る音や、空の青さを見ていると、だんだんフガクの目は細くなっていった。
 自分が二人を探しているように、きっと今頃二人も自分を探しているだろう。そんな二人の姿を思い浮かべていると、
「あのさ、俺、この世界に来てホントに良かったと思ってるんだ」
 フガクは大木に話しかけていた。


□■□


 フガクが居た世界は、世の中が乱れ、血や涙を流しながら生きていかなければならない戦乱の世だった。
 同族たる【戦飼族】の解放と復讐のために、憎しみや恨みの感情を抱いて、ケルベロスの守護を受け、この世界に来た。
 戦飼族として戦うために生を受け、冒険者として世界中を渡り歩きながら生きてきたフガクにとって、別世界に来たところで当初の目的を見失うことはなかった。
 偶然、義弟と再会し、全ての憎しみの許であった【魔瞳族】の一員である男と出逢ったとき、フガクの心に憎しみと恨みの思いが滾ったが、紆余曲折を経て和解し、大事な友人となることができた。
 元の世界にいたままでは、絶対に有り得なかった出来事がもう一つ起こった。
 フガクはエルザードで勉学に励み、知識を身につけていくことができたのだ。
 友人の協力と、エルザードにある蔵書の数々はフガクに勉学の楽しさを教え、様々な知識を身につけるには十分すぎるほど良い環境であった。
 身につけた知識もまた、「中つ国」世界に戻ったときに役に立つだろう。
 夢と幻想の世界、ソーン。その世界や来訪者は36の聖獣に守られている。そして、その聖獣は外の世界に通じる門も守っている。このエルザード祭りが終わり次第、希望者はその門を通って、外の世界に行けるらしい。
 フガクはその門を通り、義弟と友人と一緒に故郷の「中つ国」世界に戻り、今も苦しんでいる同族を救いに行くつもりだ。
 フガクの心には、この世界に来たときのような憎しみや恨みの感情は無くなった。
 これもあの二人のおかげである。
 エルザードでの日々はフガクにとって、素晴らしい日々だった。
「ハハハハ!」
 この世界に来てからの出来事を思い出していると、思わず笑いが込み上げてきた。
 フガクの大柄の体格から出る大きな笑い声は、人にとっては迷惑かもしれないが、その笑顔と声は本当に幸せそうだった。
「あっ! 兄上いた!」
「フガク!」
 小柄な義弟と青い服装が特徴的な友人が、フガクに向かって笑顔で手招きしていた。
 大きな笑い声でフガクを見つけることができたようだった。
「おっと、戻らなきゃ。ありがとう、また逢おうな」
 大木に笑いかけて、フガクは二人のところへ去って行った。
「【たこ焼き】と……【焼き鳥】か! こりゃあ、美味そうだ!」
 三人の人影が遠ざかって行っても、フガクの笑い声だけは大木のところまで響いていた。

 大地に根をはり、数十年。大木は様々な人々の姿をただじっと見つめてきた。
 この先の彼に、幸多きことを願う―――。