<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


懐かしい萌黄色













 ふと、起きてから何をするでもなく時計を見上げたキング=オセロットは、規則正しく動く秒針をただ瞳で追いかけ、湧き上がった思いに瞳を伏せた。
 いろいろな事が起こり、いろいろな事に遭遇した。コールが倒れ、ルミナスが姿を消した事もあった。けれど、今は出会った頃のままではなくともコールは目覚め、ルミナスも戻ってきた。その原因となったヘリオールについては、もう少しやりようがあったかもしれないとは思うが、ルミナスもルツーセも無事だったことを考えれば、高望みとなるのだろう。
 ひょんな事で知り合ったカナリーも、コールとルミナスの妹であったし、こうして再会も果たした今、あおぞら荘はこともなし。
(……そろそろ潮時か)
 そんなことを考えながら、秒針を追っていた意識はいつの間にか外れ、部屋のドアノブに手をかけていた。
 道すがら購入したお茶とお菓子を持って、あおぞら荘の扉を開ける。
 カランと鳴るドアベルの音が、耳に優しく響く。
「いらっしゃい!」
「こんにちは、ルツーセ」
 前と変わらず何時ものようにホールで出迎えてくれたルツーセに、オセロットは優しく微笑みかける。先日の事などまるで無かったかのように――きっと心の中には残っているのだろうが――明るい笑顔を浮かべてくれている事にほっとした。
「もう、大丈夫そうだな?」
 その笑顔に、深く問いかける事はせず、現状を確認する。
「うん。本当にありがとう」
「他の皆は?」
「呼んでこようか?」
「宜しく頼むよ」
 狭そうに見えて変な所で広いあおぞら荘の中を、それぞれ探して尋ねるよりは、つれて来てもらった方が早いに決まっている。
「こんにちはオセロットさん」
 ホールから部屋へと続く廊下に駆け出したルツーセと入れ替わるようにルミナスが現れた。
「貴方も、もう大丈夫そうだな」
「ええ……ご心配をおかけしました」
「そうだ。お茶とお菓子を持ってきたんだ」
「何時もありがとうございます。では、早速お茶を淹れますね」
 オセロットから差し出された手土産を受け取り、ルミナスはそのままキッチンへと向かう。
 ティーセット一式をトレーに乗せてホールへと戻ってきたルミナスは、オセロットが座るテーブルで紅茶を入れ始める。
 紅茶のフレーバーが淡く漂う中、複数の足音が聞こえ、ルツーセが誰かを連れて戻ってきたのだと分かった。
「ごめんね〜オセロットさん!」
「下の弟達は丁度カナリーに連れ出されてしまっていてね」
 謝りながらホールに戻ってきてルツーセの後を追うように、ゆったりとした動作でホールに入ってきたコールが、言葉を続ける。
「構わないさ」
 残念と言えば残念だが、連れ出されたという言葉から、皆元気なのだろうという事が、簡単に想像つく。
 それならば、別にいいのだ。
「アクラがね〜居ると思うんだけど、見つからなくて」
 もう少し探してくる! と、言葉とともにホールに背を向けて駆けていったルツーセを見送り、コールは二人に近づくと、オセロットに一度了承を取り、向かいの椅子に腰を下ろした。
「兄さんもどうぞ」
「ありがとう」
 目の前に出されたカップに口をつけ、コールは微笑む。その様子にほっとしたような顔を浮かべたルミナスの様子に、日常が戻って居る事を実感する。
「――旅に出ようと思う」
「え、突然どうしたの!?」
 話に割り込んできたのは、血相を変えたアクラだった。何処から現れたのか、オセロットの顔にずいっと身を乗り出して、口を尖らせる。
「どうして? 何で? オセロットちゃんが居なくなったらボクが寂しいよ!」
「これといった理由はないが、頃合だと思ってね」
 そんなアクラの様子に、オセロットは肩をすくめるように笑って答える。
「出発の日取りは決めているのか?」
 冷静にそのやり取りを見守っていたコールは、勿論アクラの味方をするわけでも、旅に出ることを止めるわけでもない。オセロットがそうと決めたのなら、止める権利を自分は持ち合わせていない。
 オセロットは、淡く湯気を放つ紅茶を一度口に運び、ゆっくりとカップをソーサーに戻す。
「いつ何時と決めているわけではない」
「決めたら、教えて欲しい」
「いや――……」
 彼らはきっと総出で見送ってくれるだろう。それが嫌だというわけではないのだけれど、自分がこれから進む旅の始まりにそれはなんだか違う気がして、オセロットは首を振る。
「姿が見えなくなったら、そういうことだと思ってくれ」
「送る言葉くらい言わさして欲しい」
「そうですよ。知らずに居なくなってしまうのは寂しいです」
「それでは、気が変わって直ぐに帰ってきてしまったらかっこ悪いだろう?」
 悪戯っぽくそう言えば、コールはくすっと笑い、ルミナスは一瞬瞳をきょとんとさせ、その後困ったように微笑んだ。
「やーだー! 絶対やだー!!」
 そんなコールとルミナスとは対照的に、アクラは涙目で首をブンブン振って、しまいにはオセロットの服をぎゅっと握り締める始末。
「そう言ってくれるのは、嬉しいのだけどな」
 これはもう決めた事だから。
「あー居たー!!」
 アクラを探してあおぞら荘内を駆け回っていたルツーセは、ホールに戻ってくるなりオセロットにすがり付いているアクラを見つけ眉根を上げる。
 やれやれと笑うオセロットから、ルツーセはアクラを引き離す。
 それから、5人でどれだけ話し込んでいたのだろう。
 気がつけば外は綺麗なオレンジの夕焼け空に変わっていた。
「もうこんな時間か」
 オセロットは椅子から立ち上がり、そろそろお暇するよ。と、声をかける。
「世話になったな。今までありがとう」
「こちらこそ、ありがとう。オセロット、これを――」
 差し出された手を受けるように反射的に手を出せば、その上に懐かしい萌黄色の民族的なバンダナが落ちてきた。
 懐かしい。
 最初にコールと出会った時に、彼が身につけていたものだ。
「要らないだろうが、出来れば持っていって欲しい」
「……ありがとう」
 彼なりの餞別なのだという事は直ぐに分かった。
 オセロットはバンダナを握り締める。
 例えこの先二度と戻る事が無かったとしても、この旅を終えたいと思ったら、何時でもここに帰る場所があるのだと、言われている気がした。


















fin.








☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2872】
キング=オセロット(23歳・女性)
コマンドー


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 あおぞら荘にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 足掛け何年になるか分かりませんが、ブランクの期間を含めましても長い間コール達や当方の世界観にお付き合いくださりありがとうございました。情報の小出しなど、分かりにくい部分もあったかと思いますが、それでも関わってくださって本当に嬉しかったです。
 こうして兄弟達にとっては幸せと呼べる結果になった事、オセロット様のお言葉大変助かりました。
 また別の機会、別の世界で会う事がありましたら、宜しくお願いします。

 さよならではなく、またどこかで!