<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


しあわせを、あなたと
●変わらぬこと、変わったこと
 小さな教会がある。温かい雰囲気が漂う、こじんまりとした瀟洒な教会だ。そばには、小さき素朴な造りの小屋もある。素朴な造りの小屋が、教会に併設された診療所であることは、辺りに住まう者たちには周知の事実だ。
 何事もなく平穏な毎日が続いていくかと思われたこの場所に、ちょっとした変化が訪れたのは数年前の話である。といっても悪いことではなく、祝い事というとても明るい意味での変化であるのだが。
 ちょうど数年前のこの日、教会の娘である神官にして診療所の医師でもあるアリサ・シルヴァンティエが、アレクセイ・シュヴェルニクなる青年と、ここで結婚式を挙げたのである。それはもう、とてもよい結婚式であった。
 結婚を知った周囲の人々は、アリサが嫁入りして出て行って教会も少し寂しくなるかと思っていた。が、実際はそんなこともなく。なんとアレクセイがここに住まい、婿入り状態で同居するようになったのである。アレクセイにとって舅・姑となる教会の老神官夫婦との仲はとてもよく、結果として教会は寂しくなる所か、少し賑やかになったと言ってもいいだろう。今も老神官夫婦が教会を守っている訳だが、アリサとアレクセイのおかげで、現在では隠居気味となっていた。
 さてさて、結婚から数年が経った二人が今、何をしているかというと――。

●それは女神の思し召し
「ひょんなことから、出てきました」
 少し照れたようにそう言って、アリサがアレクセイに差し出したのは、一冊のアルバムであった。
「これは……あ」
 アルバムの表紙に目をやって、ハッとするアレクセイ。それは自分たちの結婚式のアルバムだったからだ。しかしながらアレクセイには、そのアルバムが仕舞われていた場所がとんと思い浮かばない。いやそれ所か、この二、三年、ちらっとでもアルバムがあるのを見た記憶もなかった。
「……どこにあったんです?」
 当然の疑問を、アレクセイはアリサに投げかけた。
「それが……ちょっとした用事で、文献を探していた時に、書物と書物の間にひょっこりと」
 苦笑いを浮かべるアリサ。どうやらいつの間にやら、何かの拍子にアルバムが他の場所へと紛れ込んでしまっていたようだ。今となっては誰の仕業かは分からないので、そこを追求しても仕方がない。だが、今日のこの日に見付かったということには、とても意味があって。
「ああ、そういえば今日は」
 アレクセイがじっとアリサの顔を見た。
「ええ、今日でした、ね」
 照れた笑みを浮かべながら、アリサはアレクセイに答える。今日は二人の結婚記念日、だからアルバムが出てきたのは、結婚を見届けた女神の思し召しであるのだろう。
「せっかくだから、一緒に見ましょうか」
「……はい」
 アレクセイの言葉に、アリサはこくんと頷いた。そしてソファーへと場所を移し、並んで腰掛ける二人。アルバムをテーブルの上に置いて、ゆっくりと表紙を捲った――。

●あなたの横顔を、見る幸せ
 アルバムの写真一枚一枚を、互いに少し言葉を交わしながら、互いに少し照れながら、ゆっくりと見返していく二人。
 アルバムの中の写真には、当然結婚式の時の自分たちが写っている。ほんの数年前の出来事なのに、ずいぶん懐かしく思えてしまうのは、この数年間の結婚生活がとても密度が濃く過ぎていたからであろうか――そんなことを、アリサはふと思った。
(これが幸せというものなのでしょうかねえ……)
 指を組んだ両手をお腹の上に置き、そっと目を閉じてアリサは今の幸せを噛み締めた。
 少しして目を開けたアリサは、隣にあるアレクセイの横顔にそっと目を向けた。そこには写真の中と比べて、ずっと変わらない優しい顔がある。けれどもその変わらない優しい顔には、間違いなく男性として、夫としてのたくましさも加わっていて。だから、変わらないけれども変わっている、などと矛盾した表現をしたくなってしまう。
(……ああ、やっぱりこの人と結婚してよかったです)
 アレクセイの横顔を見ながら、アリサに笑みがこぼれる。いわゆる、惚れ直したというやつだ。
 と、不意にアレクセイがアリサの方に顔を向けた。ドキッとしたアリサは何事もなかったように顔の向きを戻すと、アレクセイに分からないよう呼吸を整え、胸の鼓動を抑えようとした。そんなアリサの耳は、ぴこぴこと動いていた……。

●あなたがそばに、居る幸せ
 アレクセイがアリサの方を見ると、何事もないような顔をしながら、耳だけがぴこぴこと動いている所であった。それを見て、くすっと笑うアレクセイ。この耳の動きは、何かとても照れているらしい、そうアレクセイは感じていた。
 不思議なもので、何年も一緒に過ごしてきたからか、アリサが何も言わずとも、耳の動き方だけでおおよその感情がつかめるようになっていた。
(こういうのも、絆の深まりの一つなんでしょうねえ……きっと)
 実際、耳の動きがなくとも、互いに語らずに伝わる事柄は少しずつ増えてきているように、アレクセイは感じていた。だから間違いなく、二人の絆は深まっているのである。
 アレクセイはアルバムの中の写真に、視線を戻した。ちょうどそのページにあったのは、アリサの晴れ姿が単独で。
(本当に変わらないですね……)
 ちらと横目でアリサを見るアレクセイ。アリサは写真の中の晴れ姿と、変わることなく美しい。種族の違いというものを差し引いても、アレクセイはアリサが美しいと胸を張って断言出来る。
(いや、変わらないは違いますね)
 と、急に思い直すアレクセイ。
(より美しくなっています!)
 ……たぶん今のこの心のつぶやきを第三者に聞かれたならば、のろけかと散々からかわれたことであろう。
「ああ……僕はとても幸せですね」
 アレクセイは、しみじみと噛み締めるようにつぶやいた。
「私も幸せですよ?」
 即座にアリサもそう返す。そして、顔を見合わせる二人。十数秒ほどの沈黙の後、アレクセイが口を開いた。
「……今日は記念日ですからね。結婚式の時の、ちょっと再現をしても構いませんか?」
「え、それはどういっ――」
 アリサが皆まで言う前に、その唇は、アレクセイの唇によって塞がれた。
「あ……あ……あああああー……!」
 突然の熱いキスの後、アリサは真っ赤になって、両手で顔を押さえていた。耳がとても激しくぴこぴこ動いている。それを見て、くすくす笑うアレクセイ。
「あの時と、まるで同じ反応でしたね」
「もうっ……知りませんっ!」
 様々な感情の入り混じった目を、アレクセイに向けて頬をぷくっと膨らませるアリサ。このようなやり取りが出来るのも、また一つの幸せの形であろう。

●幸せがここに、ある幸せ
 そうこうしているうちに、アルバムの写真をすっかり見終えた二人。
「いい写真でしたね」
「いい写真でしたね」
 アレクセイの問いかけに、こくんと頷きアリサが答えた。そしてアリサは言葉を続ける。
「これからも、いい写真を増やしていきたいですね」
 今度はアレクセイが頷く番だった。が、それより一瞬早く、アリサの言葉に続きがあった。
「家族で」
「…………え?」
 一瞬、アレクセイはアリサの言葉の意味が理解出来なかった。きっとその時は、とても間の抜けた表情を見せていたのかもしれない。そんなアレクセイを見て、微笑んでみせるアリサ。
「夢を見たんです」
 そう言ってアリサは、そっと自分のお腹に両方の手を当てる。
「男の子と女の子が、同時に駆け寄ってきて、私の中へと飛び込んできて――きゃっ!」
 次の瞬間、アレクセイはぎゅーっとアリサのことを抱き締めていた。結婚を司る女神は、夢のお告げでこういったことを知らせてくれることがあるらしい、と以前に聞いたことがある。だからつまり、この夢は、男の子と女の子の双子を授かる兆しに間違いなく。
「……本当に?」
 アリサを抱き締めたまま、真剣な表情で尋ねるアレクセイ。アリサは無言でこくこく頷いた。すると――。
「うわあああああああああっ!」
 言葉にならない言葉を発するアレクセイの顔が嬉しさでたちまち綻び、抱き締めていたアリサを放すと、今度はアリサのお腹へと耳を当てた。この時のアレクセイは、頭の中で天使が鐘を鳴らすのを確かに聞いていた。
「まだ早いですよ」
 苦笑いするアリサ。だがこんなに喜んでくれるアレクセイの姿を見ているのはアリサも嬉しいようで、何度も優しく髪を撫でてあげた。
(種族の違い、寿命の違いはありますが……そんなのはもう、些細なこと。ずっと、ずっと……あなたを……あなたの子や孫、ひ孫も、その先も……見守らせてください、ね)
 心の中で、そのようなことを思いながら、髪を撫で続けた。
 しばらくして、落ち着きを取り戻したアレクセイは、アリサに改めて向き直って、こう尋ねた。
「結婚式の時、僕が何を誓ったか、分かりますか?」
「そういうあなたこそ、私が何を誓っていたか、分かりますか?」
 アリサが笑顔で尋ね返す。
「たぶん……」
「きっと……」
「「同じことを誓ったと思います」」
 二人の声が重なった。語らずとも、想いは同じである。
「……改めて、誓っても構いませんか?」
「ええ。私も、改めて誓いたいです」
 二人の顔が重なった。やはり語らずとも、想いは同じである。幸せになりましょう――そんな誓いを、改めて女神の元へと二人は届けていた。

 さて。その後の二人のことを、長々と語るのはもはや野暮な話であろう。
 こういった物語の締めは、いつだって決まっている。
 それからも二人はずっと、ずうっと、幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし――と。

【おしまい】