<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


夢と現と

 夜中にふと目が覚めた。何があったと言うわけではないのだが何となく。
「……」
 のそりと起き上がり、熱くなった頬と激しい動悸に胸元を押さえる。
 何だったのだろう……今の夢は……。
 夢だと分かっていても、あまりにもリアルすぎた。唇に当たる暖かな感触も、囁きあった愛の言葉も、吐息も全てが本物としか思えない。
 カーッと立ち昇る熱に、酷く動揺してしまっていた。
 夢だと分かっていても、あまりにもリアルすぎる夢。3人が揃って結婚式を挙げるなど、前代未聞だ。
 現実でいくら3人が恋人としてめでたく結ばれたとしても、この夢は少しばかり心臓に悪い。
(何て夢を見てしまったんだろう……)
 レインは顔を赤らめながらもそもそとベッドから降り、服を着替え始める。プツプツとボタンを留めながら小さくため息を吐いた。
「こんな話、さすがに2人には出来ないよ……」
 寝起きから動揺しているのを何とか隠さなければ、変に思われてしまうに違いない。今日も、夜ではあるのだが3人で出かける約束をしていた。
 今から逢う以上、何とかいつもと変わらない風を装わねば。
 レインはすぅっと息を吸い込むと自分に気合を入れ、そして部屋を後にした。


                      ****


 街外れの湖に出かける事になっていたレインは、夜の街中を歩いて待ち合わせ場所まで向かう。
 周りには誰もいない。野良猫一匹すら通っていない中、待ちの出入り口でもある門に来ると先に到着していたブランネージュ、ローズマリーと落ち合った。
「こ、こんばんわ。ブランネージュさん、ローズマリーさん」
「こ、こんばんわ。今日も良い天気ですわね」
「こ、こんばんわ……」
 3人は顔を合わせると、不思議に3人ともやけにぎこちない。そして微妙なぎこちなさが生まれていた。
 そわそわと落ち着きなく、誰からともなくチラチラと様子を窺うような素振りを見せたりと動きが落ち着かない状態だった。
「と、とりあえず、泉まで出かけましょう」
 ローズマリーの提案に2人が頷き返して街を後にする。
 泉までは街から徒歩でおよそ5分圏内にある、街人たちにとっても憩いの場として良く知られている場所だった。
 四季折々の風景を見せてくれるその泉は、家族連れは然り、カップルにとっても非常に利用されている憩いの場。
 3人が泉に辿り着くと、やはり夜と言うこともあってか人の気配はまるでしない。しんと静まり返った泉には、ぽっかりと白い月が浮かびキラキラと光り輝いていた。
 ひとまず、泉の傍に設置されていたベンチにレインを挟むような形で3人が腰を下ろすと、やはり何か目に見えない壁があるかのように空気が硬い。
「き、綺麗な夜ですわね」
「そ、そうですね」
 不思議と会話も続かない。
 レインはチラリと左隣に座っているブランネージュを見ると、思いがけず目が合ってしまう。
 ブランネージュはさっと顔を赤らめて視線を逸らし、もじもじといつもの彼女らしくなく膝の上に揃えて置かれた手を動かしていた。
 次に右隣に座っているローズマリーを見ると、彼女もまた視線がかち合った瞬間にパッと赤らんだ顔を逸らし、胸元で手を握り締めている。
 この状況は……もしかすると……?
 あまりに3人が同じような雰囲気をしている事に、誰からともなく同じように勘付いた。
 もしかして……皆で結婚する夢を見た?
 などと訊ける筈もなく、落ち着きない様子でブランネージュが最初に口を開く。
「レ、レインさんもマリーも、何だか落ち着きがないみたいですわよ?」
「そ、そう言うお嬢様も落ち着いていませんよ」
 そんな事はない、と言わんばかりにブランネージュは肩を竦めて見せる。だが、やはり3人が3人とも同じようにお互いを意識しあっているのは流石に何かある。
 今度はレインが恐る恐る口を開いてみた。
「ボ、ボク、実はさっき……変な夢をみたんですよね」
「え!? ゆ、夢?」
「そ! そうなんですか?」
 夢、と言うキーワードに、やたら強い反応を示すブランネージュとローズマリーに、レインは確信に近い何かを得た気がした。
 お互いに顔を染めてそわそわと落ち着きがない。チラチラと意識ばかりして、踏み込んだ話をしてこない。そこを思うともうそうだとしか思えなかった。
「な、何でそんな、夢で過剰に反応するんですか?」
 レインが探るように訊ねると、2人はうろたえながら視線を逸らす。
「過剰だなんて、そ、そんな事ありませんわよ?」
「え、えぇ、別に普通です、けど?」
「そ、それで? 変な夢って、どんな夢ですの?」
 顔を真っ赤に染めながら、ブランネージュがぎこちなく訊ね返してくると、レインもまた顔を赤く染めて俯きながら口を開く。
「け、結婚……」
「え!?」
「け、結婚!?」
 結婚、と言うキーワードに、夢の時以上のリアクションを示す2人。するともう、レインは完全にそうだと思えた。
 ここにいる3人は3人とも同じ夢を見ている、と言う事を……。
 今思い返しても、夢でかなり恥ずかしい事を色々とお互いに伝えていたような気がする。それを思うと、どうしようもなく恥ずかしくなった。
「べ、別に、結婚の夢なんて、よく見るんじゃないんですの?」
「そ、そうですよ。お花畑でとか、ありがちですよね」
 笑いながら賛同するローズマリーに、レインとブランネージュは同時に同じ言葉を呟いた。
「お花畑……」
「お花畑……?」
「え……?」
 ローズマリーが顔を赤らめたまま目を瞬き、こちらを見つめてくる2人を前にうろたえる。
 彼女が呟いたキーワードが全てを一致させた。3人はお互いに顔を見つめあい、ブランネージュが恐る恐る見た夢の話を切り出す。
「この3人が、揃って結婚式を挙げる夢……」
「え? ブランネージュさんも?」
「お嬢様も、その夢を見ていたんですか?」
 頓狂に声を上げるレインとローズマリーに、ブランネージュは緊張感からか堪らずぷっと吹き出してしまった。
「や、やですわ。みんな同じ夢を見ていたって事ですのね?」
「そ、そんな事があるんですね……」
 3人は顔を見合わせあいながら硬い笑みを浮かべて笑いあった。
 まさか本当に同じ夢を3人同時に見ているとは、こんな偶然があるのだろうか……。そう思った矢先、ローズマリーがおずおずと口を開く。
「あの……私、聞いた事があるんですが……。私達が見た夢は、結婚できるほどの仲のカップルが見れるもので、尚且つその意思がある場合にのみ見られるらしいです」
 その言葉に、思わず動きが止まってしまった。
 結婚できるほどの仲のカップルで、お互いに結婚の意志がある場合にのみ見られる夢……?
「と……と、言う事は……」
「私達3人とも……」
「結婚したい、と思っているって事……です、の?」
 ブランネージュの言葉に、3人は体中が熱く赤く染め上がるのを自らの体で感じていた。
 顔を伏せ、ガチガチに体を緊張させたまましばしの間沈黙が落ちる。
「ボクたち、一つの夢を共有していたって、事ですよね……?」
「そ、そうですわね……」
「じゃあ、あの、夢の中のプロポーズの言葉は……」
 夢の中、お互いにプロポーズしていたあの言葉は、その意思があるもの同士が見た夢と言うからには無意識にも本当のことだったと言える。
 意識していないところで、熱烈なプロポーズを囁いていた事を思い出すと堪らなく恥ずかしさがこみ上げてくる。が、ここにいる3人は皆同じ意思を抱いているのだ。
 3人が結婚を夢見ている。もうお互いの気持ちは隠す必要などどこにもない。そう思うと照れはあるものの腹が据わったような気持ちになった。
「ボクたちに、そう言う気持ちがあるんだったら……」
 レインはその場にすくっと立ち上がってぎゅっと手に拳を作ると、驚いたようにこちらを見上げている二人を見つめた。
「ブランネージュさん、マリーさん……」
 レインは2人に手を差し伸べると、一度ごくりと喉を鳴らした。そしてすっと息を吸い込み自分を落ち着かせると、意を決したように口を開く。
「ボクと結婚、して下さい……!」
 そう言い切ってきつく目を閉じ、ペコリと頭を下げる。
 ローズマリーもブランネージュも、目の前に差し出されたレインの手を見つめ、そして互いに顔を見合わせるとクスッと微笑んだ。そしてお互いにレインの手を取ると嬉しそうな満面の笑みを浮かべてみせる。
 手を取られたレインがパッと顔を上げると、2人は同時に口を開く。
「はい、喜んで!」
「……っ」
 断られる事はあり得ない答えの分かっているプロポーズだが、3人にはこの上ないほど感無量で幸せだった。