<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


Tale 08 singing ケヴィン・フォレスト 〜旅立ちもまた面倒臭さの中にあり

 姉貴と妹から手紙が届いた。
 面倒臭かったが一応、中身に目を通した。

 …そもそも、届いたのが一通じゃなかった。
 六通来た。
 要するに、六人居る姉妹皆からそれぞれ手紙が届いた。

 ………………面倒臭いからせめて一つに纏めて出せと思った。

 どれも、内容は大差無かった訳なので。
 …ああ本当に、わざわざ六通って何なんだ。面倒臭い。もう少し受け取る方の事も考えろ。

 がりがりと頭を掻きつつ、目を通した六通の手紙をその辺に放り出す。
 放り出したそのまま、簡素な固いベッドに落ちるようにして座り――座るだけでは無くそのままばふっと布団に倒れ込んで、暫くぼうっとしていてみる。

 ………………何だか全てが面倒臭い。



 今投宿している仮住まいで暫くそうしていた後、ケヴィン・フォレストは何となくアルマ通り――の裏通りに赴く。特に看板が掛かっている訳でも無い夜霧慎十郎の店。…いや、気晴らしの為に何か武器でも見せて貰いに行こうかと思った訳で。あの騒ぎがあって――連中の「思い出作り」がてらの釣り、の幹事も終えて以来、俺は何だかんだでそこに行っては駄弁る(いや駄弁ると言っても碌に喋りはしないが)機会が増えている気がする。…慎十郎と言う男、俺がそうやっていようと意外と気にせず平然と仕事――暗殺の方じゃなくて、研ぎとか彫金とか、金属加工の職人らしい仕事――をしている。俺が来ても、特に邪魔とも言わない。何と言うか、最早置物扱いに近いような気もする。
 でもまぁ、そのくらいの方が俺としても面倒臭くなくていい。

「おう、また来たのか」
 何か掘り出し物ある?
「…そうそう毎度掘り出し物があるかよ」
 そうか。残念。

 そう返して――いや、口に出して話した訳ではなくそう伝えるつもりで考えただけだが――とにかくそうしてから、店の上がり框に腰掛け、慎十郎の手許をじーっと見る。今、奴が手掛けているのは、小剣の調整らしかった。

「…おい」
 何?
「…」

 慎十郎はいきなり俺に声を掛けたかと思うと、すぐに黙り込む。それから、不意に仕事をしていた手を止めて立ち上がった。何だ何だと思うと…何やら無言のままで店の奥へと引っ込んで行く。少しして、槍や刀剣の類が乱雑に入っている籠を一つ持って来たかと思うと、俺の前にどかりと置いた。
 そうしたかと思うと、すぐに仕事机の方に戻って――それまでしていた小剣の調整を再開している。

 …。

 それっきり、何も言わない。
 …今持って来た籠の中身、好きに見てろって事かと思う。無言のままでそう問うてみる。
 返事は無い。
 籠の中の一振りに手を伸ばしてみる。
 慎十郎はそれでも何も言わない。

 …勝手にやってろ、と言う事でいいらしい。

 そう判断し、まずは手に取った一振りの――その長剣の、柄や鍔の造りや、鞘の装飾を、じー。握った感触も悪くないし、多分、小刀か何かがコンパクトに仕込めるようにもなっていそう…な形だった。その辺りの剣装の造りも少しいじって確かめてみる。…全般として古めかしいが、劣化している感じは無い。
 鞘から抜いて剣身を晒して見てみる。
 おお、と思う。
 …籠の中に十把一絡げで雑に放り込んであるような扱いの割には、手入れが行き届いている。
 矯めつ眇めつ暫く見ていて、外で試しに少し使ってみていい? と慎十郎に無言のままで訊いてみる。
 返事は無い。
 だが咎めもしてこない。

 これも、勝手にやってていい、と受け取る事にした。





 店の外に出、周辺にそれなりのスペースが確保出来ているのを確かめてから、何度か素振りをさせて貰う。持ち重りの加減もいい感じ。試し斬りについては――少し疼いたが、実戦的な方法で派手にやるとまた手入れが必要になってしまうだろうから…紙を数枚重ねたものをそぉっと刃の上に置く形で滑らせるだけにしてみた。…それだけでもすぱっと気持ちよく両断出来たのでまぁ満足。取り敢えず、良しとする。
 暫くそうやって遊ばさせて貰った後、店に戻ってはみたが――まだ慎十郎の様子には変化無し。机に向かって背を丸めた姿勢も変わらず、相変わらず小剣の調整をしている…かと思ったら、終わったらしい。…一応変化はあった。調整で出た細かい屑を当の小剣から払いつつ、やっとまともに俺の方に意識を向けている。

「…なぁ」
 何?
「…今日のあんた、何か…」

 …。

 気付かれた。
 …いや、だからどうだって事でも無いんだが。皆まで言うな。
 そう思ったら――喋るまでもなく通じたらしく、慎十郎もそれ以上を続けようとはしなかった。

 よし、と思う。

 遊ぶ為に借りていた一振りの剣を籠に返す。
 また、籠から他の武器を物色する。…底の方に暗器らしい代物が色々あった。投擲用らしい手裏剣とか小刀とか、ケース入りのものから裸のままのものまで。面白い形のものもあった。…この手のものは形自体が産地や使用コミュニティのエンブレムみたいな扱いになってたり、投擲のし易さとか殺傷力とかを高める為に色々凝ってたりするから、見ているだけでも飽きない。
 また、それらを一通りいじって遊ばせて貰う。それ用の標的板に打たせても貰った。投擲方法に独特のコツが必要なものもあった――何度か投げようとして上手く行かず考え込んでいたら、見兼ねた慎十郎が教えてくれもした。

 …そろそろ、気が済んだ。

 いや。

 …最後に、もう一つ。
 蓮聖の聖獣装具。…あの、青銅の数珠が、もう一度見たい。
 そう言外に伝えたら、慎十郎は軽く溜息を吐いていた。

「…そんなに気に入ったかよ」
 うん。あれ一つあれば相当応用利くし。見た目青銅な割に粘り強かったし。どうなってるのか興味ある。
「さすがにこれァあのケースみたいにあんたにゃやれねぇぞ。おれが預かるってぇ事になったんだからよ」
 わかってる。でも最後にもう一回見たい。
「そうかい」
 うん。

 ………………『最後』。

 そう思った事が――いや多分この成り行きだと口に出さなくとも読み取られていると思うから――あっさり流された事で、ああ、やっぱりな、と思う。
 俺がここに来るのは、恐らく最後になるのだろうと、慎十郎の方でも気付いている。
 が、だからと言って何か感傷に浸るでもなく、淡々と対応してくれるのは面倒が無くて有難い。
 慎十郎は、袂から小さな巾着を取り出して、その中身も出している――それが当の蓮聖の聖獣装具の数珠だった。ほらよ、と無造作に手渡される。
 無言のままに謝意を伝えるだけ伝えて、借り受けた。

 取り敢えず、数珠。複数の珠を繋げて連ねてあるのは、まぁ普通の数珠の形だと思う。…ただそもそも珠が青銅製って辺りがあんまり普通じゃない。…まぁ聖獣装具ならそのくらいの「変さ」は特に気にする事でも無いか、とは思う。
 小刀になれって念じてみた。…念じた通りになった。柄と刀身の境目とか、ちゃんと斬れるかとか少し試す。それから、これ弓矢とかって出来るのか? とふと疑問に思った。…今の小刀とか、蓮聖が使ってた大薙刀とか、元の数珠とかだと取り敢えず一繋がりのものだけど、弓矢だと弓と矢が別個になる。
 だから試しに、弓矢になれって念じてみたら…弓も矢も出来た。…おお、と思う。見てた慎十郎も、お、とちょっと驚いてた感じだった。…取り敢えず慎十郎の前で、この聖獣装具が弓矢の形になった事は無かったらしい。

「機械的機構のある道具は出来ねぇって話だったが、弓矢くらいなら行けるみてぇだな」
 じゃあクロスボウならどうか。

 …。

 思い、念じてみたが駄目だった。俺の手の中にあるのは青銅の弓矢のまま。…まぁそれはそれでよし。改めてその青銅の弓矢を――矢を番えずに弓だけで試しに引き絞ってみる。弓部分から弦部分まで青銅の色をしている割に、きちんと引き絞れる弾力性がある。…面白い。矢の方はちゃんと固い。その辺も融通利くんだな、やっぱり面白い、と思う。
 それからもう何回か色々形を変えて見てから、数珠に戻して、慎十郎に返す。

 …そういえば、聖獣に守護されてる当人がソーンから居なくなっても、聖獣装具は残るんだな、と軽い疑問が浮かんだ。
 受けて、慎十郎が、ああ、と軽い感嘆を吐いている。…多分、同じような事を考えた事が、あったんだろう。
「どういう加減かは知らねぇがな。…そもそも蓮聖様も「おれに預ける」って事にした時点で、手前が居なくとも聖獣装具はこっちに残るってわかってた事になるだろ。何なんだろうな」
 …戻って来る予定は無いって話だったような?
「ああ。「あの話」を聞く限りそういう事になるたァ思うんだが…聖獣装具の方がここまで健在だと、いつでも戻って来いって、戻って来れるって言ってるみてぇな気がするよな」
 て事は、俺がソーンから居なくなったとして。俺の聖獣装具も同じような事になるんだろうか。
「どうだかな。ま、この世界が随分と寛容だってこたァ、初めて訪れた時からわかってる話だが」
 と、言うか。…そもそも外に持ち出せないかな聖獣装具。
「…そりゃ無理じゃねぇか? 『聖獣』装具なんだしよ」
 無理かな。
「…いや、はっきり言えるこっちゃねぇが」

 まぁ、確かにここで慎十郎に訊いても、そのくらいの事しか言えないか。
 …でも、持ち出せたらいいなあ、と思う。そろそろ使い慣れてるし、音叉剣――ソニックブレイカー。





 暫くそうやって…何だかんだで慎十郎の店に居座ってから後。
 俺は漸く、この店を辞する気になれた。
 …何と言うか、ここを離れるのが…どうにも、少し惜しい気がしていたので。
 色々な武器がタダで手に取って見られて、特に文句も言われない環境となると、あまり無い。
 多分難しいだろうが、またいつか来たいなあ、と漠然と思う。

 思いながらも、そろそろ、終いにしようか、とも心を決める。

「…行くのか」
 ああ。
「じゃあ、またな」

 …。

 こちらが心に決めた事を読み取ったかと思うと、ごく軽い別れの言葉だけを投げられ、また、慎十郎は仕事机に戻って何かの作業を始めようとしている。
 それ以上は、特に気にもされない。
 まぁ、俺も俺で気にして欲しい訳でも無い。

 何か、猫みたいな扱いだな、とも思う。
 まぁそれも、悪くない。

 ………………その方が、気が楽だ。



 目的通りに、少し気が晴れた。
 なら次はどうするか。

 ………………そりゃあ勿論、外せないものがある。

 酒。



 なんか、妙に久々の気がする黒山羊亭。

 カウンターテーブルの空いていた席に着くと、酒と肴を適当に頼んで、一息。あら、御無沙汰ね、とエスメラルダの笑みを含んだ迎えの声が掛けられる。それを聞いて、やっぱり御無沙汰だったのか、と鸚鵡返しに思ったりもする。
 程無く、頼んだものが俺の前に出された。来たか、と軽く高揚する。…酒は好きである。黒山羊亭ならまずハズレが出て来る事も無いし。思いつつ、ちびちびグラスを傾け始める。
 …やっぱり、美味かった。





 ――…姉貴と妹たちから届いた手紙の内容は、六通とも要点が同じだった。…要するに、「ソーンの外に俺も来い」と誘う内容。誘いと言うより命令に近い書き方の手紙――これは姉貴の一人――もあったし、あんたはどうするのってこっちの意見もちゃんと訊いてくる書き方の手紙――これも別の姉貴――もあった。来てーって泣き落としに近い妹の手紙もあったし、こういうのがあるのー! って興奮したキラキラした調子の文面でソーンの外での自分の興味対象をひたすら書いて報告しているだけの手紙もあった――俺には全く興味が持てない、理解も出来ない事についてをびっしりと。…本人が居る訳じゃない癖に、手紙だけでこいつらは何だか姦しい。
 総合すると、まぁ、この手紙を受け取った俺としては「ソーンの外に行く」と言う選択肢を取らざるを得なくなる。…何だかんだでそれが一番面倒が無い事にはなる筈なので。俺は――あの姉妹に逆らうと後が非常に面倒臭くなる事を経験則としてこれ以上無いくらいに知っている。何と言っても生まれた時から今に至るまで、成長の過程で事ある毎に思い知らされている訳だから。

 …だがその前に。俺としてはこれまでの生活を変えるのもそれなりに面倒臭い。
 そんな気持ちもどうしてもあるので、今こうやって、心の整理を付けがてらうだうだやっている訳である。…いや、心の整理と言うか、旅立つ前の今の内にここでやっておきたい事を――思い付いたところからしているだけ、とも言うが。

 まぁ取り敢えず、酒は美味い。





 エスメラルダが、側に来た。
 注文が済んでいる今、改めて呼んだ訳でも無かったのだが、何故か酌をしてくれた。
 と、思ったら。

「お別れの挨拶くらい、お酒にだけじゃなくてあたしにもさせて欲しいのよ」

 と、当たり前みたいに言われた。
 …どうやら、俺がこれからどうする気なのかは――エスメラルダには筒抜けだったらしい。別に、他に伝えるつもりで考えていた訳でも無かった筈なのだが…顔に出てたと言う事なのだろうか。派手に酔っ払う程では無いけれど、そろそろ酒もいい具合に回ってるし。…俺は普段は面倒臭いので表情の一つも変えないのが常なんだが…酒を飲むと、どうやらその辺がどうでもよくなってしまうらしい、とは人から聞かされた事がある。となると、顔に出ていた可能性もあるかもしれない。
 …いや。
 むしろ、その辺の事を気にして、エスメラルダに確かめる事自体がもう面倒臭い。
 取り敢えず、飲みたい。
 思ってグラスの中身を干したところで、エスメラルダが酒のボトルを傾けて新しく注いでくれている。有難う、と口に出して礼を言っておく。…今の俺はそうする気になれている。エスメラルダから返礼も来る。
 こんな時間と空間は、悪くない。

 どうせなら、今のこの酒もいい思い出にして、新天地へと旅立ちたい。
 そんな風にも、漠然と思う。



 黒山羊亭で飲み明かして翌日。

 取り敢えず、仮住まいに戻って寝るだけ寝、また、やり残した事――ここでやっておきたい気がする事を面倒ながらもつらつらと考える。
 それから数日掛けて、バイクで軽くツーリングにも行ってみたし、何となく腐れ縁の魔女のところに顔も出して来た。…久々に賞金稼ぎとしてまともなお仕事こと、賞金首も狩ってみた。とは言えこれから行く先で、この賞金が通用するかは微妙に謎な気がするが。取り敢えず、面倒臭かったが賞金を貨幣から現物――何処でも通用するだろう宝石とか貴金属類――に交換して、そろそろ本気で旅の準備に入る。

 とは言っても、大した荷物は元々持ってない。一番の大物はバイクか、ってところ。…強いて言えばつい集めてしまった武器の類が多いと言えば多いが…まぁ、その辺についてはどうしても外したくないものだけを持って行くしかない。
 身軽に動く為には、それが鉄則。…どうせまた、行った先で増やしてしまうだろうし、とも思う。

 ああ、いつも俺にくっついて来ているあの緑猫の事もあったか、と、ちらっと思う。…まぁ、俺がこうやって旅支度してるのを傍で見続けていれば、自分の判断で好きなようにするだろうと言う気はするが。付いて来るなら来るでいいし、残るなら残るで、はたまた主の元に帰るのも自由だ。…俺の関知する事じゃない。

 …ともかく、そんなこんなの準備を整えてから。
 俺は、エルザード城に向かう事にした。

 目的は、異世界に通じる門。
 俺の姉妹が手紙で伝えて来た場所へと、転移させて貰う為。

 …とまぁ、そんな訳で。
 俺はこれから、このソーンを後にする。





 …取り敢えずは、「もし縁があったらまた」、とだけ。

 誰にともなく、それだけ残しておく事にする。
 …いや、約束したりとか色々ややっこしく考えると、やっぱり面倒臭いから。

【了】


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 登場人物紹介
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■PC
 ■3425/ケヴィン・フォレスト
 男/23歳(実年齢21歳)/賞金稼ぎ

■NPC
 ■夜霧・慎十郎
 □エスメラルダ

 ■手紙の送り主な六人の姉妹さん

(名前のみ)
 ■風間・蓮聖