<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『ファムルの診療所β〜未来・騎士とお尋ね者〜』

 アレスディア・ヴォルフリートが聖都を発ってから、3年の月日が流れていた。
 目的は里帰りだったのだが、その最中に旅から旅へと流れ、3年の間、彼女は聖都に戻ってくることはなかった。
「そうか……3年ぶりか」
 その日、3年ぶりに聖都を訪れたアレスディアは、変わらぬ天使の広場の様子に微笑みを浮かべた。
「聖都は変わらず平和で活気に満ちている」
 一人、頷きながら辺りを見回し、軽く散歩をしてから友や知り合いに挨拶へ向かうことにした。

 アルマ通り、ベルファ通りの友人達への挨拶を済ませた後。次にアレスディアが向かったのは、雑草生い茂る広場にある、小さな診療所だった。
「ここも変わらぬな……いや、少しは変わったか」
 広場の診療所――ファムル・ディートの診療所はこの時期、背の高い雑草で隠れてしまう。
 しかし、今年は診療所までの道だけ、雑草が綺麗に刈られていた。
「お帰り、ファムル!」
 診療所に近づくと、勢いよくドアが開かれた。
 ドアの先に居たのは、キャトルだ。
「あれ? ええっと……アレスディア、アレスディアだよね!」
「久しいな、キャトル。見違えたぞ」
 キャトルは白い肌と綺麗な銀髪を持つ、美しい女性に成長していた。
 やせ気味ではあったが、以前のような病的なほどではなく、胸のふくらみもあった。……大きくはないが。
「お客さんか、ゆっくりしていけよー」
 診療所には10代後半の少年の姿もあった……ダラン・ローデスである。
「ん? 2人もここで暮らしてるのか?」
「いつもいるわけじゃないけどね。あっ、ダランは遊びに来てるだけ。今日はね、久しぶりにファムル帰ってくるんだ!」
 入って入ってと促され、アレスディアは診療所の中へと入った。
 診療所は増築されることもなく、3年前とほとんど変わりがなかった。
 ただ、綺麗に掃除され、必要な修繕もされているようだ。
「あたしね、ちゃんとお金を稼げるようになったんだよ。だから、お茶が出せる!」
 言いながら、キャトルはアレスディアにお茶を淹れてくれた。
 貧乏だったこの診療所では来客に冷水が出るだけで凄いことだったが、今ではお茶の他に茶菓子まで出せるようになったらしい。
「ファムル殿はどちらへ? 久しぶりの帰宅ということだが」
「……あたしの実家。山の中だよ。そこにはいろんな材料や設備があるから。そこで、薬とか魔法の道具の研究をしてるんだ」
「戻ってきたらすぐ、エルザード城に呼ばれちゃったりな〜。かなり忙しくしてるんだぜ」
「そうか、それは望ましいことだが、キャトル殿たちは寂しいのだろうな」
「うん……でも、あたしたちのためでもあるからね! もう少し落ち着いたら、あたし沢山父親孝行してファムルに楽させてあげるんだ〜」
 ファムルは未だ独身のようだった。
 しかし、父と慕ってくれるキャトルやダランが側におり、多くの人々に必要とされ、とても充実した日々を送っているように見えた。
「ただい……」
「おかえりーーーーっ!」
 現れたファムルに、飛びついて行くキャトルを見て、アレスディアは幸せを感じた。
 アセシナートの手から彼らを守ることができて、本当に良かったと。

「薬の研究は順調だ。私がここを離れている時には、仲間が研究を進めながら、カンザエラに届けてくれている」
 診療室の椅子に腰かけ、ファムルはアレスディアに話した。
「仲間ってね、ファムルのお弟子さんなの〜! 凄いセンスいいんだって」
「弟子というわけじゃない。同僚だよ」
 ファムルは少し照れくさそうに言った。
「それは何よりだ。私も3年の間に、色々と調べてみたのだが」
 アレスディアは行く先々で得た知識や素材を記したノートを、ファムルに提供した。
「これは……他国の製法や、ここには存在しない薬草に、鉱石――」
 それはファムルにとってとても興味深い内容だったらしく、彼は暫くノートに没頭していた。
「そういえば、ディラ殿はどうしているだろう」
 彼にも挨拶をしたいのだが、アレスディアは彼の居場所を知らなかった。
「あの人ね、賞金首になったよ」
 キャトルの言葉に、アレスディは眉をひそめる。
「もう聖都にはいないじゃないかな」
「私は時々会ってるいるがな」
 ノートから目を離さずに、ファムルが言った。
「え!? ファムルなんで! ダメだよ、また攫われちゃうよー」
 キャトルはディラの事が嫌いなようだった。無理もない、ディラはファムルを連れ去った男だから。
「ディラ君の利き腕の状態を診させてもらってるんでね」
 ファムルが月の騎士団に監禁されていた頃、ディラはザリス・ディルダにより利き腕を魔道の技術で治療された。その影響で彼は魔法の能力も得ている。
「ファムル殿は、ディラ殿がどこにいるのか知っているのか?」
 アレスディアの問いに、ファムルは首を左右に振った。
「しばらく聖都にいるのなら、そのうち会うこともあるだろ」
 ファムルはそれ以上ディラのことを話そうとはしなかった。

 夕方近くに、アレスディアはファムルの診療所を出て、広場から通りへと出ようとした。
 と、その時。
 鋭い視線を感じて、アレスディアは振り向いた。
 冒険者風の青年が1人、街路樹に寄りかかり、アレスディアを見ていた。
「まさか……ディラ殿か!」
 短髪だった髪は、セミロングへと変わっており、元々長身だった身長は更に伸びて、体格はより筋肉質な男性のものとなっていた。
 だけれど彼の顔、その目つきは3年前に別れた時のままのディラ・ビラジスの目だった。
「賞金かけられたというのは本当か」
「あれはアセシナート流の帰還要請だ、大したことじゃない。面倒だから、最近は偽名を使ってるけどな」
 言いながら、身を起こしてディラはアレスディアに近づいた。
「そんなことより、俺に何か言う事はないか」
 突如、ディラは強い力でアレスディアの両肩を掴んだ。
 その衝撃に、アレスディアの脳裏に彼と別れた日のことが思い浮かぶ。
「久しぶりだ。あれからずっと、この街にいたのか? 大切な人は出来たか?」
「……妻と子がいる」
「そうか! それは良かった。本当に」
 アレスディアは心からの祝福の気持ちを、ディラに伝える。
 誰かを傷つけることに抵抗がなかった彼が誰かを大切にしている、そして護りたいと思う人ができたということが、とても嬉しく喜ばしく、感慨深いと。
 彼女のその気持ちは表情に強く表れており、嘘偽りない気持ちだと誰が見てもわかる。
「ふっ……」
 ディラは苦笑のような笑みを漏らし、アレスディアの肩から手を離した。
「冗談だ。この街の女に興味なんてない」
 次の瞬間、ディラは飛びつくようにアレスディアを抱きしめた。
「ディラ殿……っ」
「拒否するなッ、ダチだって無事を喜んで抱き合ったりするだろ? これはそういうのだから」
 ディラがアレスディアを抱きしめる力はとても強く、明らかに無事を喜び合うものとは違う感情が含まれていた。
 過去――こんな風に別の人物に抱き着かれたことがあることに、アレスディアは気付いた。
 そう、子供を救いだした時だ。怯えながら強くしがみついてきた。こんな風に。
「無事で良かった。もうここには帰ってこないんじゃないかと、思った……」
 絞り出すようなディラの声に、アレスディアは自分の身を案じてくれたことに対して、素直に礼を言った。
 そして強く抱きしめられながら、ディラの肉体の成長を感じていた。
 鍛錬を怠らずにいたのだろう。
 自分にこの体があれば、今よりも多くの人を守る盾となれるだろう――そんなことを考えていた。
 ディラが身を起こして、アレスディアを見た。
「アンタは……街の民みたいに、家族を持って、家族を守り生きたいとは思わないのか? それが幸せってやつじゃないのか」
「それは幸せな生き方だ。だが、私にとっての幸せではない」
 その返事を聞いて、ディラは大きく息をついた。
「……変わってないな。安心した」
 ディラがアレスディアを見る眼が優しくなった。
「それは、この3年の間、あんた……アレスディアが他の誰のものにもなってないということだから」
「ディラ殿?」
「アレスディアの気持ちは良く分かった。それでも俺が一緒に生きる女として考えられるのは、アンタだけだから」
 ディラの手がアレスディアの手を包み込んだ。
「……我が身は万人のための盾だとお伝えしたはずだが」
 困り顔で、アレスディアはディラを見る。
「分かってる。今までの会話で俺をそういう対象として全く見てないことも。別にもー、落ち込んでもいない」
 ディラは諦めたような表情だった。
「俺は知ってのとおり、一般人のような普通の幸せを望むことは出来ないし、こんなヌルイ世界で生きて来た奴らに魅力を感じることもない」
「そうか……」
「これからは好きに生きる。アレスがまた旅立つのなら、勝手についていくし、守るために戦うのなら、俺も共に剣を振るう」
 好きに生きる――好きと思える何かが出来たのなら、それは良いことなのだろうが……。
「俺は、奪われるより、奪った方が幸せだと思っている。そして、アセシナートを離れ、守られるよりも、守る方が幸せだということを知った」
 ディラは曇りのない目で、アレスディアを見詰めていた。
「幸せを独り占めする気か? 戦いに行く時は、俺を連れて行け」
「わかった。戦場に行くときには、ディラ殿に声をかけよう」
 アレスディアがそう答えると、ディラの真剣な顔が少し緩んだ。
「……俺が守りたいのは、お前だけだけど」
 その小さな彼の呟きを、アレスディアは聞き取る事が出来なかった。
「なんだ?」
「なんでもねーよ。夕食、食いに行くんだろ。付き合うぜ。あー、突き合いじゃないからな!」
「解ってる」
 声をあげて、アレスディアとディラは笑い合った。

 談笑しながらベルファ通りを歩く二人の姿は、活気にあふれた聖都エルザードの平和の一部だった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2919 / アレスディア・ヴォルフリート / 女性 / 18歳 / ルーンアームナイト】

【NPC】
ディラ・ビラジス(元アセシナート騎士)

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
大変お待たせいたしました。
川岸担当ゲームノベルの、最終話をお届けします。
未来のシナリオまで、お付き合いいただけまして、本当にありがとうございました。
3年間の間のアレスディアさんの物語も、この後の物語もまだまだ気になるのですが、文章に出来るのはこちらで最後となるかと思います。
沢山のご参加、ありがとうございました! 楽しかったです。