<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


Tale 09 singing 千獣 〜炎舞ノ抄、抄ノ後

 いつも通りの、森の中。
 大きな木の枝に腰かけて、なんとなく、ぼんやりしていたところで。
 さくさく、人が歩いてくるみたいな、草を踏む足音が近づいてくるのに気がついた。

 ……誰だろう、と思った。

 私が休む場所にしている「ここ」は、人間は、あまり入ってこないはずだから。
 なのに、人間みたいな誰か、が近づいてくる気配があるから、私は、そちらにそれとなく警戒を向けておく。
 縄張りだとか、うるさいことは、あまりいう気はないのだけれど。でも、もし、『化け物』の私を狩りにきた人間、とかだったりしたら、困るから。
 その確認くらいは、する。

 ……。

 ………………だいじょうぶそう、かな、と思う。

 さくさく、草を踏む足音が止まる。





「おや」





 ……なにか、意外そうな、声がした。
 少し、びっくりした。

 ……それは、歩いてくる足音の主に、敵意も害意も、人間が狩りに使う牙――武器の、鉄とか火薬を持ってそうな匂いとかも、そういうのはなにもなかったから、放っといてもだいじょうぶそうかな、とは思っていたけれど。
 だから、向こうが私のことを気にしないようなら、それ以上の確認は――姿とかの確認も特にしないで、そのままぼんやりしてようかなって、思ってたんだけど。

 おや、って、かけられた声が、知り合いのもの、だったから。
 木の枝の上に腰かけている、私のことを、もう、見上げていたから。

 思わず、私の方でも、その姿を見下ろしている。
 姿を見なくても、声を聴いただけで、そのつもりで匂いを嗅いだだけで、それが誰だったのかは、もう、わかっていて。





 龍樹、だった。





 あれ? と思った。
 この森は、エルザードの、すぐ近く。

 ………………龍樹は、もうとっくに、旅に出てたんじゃ、なかったんだろうか。



 蓮聖が故郷の世界に帰ってから、暫くして。

 戻ってきた日常は、それでも、あんまり変わり映えはしなくて。
 残る人は残ってて、旅立つ人は旅立って、それで、私は、これまでと同じように、ここにいる。街中に――人間の中に行くこともあるし、森の中にいることもある。
 それで、いろいろ、考えて、考えながら、毎日、生きている。

 ……慎十郎は、エルザードで前のまんまの、研ぎとか、金属の直しとかするお店、相変わらずやってるし、朱夏も白山羊亭で働いてたのを知っている。……舞も、白山羊亭で働いてたのを見たことがある。
 秋白は、たまにエルザードに顔も出すみたいだけど、いないことも多い。あんまり詳しいことは話さないけど、秋白の優しい人のところに行って、なにか、やることを見つけたんだろうなって、思う。……たぶん、だいじょうぶになったんだなって、気がした。

 で、龍樹は。

 ………………じゃなくて。

 臨森、だったっけ。
 ……龍樹じゃなくて、臨森。

 なまえ。

 龍樹は、旅に出るに当たって、臨森って号を名乗ることにしたとか、いってたから。元々持ってる名前ではあって、なにかの時には使ってたらしいけど、普段の呼び名には使ってなかったらしい名前だ、って聞いた。けど、旅に出るに当たって、これからの自分を戒めるために、そっちを使うってことにしたらしくて。私にはどういうことだかよくわからなかったけれど、龍樹は、そうしたくて、そうした、らしい。
 ただ、呼びにくいようだったら、龍樹で構わないともいってくれたけど。でも、自分では、臨森って名乗るって、いっていた。
 だから。





「え……と、りん……しん……?」
「龍樹で構いませんよ」
「でも、名前、そっち、呼んだ方が、いい、かな、って」
「お気遣い有難う御座います。ですがいちいち悩みながら呼んで頂くようでは、話すのに障りになるようで申し訳無いかと」
「……気遣いとか、申しわけないとか、ないけど」

 それより。

「なんで、ここ、いるの」
「ひょっとしたら、千獣さんがいらっしゃるかと思いまして」
「……わた、し……?」
「ここはちょうど、エルザードに近い森だったと気が付きましてね。少し歩き回ってみていました。まぁ、思い付きからの気まぐれではあったのですが。まさか本当にお会い出来るとは思っていませんでしたよ。御無沙汰しております」
「……うん。ひさし、ぶり……」

 私の方でも、そう、返す。
 ……うん。ひさしぶり、だったと、思う。



 それから、少し、話をした。
 ……その話の中で、龍樹は――えっと、臨森は、実のところちょくちょくエルザードに戻っているんだってことがわかった。考えてみれば、臨森の持っている力ならそういう魔法的な移動はあっさりできるんだったって思い出す。……そもそも、『獄炎の魔性』だった時の臨森は、あちこちで脈絡なく突然現れて突然消えるとか、そんな風にいわれてたわけで、私自身も、臨森が土みたいな色の炎と化して急に掻き消えたりするのを見たことはあって。その力は、今だって別になくなったわけじゃないはずで。……それを、結構、普通に使ってる、ってことらしくて。
 そうなると、旅といいつつ、あんまり旅でもないような、と、なんとなく首を傾げてしまったりもする。

 臨森がこの森にきた本当の理由は、私じゃなくて、ある植物を探しにきたってことだったらしい。同じ植物が生えてるところ、って目指して探して、あちこち脈絡なく移動できるあの能力で飛び回ってて……その飛んだ先の内、一ヶ所がたまたまここだったのだとか。
 その植物がなんなのかと思えば、ある村で不足している、とある薬の代用品になり得るものなのだとか。頼まれたというより、その村で信用を得るための第一歩らしくて、自分から、探しにきたってことらしい。

 そういうことなら、せっかくなので、私もお手伝いしてみる。
 結構、すぐに見つかった。





「……薬草、見つかったら、その村に、すぐ、戻るの?」

 つまり、エルザードには寄らないで。
 そう訊いたら、臨森は少し考える風を見せて。
 ついでですから皆のところにも顔くらい出していきましょうかって、いっていた。



 ……それで、せっかくだから、私も一緒にエルザードに行く、って話にもなったけど。
 でも、私と臨森、お互いの移動方法がぜんぜん違うってことを忘れてた。ここはエルザードと近い森、といっても人の足でその間を移動するにはさすがに少し距離がある。私の中にいる獣の脚を使えばすぐだけど、臨森の場合は……能力を使って直に街に転移して出るのが一番手っ取り早い。……たぶん、臨森なら私と同じように走れば走れるだろうけど、そこは、わざわざ私に合わせてもらうべきことじゃないような気がする。
 なので、着いたところで落ち合うことにして、いったん、別れた。





 程なく、エルザードの街に着く。
 落ち合う先は、白山羊亭と約束してある。
 ……臨森は、やっぱり先に着いていた。

「お疲れ様です」
「いらっしゃいませ」

 店の中では、臨森が着いてるテーブルの側に朱夏が居て、臨森と二人で迎えてくれた。
 それから、臨森が、今日は舞はいないんだなって、朱夏に訊いている。

「舞様でしたら、臨森さんのお店です。やっと目処がついたみたいで、今日着工するそうですよ」

 ?

「……めど? ……今日、ちゃっこう?」

 って、なんだろう。
 首を傾げて、そう訊いてしまう。
 と。
 工事を始めるってことですよ、って朱夏が教えてくれた。
 それを聞いた臨森は、なにやら、苦笑している。

「もうそこまで話が進んでいるのか。私はしなくていいと言ったんだが」
「でも、廃墟にしたまま放っておくのも寂しいですよ?」
「当の店主がこの通りなんだぞ?」
「なら、お店は舞様にお任せしたらいかがです?」

 ……えっと。

「臨森が……前に、やってたって、お店、の、こと……?」

 前に、臨森が、壊して、今は、廃墟になってるっていう、建物。
 古道具を扱ってたっていう、お店。
 まだあまり拓けていない、エルザードから、少し外れたところにあるっていう。
 ……私も、そのことは、前に、聞いたことがあった。

「その通りです。舞姫様が、元通りに建て直そうって言い出してましてね。…私の方はもう、店を続ける気は無かったので…乗り気では無かったのですが」
「私は、舞様がどうしてそうなさりたいのか、わかる気がしますよ?」
「そうか?」
「行ってあげて下さいな」

 朱夏は微笑って、臨森にそう勧めている。



 それから、ちょっとだけ、他愛もない話もしながら、お茶をして。
 臨森と私は、白山羊亭から出た。……本当に他愛ない話で済むくらい、ひさしぶりの再会って感じは薄くて、やっぱり臨森、結構こまめに帰ってるのかなって、気はした。
 次に向かったのは、慎十郎のところ。……白山羊亭の面してる道のすぐ裏通りだから、すぐに行ける。
 顔を出したら、おう、帰ってきてたか、姐さんも、と臨森も私もすぐに迎えられた。……なんとなく、慎十郎の声が若干高くなっているような気がした。嬉しい時とか、機嫌のいい時とかの人間の声は、そうなる気がする。
 臨森がきたから、かもしれない。

「…舞姫の事は、耳に?」
「ああ、こっちでのお前の店直すって話だろ。……俺んとこでも刀剣とか所蔵品の修復やらせて貰ってるぜ」
「それは有難い話なんですが」
「他は有難くねぇってかい」
「…申し訳無い気がして」
「だったら放っとけよ。舞姫も俺も、やりてぇからやってるだけだ」

 やりたいから、やってる。
 臨森がやってたお店を、直すこと。
 ……どんなところなのかなって、ちょっと興味が湧いた。
 なんなら、私も、お店、直すお手伝いを、しても、いいし。

 ……そういったら、千獣さんまでそう仰いますか、とか、臨森が複雑そうな貌で苦笑していた。



 それから、臨森がやってたっていうその店に、向かってみる。
 これも、少し距離がある場所だった。……エルザードから、私がいつもいる、森くらい。

 着いたら、なんだか、結構、たくさん、人がいた。切り出された建材とかも、置いてあった。
 白山羊亭を直してた大工さんたちと、同じ人もいた気がする。
 舞も、いた。

「あっ、臨森さん」
「…ここまで本気ですか、舞姫様」
「勿論! ここは、直しておいた方がいい場所ですからね」
「そう思いますか」
「あんまり長く放っておいたら悪いものが湧くし、幾ら旅に出てたって、帰る場所は必要でしょ?」
「それは。帰る場所は『場所』である必要はないと思っているんですが?」
「それでも。ここは、あった方が――臨森さんが人間でいられる」

 ……。

 あった方が人間でいられる。
 臨森にとって、そういう「なにか」がある、場所ってことなんだろうか、と思う。

「蓮聖様が、用意したお店――家、なんだもんね」
「! ……そう、なの?」

 ここは。

「うん。多分、蓮聖様と臨森さんの二人で、自分たちで建てたんだよね。ソーンに来たばっかりの頃は、臨森さんの『魔性』は色々不安定だって思われてた筈だから――極力他の人たちと関わるのを避けてた筈だし、エルザードとか近隣のどの大工さんたちに訊いても、手掛けたって話は無かったしね」

 ……蓮聖と、臨森で建てた家。
 そういうことなら、なにか、想いがつまってるとか、あるのかもって気はする。

「…。…だから、こうなってしまうと、どうにもさわれなかった、と言うのもあるんですが」
「だから。あたしがやってるの」
「…舞姫様」
「後生大事に『放って』おいて、蓮聖様がここに戻って来た時、魔物うじゃうじゃ湧いててもおかしくないような廃墟のまんまのこの場所見せるつもりな訳?」
「…蓮聖様は」
「戻って来れるよ」
「――」
「このあたしが言ってあげる。蓮聖様はまたソーンに来る」

 舞は、当たり前みたいにそう言い切った。
 臨森は、舞にそう言い切られて、軽く目を瞠っていて。
 なにも返せないでいる、みたいで。

 私は。

「……そういうこと、なら、私も、直すの、手伝う……なに、したら、いい……?」

 舞に、そう申し出た。



 たぶん、こうすることが、蓮聖の望みを繋ぐ、助けになるんじゃないかって、思えたから。
 舞も、そう考えて、ここの建て直しをしようって決めたんじゃないかって、気がする。

 ……たぶん、臨森の、心の整理は、ついてるようで、ついてない。

 そんなに、簡単に、つくものじゃないってことは、私にも、わかるけど。
 でも。
 きっと、たくさん思い出のあるこの建物が、元通りに、直ったなら。
 臨森の心も、ほんの少しくらいは、ほぐれるんじゃないかって、気がする。

 作ったのも臨森で、壊したのも臨森。
 この場所にさわれないのは、理屈じゃないのかもしれない。
 ……もう、自分がさわっちゃダメだって、そう思えて、仕方ないのかもしれない。

 本当のところは、どうなのかは、わからないけど。

 でも、臨森も一応、私と一緒に、建て直しの手伝いは、少しだけ、していった。
 舞の気持ちを察したのかもしれない。
 ……舞にいわれたことを、信じたくなったのかもしれない。



 ほんの少しの間そうしてから、臨森はまた、旅立った。
 ……というか、私のいた森にきた目的だった薬草を届けるため、旅先の村へと戻った、らしい。
 ぜんぜん、こだわる感じも、なにもなく。ちょっと、どこかに出かける、みたいな感じで。

 それでまた、私は、代わり映えのしない日々に、戻ることになる。
 舞のお手伝いをしたり、他のところで依頼を受けたり、森でぼんやりしたりしながら、いつも通りに日々暮らす。…そんな中、また、今日みたいに臨森と顔を合わせることも何度かあった。
 秋白とも、同じ。…たまにだけど、結構、普通に、顔を合わせることは、あって。





 ずっとずっと、そうやっていて。
 臨森のお店兼家も、建て直しなんかとっくに終わって。舞とか朱夏とか慎十郎が、持ち回りで管理するようになって。…時々は、そこに臨森も顔を出すように……出せるようになって。

 ……もう、どのくらい経ったんだったっけ、って、ふと疑問に思う頃。





 朱夏とそっくりな、でも髪とか肌とかの色素がすごく薄い、子供みたいに小柄な人がソーンに来訪したって、話に聞いた。





 私にそれを教えてくれたのは、秋白だった。…たぶん今、私が秋白と顔を合わせたこと自体は偶然だったんだと思う。でも、そこにいた私が、私だって気づいた時点で、秋白は、聞いてよって、身を乗り出して私に迫ってきて。秋白の方でも、つい今し方、偶然、その話を聞いたところ、だったみたいで。
 なんか、黙ってなんかいられないって感じで、今にも確かめたいって、衝動に駆られてるみたいで。それで、その時、たまたま見つけた私に……秋白とか蓮聖たちの事情を知ってる私を捕まえて、相談するみたいに、声をかけていた、みたいな感じで。

 ……私も、確かめたいと思った。

 でも、その人は、蓮聖なんて名乗ってないらしくて。
 でも、蓮聖なら、役目を果たした後なら記憶はなくなってるって話のはずだから、それで、間違いないのかもしれなくて。
 どうなんだろうって、思って。

 急いで、秋白と、その人のいるだろうところに、行ってみる。別に、隠されてるわけでもないから、近くの人たちに話を聞いて回ったら、すぐにそれらしい人は見つかった。龍樹とか、朱夏とか、みんなにも知らせるべきだって、思ったけど、それより先に。まず、今すぐそこにいるっていうなら、確かめるのが先って、思って。





 匂いも、追う。
 話しかけてみる。

 振り返ってくる。

 ……その人は、自分が呼ばれたって、わかってくれたのかもしれない。
 こちらを向いて、軽く驚いた風を見せたかと思うと、小さく微笑って、会釈をしてくれた。

 それだけで、充分だった。
 細かい仕草が、表情の作り方が、匂いも、そのままだったから。





 私が、私たちが、ずっと信じて、待っていた通りに。


【炎舞ノ抄、抄ノ後 了】



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 登場人物紹介
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■PC
 ■3087/千獣
 女/17歳(実年齢999歳)/獣使い

■NPC
 ■佐々木・臨森(龍樹)
 ■朱夏
 ■夜霧・慎十郎
 ■舞
 ■秋白

 ■風間・蓮聖