<PCシチュエーションノベル(グループ3)>
「失敗作」を侮るなかれ
オリガ・スカウロンスカヤ。
生ける伝説、神話の域にまで達してしまった大小説家。
主に児童文学や幻想文学を扱っており、その作品は世代や国を越えて愛され読み継がれ…驚くなかれ、戦争を止めすらしたと言う。
その功績で一代限りの爵位を貰い、更には伝説の作家となった。
今現在は執筆活動を続ける傍ら、小さな文学博物館の館長をしており――文学者を志している同居中の弟子を育成中。本当の――「元」の種族がフェアリーと人間の混血であったからか、家に住むピクシーやブラウニーとも仲が良く、何だかんだで家の管理をしてくれている彼らと共に、悠々自適の生活を送っている。
育成中の弟子。…その素性もまた振るっている。元を辿ればオリガの筆を「力」と認め、同族とする為オリガを狩りに来た戦乙女――であったりする。その彼女を――別にその気もないのに「作品」の「魅力」と言う「力」で「調伏」できてしまった結果、得てしまったのが、今現在のその愛弟子。
とは言え。
あくまでオリガは「小説家」であり、魔術の心得らしきものはない。ないのだが…戦乙女にまで見出されてしまう程のその筆力は、最早、大魔法の域と言って差し支えない。彼女の描いた物語世界、その舞台や登場人物が何処かで実体化しているとの話まである。
…実際、そんなような知り合いと、既にして普通に面識を持っていたりもする。
そして、そんな大小説家でも、筆を誤る事はある。
…と言うか。
そんな大小説家が筆を誤ると、色々と大変と言うか面倒と言うか厄介と言うか…少々、ややっこしい事になる。
■
「…」
二人で住むのにちょうどいい程度の、こじんまりとした瀟洒な洋館…と言った趣きな、とある邸宅の前。やや離れた、邸宅全体が見渡せる程度の位置で腕組みをして仁王立ちしている女性が一人。これ以上ない難題に立ち向かうような、険しくも凛々しい眼差しで邸宅を見つめている――と言うより睨み付けている。年の頃は二十歳を一つ二つ過ぎたか程度のまだ若い見た目。真紅の鎧兜に身を包み、炎を思わせる華美なデザインの紅いマントを背に靡かせた美しい戦士の姿。
ふわりと波打つ淡い金髪に、上品で整った面立ち。そしてその武装。まるで人ならざる者であるような――戦乙女と言った風情である彼女の名は、スヴァンフヴィート。
まぁ実際に、見た目のイメージ通りに戦乙女――霊長の乙女、ワルキューレでもあったりする。
…但し、諸事情にて『元』が付く。
彼女は今は、文学者のタマゴであり――この邸宅の主の、弟子になっている。
ならば何故今、こんなところで戦士然とした姿で佇んでいるかと言うと。
当然、その必要があるからである。
「こう」なってしまえば、力尽くでの対処が必要。ならばこのわたくしこそが先生を助けねば、とそう考えて久々にこの戦士の姿を取った訳だが――…。
結局、悩ましげな嘆声を吐いてしまう羽目になる。
「さすが、わたくしの敬愛する先生の「作品」ですわね…」
…幾ら「失敗作」であろうと、まず出るのは感嘆になってしまう。
実のところ、今現在こうしているスヴァンフヴィートは既にして何度か邸宅への突入を試みた。試みたが――何と言うか、何だか、上手く行かない。ただ力尽くで何とかできるならば簡単なのだが…何だか、そんな感じじゃない。
思っている間にも、邸宅の中――あくまで外から、邸宅の窓を介して覗ける限りの様子だが、室内で異様な光が乱舞しているのが見えたり、植物の蔓だか何か軟体動物の触手のようなものが揺らめいているのが見えたりする。きゃきゃきゃきゃ、と妙に甲高い謎な笑い声が聞こえて来たりもする。かと思えばいきなり静まり返り――次の瞬間には邸宅の建物自体が風船か何かのように俄かに膨れて、地表からぼよんと跳ねるような…何だかメルヘンチックかつ現実にそうなってしまうと洒落にならない気がする様を見せてまでいる。…きゃー、どうしましょー、たあすけてええ〜、オリガ〜、スヴァン〜、等々、家事担当のブラウニーやらシルキーやらと思しき可愛らしい――本気なのだろうがどうにも本気に聴こえない気がするのんびりした悲鳴が外にまで届きもする。
スヴァンフヴィートは、それらの惨状(?)を暫し見続けていたかと思うと、うん、と重々しく一度頷いた。
このまま、自分だけで同じ事――闇雲に突入しての物理的な対処――を繰り返していてもどうにかなるとは思えない。
結論は出た。
…餅は餅屋、だ。
■
以前、話には聞いた事がある。
迷宮司書、と呼ばれる特殊な仕事をこなす者たちの話。その中に、オリガが題材として取り扱った事がある小説の主人公――の実体化した存在が居るのだ、と。
ロザーリア・アレッサンドリ。
スヴァンフヴィートが思い付いた「餅屋」は彼女。女剣士ロザーリアを主人公とする古典的冒険活劇、それが書かれた本の内、とある一冊が動器精霊と化し、主人公そのものの能力やパーソナリティを得たのがアレッサンドリの姓を持つ彼女。スヴァンフヴィートにしてみれば、直接の面識はないとは言え、師であるオリガも派生となる物語を手掛けた事があると言う事で…文字の上で読んだ事はある相手。…即ち、どんな相手であるのか想像は付いている。…面識がなくとも半分知り合いのような気すらする。
と言うかこのロザーリア、オリガの方とは普通に面識もあった筈。…文学博物館の館長にして大小説家と、超有名小説から生まれた存在にして迷宮司書。仕事上でもそうでなくとも関わり合いができそうな立場でもある。
まぁ、彼女御当人がいらっしゃるとは限りませんが、と思いつつ、スヴァンフヴィートは迷宮司書が勤める――と言うか迷宮司書でなければ到底勤まらない、拡張に拡張を重ね迷宮と化したその大図書館へと赴く。本気で危険な魔術書や禁書の類が山と所蔵されているその図書館には、オリガ作の本も実のところ結構ある。また、文学者を志しているスヴァンフヴィート個人としてもこの図書館には一方ならぬ興味がある訳で――だが今はそれどころではなく。
まずは今現在の第一義である、オリガ宅の現状回復を依頼したいと言う事になる訳で。
…そう。
オリガ宅のあの惨状(?)は――オリガの小説が原因なのである。詳細は不明だが、恐らくは執筆中、筆が妙な方向にノってしまった結果、失敗作となってしまったのだろうとスヴァンフヴィートは見た。…そしてそれを作者本人に確かめる機会はまだ訪れていない――オリガは未だ、あの家の中なのだ。
それだけでもスヴァンフヴィートにしてみれば心配で心配で堪らない。
…それは、全てオリガが創り出し――喚び出した(事になる)ものではあるだろう。…だが。それでもオリガ本人が容易に対処できる状況では到底ない、と思う。だから偶然あの惨状(?)の外に居たスヴァンフヴィートも戦士形を取って物理的に対処しようと考えた訳である。…いや、こうなってしまうと家自体にダメージを与えるような無茶をやっても状況が落ち着けば何事もなかったように復元する事も知っているので――けれどそれでも自分だけでは手に負えなかった訳で――だからこそ、書にまつわる常ならぬ問題を対処する専門家に助けを求める事まで考えた訳で。
それもこれも、オリガを助けたいと言う一心からである。
…実は失敗作が原因で「こんな感じ」の事になるのは今回が初めてではなかったりもするのだが(だから結構すぐに「餅屋」の心当たりが出て来たり、家が復元する事を言い切れるとも言うのだが)、スヴァンフヴィートにしてみれば些細な事である。
今オリガが危険の中に居ると言う事の方が、ずっとずっと問題なのだ。
■
依頼した結果。
意外とあっさり、ロザーリア・アレッサンドリが派遣される事になった。…曰く、ここに助けを求めに来たキミの頭にあたしの顔と名前が浮かんでいたから、このロザリーが派遣される事になったのさ。とか何とか。当然の事、みたいに気取った調子でスヴァンフヴィートにそう言ってのけ、羽根付きの帽子にモノクルを掛けたお嬢様剣士は意気揚々と問題のオリガ宅に同行する。…まぁ何にしろ、戦闘力と対魔力に優れた、オリガの知り合いでもある迷宮司書、と言う事で、確かに彼女が適任ではあるのだが。
ともあれ、そんな二人が家の前に到着すると。
ロザーリアは、ふむ、と頷いた。
「…なかなか面白い事になっているようだね」
恐らくは失敗作なのだろうその原稿を媒体に、籠められた魔力が暴走して色々召喚してしまっている…と言ったところかな。
「あなたの力でどうにかなりそうなものかしら?」
「ああ。だがここはキミにも助力を頼む事にしよう。スヴァンフヴィート、だったかな?」
「スヴァンで構いませんわ。呼び難いでしょう?」
「ならスヴァン。まずしなければならない事は、原稿の回収だよ」
その為に少々荒っぽい真似をさせて頂く事になると思うけど、構わないかな。
「それはどういう事ですの?」
あのモンスターやら何やらを力尽くで捩じ伏せると言う事でしたら、わたくし既に何度か試みてますわよ?
「ああ。キミならまずオリガの為にと動いていて当然だろうからね。でも、それで難しかったからあたしを呼んだ。…そうだよね?」
「否定はしませんわ。わたくしだけで先生が助けられるなら、そうしていたに決まってますもの…!」
「うん。だから、もう一度それをやる。…突破口を開く方法としては間違ってないんだよ。ただ、キミだと師匠への畏怖が強過ぎるから、頭の何処かでちょっと遠慮しちゃってるんじゃないかなって気はするね。それとごく単純に、突入するのが一人と二人では話が違って来るものだよ」
それなりの力を持つ同士が協力して事に当たれば、対処能力が跳ね上がるのは自明の理。
「…わかりましたわ。もう一度突入する事に異論はありません」
ですが。
「助力を頼んだのは、あなたではなくわたくしですわよ」
「…ああ、違いないね。失礼した」
では、行こうか。
■
何処から家に突入しどう動くかの計画をざっと決める。作者のオリガが居そうな場所、原因である原稿の置かれているだろう場所。スヴァンフヴィートは当の家に住んでいる為、家の間取りについては当然知っている――その情報の通りに、突入後に目的の為に上手く動けそうな場所を「戦士」の思考で考えはしたが――そもそも小説失敗作が原因の罠やらが具現化されていたり、同じ原因で何かの拍子に家の内装やらが極端に変わってしまっている可能性も否定できないので――この場合、あくまで参考情報として扱うしかない。即ち、事前に計画を立てるにしても結局、大雑把な計画しか立てようがない。
そして、ロザーリアの場合はそれで全然問題がない。物語の主人公、女剣士としての自分は細かい事など気にせず信念を貫き通して動くの常。そう自覚している為、よし。とあっさり計画に納得して、先に前に出る。
取り敢えず、間取り上オリガの書斎――執筆はそこでしていた筈――と一番近い位置になるだろう、外と直結している窓から屋内に突入するのが手っ取り早いんじゃないか。そう決まった時点で、ロザーリアは該当の窓に近付き、躊躇いなく窓ガラスを破壊――と言うより、破壊と同時に一気に中へと転がり込んだ。スヴァンフヴィートも続く――入ったところは、何やら絵本の挿絵的にデフォルメされた感のある茨めいた植物の蔓らしきものにびっしりと覆われた廊下。しかもその蔓が何やらうねうねと動いており――幾つもあるその先端が鞭のように撓ったかと思うと、ロザーリアとスヴァンフヴィート目指してその先端が一気に突き出され、打ち付けられた。蔓自身が意思を持っているような動きで、当たり前のように侵入者の二人を襲う。
が、当然二人とも黙ってやられはしない。ロザーリアは当然のように己を襲い来る蔓をレイピアで串刺し、また別の――次の一手になりそうだった蔓をすかさず短銃で撃ち飛ばす。スヴァンフヴィートはルーン文字が刻まれた槍を旋回させ、自らに襲い来る複数の蔓を一気に弾き飛ばした。…突入早々の「挨拶」に、ロザーリアとスヴァンフヴィートは互いを見て無事を確認。したかと思ったら――今度は如何とも言い難い長閑でゆるいフォームのモンスターらしきものが廊下をのしのしと歩いて来るのが見えた。反射的に一時停止。…何と言うか一見、見た目のあまりの長閑さに攻撃対象には思えなかった。
の、だが――二人とも耳を塞いで下さい! と鋭い声がした。ロザーリアもスヴァンフヴィートも反射的にその声に従う――と。のしのし歩いて来たモンスターらしきそれは、いきなり雄叫びをあげた――ようだった。が、二人は耳を塞いでいたので、実際何の音がしていたのかはわからない。モンスターらしきものの方は二人が今の雄叫び(?)に特に反応しなかった事を不思議がりきょろきょろしているようだったが、そこで我に返ったロザーリアの方が、すかさずレイピアを以ってそのモンスターらしきものを叩きのめした。
スヴァンフヴィートの方は、今自分たちに鋭い声を掛けていた人物――オリガの方に先に意識が向かっていた。と言うか、抱き付く勢いで駆け寄っていた。
「先生! よくぞ御無事で…っ!」
「あらあら。スヴァンも助けに来てくれたのね。有難う。ロザリーも」
「無事で何より。…で、今のは?」
「ああ…今のコはあの雄叫びを聴いた者の動きを止めたり正気を失わせたりする力があるの。二人とも、私の声に気付いてくれて良かった」
「…はい! 先生の声がわたくしの耳に入らない筈ありませんもの。…ところで先生。いったいどんなお話を書いていたんですの?」
「ふふ。それは聞かないでくれるかしら? もう、筆が進むと思ったらこんな事になっちゃって…内容を知られるのが恥ずかしいわ」
「うーん。オリガのその意を汲みたいのは山々なんだけどね…ここまでなるような代物となると、さすがに封印する必要があるだろうから…後で該当の原稿は引き取らせて貰う事になるよ?」
「…そうねぇ、失敗作を世に出したくはないのだけれど…これは仕方ないのかしら」
「引き取ると言っても大方禁書扱いになるだろうから、世に出るのとは少し違う事になると思うけどね?」
「でも恥ずかしい事は恥ずかしいのよ」
と。
言葉通りに恥ずかしそうにオリガが渋ったところで、また、新手が来た。今度は蝙蝠を絵本の挿絵調にデフォルメしたような謎の何かが、絵に描いたような線状の――多分、風か何かを表現しているのだろうよくわからない現象を纏って近付いてくる。かと思えば、廊下に何やら幾つも巨大な芽が出て膨らんで伸びて花が咲き――そこからわさわさと大量の小人が溢れ出て来た。…これまたデフォルメ調の。
…何と言うか、攻撃云々と言うより、普通に廊下が塞がれて通れない。
どうしたものかと思ったところで、スヴァンフヴィートがオリガを庇うように前に出、先程同様、槍を振るう事でそれらを一気に吹き飛ばそうとする。物理的な攻撃だけではなく、ルーン魔術の力も込みでのその攻撃――と言うか衝撃。それで、塞がれていた廊下が一掃される。
「…そこまで仰るならば先生の為にも早々に原稿は処分しなければなりませんわ。さ、参りましょう先生」
スヴァンフヴィートは振り返ってにこやかにオリガに笑い掛ける。
と、その頭上に、先程の小人と同じ――けれど色が違う別の小人が降って来た。かと思うと、その頭に当然のようにわさっと取り付く。
また、一時停止。
一拍後。
「ッ…き、きゃああああッ!?」
スヴァンフヴィート、俄かにパニック。…いや別に戦闘力的にどうと言う話ではなく、あまりに唐突に不条理な状況に置かれた為にびっくりした、と言うのが正しい。が、ロザーリアはそれを黙って見てはいない。…女の子にそんな悲鳴を上げさせる者、許すまじ、とばかりに取り付いた小人を、躊躇いなくスヴァンフヴィートから引き剥がすようにちぎっては投げちぎっては投げ、スヴァンフヴィートから離れたものは超人的な短銃の連射で――狙い過たず、悉く殲滅。…撃ち抜かれると、そのまま小人は消える。
「大丈夫かい、スヴァン」
「…ッ、こ、このくらいわたくしひとりでも何とかなりましたわ…ッ」
「あらスヴァン、助けて貰ったんだからお礼は言わないと?」
「助かりましたわロザリー。有難う」
「…。…スヴァンは本当にオリガが大好きなんだねぇ」
「勿論ですわ」
「ふふ。嬉しいわ」
「本当ですの? オリガにそう言って頂けるなんて、わたくしもとても嬉しいですわ」
「さておき。…書斎はここの部屋だね」
「ええ。…失敗した原稿は机の上に置いたままになってるわ。書き掛けのままだったから」
「そのまま放置してあるんだね?」
「ええ。慌てて逃げて来たところなの。それで今、二人に会えた」
…。
「つまり、今の「この」状態…書斎が一番酷いって事かな」
■
ガチンガチンと何度も噛み合わせている金属製のトラバサミ的な罠…のようなやっぱりデフォルメ気味の何かが何故かあちこちにあって、正直普通に危ない。ついでに何故かそこかしこで雷が轟いている。
部屋の壁をびっしりと本棚に埋め尽くされ、主のものである机が設置されているその部屋に、雷が何度も落ち、トラバサミ的謎の罠がやたらとレイアウトされている様は…何と言うか、シュールである。
…三人が書斎の入口から中を見た時点での感想は、それ。ロザーリアとスヴァンフヴィートの視線が自然とオリガに集中する。と――これ、解けない罠なのよ。捕まったら終わり。それとあの雷も…さっきまではなかったのだけれど、あれ、人の頭上に絶対に落ちる雷なのよ。などとサラッとオリガは言ってのけていた。その時点で、さてどうしたものかとロザーリアはまた思案。この場合、執筆者――作り手の把握している性質は絶対。即ち、オリガの言う通り、捕まったら最後なのだろう、雷は絶対に落ちるのだろう、とは判断が付く。
ならばどうする。
「…オリガ」
「何、ロザリー?」
「雷は「人の頭上に絶対に落ちる」だけで、それ以上は特に属性はないんだね?」
「ええ。そうだけど…?」
「なら、大丈夫だ。行ける」
罠は――解けないなら解こうとしなければいいし、捕まったら終わりなら捕まらなければいいだけの事。
雷は――絶対に落ちるなら、落ちるだけは落とせばいい。
ロザーリアはあっさりそう言ったかと思うと、ここで待っていてくれ。と残して、迷いなく書斎に飛び込む。まさか問答無用でそう来るとは思わなかったスヴァンフヴィートは一拍遅れるが、この場面でロザーリアに全部いいところを持って行かれては困る! とばかりにロザーリアを追い掛けた。と、そのロザーリアはレイピアを頭上に掲げて避雷針の如く持っており――そこに雷が落ちたかと思えば、その雷のエネルギーを恐らくは魔術的な方法を以って利用、室内にある謎な諸々への攻撃手段――広範囲への電撃へと変換して、トラバサミ的な罠の数々を薙ぎ倒した。ついでにそちらにエネルギー自体が引き摺られてか、雷の方もどうやら止んでいる。
さぁ、原稿を取りに行くのなら、今だ。…ロザーリアがそう考えているのにすぐに気付いたスヴァンフヴィートは、せめてもの見せ場とばかりにオリガの机へと先に走る。一夜にして世界を巡る戦乙女の飛行能力を駆使し、電光石火の如く失敗作の原稿を確保してロザーリアの前にまですぐに戻った。そして、これで宜しいんですのよね、さぁ早く処分して下さいましな、と当の原稿を纏めてロザーリアに差し出している。
と、差し出している側から何やらその原稿が不穏に発光し――スヴァンフヴィートはぎょっとする。書斎の外から様子を見ていたオリガに限っては、あら、まぁ、などと軽い感嘆を吐いている程度に留まってはいたが――とにかくこれは、再び何かが喚び出されかかっている兆候――そう見たロザーリアもまた軽く慌てて、パンっと胸の前で両手を合わせる事で、封印を施行。…但し暫定的な一時凌ぎの封印ではある。この場では準備も設備も少々足りない――これ以上を求めるならば、大図書館に持ち帰らないと如何ともし難い。
「ッ…取り敢えずはこれでよしっ、と。…有難うスヴァン。キミの速さで持って来て貰わなければ、多分今の封印は間に合わなかったよ」
間に合わなければ、またさっきの罠や雷のような謎の何かがこの場に喚び出されていただろうね。
「ふふ。このくらいわたくしにとっては大した事ではありませんわ。お役に立ちまして?」
「そうだね。格段に手間が減ったよ。…ああ、「待っていてくれ」、などと言って済まなかったね」
「あら、やっとお気付きになりましたのねロザリー。わたくしを侮らないで欲しいものですわ」
「うーん。侮ったつもりはないけれど…ほら、雷を使うとなれば、周りも巻き込みそうだと思ったからああ言っただけなんだよ。まぁ、キミにとっては余計な御世話だったみたいだけどね」
「ええ。当然ですわ」
「…ふふ。頼もしいね。…ところでオリガ、これで原稿は全部かな?」
「どうかしら? 見せて下さいな――…ええ。確かに」
「なら、これはあたしの方で回収させて貰うよ。禁書として、厳重に封印する事を約束する。…保管の際も、極力、人目に付かないように努めよう」
「有難う。そうして貰えると助かるわ。…本当なら失敗作を残しておきたくもないのだけれど…」
そうもいかないのよね? と悩ましげにオリガは苦笑。
同じような表情で、ロザーリアの方でも苦笑した。
「オリガ程の筆力の場合、ただ破り捨てて全部なかった事にする…と言うような事は少々難しいからね。この数枚の失敗作ですら、魔力が溢れ過ぎてしまってる」
「本当。手数を掛けてしまってごめんなさいね」
「いや。困っている人を助けるのはこの女剣士ロザーリアにとっては当たり前の事だからね。気にする事はないよ。それよりまた素晴らしい作品を書いて、皆を楽しませて欲しい。その狭間で生まれ出た失敗作の始末ならあたしが幾らでも請け負うさ」
「そう言って貰えると心強いわ。有難う」
「…わたくしだって先生の助けになりたい気持ちは同じですわ」
「あら。勿論スヴァンの事も頼りにしてるわ」
決まってるじゃない、とオリガはスヴァンフヴィートと目線を合わせるようにして、にっこり。そうしただけでスヴァンフヴィートの貌は一気に紅潮する――その様を見、おやおや可愛らしい反応をするね、とやや大仰に肩を竦めるロザーリア。そんなロザーリアを見、む、と貌を赤らめたままむくれて見せるスヴァンフヴィート。ロザーリアの言い草に抗議したいのだろうが、実際にそんな貌をしていては、あまり説得力がないと言えばない。
まぁ、何にしても、これで今回の騒動が――解決した事はした。
勿論、家もいつの間にやら元通りに戻ってもいる。
後は、ロザーリアがこの失敗作の原稿を大図書館に持ち帰って正式に処理を行うのみ。
これで、大図書館の数多ある書架に、オリガ作――と言う事はロザーリアの心遣いに寄り伏せられた――名もなき禁書がひっそりと一冊増える事になる。
これにて、伝説の大小説家の手掛けた――意図せず作り上げてしまった失敗作の後片付けは、完了。
次に彼女の手で紡がれる物語は、作者本人も納得の行くような、素晴らしいものになる事を願って。
【了】
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