<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


本当の挙式

 夢で見た教会は、神父も無く、彼らを祝う人々も誰もいない閑散とした場所だった。
 真っ白い壁が空の蒼に映えるかのようで、祝福の鐘の音がいつまでも鳴り止まず、白い鳩が空を羽ばたいていく。
 それはどれも夢の中での話しで、人々の間ではそこで挙式を挙げる者は幸せになれるのだと言う都市伝説さえ生まれている。
 レインも、ブランネージュもローズマリーも例外なく揃ってその教会での挙式を夢で見ていた。そして今、その教会の前に白いタキシードを着込んだレインが一人、立っている。
 目の前で締められた扉の取っ手に両手をかけ、そっと開いてみると眩しいほどの明るい光に包まれていた。
 色とりどりのステンドグラスに彩られた陽の光は、左右に規則正しく並べられた長椅子と神父のいない祭壇を照らしている。
 ゆっくりと足を踏み入れ、レインはぐるりと教会の中を見回しながら呆然とした表情をしていた。
「……嘘みたいだ……」
 コツコツと靴音を鳴らしながら祭壇に近づき、そっとそれに触れてみる。そしてそこから教会の入り口の方を振り返ると見覚えのある景色に溜息が出た。
「夢の中と全く同じ……何の遜色もなく、寸分違わない……」
 今自分は実は夢を見ているのじゃないかと疑わしく思ってしまうが、これは夢でなく現実のもの。ついこの前ブランネージュとローズマリーにプロポーズをしたのを、しっかりと覚えている。あの時取った手のぬくもりも現実のものだった。
 レインは教会の入り口からもう一度祭壇へと振り返り、眩い光を反射するステンドグラスを見上げた。
 今日、確かに自分は結婚するのだと、改めて心の中で呟く。
 夢の中と同様に、2人を自分の花嫁として迎えるのだ……と。
 そう考えると、途端にレインの胸はドキドキと高鳴り出した。本当にこれは夢じゃないのだろうか? 本当のことなのだろうか?
 夢に浮かされているような気分が拭いきれない。
「レインさん」
 恍惚とした表情でステンドグラスを見上げていたレインの耳元で、突然名を呼ばれビクッと肩を震わせた。
 咄嗟に声のしたほうを振り返ると、いつの間にか純白のウェディングドレスを身に纏ったローズマリーの姿がある。
「マ、マリーさん……」
 夢で見たときと同じように、とても綺麗なマーメイドドレス。体のボディラインを綺麗に浮き上がらせたドレスは、ローズマリーの小麦色の肌を際立たせていた。
「ど、どうでしょう?」
 恥ずかしそうに頬を染めて、ブーケを手に持ったままやや上目遣いにレインを見つめてくる彼女の姿は、可憐と言う言葉が良く似合う。
 レインは赤い顔をしてどぎまぎしながらも、頷く。
「と、と、とても綺麗です……」
 精一杯心を込めてそう告げると、ローズマリーは真っ赤に顔を染めて嬉しそうに微笑んだ。
 すると今度は逆の方から耳元に囁かれた。
「レインさん、わたくしも見て?」
「ブ、ブランネージュさん」
 色香漂う声音で誘われ、弾かれたようにそちらを振り返ると、ブランネージュが少しだけ拗ねたようにこちらを見つめていた。
 胸元が大きく開いたプリンセスドレスを身に纏ったブランネージュもまた、ローズマリーとは違う色気が漂っている。普段から色気漂う人だと言うのに、胸元が強調されて目のやり場に困った。
 レインは顔を真っ赤に染め上げ、ブランネージュから視線を僅かに逸らしながらぎこちなく口を開く。
「ブ、ブランネージュさんも、凄く綺麗ですよ」
「ふふふ。嬉しい」
 褒められたブランネージュもまた顔を赤く染めて、ブーケを顔の前に持ってくると嬉しそうに微笑んだ。
 美しく着飾られたウェディングドレスを身に纏った絶世の美女を前に、レインは頭がくらくらしそうだった。いや、実際に少し眩暈を起こしているのだが……。
 本当にこの2人を一度に花嫁として迎え入れていいのだろうか?
 そんな想いが胸中を渦巻く。
 悶々とそんな事を考えていると、ふいにローズマリーが周りを見回しながらレインの胸中を代弁するかのように呟いた。
「まだ、夢を見ているような気分です。こうして3人で、夢で見たこの場所に立っているだなんて……」
「えぇ、本当ですわ。夢見心地から抜け出せませんわ……」
 うっとりとしたまま、ブランネージュが続けてそう答える。
 そんな2人を見つめていると、レインは早く現実のものにしたくなった。2人をもっと自分の花嫁として実感したくなり、レインは二人の手をぎゅっと掴んだ。
「誓いの言葉……交わしませんか……?」
 おずおずと照れくさそうにそう言うと、くるりと振り返ったブランネージュとローズマリーは心底嬉しそうに微笑んだ。


 教会の教壇の前にしゃがみこんだ2人の手を取り、レインは一人ずつ顔を見つめ誓いの言葉を囁く。
 レインは最初に、ブランネージュを見つめた。きゅっと手を握り締める。
「ブランネージュさん」
「はい」
「ボクは、生涯をかけてブランネージュさんを愛する事を誓います」
 そう呟くと途端に顔が熱くなる。それはブランネージュも同様で顔を真っ赤に染め上げながら微笑んで小さく頷き返した。
「マリーさん」
「はい」
 ブランネージュと同様に今度はローズマリーを見つめ、握る手にぎゅっと手を握る。
「ボクは、生涯をかけてマリーさんを愛する事を誓います」
「嬉しい……」
 ローズマリーも顔を真っ赤に染め、目に涙を薄っすらと浮かべながら微笑み返してくる。そして、しゃがみこんでいた2人が立ち上がると、今度は2人からレインへ誓いの言葉を囁く。
「レインさん」
 最初に切り出したのは、ブランネージュだった。
「わたくし、もうこれ以上ないほどあなたの事が大好きです。だから、あなたに生涯かけて寄り添う事を誓いますわ」
「レインさん」
 ブランネージュに続き、ローズマリーも誓いの言葉を囁く。
「わたしも、レインさんのことお嬢様と同じくらい大好きです。ですから、あなたの為に生涯かけて愛し続けることを誓います」
「ブランネージュさん、マリーさん……」
 2人を交互に見つめ返したレインも、嬉しそうに微笑み返す。そして握っていた手を離し、用意していた指輪に手を伸ばした。
 まず一つ目はレインからブランネージュへ。そして続けてローズマリーの指にそっとはめる。
 これが、夢の時と同じようで、伝わってくる感触はどこまでも本物だと確信させた。
「次はレインさんですわ」
 そう言ってブランネージュが最後の指輪を取ると、それをそっとレインの指にくぐらせる。そして真ん中まで進めるとその続きはローズマリーが最後まではめさせた。
 3人の薬指に指輪がはまるとレインは緊張した面持ちで2人を見上げる。するとブランネージュはそっと膝を軽く負ってしゃがみ、レインは彼女の顔に掛かっていたヴェールを持ち上げた。と、同時に立ち上がったブランネージュとレインはどちらからともなく、吸い寄せられるかのように顔を近づけると誓いのキスをした。そして、レインはローズマリーを振り返ると今度はローズマリーは軽く頭を下げた。ブランネージュと同様にヴェールを持ち上げてやると、照れくさそうに微笑みあった2人はそっとキスを交わす。
 もしかしたらここで夢が覚めて、何事もありませんでした。なんて事がないことを願いながら、3人は結婚証明書にサインをする為にペンを走らせた。
 最後にレインが自らの名前を書き終えてペンを置くと、同時にほーっと溜息を吐く。
「……わたくしたち、本当に結婚したんですのね」
「本当の本当なんですよね」
 まだ信じられないのか、そう呟いた2人に対しレインは大きく頷き返した。
「はい。本当です。マリーさんもブランネージュさんも、ボクの……正式なお嫁さんになりました」
 レインが恥ずかしそうに微笑み返すと、ようやく2人も現実味を帯びたのか眩しいほどの笑みで微笑み返してきた。
 結婚式としての工程が全て無事に終わり、レインを真ん中に両腕をブランネージュたちが組むと真っ赤なヴァージンロードを楽しげに笑いあいながら歩むのだった。
 この時3人は、不思議とお互いの結びつきがこれまで以上に強くなったような気がしていた。
 祝福の鐘が鳴り響く教会前で、晴れてフレックマイヤー夫人となった二人。入り口で呆然としていたレインを振り返り、ブランネージュはくすっと悪戯っぽく微笑む。
「これでわたくしたち、フレックマイヤー夫人になれたんですのね。これからもよろしくお願い致しますわ。あ・な・た」
「〜〜〜〜〜〜っ!!」
 ウィンクしながら、からかうようにそう言うとレインは湯気が立つほどに顔を真っ赤に染め上げた。
 ただいつもと違うのは、困ったようでも困惑したようでもなく、レイン自身がとても嬉しそうだと言うことだった。