<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【エルザード祭】この素晴らしき世界へ







 天使の広場に構えられた、ちょっと不思議な露天の前にサクリファイスは立っていた。
 その向こう側には、小さな少年とそれに付き添う青年も見える。
「それで、なんだけど、お守りのようなアイテムは作れるのかな? ライム」
「んーちょっと待ってね」
 露天に無造作に詰まれた何かしらの材料のようなものをさらりと見回して、ライムは振り返り、にっこりと笑う。
「大丈夫!」
「良かった……!」
「作っておくから、また後で着てね!」
「ありがとう」
 後ろから、任せといて! という明るい声に見送られながら、サクリファイスは軽く手を振って露天を後にする。
 これでソールに渡す贈り物の手はずはすんだ。後は、戻ってきた時に彼に気付かれないように品物を受け取るだけ。
 サクリファイスはぎゅっと腕輪とバレッタを握り締める。
 両方とも彼から貰った贈り物だ。贈るはずが結局貰ってしまった前回の鉄は踏むまいと、サクリファイスはその2つをポケットに仕舞ってあおぞら荘へと足を運んだ。
 あおぞら荘もあおぞら荘で、中は騒然としており、バタバタとルツーセが走り回っている。
 どうやらここも祭りの準備で忙しそうだ。
「あ、サクリファイスさん、こんにちは!」
 そんな中でもサクリファイスに気がついたルツーセは、足を止めて声をかける。
「大変そうだな。何か手伝おうか?」
「いいよ、気にしないで! サクリファイスさんは別の用事で着たんでしょ?」
「それはそうなんだけど……」
 こうも忙しなくしている様を見てしまうと、つい手を貸したくなってしまうのだ。
「皆には内緒でいろいろ準備してたら、結局当日までかかっちゃっただけだから!」
 と、再度念を押されてしまって、サクリファイスは手を引っ込める。
「ルツーセ、忙しいのは分かってるんだが、少しお願いがあるんだ」
「なぁに?」
 あおぞら荘で、今日の祭りを楽しむために、普段とは違った服装を貸し出しするという話は聞いていた。だから、その服装のコーディネートをルツーセにお願いしたいと思っていたのだ。
 その旨を告げれば、ルツーセは嬉しそうににっこりと微笑んだ。







 いつもの服装をルツーセに預けたサクリファイスは、軽い足取りで廊下を進み、ソールの部屋の扉を叩いた。
 いつものように、中から声をかけてくれると思っていたものだから、呼び声がする変わりに扉が開き、ソールが部屋から出てきた事に内心驚く。
「今日、祭りなんだろう?」
 彼もお祭りという事は知っていたようで、その言葉にサクリファイスは微笑んで頷く。
「格好……」
「ソールが今、お祭りだって言ったじゃない。だから、いつもと違う服にしてみたんだけど、どうかな?」
 ルツーセに選んでもらった服装は、デコルテが広く開いたハイウェストのシフォン素材のワンピース。動くたびに軽い布がふわりとなびき、心なしかいい匂いがする。サイドに落ちた髪を耳にかけるように上げた手には腕輪が、髪も軽くゆるい編みこみをバレッタで留めたりと、着飾った格好だけを見れば正にお嬢様風。
「似合ってると、思う」
「そうだ! ソールも違う服装になってみたら?」
 その提案をしたとたん、ソールの眉間に少しだけしわが寄ったような気がしたのはきっと気のせいじゃない。案の定、「俺はいい」という断りの言葉を小さく呟いた事に、サクリファイスはただ肩をすくめるようにふっと笑ってしまった。
 結局、楽しめさえするならば、服装なんてそのフレーバー程度でしかないのだ。違う服装のソールも見てみたかったが、無理に強要するものではないな。と、サクリファイスは苦い顔のままのソールの手をとって、祭りに繰り出した。
 聖獣王の演説に沸きあがる天使の広場には、人も物もごった返している。
 サクリファイスはあおぞら荘へ向かう前にライムに頼んでおいたお守りを受け取るために、挨拶を口実に魔法グッズ露天へと足を向ける。あおぞら荘のオーナーであるルミナスに挨拶をすると言うのならば、贈り物の存在を怪しまれる事もないだろう。
 それにしたって、ソールは何故こうも“物”として残る贈り物を受け取ってくれないのかと、不思議に思ってしまうが、そういえば今まで、与えられたものは尽く奪われてきた。だから、食べ物と違って何時までも残る物を受け取る事が怖いのだ。
 しかし、今度こそは受け取ってもらおうと心に決めて、ライムに一声かける。
「できてるよー!」
 それは、子供の指にはめるような指輪ぐらいの大きさをした輪が幾つか鎖で繋がれたネックレス。一般的に想像するようなお守りとは見た目が少々離れすぎて、思わず目を瞬かせる。
「お守り、なんでしょ?」
 そんなサクリファイスの思いを読み取ったのか、ライムが小首を傾げる。
「え、ああ、そうなんだけど、アクセサリーみたいだなと思って」
「ずっと着けてるなら、その方がいいよ」
「確かにそうだな」
 効果は、命の危機に直面するような事故に遭遇した際、輪が肩代わりするというもの。
 小さいながらも想像以上の効果に、思わず感嘆の息が漏れる。勿論、お守りとしての効果としても申し分ない。
「それでいい?」
「いいもなにも、充分すぎるよ。ありがとう。そうだ、代金の事だけど――」
「お金は要らないよ。大丈夫!」
「え?」
 驚きに再度目を瞬かせてきょとんとしていると、ライムは軽くくるくると動かした指先に呼応するように、守りのネックレスが中に浮かび上がり自然とラッピングされていく。
 シックなリボンで止められたすらっとした箱が、サクリファイスの手に降りてくる。
 ぎゅっとその箱をそっと抱きしめてから鞄の中に仕舞う。そして、再度ライムに礼を述べると、サクリファイスはソールの元へと戻った。







「お待たせ」
 キョロキョロと辺りを見回していたソールは、戻ってきたサクリファイスに対して、予想外に無表情のままだった。
「それほど、待ってない」
 その表情の変化の無さに、サクリファイスは思わず笑う。
「これからも世話になるんだし、挨拶はしっかりとしないと」
 何て、尤もらしく言ってみて、チラリとソールを見れば、複雑そうな顔でサクリファイスの顔色を伺っていた。
 こんな風に分かりやすいほどの顔色の変化も、出会った頃から考えれば愛おしく感じる。
「何処か見てみたいところはある?」
「特には……」
「なら、適当に回ってみようか」
 その提案にソールは頷く。きっと彼は、自分からここへ行きたいとは余り言わないだろう。だからこそ、サクリファイスはソールの視線の先を見ながら行き先を提案する事にした。
 いろいろな露天を見て、美味しそうなものを買って、噴水の端で一息つく。
 ふと見上げた空では、微かに星が煌き、日の入りと夜空の綺麗なグラデーションを描いている。
「いろんなことがあったけど、ソーンはいいところだな」
 例え喧騒であったとしても、今日のように楽しそうな喧騒であれば、それは心が温かくなるというもの。
「平和なことばかりじゃないけど、人々が活き活きと日々を生きて。この世界に墜とされたこと、感謝しなきゃいけないかな」
「そういえば、前にも墜ちるとか、墜ちたとか言っていたな」
「え? ああ、ちゃんと話した事、無かったっけ?」
 サクリファイスは思い返してみるが、確かに自身の出自を詳しくはちゃんと話していなかったような気がする。
 元は戦乙女だったこと、神を疑い天から墜ち、黒い翼となったこと――そして、徐々にではあるが、狂気に苛まれていること。
「サクリファイスにもいろいろな事があったんだな……それなのに俺は――…」
 シュンと肩を落としてしまったソールに、サクリファイスは慌てて言葉を募らせる。
「そんな気落ちしないでくれ! 私は今のこの生活に満足しているんだ」
「それは、知ってる」
 いろいろな場面で、欠片のようにサクリファイス自身の過去に触れてきたが、こうして全てを面と向かって話したのは、きっと初めてだ。
「サクリファイスは、楽しそうだ。一緒に居ると、楽しい……」
 ふっと笑ったソールに釣られるように、サクリファイスも微笑み、鞄に入れておいた箱をそっと取り出す。
「だからこそ、これからも、こんな日々を、アルクウィウスと一緒に生きたいな」
 本当の名を呼ぶと共に、ソールの――いや、アルクウィウスの手に、お守りが入った箱を握らせて、その顔を見上げる。
「これ……」
「この前は返ってきてしまったか、先に用意させてもらった」
「いや、それに、名前」
「二人だけの名前、なんだろ?」
 サクリファイスは素直な気持ちで微笑む。彼は、この名が二人だけの秘密のようだと言った。ならば、二人の時はこの名を呼ぼう。自分がそうしたいのだという思いを込めて。
「……これだけでいいから、受け取ってくれないか?」
 そのサクリファイスの真剣な面持ちに、アルクウィウスは一度箱に視線を落とし、再度彼女に視線を向けるように顔を上げる。
「ありがとう」
 その言葉と同時に、サクリファイスに向けられた笑顔は、とても穏やかで、少し照れたような色を灯していた。






















fin.










☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2470】
サクリファイス(22歳・女性)
狂騎士


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 エルザード祭にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 今まで二人で会話している事は多々ありましたが、実はサクリファイス様のことをソールって全然聞いてこなかったな、と思いまして、最後の最後に入れる形になってしまい、かなり今更かよって感じになってしまいました。ソール自身もそういうのあえて聞く性質ではないので、仕方がなかったのかもしれませんが、これで双方ある程度知らない事はなくなったような気がするので、このまま穏やかに日々を過ごして行くんだろうなぁと思っております!
 それでは今までありがとうございました!
 またどこかで、お会いできたら幸せです。