<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


Tale 07 singing 千獣 〜『優しい』って、なんだろう

 ときどき、思うことがある。





 ………………『優しい』って、なんだろう。





 そんな風に、いわれることがある。
 言葉に出していわれなくとも、たぶん、「そんな風」に思われてるんだろうな、って時もある。
「そんな風」、って、「どんな風」なのか……うまくいえない。ただ、なんとなく、「そう」思われてるんだろうな、とは、わかる気がする。うまくいえないけど、私の知らないところで、私のことが、なにか、あったかい気持ちで勝手に納得されてるみたいな、変な、感じ。

 私の「いうこと」や「すること」が、『優しい』って……そんな風に人に受け取られるたび、なんだかよくわからない。
 たぶん、悪いように受け取られているのではない、とは思うのだけれど……でも、いろいろ、すとんと腑に落ちないんだと思う。
 だからなんだか、落ち着かない。

 でも、私も、私で。
 なんでか、つい、『優しい』って、そう口に出して言い表してしまったこともある。おかあさんのことだとか、秋白の話を聞いた時だとか。…でもその時、他の人たちから、違うっていわれなかったから、たぶん、人間は「そういう感じ」のことを、『優しい』っていってるのかな、とは、なんとなく、思う。
 でも、それらのことを今思い返してみても、あれ? と思う。
 それは結局、どういうことになるのか、自分の中で、うまく説明できない。

 ……この『優しい』も、私にとっては『人間だから』なわからないことなんだろうか、となんとなく思う。

 そう思ったから、誰かに、訊いてみることにしようかな、と思った。



 白山羊亭に、足が向いた。

 ……でもまだ、壊れたのを建て直してる最中だったことを忘れてた。もちろん、建て直してるところだから人はいるけど……建て直してるその職人さんとかに私のこの疑問をぶつけるのは……仕事の、この人たちの「しようとしていること」の邪魔になるかもと思う。
 だから、そうはしない。

 ……そもそも、今、白山羊亭に足が向いたのは、この前の、蓮聖とか、秋白たちのことがあったから……だと思う。
 蓮聖は、人間だけど人間じゃないらしいし、秋白は実際に『優しい』って言葉を使ってた。だから、訊いたら、なにかしらの、私でもわかりそうな答えが、得られそうな気がして。
 あの時、蓮聖は故郷の世界に戻るって話にはなっていたけど、まだ、戻ってはいないって、聞いてはいる。……戻るのは白山羊亭がきちんと直ってから……そういうやり残したいろいろに片がついてからにするとも、言ってたっけ。
 ……龍樹とか朱夏とかにも、同じことは訊いてみていい気がする。二人とも、人間と、人間じゃないものの間にいる、ってことみたいだし。
 あと、舞とか……でもみんな、今、どこにいるかがわからない。

 あ。

 ……慎十郎のお店なら、私は、知ってる。
 ここの、すぐ近く。



 アルマ通りの裏通り、シェリルの店の程近く。……それはつまり白山羊亭の近く、でもある場所。
 行ったら、いた。
 なにか小さい荷物を持ってて、ちょうどどこかに出かけようとするところみたいだったから、出直そうかなって思ったけど……私に気づいた慎十郎の方が、出かけるのを取り止めて私を店の中に入れてくれた。

「…どうしたィ千獣の姐さん。改まっちまって」
「……えっと、訊いてみたいこと、あって」
「何だい」
「……『優しい』って、なに」

 そう訊いてみたら、慎十郎はなぜか、少し黙り込んで、私を見ている。それから、なんだか力が抜けたみたいにして、小さく息を吐いていた。

「…そういう事かい。こりゃ参ったな」
「まいった……って?」
「つまり姐さんのする事に関して、こっちァいろいろ考え違いしてた事が多そうだって話だよ」
「考え、違い……?」
「要するにだな。あー、どう言ったらいいんだ? …えっとな、あんたは他人様から優しいって言われそうな事をしてても、あんた自身は他人様への思いやりから起こした行いをしてるって訳じゃねぇんだろ」
「思いやり、から……起こした、行い……?」

 それが、優しいってことなんだろうか。
 だったら、違うと思う。

「うん。……そう、じゃない」
「やっぱりな。あー…だがまぁ、だからどうって事でも無ぇんだが」
「?」

 だからどうってことでもない、って?

「優しいってな手前が決めるこっちゃねぇからな。他人が勝手に思うもんだ」
「……そう、なの」
「手前から「これは優しい事だ」って決め付けて物事やってたらそれこそ何にも優しくねえと思うぞ。そんな奴ァ「優しい手前に満足したいだけ」か「見当違いのお人好し」かのどっちかもしくは両方ってとこだろ」
「満足したいだけ……お人好し……」
「つーかなぁ、おれらの方でも『優しい』って言い方はあんまりしねぇんだが」
「……そう、なの?」
「おれらの故郷の方だと…まぁ、戦国の気風が抜け切ってねぇからだろうな。『優しい』ってなつまり『柔弱』…『弱い』って一段下に見てると受け取られる事がままあるんでね。ここソーンじゃだいたい良いように受け取られる言葉な気がするが、穿ってみりゃあ悪いようにも受け取れる言葉なんだよ」
「……私、弱い、って、思われ、てる……の?」

 そんな気は、しなかったのだけれど。
 優しいといわれた時に、なにか、悪い感情がこもってるって気がしたことも、ないし。

「おれァ姐さんが弱いたァ全く思わねぇが。今のァ姐さんがどうこうってンじゃなく、『優しい』とァ何ぞやって事についての話だ。…つぅか今言ったンとは逆の話もあるよな」
「……逆?」
「強ぇからこそ他人様に『優しく』できる――他人様の事まで考えてられる余裕がある、っつぅ事だ」
「……考えて、られる、余裕」

 そっちの話なら……わからないでもない、のかもしれない。
 私の、場合、他の誰かの命を繋ぐことを、考えて……そうやって考えたことをしている時に、ちょうど、『優しい』といわれたり、思われている気がするから。

 ……産まれ育ち、番を見つけ、産み育て、死ぬ。

 そんな、通常の命の巡りに自分はいない。
 だから自分は、自分の命で誰かの命を繋ぐことが、自分にできる命の巡りなんじゃないか、そう考えて、そうしたいから、そうしているだけ。……糧を得ることと糧にされないことの次に、ううん、同じくらいに、そうすることを優先している。
 それが、誰かから『優しい』っていわれるようなこと……になるのかな?

「お、今度ァ心当たりあるみてぇな感じだな」
「……うん」

 頷く。

「そうかい。……あー、何つぅかな。おれなんかとしちゃ、姐さんは他人の為にって気ィ遣い過ぎくらいに見えてたんだよな。『優しい』って言葉を敢えて使うなら、『優し過ぎて大丈夫か』って心配になるくらいな。でもあんたにしてみりゃそうじゃねぇんだろ」
「……うん。できること、してるだけ」

 私にできることは、体を張ることくらい、だから。

「まぁ、実際、姐さん頑丈過ぎるくらい頑丈だしな。つまり要するに、あんたにとっちゃ心遣いも何も関わりねぇ、ただ「やって当然の事」をしてるだけ、って事なんだろ。てこたァそりゃ参るさ。少なくともおれァそんな真似ァできねぇ」
「……でも、こないだ、蓮聖の代わりって、私が、言った時……」

 慎十郎も、おれを使ってくれていいって、言った。

「ああ、ありゃあ龍樹の為だって腹があるからやれるってだけの話さ。その他の奴の為ならあんなこた言わねぇし言えねぇ」

 ……。

「手前の大事なモンの為なら手前の全部張れるだろ」
「……うん」

 それは、そうだと思う。

「おれから見りゃあ、姐さんの場合ァその大事なモンが『手前以外の全部』に見える感じだったんだよ。他人の為なら損得抜きで何でもやるみたいな、な。多分あン時居た奴ら皆…いや。あんたに『優しい』って言葉投げる奴ってな、あんたのそういうとこ見てる奴じゃねぇか?」
「……。……そう、なの、かな……?」

 思い返してみる。
 当てはまるところがある気も、する。
 でも。

「……よく、わからない」
「そうかい」
「うん」
「姐さんは誰かの事を『優しい』って思ったこたァねぇかい?」
「……ある……かも、しれない、でも、」

 なんでそう思ったのか、よくわからない。

「そう来るか。……そうだなァ。改めて考えてみるとおれもよくわかんねぇ事になるかもしれねぇな。今話した以上のこたァ、何とも言えねぇや。そもそもおれも元を辿りゃあ『優しい』なんて言葉たァ無縁の世界に居た訳だしな。その辺の心の持ちようは龍樹やら舞姫に教わったようなもんだ」
「……そう、なの?」
「姐さんなら察しが付くんじゃねぇか?」
「……」

 私なら、察しがつく。
 それは、どういうことだろう……と。
 慎十郎のことをいろいろ思い返していたら、前に、慎十郎が、「狩り」をしに行くところに行きあったことを思い出した。……慎十郎は、元々は、「あっち」の世界にいた。そういうことなのかな、と思う。



 何なら龍樹や舞姫に訊きに行ってみるかい、って誘われた。
 どうやら、さっき慎十郎がここから出かけようとしてたのは、二人がいるところに行くつもりだった、ってことらしい。
 私は頷いて、慎十郎と一緒に行くことにする。

 と。

 また、建て直しの途中の白山羊亭に戻って来てしまった。

 ……あれ?

 と思ってる間にも、慎十郎はなにやら大声で呼ばわっている。……誰かの名前。でも、龍樹でも舞でもなくて……それで呼ばれて来たのは、職人さんの中の一人だった。その職人さんに、慎十郎は店を出る時に持っていた小さな荷物らしきものを渡している。受け取ると、その職人さんはまたすぐに戻って行った。……よくわからないけど、ここの職人さんになにかを届ける、そんな用事があったらしい。
 かと思ったら、上の方から、覚えのある匂いが濃くなった。
 すぐに、その匂いの主の、声も、した。

「おや、千獣殿では無いですか」
「これは。どうかされましたか、千獣さん」
「あ……」

 蓮聖と、龍樹。
 材木を持って、屋根の上に居る。……たぶん、今職人さんを呼んでた慎十郎の声で、慎十郎が来たことに気づいたってことなんだと思う。……白山羊亭、建て直すお手伝いしてたんだ、と私も気づいた。元々、お店が壊れる時も二人ともいたから、この場所に匂いは元々あったわけだから……姿がちょうど見えないところだと、いるのに気づけなかったってことなのかもしれない。

「おう、龍樹も蓮聖様もちっと手ぇ空くかい? 千獣の姐さんが何か訊きてぇ事があるんだってよ」
「……あ、お仕事、してるなら、いい」

 少し慌てた。

「? ああ、お気になさらず。……むしろ職人さんたちにしてみれば門外漢の拙僧らが居る方が邪魔になるやもしれませんので」
「んー? んな事ァねぇが、まぁなんか話があるってんなら行ってこいや」
「そうですか? 有難う御座います、棟梁。…じゃあ蓮聖様、折角ですから仮店舗の方に失礼しますか」
「ああ。そうさせて貰うか」
「……仮店舗?」

 って、なに?



 疑問に思いつつ、慎十郎と一緒に、蓮聖と龍樹について行くと。
 エルザードの南の外れに、なぜか青銅色をした――その色以外は壊れる前そのものにしか見えない白山羊亭が建っていた。……あれ? と思う。どういうことなのか問うつもりで誰ともなく同行しているみんなの顔を見ると、建て直し中の白山羊亭の方で看板見ませんでしたか? と逆に訊かれた。

「看板…あったの?」
「ええ。「エルザードの南の外れにて、仮店舗にて営業中」とね」
「……それが、ここ?」
「はい」

 ……曰く、これは蓮聖の聖獣装具で、取り敢えず建て直しが終わるまでの代わりにと建物をまるごと作ったものらしい。つまりは蓮聖が戦う時に使っていたあの大薙刀と全く同じもの、なのだとか。
 蓮聖の聖獣装具は、大きさの差とか関係なく、形を自在に変えられる力があるもの、になるらしい。素材としても頑丈で粘り強く、武器としても耐え得るものだけれど、武器にしかならないわけじゃ、ないらしい。

 ちょっと、びっくりした。



 中に入ったら、ルディアとかいつものお店の人がいて、舞と朱夏もいた。……こっちも、お手伝い、してるみたいだった。それと、お客さんがちらほらいて、その中に秋白もいた。
 舞と朱夏は、店に入って来た私たちのことをすぐに見つける。

「あ、いらっしゃい龍樹さんたち。千獣さんも来たんだね」
「いらっしゃいませ。…何か…あったのですか?」
「いや、特に何か起きたってんじゃねぇんだが」
「千獣さんが、何か私たちに訊きたい事があるそうで、こちらに場所を借りに参りました」
「……えっと……なんだか、ごめん、なさい……」
「?」
「どうなさったのです? 千獣さん」
「……私の、訊きたい、こと、で、みんな、お仕事してたの……止めた、感じに、なった、から」

 悪いこと、したかな、って。
 そう続けたら、みんなは顔を見合わせて。

「…本当に全く構わないのですが」
「ですよね。…千獣さんにはとてもお世話になりましたし」
「ええ。残された時にも限りはありますしね。千獣さんの方で何か我々に御用があるのなら、そちらが先でしょう」
「おれもそう思ったんだが、どうも千獣の姐さんの方は気が引けてるみてぇでな」
「…そんなに気にする事、無いのに」

 みんなにそんな風に言われて、私はなんだか、落ち着かないような胸の奥があったかくなるような、変な気持ちになる。

 あ。

 ……これが、『優しく』されてる、ってこと、なのかな。
 よくわからないながらも、なんとなく、そんな気が、した。

 そんな風に、ぼんやり思っていたら。
 今度は……何騒いでるの? って秋白が割って入って来た。千獣おねーさん、何か困ってるみたいだけど――…そんな風に続けても来て、秋白が様子を窺うみたいにして私の顔を見上げて来る。
 なんとなく、そのまま見返す。

 えっと……そんなに、困っては、いないんだけど。
 でも、今の気持ちにどんな言葉を当てはめればいいのか、ちょっとわからなくて、そういう意味では、困っているのかもしれない。
 今の、自分は、なんだか、今割って入って来た、秋白に対しても、他のみんなに対するのと、同じように思ってるような、気がするから。

 ……これが、『優しい』で、いいのかな。



 そう思ったから、訊いてみた。

「…『優しい』とは何か、ですか」
「今、私たちが千獣さんに『優しく』した、と?」
「…まぁ、『厳しく』接する、の逆様と考えれば『優しく』接している、と言う事にはなるのでしょうか?」

 なんだか意外そうな貌で、そう言われた。
 ……あれ? 違ってたのかな。
 そう思って首を傾げていたら、舞も首を傾げて、うーん、と唸っていた。

「うーん。…そうだなあ。『誰かの事を考えて誰かの為に何かをし、その誰かの方がそれで優しくされたって思える』なら、それは『優しい』んじゃないかなぁ」

 それは。

「……さっき、慎十郎が、言ってた、こと……?」

『優しい』は自分で決めることじゃなくて、他人が勝手に思うものだって。

「あー、それはそうだよね。自分から『優しく』したとか言ったら何かただの押し売りみたいな」
「ですが。『優しく』ありたい、と常から心掛けるのは悪い事では無いと思いますよ?」
「つってもそりゃあ、それで相手にどう思われるかまで強いるモンじゃねぇだろ」
「ええ。あくまで各々の心掛け、の話になりますね」

 慎十郎の話と矛盾はしません。と龍樹。
 でも。
 そういうことなら、私は特にない……と思うんだけど。

「これも『人間』の考え方、かもしれません」
「……うん」

 そんな気がする。

「千獣さんは『優しい』方、と言われて良い方だとは思いますよ」

 いきなり、そう言われた。
 思わず、目を瞬かせる。

「……なん、で」
「こうやって身近で接していて、そう思うからです。貴方の行いは、傍の目からは『優しく』感じられる事が多い」
「……でも、私、そんな風に、思って、ない」
 私のしていることは、誰かのことを思いやってしてることとかじゃ、ないから。
「だからさ。千獣おねーさんがどう思ってるかはあんまり関係ないわけ。ボクらから見てどうか、ってところが肝心なだけ」

 今度は、そう秋白が続けて――言い切って来る。
 そんなものなのかな、って、軽く悩む。
 ……悩むってことは、やっぱり私は、納得していない。

「『優しい』と言われると、途惑いますか」

 蓮聖の、声がした。

「……うん」
「どうしてです?」
「……」

 わから、ないから。

「それでいいんだと思いますよ」
「……そう、なの?」
「ええ。千獣殿にはそのままで居て欲しいと」
「……?」

 なんだか、よくわからない。
 でも、蓮聖のそれを聞いて、それもそうだな、とか、そうですね、とか、うんうんって頷いてたりとか、みんな、なんだか、それぞれ勝手に、納得していて。
 私の頭の中には、また、疑問がいっぱいになる。





 ………………『優しい』って、なんだろう。





 結局、やっぱり、よくわからない。


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 登場人物紹介
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■PC
 ■3087/千獣
 女/17歳(実年齢999歳)/獣使い

■NPC
 ■夜霧・慎十郎
 ■佐々木・龍樹
 ■風間・蓮聖
 ■舞
 ■朱夏
 ■秋白

 ■白山羊亭建て直してる大工職人さんたち
 ■白山羊亭のお店の人とかお客さんたち

(名前のみ)
 □シェリル・ロックウッド
 □ルディア・カナーズ