<PCシチュエーションノベル(グループ3)>
我らは歩く、未来へ向けて
●思案の果てに
その日、魔瞳族の青年――松浪・静四郎は、頭の後ろで手を組んで椅子の背もたれに身体を預け、じーっと天井を見つめていた。ここは静四郎が召使いとして勤務する蝙蝠の城、その中にある自身の部屋である。天井を見つめているといっても、静四郎の視線の先に何か変わった物がある訳でもない。変哲もない天井がそこにあるだけだ。
(……やはり、考えを打ち明けるべきでしょうね……)
そんなことを思いながら、ゆっくりと大きく息を吸う静四郎。そしてまたゆっくりと、吸った時よりも時間をかけて静四郎は息を吐き出した。その間も、静四郎の視線は天井に向けられたままだった。何のことはない、今の静四郎の視界には天井など入っていないのである。もっと遠く、自らの思考の先にある何かを見つめていたのだから。
「戦飼族……この種族が他の種族にも劣らない高い学力や能力を持っている、それは間違いなく……」
静四郎の口から言葉が漏れ出す。こんなことを考え出したのは、戦飼族である松浪・心語やフガクと出会って以来のことだった。一般的に、戦飼族は粗野で礼儀知らずな者が多く、識字率も低いと言われている。それはそうだ、元々戦飼族とは、戦乱の時代に白兵戦用として生み出された人造種族であるからして。戦いに関係しない事柄は、重視されていない訳だ。
ならば、その部分も重視するようになったなら、どのような変化が起こるのであろうか。いや、すでに起きているのを、静四郎は目の当たりにしている訳だ。心語やフガクの存在によって。
心語は静四郎から教育を受けて、読み書きは出来るし、そこそこ豊富な知識も身に付けている。今でも、好んで知識を増やそうとしてもいる。フガクもフガクで、冒険者としてあれやこれやと依頼を完遂させ、実績と信頼を積んできていた。こんな彼らが、他の種族より劣っていると言われるのであれば、それはおかしい話だ。
(末裔としての責任感……と言ってしまうとあれですが……いえ、それでもやはり……)
静四郎の眉間に、わずかにしわが浮かんだ。遥か昔に戦飼族を生み出したのは魔瞳族の先祖ゆえ、種族としては静四郎も決して無関係ではない訳だ。
静四郎は心語やフガクも交え、何度となく戦飼族の未来について話し合っていた。先述の通り戦飼族は人造種族ゆえ、他種族との間に子を生すことが出来ず、種としては消滅しつつあったことも、話し合いを重ねる要因の一つとなっていたことだろう。今日この後も、実は二人がやってきて話し合いをすることになっていた。
「……よし」
頭の後ろで組んでいた手を外すと、静四郎は静かに椅子から立ち上がった。その表情は何かを心に決めたのか、迷いの色など感じられなかった。
「出迎えに行きましょう」
そして静四郎は、やってくる二人を出迎えるべく、自室を出て行った。
●ある提案
「どうしたんだよ」
互いの近況など、他愛のない話をしていた最中、会話の流れをぶつっと断ち切って、心語が姿に似合わぬ野太い声を発して尋ねた。視線の先に居るのは部屋の主である静四郎だ。
「え……どうかしましたか?」
心語に向けて微笑んでみせる静四郎。だが心語はそんな静四郎をじろりと睨み付けると、やれやれといった様子でつぶやいた。
「心ここにあらずって感じだ」
「わっはっは、どうしたどうした! 仕事で失敗したのなら、話を聞こうじゃないの。な!」
フガクが豪快に笑って、静四郎の顔を覗き込む。が、静四郎の表情を見て、すっと真面目な顔になる。何か大事な話をしようとしている、そう察したのである。
「もう少ししてから切り出そうと思っていたのですけれど……」
静四郎はゆっくりと、心語とフガクの顔を交互に見つめてから言った。
「戦飼族はこの世界……ソーンで暮らしてみてはいかがでしょうか?」
静四郎がその提案をした直後から、部屋を沈黙が支配した。三人がそれぞれ、無言で誰かしらの顔を見つめているだけの時間が、しばし流れていく。
「あー……それはだな……」
そんな空気を最初に破ったのはフガクであった。
「戦飼族全てが、ということか?」
フガクが静四郎に確認する。重要な確認だ。
「ええ」
短く答え、頷く静四郎。
「根拠なく言って……るはずがない、か」
こめかみの辺りを指先でポリポリと掻きながら、心語は静四郎を見た。静四郎が嘘を言う者であるはずがないことは、心語自身もよく分かっているのだ。
「もちろん、根拠はありますよ。戦飼族の戦闘力や高い野外活動能力など、様々な能力を発揮するには、この世界は適しているのではありませんか?」
「それはまあ……な」
鼻の頭をボリボリと掻いて、フガクが答える。冒険者として、自身の能力に助けられたことは一度や二度なんかではないのだから。それは心語の方も同様である。
「何より、人々も戦飼族を差別しません」
この静四郎の言葉に、心語とフガクが顔を見合わせた。ソーンで暮らしている時に差別が全くなかったとは言わないが、戦飼族そのものが差別されるようなことは確かになかった。あった若干の差別も個人の考え方のそれで、集団や組織が行っているものでは決してなかった。
「また、ここ……ソーンには、中つ国にない技術や魔法があります。研究次第では戦飼族の寿命を延ばしたり、他の種族と子を生すことも可能になるかもしれません。わたくしたちが結果を知ることは出来ないでしょうが、これまで通り研究を続け、引き継いでいけば、いつか成し遂げられるかもしれません」
真剣な顔で二人に語る静四郎。これは非常に気の長い話だ。しかも、確実性があるともないとも言えない話でもある。この場で即座に結論を出すことなど出来やしない。
結局、この後もう少し喋ってから、心語とフガクは結論を口にすることなく、二人して静四郎の部屋から引き上げていったのだった……。
●夜通しの話し合い
その夜、フガクの常宿である海鴨亭に、フガクと心語の姿はあった。二人して部屋に入り、真剣な表情で話し合っていた。
「出来ると思うか?」
「一時に、と考えると確かにあれだが……」
心語に問われ、むうと腕を組んで考えるフガク。心語がさらに問うた。
「なら……一時じゃなかったら?」
「段階を踏む、ということか?」
フガクが尋ね返すと、こくりと心語が頷いた。
そんな二人の真剣な話し合いは、明け方まで続いた――。
●それぞれの決意
翌日、静四郎の姿は白山羊亭にあった。今日はこちらでウェイターとして働く日であった。いやはや、慣れたとはいえ兼業は大変である。
そこへ心語とフガクの二人がやってきたのは、昼下がりの客足がちょうど途切れた頃合のことだった。二人の姿を見た静四郎は休憩の許可を取ると、二人を連れて店の裏へと回った。人気がないので、話をするには都合のよい場所であった。
「中つ国へ、一度戻ろうと思う」
静四郎が口を開くよりも先に、心語がきっぱりと言い放った。
「それはつまり……?」
真意を探るような視線を心語、次いでフガクに向ける静四郎。
「試しにだな……炎帝国に残る、俺の家族を含めたごくわずかな仲間を呼びに行こうと思うんだ」
フガクが静四郎へ、自分たちの考えを伝えた。静四郎が昨日言ったことは、決して一度に出来るようなことではない。ならばテストケースとして、小規模な集団の移住をやってみるのはどうかというのが、心語とフガクが二人で出した結論であった。
「だから、その間に頼みがある」
心語が真剣な眼差しを静四郎へと向けた。
「頼み、ですか?」
「ああ。こちらに居る奴でないと出来ないことだ」
フガクもまた真剣な眼差しを静四郎へ向け、その頼みを口にした。
「聖獣王にこれまでの経緯を話した上で戦飼族の移住許可をもらい、住処を探してほしい」
「聖獣王に……」
ハッとなる静四郎。この世界――聖獣界ソーンは、存在を知っているから必ず訪れることが出来る、という訳ではない。存在を知らずに訪れることになった者たちも数多いのだ。全ては、聖獣たちの導きがあってこそである。となれば、親兄弟でも訪れることが出来る者と出来ない者とが発生してしまう可能性も……。
「……これはとても重要な仕事ですね」
ふっ、と笑みを浮かべる静四郎。だが、とてもやりがいのある仕事だ。何としても、果たさなければならない。
「最初の仲間の移住が成功したらな」
心語が静四郎へ向けて静かに告げる。
「【伝説の地】と呼ばれる、戦飼族の牢獄に囚われた仲間を助けに行こう――三人で」
【伝説の地】――それは大昔、戦飼族の先祖が自らの力を元に他の空間に作り上げた、戦いを強制されることなく平和に暮らせる戦飼族の【楽園】……だった。だがその後、強力な【魔力】を持った魔瞳族の先祖に乗っ取られ、今では【伝説の地】の噂に誘き寄せられた戦飼族を捕え、さらに完璧な兵士とするための実験施設となっていた。
「どうだ、やることがたくさんあって、退屈しないだろう? わっはっは!」
そう言って豪快に笑ってみせるフガク。実際問題、心語が今言ったことをやろうとすれば、大変な困難が待っていることだろう。だからこそ、フガクは豪快に笑ってくれているのだろう。皆の不安を、吹き飛ばすべく。
「ええ、退屈しませんね。だから――」
静四郎は姿勢を正し、心語とフガクに向けて頷きながら言った。
「信じていますよ、二人を。皆が来るのを、待っています」
●通ずる行き先は変わらない
数日後、早朝――街外れに、静四郎と心語とフガクの姿があった。旅支度を済ませた心語とフガクを、静四郎が見送ろうとしていたのである。
「では」
「ああ」
「うむ!」
微笑み見送る静四郎。いつもは無表情な心語の口元にも笑みが浮かんでいる。フガクはニカッと笑っていた。三者三様の笑顔であった。
連れ立って、しっかりとした足取りで歩いて行く心語とフガク。次第にその姿は小さくなり、やがて見えなくなった。それを見届けてから、静四郎は二人とは反対側へと歩き出した。こちらもやはり、しっかりとした足取りで。
どちらも違う道こそ歩いているが、向かう先は同じだった。そう、未来という名の行き先へ――。
【了】
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