<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


旅立つ前の、忘れ物 〜 エヴァーリーン

 …何処まで腐れ縁なのかしら、と思う。

 店の時間に合わせる形で、武装の整備をしがてら街に出て。その帰り道。示し合わせた訳でも無いのに、何となく鉢合わせする見慣れた姿。私と大して変わらない――変わらないのよ――背丈の、金髪赤目の戦馬鹿。

 ジュドー・リュヴァイン。

 珍しく何か考え事をしているようで、こいつでも何か闘い以外で頭を使う事があるのかと少々意外に思う。無い頭で何を考えているんだか――そう思い、軽く呆れつつその貌を眺めていたら。
 ジュドーは、何やら一人合点するように小さく頷いて。

「旅に出ようと思う」

 そんな唐突な一言をかましてのけた。
 唐突だったが、特に驚きは無い。…ああそう、と思った程度の事。好きにすればいい。元々、闘う事にしか興味の無い馬鹿。一つの街に腰を落ち着ける事など無いだろうから。…いつかそんな事を言い出す時が来るだろうと思っていた。それが今だっただけ。…むしろここエルザードにこれまでこいつが留まっていた事自体の方が、不思議なくらい長過ぎたんじゃないかとさえ私には思える。
 と、なると。

「だからその前に、闘ろう」

 …やっぱりな、と思う。当たり前のようにジュドーの口から次に出た言葉もまた、予想通り。やっぱりこいつは闘う事しか頭に無い。わかってはいるのだが、思い知らされる度に何度でも溜息は出る。
 が、ここでジュドーに否と答えを返す気は全く無い。…一文にもならない話。それを突っ撥ねないなんておかしいとは自分でも思っているけれど、殊、ジュドーを相手に回した場合、その辺はどうも二の次になってしまうのがいつもの事。一度も真剣勝負で勝ってないからか、とふと思う。ならまぁ、それなりの納得も行くか。…黙って勝ち逃げをさせるつもりなど更々無い。

 望むところだ。



 闘いに使う場所はと訊いたら、何処でもいいと完全に無警戒な呆れた答えが返って来た。ので、ここぞとばかりにこちらの都合でよりよい舞台を――闘う為の場所を探す事にする。まぁ、そうは言っても然程念入りに設定出来るものでも無いが…ある程度はこちらに有利な場所で闘いたいと思うのは当たり前。剣一筋の体力馬鹿とは違い、こちらは数多の手数こそが一番の武器だ。使えるものは何でも使う――それは勿論、闘いの舞台も使う。地形を利用するのは闘いの基本。そんな事はジュドーもわかっている筈だと思うのだが、それで私に丸投げと来るとは。舐められたとみるべきか譲歩と見るべきか――いや、何も考えて無いんだろう、きっと。
 色々先回りして自分らしく考え過ぎてから、ジュドーが考えそうな答えに漸く辿り着く。単純明快過ぎるその答えに辿り着く度、溜息が出る。…埒も無い。候補の場所を幾つか頭の中に思い浮かべる。内、私がやり易くて、ジュドーがやり難いだろう場所と言うのが最低条件。然程遠くない場所で、いいところは無いか――ふと、意外と近場に緑深い渓谷があった事を思い出した。あそこならちょうどいいかもしれない。木が多く、開けた場所が少ないから刀を振り回すには向かない。あちこち細かく高低差があるから足場も良くない。反面、私にしてみれば――隠れる場所も隠せる場所も多い。奇襲もし易い。立体的に動き易いとかなり好条件が揃っている。よし、と思う。

 ひとまず、場所はここでいい。
 卑怯卑劣に小手先上等。手段は問わない。それが、私の全力だ。



 当の渓谷に辿り着き。
 ここかと問われて、私は肯定。と、また何か軽く考え込み――程無く腑に落ちたような貌をしたかと思うと、ジュドーはさくさくと歩いて行く――私から、間合いを取って対峙する。
 おもむろに膝を撓めて腰を落とし、刀の鞘の鯉口に手を添え、柄に手を掛けて。
 そうするジュドーを黙って見ている訳も無く、私も闘う準備に入る。…まずは居合いで来る気かも知れない。そんな姿勢でいるなと感じつつ、得手とする鋼糸を口に銜えて引き出す――敢えて、ジュドーの前でそうして見せる。本来ならこんなこれ見よがしに得物を晒すのはあまり良くない。見せない方が攻撃を読まれ難いのは当たり前。読むのはこちら。相手には読ませない――本来ならばそれが定石。
 が、今はこうするべきと思ってしまった。…ジュドーの貌を、目を見たら。纏う気配を見たら。ちりちりとその身から燻るように立ち上る研ぎ澄まされた闘気を見たら。

 私も応えてやりたくなってしまった…のかもしれない。
 らしくないかもしれないが、私は今は、それでいい。

 相手をじっくり観察するのは悪い事じゃない。それでの考察は当たり前――そこから流れを組み立てて動くのが私のやり方。…ではあるのだが、これまでジュドー相手にそれを続けて、今までそれで負けて来た。
 予め考え過ぎたら、また、負ける。

 だから、理性はそこそこに。
 その時々の直感を。勘を信じて動こうと。
 心に決めて、動き出す。

 いざ尋常にの号令も何も無いままで。
 最早互いに阿吽の呼吸。
 背を預け合うのと何も変わりはしない。
 仕掛けるのもまた、互いで同時。
 打てば響くようなその反応に――これから始まる闘いへの期待に、心が昂ぶる――なんて、私に限って有り得ない。

 …有り得ないのよ、そんな事。



 子供か。と軽く呆れた。
 居合いで来る気かと見たのは当たり。地を蹴り一気に私の懐にまで飛び込んで来たかと思うと、爆発するような勢いで闘気を纏い、一気に蒼刃での抜き打ちを仕掛けて来る。予測していなければ到底避けられない速度と勢いの剣撃。勿論予測していたから避けられたけれど、それでもぎりぎり。…それをしておきながら、心底嬉しそうに、ははっ、と笑われた時には少々心がざわついた――かちんと来たのだろう。多分。
 避けて下がった後の事、緑の中に潜みつつ、どうしてやろうか、と『料理』の仕方を考える――刹那の間に脳裏に閃いた方法の幾つか、内一つを実行に移す。そこらに生えている手頃な木の枝を撓らせて、鋼糸で引き絞るようにして纏め――対象を鞭のように打擲する簡単な罠を幾つか密かに作成。準備が整ったら発動させられるように――まぁ、鋼糸の拘束から解放するだけだが――設定し、自分は他の木の上、高所へと音も無く移動。ここまで数秒も掛かっていない。ジュドーは緑の中に消えた私の姿を捜しているのだろう様子を見せる――彼我の位置関係を確認してから、私は今作った罠を発動。撓らせていた木の枝が、鞭のように一時にジュドーを急襲する――ジュドーは当然のようにあっさり全て叩き斬る。
 …よし。思った時にはもう私自身の身体が動いている――移動していた木の上から跳躍しつつ、ジュドーを狙って鋼糸を撃ち放っている。木の鞭を片付ける為、刀を振るった直後の今の間に。ほんの僅かな間でも、確実にジュドーの意識から逸れる上方からの奇襲。
 それでジュドーの身を絡め取る――そう狙ったのだが、咄嗟にジュドーはこちらに刀を振り上げ己を守るような態勢を取っていた。それで、鋼糸はジュドーの身ではなく刀の方に絡み付く事になる。…失敗したか。思うがここで止められるものでもない。仕方無く、ジュドーの刀に絡めた鋼糸を強く引き絞りつつ着地する――これでは、ジュドーとの真っ向からの力比べになる。それでは駄目だと思いつつも迂闊に退ける状態じゃない。だから、握った鋼糸を強く引き絞る――鋼糸を絡めたジュドーの刀と強く引き合い、当たり前のように膠着する。ジュドーの目が爛々と輝いている。…本当に心底楽しそうな表情に、心がざわつく。多分、癪に障っているのだろう…と思っておく。
 ある程度その膠着状態に惹き付けられたと見てからすぐ、引き絞っていた鋼糸をあっさり離して横合いから強烈な回し蹴りを入れた。半ば無理矢理の、苦し紛れの…状況を仕切り直す為だけに放った取り敢えずの本命。相手の虚を衝いての、こちらも鞭のような攻撃の仕方――だが。これもまた殆ど反射の領域でブロックをされている。…これも駄目かと思わず舌打ちが出た。が、まぁこう来るわよねと頭の何処かで初めから諦めてもいる。
 この程度のやり方では、ジュドー相手じゃ全然足りない。

 …仕方無いわね。内心でぼやきつつ一足飛びに退いて間合いを取る――改めて組み立てる。そのつもりだったが、ジュドーが来る方が早かった。すぐに私に迫り、裂帛の気合いと共に蒼刃を何度も撃ち込んで来る――そこからは、頭で考えるより身体が動くのが先だった。この身に染み付いた経験と技術が、ジュドーの繰り出す蒼い闘気を纏った蒼刃をぎりぎりでいなし続けている――殆ど自動的に己を研ぎ澄まし、籠手の手甲部分と、握る事が出来ていた短剣を以って――凄まじい剣圧の一撃一撃を的確に受け止め、受け流している。
 どれもこれも力加減や受け止める力点を一つ間違えれば即座に終わりとわかる必殺の斬撃だが、この私は一つ間違うなどと言う真似は、しない。己の持つ最高の技量を出し続けなければならないひりつくようなやり取りが続く――それでもこのまま持久戦になっては、確実に負けるとも自覚している。…ならばどうする。勿論、更に研ぎ澄ます――この剣圧を受け流しつつも、他の一手を打てるくらいに。負けるつもりなど更々無い。私なりのやり方で、この強者に、勝つ。

 撃ち込まれながらも、受け流しながらも周辺の地形に意識を向け、ここと見た要所要所で密かに鋼糸を張り短剣を打って――さりげなく仕掛けを敷いておく。限界までいや限界以上に研ぎ澄まして、ジュドーの連撃に抗しながらもそう出来るだけの余裕を何とか作る。が、さすがに幾ら研ぎ澄まそうと簡単にはそうさせてはくれない――直接抗している、ジュドーの刀を受け流す手の方が間に合わなくなって来るのを自覚する。…なら、あと一つ。意地で最後に鋼糸と短剣の仕掛けを敷き終えたところで、それまで的確に剣撃を受け流す形でいた己の手の方は、次に一拍の間を作る為に少々無謀な攻撃へと移る――半ば力尽くで、敢えて力点をずらして――こちらの態勢も崩れるが、ジュドーの剣撃も弾き返せるだろうぎりぎりの加減の打撃を繰り出す事をする。
 が、当然そんな真似をすれば目の前の状況としては確実に撃ち負ける。勢いに押されるままに己が身が地に転がり跳ねて、全身に衝撃が来るのを感じる。そこにすかさずジュドーが躍り掛かって来、圧し掛かる勢いで私の喉首に蒼破の切っ先を突き付けて来るのも。…だが、これでいい。今は、確実にジリ貧になるとわかっている撃ち合いをほぼ無傷のまま収められればそれで私の思惑通りなのだから。
 ジュドーの目に、不意に我に返ったような理性の光が戻る。…要するに、今のは何も考えずただ無我の境地で刀を振るっていたと言う事なのだろう。全く。

「…私の勝ちだな」
「どうかしらね」

 状況が止まりさえすれば、形勢は入れ替わる。指一本を弾く事で、たった今意地で張り巡らせた仕掛けをここぞとばかりに発動した。ジュドーを狙い、鋼糸を敷き詰めた周囲のぐるりから放たれる無数の短剣。私の指先を見た時点でか、ジュドーもその事にすぐに気付く。…でも。わかっても遅い。もう、対処しなければ短剣がその身に刺さるだけ。即ち、私に感けている暇は無い――と、私の方ではぎりぎりでやり返せた事をほくそえんでいたのだけれど。
 なのに、己に向かって飛んでくる無数の短剣を見て、あろう事かジュドーはまた目を輝かせている。…明らかに喜んでいる。その事自体にまた呆れたが、そのくらい私がやる事を信じていた訳ね、とも思い、また心がざわつく。ジュドーは私から蒼破の切っ先を外して、襲い来る短剣を打ち払う方に専念――幾ら爆発的な闘気を纏っての強力な絶技を以ってでも、そうせざるを得ない。一撃目の波は一振りで一気に打ち払われる事は事前に想定済み。だから、設置した全部の短剣が同時に飛ぶようにはしていない。打ち払う方にすればちょうど鬱陶しい程度の、絶妙な時間差を付けての波状攻撃になるよう設定している。
 当然、これで決着が付くとは思っていない。が、少しでも削れれば御の字。思いながら私はジュドーから離れて次の一手を狙う。仕掛けた最後の短剣が飛ぶ――これにジュドーが対処した、直後。今度こそ、一気にジュドーの身を鋼糸で絡め取り動きを封じる。以前、力尽くで引き千切られた分、鋼糸の方も改良に改良を重ねて強化してはある――粘り強く、そして鋭く。…私自身の技量も合わせて、今度こそは、これで止められるかどうか。
 思いながら、実行。
 鋼糸に絡み取られたジュドーはそれでも動き掛けて――様子を見るようにして取り敢えず動きを止めた。…さぁ、これでどうかしら?

「形勢逆転ね」
「…まだまだ」
「降参した方がいいと思うけど」

 挑発は、しておく。

「そうは行くか」
「…なら、どうするの」
「こうするさ」

 言うが早いか、ジュドーは一度は止めた動きをまた再開。…何よ結局力尽く? と思うが、まぁ、あなたはそう来るわよねとも思う――じりじりと力が籠められているのを鋼糸越しに感じる――受けて私は更に鋼糸を引き絞る――こちらの腕の筋も細かく震える。そうしていて、ジュドーの露出している素肌の部分に血が飛沫いているのも見える――鋼糸が食い込んでいる。それでも気にせずまだジュドーは動こうとするのを止めない――むしろ拘束している方であるこちらが鋼糸に引っ張られる気すらする。腕が、動かせない。ジュドーの纏う闘気がゆらりと立ち上り、強くなっているのが見てわかる。
 …全く。こいつは。
 舌打ちをしたのは内心でだったか実際でだったか、仕方無く鋼糸の拘束を離したのと、爆発するみたいな勢いでジュドーが飛び出して来るのが同時。一気に迫られた分、私も一気に後退する。後退ざま、新たに鋼糸を繰り出してもおく。もう、腕の一本くらい軽く断つつもりの撃ち方で――当然のように蒼破で打ち払われた。瞬間、火花が散る。こうなるわよねとすぐに思う――打てば響くようなこのやり取りを、楽しく思ったのは絶対に気のせい。
 なら次は。今移動している先の地形。ざっと把握した時点で思い付いた事が一つ。…少し衝けば崩れそう。ジュドーの強烈な踏み込みなら、尚更。そう考えて、移動先を確定。そちらに誘い込む方針に変える。私は今すぐに可能な手数を以って、次々とジュドーに攻撃を重ねて、「後退しているような動き」で、移動する。短剣に指弾に鋼糸。こちらが繰り出したそれら全てを蒼破一振りで叩き伏せて真っ直ぐ迫って来るジュドー。…それでいい。もっとこっちに、追って来い。

「…本っ当に馬鹿力ね」
「今更だ――ッ」

 言い切る言葉を気合いに変えて、ジュドーの強力な一撃がまた来る――その、直前。…今。と私は上方へと一気に鋼糸を撃って飛ばしていた。狙ったのは、高所の木の枝。そのまま鋼糸にぶら下がり――下を見たら案の定ジュドーの姿が崩れ掛けた足場と共にやけに下方に行っていた――ついでに、足場の下、崖下の方も視界に入る――ちょっと? と思う。
 それは確かにこの崖ならジュドーの力で衝けば崩れそうとは思い、実際に崩す事を狙って誘い込みはした。が、ここまで険しい崖だとは思っていなかった。これは幾ら頑丈なジュドーでも落ちたらヤバいと今になって気が付き、軽く焦る。ジュドーは崩れていく足場を器用に蹴り、崖のまだ崩れていない部分にしがみつこうと試みている――試みているが、ほんの僅か届きそうにない。それを見た時にはもう、私は当たり前のように鋼糸を繰り出しつつ、健在な部分の崖に戻る事をしていた。ジュドーの腕を確りと絡め取り、捕まえる――ぎりぎりで、落ちるのを止められた。不思議そうな貌をしたジュドーが、私を見上げている。
 …何で不思議そうなのよ。

「…。…エヴァ?」
「…重いのよ、早く上って来なさい」
「…」

 何処か呆けた貌のまま、私を見上げて目を瞬かせるジュドー。
 だから。早く上って来なさいってば。



 その後のある日、朝早く。
 また、腐れ縁の戦馬鹿とばったり鉢合わせた。
 …何でこうなるのよとしみじみ思う。自分だけではなく、ジュドーの方でも明らかな旅支度を整えている。それは旅立つとは聞いていたけれど、何でまた、同じ日の同じ時間になるんだか。

「本当に最後まで腐れ縁みたいね」
「なんだ。エヴァも旅に出るのか」
「…ねぇジュドー。その質問何? 今の私の支度が見えていないって事は無いわよね? 見てわかる当たり前の事を訊かれて丁寧に答えてあげる程私がお人好しだと思ってる?」
「…いや、だから」

 相変わらず、ジュドーは口が回らない。
 まぁ、これはただの八つ当たりに近い難癖なのだけれど。

「…まぁいいわ。あなたの馬鹿に付き合わされるのもこれっきりだと思うと、お馬鹿な発言も少し名残惜しいかもしれないものね」
「そうなのか」

 何やら、見るからに驚いている――真に受けている。
 本当に凝りない。少しは疑う事を知らないのか、こいつ。

「冗談よ。決まってるでしょう」
「…だろうな」

 ほっとしたように肩を竦めるのがまた癪に障る。…もうこれ以上付き合っていられるか。思い、私は歩き出す――向かっていた方向が方向なので、ジュドーに近付く形にはなる。それで、すれ違う前にすぐ横で一旦足を止めた。
 一応、言ってはおく。

「じゃ、私はこっちに行くから」
「ああ。…また何処かで縁があったら、な」
「無いといいけど」
「最後までそんな憎まれ口か」
「性分なのよ」
「…私はまた、エヴァと闘いたい」
「…。…そうね、結局、有耶無耶で終わったようなものだものね」

 いつか何処かで、機会があれば。
 仕切り直すのも吝かじゃない。

「次は勝つ」
「それはこっちの科白」

 …この戦馬鹿は先日のあれを負けたと思っているのかもしれない。でも私はあれが勝ちだとは思っていない。あれは、偶然の事故に近かった。それは私はどんな手段でも拘らず利用はする。けれど利用する全ての手段を手の内で完璧に把握していてこそ、私自身の力と言える訳で――あれは最終的に、そうでは無かった。
 思いつつジュドーを睨むように見ていると、ジュドーは不意に、晴れ晴れとした笑顔を返して来た。…何も考えてないだろうなと一目見てわかる貌。見ているだけで馬鹿らしくなって来る。
 だから私は、もう行く事にした。これ以上こいつに時間を割くのは、勿体無い。
 そう思っていたら、ジュドーの声がした。

「じゃあな」

 そんな挨拶とも言えない別れの挨拶だけが私の背に投げられる。私は軽く片手を上げる事で、その挨拶に応える事をした。…こいつにはこのくらいのおざなりな対応で構わない。
 事実、ジュドーの方でもそれで納得したのだろう気配はした。

 だから私は、二度と振り返る事はしなかった。
 さて。次は何処へ行こうか。

【了】