<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


















 天使の広場を囲むように立ち並ぶ建物の中で、一際高い建物の屋根の上で、千獣はゆっくりと地上を見下ろしていた。
 人々が楽しそうに笑いあう声だけが微かに耳に届くような距離。米粒とはではいかないが、まるでミニチュアのように動き回る人々の顔色は、直接見ることは出来なくても楽しいものだという事が分かる。
 千獣は、高台ゆえに地上よりも強く吹く風に髪を遊ばせて、ぼんやりと空を見上げた。
 あれからどれだけの日が経っただろうか。
 あの国からエルザードまでの道のりはとても遠くて、長い。あの国から帰るまでの日々と、自分がこうして移動してから、エルザードで過ごした日々と同じだけ、あの子はいろいろな事を学んでいるのだろう。
 思わず膝を抱きしめて、そっと瞳を閉じる。
 そう、あの国で、自分は一つの命と向き合ってきたのだ。
 今はもう自分の手を離れた命。その命の中に、世界で生きていくための心の芯がしっかりできていると思ったから、自らの意思で手を離したのだ。けれど――
(……そうしつかん)
 そっと瞳を開けて両手を見つめる。
 人間が言う、喪失感の意味を、自分はよく分かっていなかった。けれど、あの子が居なくなって、ぽっかりと穴が空いたような気持ちが、それに当てはまると言うのなら、自分は今、喪失感を味わっている。という事なのだろう。
 そう思うと当時に、一つの命を世界に送り出せたこと。命を育む、繋いでいくということが、何となく、わかったような気がして。
 寂しい――とは、少し違う。
 だって、あの別れに、今はもう悲しさは少しも無いから。
 自分の選択に後悔はしていない。
「蓮……」
 思わず口から漏れる呟き。ああ、これもまた自分がつけたあの子の名前。
(……元気に、しているかな)
 出会った最初は幼児だったのに、程なくして幼子となった蓮は、普通の人とは成長が違う。
 沢山の事を学んで、心をもっともっと成長させて、もしかしたら千獣の見た目も追い越して、オトナになってしまってやしないだろうか? あの、瞬の所に居た桃のように。
 もしそうだとしても、千獣が思うことはただ一つ。
 蓮も、蓮と関わる人たちも、いっぱいの笑顔を咲かせているといいな――。
 目を閉じれば、あの子の顔が思い出される。コロコロとよく変わる表情だったけれど、やっぱり一番多く笑顔が思い出された。
 昨日の事にように。と、いうような懐かしさがある訳ではないけれど、愛おしさが消えるわけでもなくて。
 それでも、笑顔で毎日を過ごしてくれているなら、それでいい。
 もしかしたら時々は泣いているかもしれない。笑顔でいて欲しいと思うけれど、常に笑顔でいられる事なんて無いことは知っている。
 姜は一見厳しい人ではあるが、とても優しい人だ。修行がきつくて涙したとしても、それは決して嫌っているからではなく、期待しているから。
 蓮の苗を受け取った時に、自分も似た様な経験をした。だから、そんな風に思うのだ。
 ああ、あの子は、今、何をしているのだろう。
 知りたい思いも少しあるけれど、楽しい毎日を送っている事だけは分かる。
 だって、あの子が痛みを感じたら、感じられるはずだから。
 最初に蓮を受け取る代わりに受けたあの術は、きっとまだ解けていない。
 ふと見上げた空に流れる白い雲。
 今日もいい天気だ。こうした晴れの舞台には持って来い。天気も祭り開催を祝福している。
 もっとエルザードと楼蘭が近かったなら、急遽開催されたこの祭りにも蓮を呼んであげることが出来たのに。
 そう思うと、本当にこの世界は広いのだと実感する。
 故郷と、このエルザードと、楼蘭と、それから――
 指折り数えてみたりして、思うほど自分はこの世界を知らないのかもしれない。
 一際大きく風に乗って耳に届く笑い声。その声に呼応するように、千獣は眼下に広がるパーティの様子に視線を落とす。
 どうやら、噴水の近くにいるカラフルな服装をした大道芸人が、何かしら出し物をしたらしい。
 此処もまた笑顔の花が咲いている。それと同時に聞こえてくる大きな拍手。一礼して噴水を後にした大道芸人と、入れ替わるように人ごみから抜け出して来た人の手には、リュートが握られている。
 暫くして、綺麗な音楽が風に乗って辺りに響き始めた。
 祭りはまだまだ続く。
 目を凝らし、天使の広場を眺めていると、露天を出して商売に励んでいるあおぞら荘の面々を見つけた。
 露天に訪れる人と楽しそうに話している姿が見える。何を話しているのかまでは聞こえないけれど、彼らが笑顔の中に居る事が見られて、思わずほっと笑みを零す。
(ここでも、いろいろあった、な……)
 ああ、こんなにも笑顔の花が咲いている。血の絆、心の絆で結ばれた人達がいる。
 ここは、もう大丈夫だ。
 千獣はゆっくりと立ち上がり、背中の翼を大きく広げる。そして、軽い足取りで屋根を蹴った。
 ビュワッ…!
 駆け抜けるように吹いた上昇気流に乗って、千獣の体は空高く舞い上がる。
「……みんな、元気でね」
 視界に広がる青い空。この空は、きっとあの子にも繋がっているのだろう。そう思いながら。

















fin.











☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【3087】
千獣――センジュ(17歳・女性)
異界職【獣使い】


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆

 あおぞら荘にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 足掛け何年になるか分かりませんが、ブランクの期間を含めましても長い間楼蘭や当方の世界観にお付き合いくださりありがとうございました。情報の小出しなど、分かりにくい部分もあったかと思いますが、それでも関わってくださって本当に嬉しかったです。
 楼蘭で起きた出来事をエルザードでも思い返してくださって本当にありがとうございます。蓮は千獣様のことを忘れることはないでしょう。修行が終わり、成長を果たしたら、もしかしたら千獣様に会いに来る未来もあるかもしれなかったですね。
 それではまた別の機会、別の世界で会う事がありましたら、宜しくお願いします。

 さよならではなく、またどこかで!