<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
『ファムルの診療所β〜未来のカンザエラ〜』
聖都エルザードから馬車で2日ほどの場所に、カンザエラという自由都市があった。
エルザード建国以前は栄えていた都市だったが、次第に衰退していき、事件を経て人の暮らせない場所となってしまった。
カンザエラの民たちは、エルザードの援助を得て、自由都市カンザエラから少し離れた土地に小さな街を築いた。
それから、およそ4年の月日が流れた――。
太陽の光が、強く眩しい。
体からはじわりと汗がにじみ出てくる。
春が終わり、夏が訪れようとしていた。
(もうすぐ、お昼の、時間……)
千獣は山で採れた山菜と果物を背負うと、カンザエラの街へと歩き出す。
自分一人ならば、水辺で採れたての新鮮な食糧を戴くところだけれど。
今、彼女には人間の家族がいる。自分を妹として、家族として一緒に暮らすことを望んでくれる人たちがいた。
食材を傷めないために、千獣は人の速度で歩き街へと帰っていく。
(午後からは、畑の仕事を手伝って、今日は早く寝て……)
未明に、少し離れた広い川に魚を捕りに行くことになっている。
街の人達と網で捕った魚は、その日のうちに馬車で聖都へ運ばれる。
捕るのは、聖都とカンザエラの街で必要な分だけ。
自然を破壊してしまわないよう、その鉄則を守りながら千獣は採取、狩猟に勤しんでいた。
街の人々ではなかなか調査に行けない場所にも赴き、安全を確認した後、人々に知らせて。
時には狩りに行く人達に同行して、守りながら。
街に必要不可欠な存在として、千獣は新たなカンザエラの街に溶け込んでいた。
魚を売って得たお金で、カンザエラでは作れない日用品や雑貨を仕入れて戻ってきて。翌日は馬車の荷台に畑で採れた果物や野菜を乗せて、また聖都に売りに行くのだ。
あれから3年が経って、街の人々の生活は、聖都の援助がなくても回るようになっていた。
「千獣、お帰りなさい〜」
家に戻ると、リミナが楽しそうに昼食を作っていた。
「リミナ、お土産! 疲れたー」
千獣に続いて、ルニナがじゃがいもを一袋持って、帰ってきた。
「うわあ、服こんなに汚して……畑仕事手伝ったの?」
「うん。楽しかった!」
「もう、あまり無理しないで、ルニナ」
「大丈夫。無理はしてない。それに、いい薬も貰ってるしね」
ルニナの体力は、3年間で随分と回復した。
激しい運動は難しいが、普通に日常生活を行うことに支障はなかった。
「……今日、お薬屋さん、来る日?」
千獣の問いに、リミナが嬉しそうに「うん」と返事をする。
聖都から数日に1日、ルニナの薬を含む、医療品を届けに来る薬師がいた。
エルザード城の研究室でファムル・ディートと知り合い、彼の技術に惚れこんで弟子になった青年である。
尤もファムルの方は弟子とは思っていないため、事実上の弟子といったところだ。
現在、ルニナはその青年に診てもらっており、リミナは診療所で事務や補佐の仕事をしていた。
「ふふ、このじゃがいもので煮物作ろうかな。千獣も採ってきた山菜頂戴〜」
リミナはとってもご機嫌だった。
「リミナ、アイツはなかなかの好青年だとは思うけど、聖都で暮らすなんて言わないでよね」
「そ、それはないわよ。彼、経験をもう少し積んだら、ここの診療所で働くつもりだって言っているし。私、聖都に友達もいるから、行き来はよくするとは思うけど……っ」
リミナは顔を赤くして、何故か慌てている。
千獣は不思議そうに2人を見ていた……。
ルニナは「お薬屋さん」が、リミナの「いいひと」なのだと言っていた。
でも、「いいひと」って何だろう?
(悪い人じゃなくて、良い人……だけど、リミナのいいひとって……よくわからない)
千獣は一人、首をかしげる。
「ルニナこそ、会長さんとのこと、どうなってるの? 会長さん、ルニナに熱心にアプローチしてるわよね」
「ああ、うん、まー。そのうちね。私達が結ばれたら、街の活性化につながると思うしね」
ルニナは今、実質街の長のような立場にいた。
会長というのは、交易を取り仕切っている男性のことだ。年齢はルニナより20歳位上。妻帯者だったが妻は既に亡くなり、子供は去年独立し聖都で暮らしている。
彼自身も、ほぼ聖都で業務に当たっており、カンザエラの街に戻ってくるのは月に数日だけだった。
(結ばれるって、どいうことだろう……?)
千獣はうーんと1人考え込む。
彼女の頭の中には、ぐるぐる紐で巻かれているルニナと会長さんの姿が浮かんでいた。
「どっちにしても、私はこの街を離れない。それでね、最近この家、手狭だなと思うのよねー。家族が増えるかもしれないし、広くしない?」
「か、家族はどうだか分からないけどっ。建て替えには賛成よ。ルニナを訪ねてくる人、多いしね。聖都から訪れた人が泊れる部屋もあったらいいわよね」
「薬師君の部屋ね」
「そ、そういうわけじゃなくて……っ」
2人の会話を聞いているうちに、なんとなく千獣にも解ってくる。
(家族が、増える。異性と、一緒に住んで……子供が出来て……)
リミナもルニナももう少ししたら、結婚をするのかもしれない。
「さ、お昼にしましょっ」
出来上がった料理が、ずらりとテーブルに並んだ。
普段の昼食よりとっても凝っていて、品数も多い。
「……いいひとが、来るから?」
千獣の問いに、リミナはちょっと赤くなりながら微笑んで頷いた。
3人で食卓を囲んで、いつものように人としての食事を楽しんで……。
それから、リミナは料理をつめたケースを持って、診療所へと出かけて行き。
少し休憩をした後、ルニナも診察を受ける為に、診療所へと向かった。
千獣は2人を送り出してから、畑仕事の手伝いに向かう。
3年前より、カンザエラに人々は増えていた。
聖都や他の地に旅立った者も少しはいたけれど、他の都市から訪れ、ここで暮らすようになった人、長く滞在する人も多くなった。
そして、僅かながら生まれた命もあった。
「リミナとルニナの、家族が、増える……」
2人は母親となり、生まれた子供がまた子供を産み、お祖母ちゃんになって――。
そして、命の終わりを迎える。
「リミナとルニナは、人間だから……変わっていく。私は、このまま」
千獣は、自分と人間の違いを感じていく。月日の流れと共に、違いがはっきりと判ってくる。
その時の流れにおいて、自分は異質な存在。
千獣は山に目を向けた。人として生きる前に、長く長く暮らしてきた場所。
(いつか、私は……還る。そして、人を……)
見守って生きていくのが良いのかもしれない。
そんなことを思いながら、千獣は歩き出す。
手伝いを終えて家に戻ると、先に帰っていたルニナとリミナが嬉しそうな笑顔で迎えてくれた。
「彼がね、お土産くださったの」
テーブルの上には、シュシュが3つ置かれていた。
「千獣にはこれが似合いそう」
リミナは千獣の後ろに回り込むと、彼女の長い髪を、ボルドーのシュシュで束ねた。
「リミナは薄いピンクのこれね」
ルニナがリミナの後ろに回り込んで、彼女の髪をピンクのシュシュで束ねた。
「ふふ……似合ってる、かな」
首を振って髪を揺らしたリミナに、千獣はこくりと頷いた。
「ルニナはこんな風に結んだらどうかしら」
リミナは最後の一つ、ブルーのシュシュをとって、ルニナの髪を結んだ。
後ろに一本に結び、左右の髪を一筋ずつ、垂らしておく。
「どう、可愛い?」
ルニナが千獣に尋ねた。
千獣は再び、こくりと頷いた。
似合うとか、可愛いとか……正直良くわかっていなかったけれど。
変とは思わなかったし、綺麗な花を見た時のようなキモチが湧いてきたから。
「千獣、明日は早いのよね。夕飯早く食べて、寝ましょう」
「なにリミナ、千獣寝かしつけて、夜這いに行くつもり?」
「な、何言ってんのよーっ、もう」
赤くなって、リミナがルニナを睨み、ルニナは楽しげに笑っていた。
2人の髪には、薬屋さんにもらったシュシュがあって。
ルニナの右耳には、赤い石のついた耳飾り。
リミナの左耳にも、同じ耳飾りがついている。
それはかつて千獣がしていた耳飾り――。
2人に家族が出来て、この家が賑やかになったら。
こんな風に、3人だけで笑い合ったり、一緒に寝たりすることはなくなる。
(……私は、ここに……必要、なくなる……)
そうかもしれない。
でも、そうじゃない。
千獣がいないと、2人が困るから、千獣はここにいるのではなくて。
ルニナとリミナが、千獣に側にいてほしいと思っているから、千獣は2人の側に居る。
(もう少し……ルニナとリミナが、ここにいてほしいって、思ってる間は……そばにいて、いいよね)
「おはよう」
「お疲れ様!」
「千獣、今日はね……」
「千獣、一緒に狩りに行こうか!」
「せんじゅっ」
「千獣〜!」
毎日、自分の名を呼び、笑顔を向けてくれるルニナとリミナ。
そして、街の仲間として、自分を信頼してくれる人たち。
千獣は街と野山を繋ぐ存在として、この地に在った。
街に居る間は、人々の中、この人間の世界で。
人間の一員とされ――千獣は今を生きている。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】
【NPC】
ルニナ
リミナ
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■ ライター通信 ■
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最後まで、2人と一緒に過ごしてくださり、本当にありがとうございました。
この街で、遠い遠い未来、千獣さんは街の守り神として語り継がれているような気がします。
長い間大変お世話になりました。深く感謝いたします。
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